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無理矢理野球をさせる抑圧:日本未公開野球映画を観る(14)

Take Me Out(2018)

夢を押しつけられる三兄弟

 親が野球をさせない抑圧もあれば、無理矢理野球をさせる抑圧もある。
 シカゴ郊外に住む裕福な黒人一家。父ファリスは自分が果たせなかったメジャーリーガーになる夢を3人の息子に叶えさせようと躍起になっている。長男リッキーは期待通り進学先を記者発表するようなスター選手になったが、主人公の二男ニコラスは才能がない。進学を祝うパーティーでリッキーはニコラスのガールフレンドを横取りし、父は秘書と情事に及ぶ。これを知ったニコラスと母キャロルは家を出てアパート暮らしを始める。
 父の抑圧を逃れてもニコラスは目標を見つけられず高校を退学寸前になるが、母が旧知のレストランの主人で元プロ野球選手のジョンソンに引き合わせ、そこでバイトをするうちに成長を始めて野球の腕も上がる。
 プロ入りが決まったリッキーはニコラスに自分の母校への転校を勧め、父も母に復縁を請い、家族が再生するかと思われたが、野球の練習で三男マーカスを罵倒する父を見て、ニコラスは結局ジョンソンのもとに戻るという結末。

「黒人の野球離れ」の反映と加速

 ほぼ黒人しか出てこないブラック・ムービーだが、スパイク・リー監督作品などとは全く違うチープさが全体を覆う。Eテレの学校放送の道徳の番組のように、再現ドラマ的というか、ただストーリーを進行させるだけのシーンが続く。
 そして出演者の野球の技量がおそろしく低い。野球の技術の巧拙は映画にとってあまり本質的ではないと思うが、やはり作品のリアリティに影響するわけで、プロになるという設定の長男役も含め、ここまでひどいのは珍しい。俳優の技量のみならず、製作者も野球を見せる技術を持っていないのだ。
 ブラック・ムービーで野球が主題という、現代では意外な設定に期待をもって観た。しかし、野球に入れ込む父とリッキーは人間的に問題があり、ニコラスと母がそこから逃れて自分の道を見つけるという結末では、結局野球が「悪者」にされているわけだ。父による抑圧と自由への逃走というテーマなら、べつに野球でなくフットボールでも水泳でもバイオリンでも何でもよいはずだが、そこであえて野球を持ってきた本作は、もう何十年も言われている「黒人の野球離れ」を反映し、かつ加速する映画ということになり、ため息が出る。もちろん「無理矢理野球をさせる親」は存在するので、その抑圧や葛藤を描く映画はあっていいが、その作品では人物も野球ももっと丁寧に描いてほしい。
 本作の批評はネット上で全くと言っていいほど見つからないが(日本でも上演された話題の舞台Take Me Outとは無関係)、IMDbのユーザーレビューでは全部が全部8点以上の高評価という点でも不思議な作品だ。

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