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ロイヤルズのスターの転落と再生:日本未公開野球映画を観る(59)


The Royal(2022)

※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。

ストーリー

 カンザスシティ・ロイヤルズで活躍したウィリー・メイズ・エイキンズの実話の映画化。
 強打の1塁手エイキンズはロイヤルズに移籍した1980年のワールド・シリーズ(対フィリーズ)で、史上初めて同じシリーズの2試合でマルチ本塁打(2本)を打ったことで記憶される選手だが、引退後の94年にコカインの使用と密売及び拳銃の所持で逮捕され、刑期20年8か月の有罪判決を受けた。
 物語は、14年服役した時点で刑期が短縮されたウィリーがアトランタの刑務所を出るところから始まる。12時間以内にカンザスシティの保護観察所に出頭しなければならないのに、ウィリーはサウスカロライナ州の実家に母と姉を訪ねる。認知症で息子のことがわからない母と、自分を許さない姉に現実を突きつけられるウィリー。
 なんとか保護観察所に間に合ったウィリーは、メキシコにいる妻と17歳の娘と暮らすため以前住んでいた家を修理する。すぐやって来た二人だが、妻はウィリーを受け入れる一方、娘は父を拒絶する。それでも3人の生活が始まる。
 保護観察所が用意した道路工事の仕事ではなく球界への復帰を望むウィリーは、ロイヤルズの社長に懇願するが、色よい返事はもらえない。
 娘はなかなか心を開かないが、ウィリーが車の運転を教えるうちに少しずつ距離が縮まる。そんなとき妻は妊娠するが、病いに倒れる。
 現役時代に親しかったスーパースターのジョージ・ブレットの尽力で、ウィリーはまずサイン会に登場。さらに、社長の息子がいる高校の野球チームの選手たちに自分の経験と後悔についてスピーチする。
 膠原病らしき病いから回復した妻は無事出産。薬物犯の刑期に関する政府の公聴会で堂々と証言するウィリーを見て、社長は彼にマイナーリーグのコーチの職をオファーすることを決める。

家族、友人、信仰

 本作も広い意味でのクリスチャン・ムービーの範疇に入るだろう。ウィリーがドラッグをやめて更生できた要因として信仰が描かれているからだ。
 カンザスシティで道路工事の仕事しかなく絶望して酒を買いそうになったとき、牧師である古い友人が通りかかって思いとどまったり、母の死後に酒屋に入って今度こそ飲みそうになったとき、様子のおかしいウィリーを見て店主が「ジーザス・クライスト」と悪態をついたのを聞いてまたも思いとどまるといったエピソードが象徴的に出てくる。ただ描写はこうしたさりげない形にとどまり、信仰が薬物依存からの回復の力になる場合は実際に多いこともあって「押しつけがましさ」は感じない。
 信仰だけで立ち直れたと描いているわけでもない。家族と手助けしてくれる友人の力の方がむしろ前面に出ている。家族のうち母と姉、それに娘は出所してきたウィリーに冷淡だったが、妻だけは待っていてくれた。弁護士とロイヤルズ史上最高のプレーヤーであるブレットの助力も大きかった。彼らがいてこそ立ち直れ、望み通り球団に職を得ることができたという事実が描かれている。
 出所者や元犯罪者にこれらが揃っているのは幸運なことで、誰にでも起こるわけではないが、一方で薬物依存者に共通する現実も描かれている。それは、ドラッグの「魔力」の強さである。
 ウィリーはこれだけ球界への復帰を望みながら、ドラッグへの未練が断ち切れていないことを認める。ブレットに再会したとき、現役時代に打ったホームランよりもドラッグの快感の方が忘れられないし、その欲求は一生続くだろうと打ち明けたのだ。「ドラッグはもうやらない」と言葉だけで誓うのではなく、この渇望から逃れられないことを認めたうえでそれでもやらないのだという、重荷とそれを背負い続ける決意が伝わるシーンである。
 そして、彼と同じように「クリーンな」一日一日を積み重ねている元スター選手としてジョシュ・ハミルトンや清原和博がいることは言うまでもない。

重すぎる罰

 MLBにおける薬物問題といえばまず筋肉増強剤を思い浮かべるが、1980年代にはコカイン汚染が深刻だった。ウィリーは83年にもコカインの使用が明らかになって刑事処分と出場停止処分を受け、これを機にブルージェイズにトレードされていた。ただこの時代はアメリカ社会全体でコカインが蔓延しており、球界だけの問題ではなかった。
 これ以後、アメリカは薬物に対して厳罰で臨むようになり、ウィリーもその流れの中で長期の服役に至ったが、それが妥当な処罰だったのかは疑問である。彼はコカインの自己使用だけでなく販売にも関わって逮捕されたが、これは行き過ぎにも見えるおとり捜査の結果だったし、同じコカインでも彼が使った「クラック」(喫煙により使用する)は「パウダー」(吸引や経口、注射により使用)よりずっと刑罰が重いという不均衡もあった。これらを改めて刑が軽減されることになった結果、ウィリーは当初の刑期より6年早く釈放されたが、それでも14年は長すぎただろう。

愛憎半ばする感情

 カンザスシティにとってウィリーはどういう存在だっただろうか。ここでプレーしたのは4シーズンで、他球団を合わせてもメジャー通算8年間に774試合、675安打でタイトルやオールスターにも縁がなかったが、球団史上初めてのワールド・シリーズでめざましい活躍をした記憶は鮮烈だろう。その選手が移籍、引退後に逮捕され、長期にわたって服役したことは、愛憎半ばするような感情をもたらしたのではないか。作中では、職を求めるウィリーに球団社長が困惑しながらも、彼がロイヤルズで打ったホームランの数を知っているかと問われて「77本だろ」と即答する態度がこれを象徴しているように思える。
 本作は薬物依存に陥ったメジャー・リーガーが再生に至った道のりを説得力をもって描いている。薬物に限らず、このように栄光を経験しながら「転落」するアスリートは時々いるという事実があり、その意味でも希望を感じさせてくれる。演出や演技も良く「安っぽさ」はないし、完成時から主に配信で公開されているようだが、後世に残るべき作品だと思う。

補足

・つまずいた選手が復活、再生へと歩む実話の映画化はあまり例がない。精神の病いから回復して1950〜60年代に活躍したジミー・ピアソルを描いた『栄光の旅路』(1957)がほぼ唯一のメジャーな作品だろう。これ以外では、70年代にアストロズのエースだったのに引退後困窮してホームレスになったJ.R.リチャードの半生を描いた"Resurrection: The J.R. Richard Story"(2005)があるが、低予算のインディーズ作品で配信もなく、未だ観る機会がない。彼も信仰を支えとして復活に至っており、本作と似ているのではないかと思う。リチャードは牧師になったが、2021年に新型コロナウイルス感染症により他界した。

・ウィリーの少年時代を演じたダラス・デュプリー・ヤングは、1990〜2000年代にロッキーズなど多くの球団でプレーして盗塁王を獲り、現在エンゼルスのコーチを務めるエリック・ヤングの息子で、少年野球の回想シーンに出てくる。そこでつけている背番号24はウィリーのロイヤルズでの番号だが、そもそもはウィリー・メイズがつけたもので、アフリカ系アメリカ人選手、特に野手にとっては特別な番号と言っていいだろう。
 また『メジャーリーグ』(1989)に出てくる俊足の外野手の「ウィリー・メイズ・ヘイズ」という役名はエイキンズをヒントにしたものと思われる。ただ彼の作中での背番号は00である。

・同じ年のワールド・シリーズの2試合でのマルチ本塁打は、その後2009年にフィリーズのチェイス・アトリーが記録した。

・ウィリーは2011年から19年までロイヤルズのルーキー・リーグやA級のファームでコーチを務めた後、現在は球団のスペシャル・アシスタントの地位にある。


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