見出し画像

ベースボール・フィルム・ノワール:日本未公開野球映画を観る(9)

High and Outside: A Baseball Noir(2018)

頽廃的なトーン

 野球を題材にしたミステリーやハードボイルド小説はアメリカではわりと多い(『失投』『ダブルプレー』『ストライク・スリーで殺される』等々)。その一方、これらを映画化した作品や、犯罪が出てくる野球映画は意外に少なく、それがなぜかを考えるのも面白そうだが、本作はその数少ない一例。ただ、犯罪が中心にあるわけではなく、Baseball Noirという副題通り、フィルム・ノワール的な頽廃的な暗い場面とトーンが作品を貫いていると言った方が適切だろう。

元スターの父と独立リーガー

 38歳のフィル・ハーディングは衰えが目立って独立リーグの球団を解雇されるが、現役続行を諦めきれない。LAに住む昔メジャーのスター選手だった老父レンのもとに帰り、トライアウトの参加費用3800ドルを手に入れようとするが、レンも貯えが尽きつつあり、年金で費用をまかなえる介護施設に入ることを勧められている。
 父子は確執を引きずりながらも、レンは残り少ない価値ある品物であるワールド・シリーズのリング(7つか8つ持っている)を売ってフィルに金を与えようとするが、フィルは昔の破滅的な生活に戻り、薬物を売って稼ごうとして逮捕される。しかし彼はやがて釈放され、現役を諦めて草野球を楽しむようになり、レンは施設に入るという結末。
 独立リーグの球団はアメリカン・アソシエーションのスーシティ・エクスプローラーズ(アイオワ州)。試合のシーンは2013年に対リンカーン・ソルトドッグス戦の後に選手や観客をエキストラにして撮影されたが、これは本作の監督エバルド・ジョンソンの父ティム・ジョンソンが元メジャー・リーガーで、引退後にソルトドッグスの監督だったことがあるのが縁だった。ジョンソンは1998年にブルージェイズの監督も務めている。

美しい野球シーン

 野球映画としては異色の「暗い」作品で、フィルとレンの言動はそれぞれ観る者を苛立たせるし、他の登場人物も「善人」はほとんどいない。監督は野球の世界をリアルに描こうとしたという意味のことを言っており、べつに本作がリアルで他の作品が作り事、と分かれるわけでもないが、確かに多くの野球映画に共通する前提や約束事を共有していないとは言えそうだ。約束事とは例えば、厳しかったりやり切れないストーリーでも、野球そのものはピュアでクリーンなものとして描かれるとか、諍いや誤解があっても最終的には誰も「悪人」ではないように描かれるといったことだ(もちろん例外もある)。
 ただ本作も後味は決して悪くない。
 ひとつの理由は、野球のシーンが非常に美しく撮影されていること。冒頭のスーシティと最後のLAの草野球の場面は、センチメンタルでもノスタルジックでもないが、アングルやカット割り、画面の質感が素晴らしく、これだけでも観る価値がある。
 もうひとつは、全体の「ノワール」なトーンにもかかわらず、最終的には上述の野球映画の前提を覆すわけではなかったということではないだろうか。考えてみれば、フィルム・ノワールがセンチメンタルであることも結構あるわけで、「フィルム・ノワール的な野球映画」はそれほど変な取り合わせではないのかもしれない。そうした意味で野球映画の新たな可能性を開いたとも言えそうで、公開の機会に恵まれない一方で批評家からの評価が高いのはそのためだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?