見出し画像

ソフトボールのプロリーグ:日本未公開野球映画を観る(28)

Burn the Ships(2017)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

情熱的なオーナー兼GM

 アメリカの女子プロソフトボールチームの1シーズンを描いたドキュメンタリー。
 女子ソフトボールのプロリーグとして最初のものは1976年に誕生し4年で解散したが(この頃には男子のスローピッチ・ソフトボールのプロリーグも存在した)、その後1997年に結成されたリーグが中断を経て2004年から「ナショナル・プロ・ファストピッチ(NPF)」となり、現在は5チームで構成されている。その中で最も古いフランチャイズであるアクロン・レーサーズの2015年シーズンを、オーナー兼GMとしてチームを切り盛りするジョーイ・アリエッタを中心に描いている。
 このリーグはMLBとも提携し、既に20年以上経過してそれなりに定着しているが、安定した基盤があるとは言えない。シーズンは5月から8月に45試合とプレーオフを行うが、選手はこの時期以外は別の仕事を持ち、年俸は高い選手で1万5千ドル程度(本作の中での証言)、観客も見たところ1000人も入れば多い方という感じだ。
 こうした環境の中で、アリエッタはレーサーズを創設し、以後その情熱と経営手腕でチームを運営してきた。選手らは「チームのお母さん」と呼んでいたが、選手とフィールドマネージャー以外の役割をすべてこなしているように見え、財政面でもかなりの負担をしているらしい。
 この時代リーグでは「USSSAプライド」という、フロリダに本拠を置く大規模なアマチュアスポーツ団体傘下のチームが最強豪で、古参のレーサーズは苦戦を強いられていた。クリーブランドから約50キロ、人口20万のオハイオ州アクロンにはインディアンズ傘下のラバーダックス(AA級イースタン・リーグ)があってシーズンが重なるが、球場は別で、レーサーズはファイアストーン・スタジアムという古い球場をソフトボール専用にリノベーションして使っている。
 作品では、70年代のプロソフトボールについての証言から始まり、アリエッタや中心選手の一人であるケリー・モンタルボに焦点を当てながら、プレーオフでの敗退までの戦いを追っている。オーソドックスな構成だが、ソフトボールのプロチームという馴染みの薄いテーマに対して感情移入できる作りになっており、映像も美しい。表題のBurn the Shipsは「乗ってきた船を燃やせ」、つまり退路を絶ってチャレンジせよといったニュアンスで、シーズン初めにアリエッタがスローガンとして唱えたフレーズだ。
 なお、この時期レーサーズでは2008年北京オリンピックの金メダリストで外野手の狩野亜由美もプレーしており、プレーオフの最後の打者となるシーンなど何度か出てくるが、インタビューや発言はなかった。

移転と再建への模索

 このように奮闘していたレーサーズだが、本作が公開された2017年シーズンの終了後、クリーブランドにより近いエイボンという町に移転し、クリーブランド・コメッツとチーム名を変えた。アリエッタは引き続き経営に参画するものの、共同オーナーの一人となった。
 リーグをめぐる状況は厳しく、最も強固な地盤を持ったUSSSAプライドも19年限りで撤退、20、21年は新型コロナによりシーズン中止と、先行きが不透明な状況が続いている。それでも、アリエッタはチームをアクロンに戻すべく資金集めなどの活動を続けているという。

女子の団体競技の「壁」

 女子のプロスポーツはテニスやゴルフなど一部の個人競技は人気を得ている一方、団体競技はプロスポーツ大国アメリカでもなかなか厳しい状況にある。バスケット(WNBA)、サッカー(NWSL)、アイスホッケー(NWHL)、ラクロス(UWLX)などにプロリーグがあるが、興行としてはWNBAが辛うじてやっていけている程度だろうか。ソフトボールは歴史は長いものの、安定しているとは言えない。
 なぜなのか。同じ競技を男女が行う場合、多くはやはりレベルの差が否めず、観るスポーツとしては不利になる。これは個人競技でも同じだが、テニスやゴルフが比較的成功しているのは、個人競技ゆえ個々の選手の魅力を前面に出せるからかもしれない。それに対して団体競技はチームとして応援してもらう必要があるが、フランチャイズには既に男子のチームがある場合がほとんどで、「町の代表」として支持を得るのは難しい。スター選手や魅力的な選手がいてもこの壁は厚いだろう。レーサーズもせめてプロ野球チームのない町にあったら、と思う。
 もうひとつソフトボールの事情として、野球との微妙な違いがある。ソフトボールに固有の面白さがあるのは確かだが、野球を見慣れた目には、フィールドのサイズの小ささと、それゆえの迫力の違いが目立ってしまう。あの短い投補間でファストピッチの速球は実は迫力はあるのだが、ボールが大きいこともあってスタンドやテレビで見るとそれを実感しにくく、「小粒感」が勝ってしまう。サイズの小ささは、やるスポーツとしてはハードルを下げていて有利だが(アメリカではスローピッチも含めた競技人口は男女合わせて約1000万人で、老若男女が広くプレーするスポーツの代表格)、観るスポーツとしては不利になる。これはサッカーとフットサルの関係に似ていると思うが、そこに男女の違いが加わるので二重に不利かもしれない。

「壁」はいつまで高いか

 このように認知度や人気が必ずしも高いとは言えない女子プロソフトボールだが、日本でも公開された『幸せの始まりは』(2010)はプロのチームを解雇された元選手が主人公の恋愛映画だった。解雇から始まるのでソフトボールのシーンはごく僅かだったと思うが。
 この恋愛映画も、本作のように正面からとらえたドキュメンタリーも、かつてはごく例外的だった女子のプロスポーツ選手という存在が少しずつ増え、それほど特殊な生き方ではないと認知され始めたことを示しているように思う。先述した女子の団体競技の壁も、プロではまだ高いかもしれないが、カレッジスポーツでは女子バスケットなどはかなりの花形競技で、いつまでも「日陰」に甘んじているとは限らない。少なくとも本作のような作品を観れば、次にアメリカに行ったときは一度このリーグの球場に足を運んでみたいと思うのは間違いないだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?