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「タイムリープもの」野球映画:日本未公開野球映画を観る(60)


Tomorrow's Game(2022)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

ストーリー

 「タイムリープもの」の野球映画は他にあっただろうか。時を超える野球のストーリー。
 2002年、10代の若者ダニエルは、叔父でありドミニカ共和国から初めてメジャーリーガーになったサンチアゴ・デラロサの「殿堂入り」のセレモニーに招かれてやって来る。セレモニーの前に通された部屋にあったテープレコーダーには叔父のメジャーデビューの試合の実況の録音が入っているが、テープをいじると叔父の動きが変になる。テープを誤って巻き戻してしまったダニエルは、叔父がデビューした1956年に迷い込む。
 迷い込んだのは野球好きの少女サリーの私設の「放送局」のような部屋で、亡き父から機材を受け継いでいるらしい。テープレコーダーが壊れ、部品を探して小さな球場に行った二人は、放送室でアナウンサーのホルヘに会う。彼はジャレッドというアナウンサーに仕事を奪われ、草野球同然の試合のアナウンスをしている。
 3人はサンチアゴのチームのスタジアムに忍び込み、ジャレッドからマイクを奪う。野球にあまり興味のなかったダニエルが叔父のメジャーデビューを実況すると、彼は逆転サヨナラホームランを打つ。
 ダニエルが2002年に戻ると、殿堂入りのセレモニーで彼がアナウンスした実況が流れる。チームのコーチとして大人になったサリーの写真が飾られている。

シンプルなファンタジー

 野球でタイムリープものを作るなら、試合やシーズンの結果が変わってしまったり、未来から来た選手がプレーしたりといったことが出てくるのかと思えば実況が変わるだけだし、時代も2002年から1956年への「単純往復」で、ひねりや複雑さはないシンプルなファンタジーだ。野球狂の少女という設定もよくあるが、主人公ダニエルが野球に興味がないのと、彼とサンチアゴ、ホルヘら重要な登場人物がヒスパニック系なのが新鮮ではある。ドミニカ共和国出身の最初のメジャーリーガーはオジー・バージルという選手だが、NYジャイアンツでデビューしたのは確かに1956年だった。

マイナーリーグの球場

 そんなわけで作品としては良くも悪くも強い印象は残らなかったが、個人的に驚いたのは舞台となった球場だ。
 冒頭に球場を真上から俯瞰するシーンがあり、球場の正面にジェット戦闘機が飛び立つ形で置かれているのが見えたとき、こんなものはランカスター・ジェットホークスの球場(カリフォルニア州)にしかないのでは、と思った。本編に入るとサンチアゴは「ロサンゼルス・ジェットホークス」という球団でプレーしており、やはりそうなのかなと思ったら、エンドタイトルにランカスター・ジェットホークスの名がクレジットされていた。
 ランカスターはロサンゼルスの北60キロに位置するモハベ砂漠の中の町で、ジェットホークスはカリフォルニア・リーグ(A級)のチームである。作中でメジャー球団の本拠地とされている球場は実際には4500人収容のマイナーリーグの球場で、もちろんリアリティには乏しい。「ジェットホークス」という名前も2000年頃から増えた、辞書にない造語のチーム名で、1950年代のメジャー球団には全くそぐわない。しかしそんなことをあげつらいたいわけではない。

二つの出来事

 この球場を2000年5月に訪れたことを思い出したのだ。全米に何百もあるマイナーリーグの球場のひとつで四半世紀近く前に一試合見ただけだが、わりと印象に残っているのは二つの出来事ゆえだ。
 ひとつは、試合前にビジターのベーカースフィールド・ブレイズの監督だったレン・サカタと話をしたこと。ハワイ出身で日系人メジャーリーガーの先駆者の一人であるサカタは、現役引退後の1995年に千葉ロッテ「第一次バレンタイン政権」で二軍監督になり、ボビーが1シーズンで解任された後もマリーンズに残って98年までファームで指導にあたった。その意味で、江尻、近藤監督時代の「一縷の望み」のような存在だった。
 彼は99年に帰国してジャイアンツ傘下のA級カリフォルニア・リーグのサンノゼ・ジャイアンツの監督になり、翌2000年は同じジャイアンツ傘下のベーカースフィールドを率いていた。この年マリーンズは開幕から不調で、4月を3勝17敗という惨憺たる成績で終えたことを伝えるとため息をついていたのを憶えている。
 サカタはファームの指導者として卓越した力量を持っていたと思う。マリーンズでは「第2次バレンタイン政権」でも2年間二軍監督を務めたのみならず、アメリカでは計14シーズンにわたって主にジャイアンツ傘下のファームで指揮を執った。「勝ちながら育てる」ことに成功したサカタはカリフォルニア・リーグで通算899勝を上げ、2018年にリーグの殿堂入りを果たしている。

3塁コーチに立つレン・サカタ監督

試合中の大事故

 もうひとつの出来事は試合中に起こった事故だ。3回表終了後、3塁側ダグアウトの上からプロモーション用のボールをスタンドに投げていた女性係員があやまって3メートル下のダグアウトに転落したのだ。試合は中断し、まず救急車、その後ヘリコプターがやって来て、けが人はヘリで搬送されるに至った。命に別状はなかったが重傷とのことで、搬送までのおよそ30分間、試合は中断した。
 スマホなどなかった時代なので詳細は翌日の地元紙で読むまでわからず、そのときはただ再開を待っていたが、ただならぬ雰囲気はマイナーリーグの試合のそれではなかった。この日は月曜で、マイナーで平日のデーゲームは少ないが、「スクールデー」と呼ばれる、地域の学校の子どもたちがスクールバスで来場する日だった。

救急ヘリが離陸して試合再開

なくなったフランチャイズ

 二つの出来事はたまたま起こったことだが、ランカスターの球場の特徴はやはり先述の戦闘機だろう。ジェットホークスというチーム名、The Hangar(「格納庫」)という球場名も合わせて、近くのエドワーズ空軍基地をはじめ航空宇宙産業が栄える地域であることに因んでいる。
 しかし今回調べてみると、ランカスター・ジェットホークスは2020年シーズン後のマイナーリーグの再編により1996年から続いてきたフランチャイズを失ったという。そうして球団がなくなった後の球場で撮影されたという、ちょっと寂しい経緯のある作品だ。

NASAが使っていたF/A-18ホーネット戦闘機とスクールバスで来場する子どもたち

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