ニグロリーグの歴史をどう伝えるか:日本未公開野球映画を観る(48)
The Bingo Long Traveling All-Stars & Motor Kings(1976)
※「日本未公開野球映画を観る」カテゴリーの作品については、基本的に結末まで紹介しています。ご了解のうえお読み下さい。
最も知られた日本未公開野球映画
ニグロリーグ全盛期を舞台にしたフィクション。日本未公開野球映画としてはSugar(2008)と並んでアメリカでは最も知られた作品のひとつ。
1939年、ニグロリーグのエボニー・エーシズ(架空)のエースであるビンゴ・ロングは、オーナーたちの横暴と搾取に耐えかね、ライバルで親友のレオン・カーターらを誘って自分たちのチーム「ビンゴ・ロング・トラベリング・オールスターズ・アンド・モーターキングス」を結成する。2台のオープンカーに乗って中西部を巡業し、白人のチームとも試合をしたこのチームは、集客のために見世物的なエンターテインメントや歌ったり踊ったりもしたが、収入は選手で平等に分けるのを大原則にした。
妨害や差別にもめげず健闘するチームにオーナーたちは取り引きを持ちかける。ビンゴ・ロングのチームとニグロリーグの選抜チームが対戦し、ビンゴらが勝てばチームとしてリーグに加盟するのを認める代わりに、リーグ側が勝てばビンゴらはそれぞれ元いたチームに戻るというものだった。
この決戦でもオーナーたちはレオンを拉致して葬儀場の棺に閉じ込めるという妨害に出るが、葬儀の最中に棺から飛び出して球場に駆けつけたレオンは、0対2とリードされた9回裏に3ランホームランを打ってサヨナラ勝ち。試合後、若く才能あふれる外野手エスクワイア・ジョーはブルックリン・ドジャースのスカウトに誘われ、メジャーリーグの「人種の壁」を破るべく歩み始める。
ニグロリーグの両義性
本作は1973年出版のウィリアム・ブラッシュラーによる同題の小説を原作とするフィクションだが、登場人物は実在の選手との類似があり、自由奔放なビンゴはサチェル・ペイジ(野手を引き揚げさせて投げたり、シーズンオフに自分のチームで巡業したこともあった)、理性的なレオンはジョシュ・ギブソン、万能の若き外野手エスクワイアはウィリー・メイズをそれぞれ思わせるところがある。
オーナーに反抗して飛び出してチームを作り、元いたリーグと対決するというプロットは完全にフィクションだが、楽しめる逆転劇で、上述の人物造形がしっかりしていることもあり、エンターテインメントとして成功している。
しかし、本作が公開された1976年にはニグロリーグの歴史はまだあまり知られていなかった。そのため、フィクションとして脚色された本作が偏ったイメージを伝えたという面も否めず、実際にニグロリーグに関わった人々からは批判も受けてきたようだ。
ここでの問題としては、オーナーたちを横暴な搾取者としてのみ描くことで、ニグロリーグが黒人の、黒人による、黒人のためのエンターテインメント・ビジネスだった点を過小評価していること、このように黒人社会内部の対立に焦点化することで、そもそも白人がメジャーリーグから黒人を排除していたからニグロリーグがあったという根本的な差別の構造が見えにくくなっていること、ビンゴのチームの見世物的な側面を面白く見せることでニグロリーグ全体がそうだったかのような印象を与えていることなどがある。
これらはいずれも両義的で、どちらが正しい/誤っているとは言えないだろう。そもそも、1947年にジャッキー・ロビンソンがドジャースと契約してメジャーの「人種の壁」が撤廃されたのは、確かにアメリカ史における偉業だったが、その後相次いだ黒人選手のメジャー入りによってニグロリーグは衰退し、黒人選手がもたらす利益はメジャー球団の白人オーナーの懐に入るようになった。その一方で、ニグロリーグのオーナーたちも選手を搾取していた。どちらも事実だが、では人種によるリーグの分離が続いた方がよかったのかといえば、そんなわけはない。同時に、過去をすべて否定してよいわけでもないのだ。
20年後の『栄光のスタジアム』へ
本作のラストは、エスクワイアのメジャー入りが決まった後、ビンゴとレオンが球場の外で話すシーンだ。これからニグロリーグは消えていくことになるだろうと予言するレオンにビンゴは、それでも俺たちのこの球場をもっと立派にしてニグロリーグを栄えさせる、と夢を語る。
長期的にはレオンの言う通りになったが、短期的に見ればビンゴも間違っていたわけではなく、全編を貫くビンゴのこの不屈の楽天主義こそ本作の魅力なのだと思う。そして、ニグロリーグという歴史的事実の全体により広く目配りした解釈は、本作より少し後の時代を実在の人物を借りたフィクションとして描いた『栄光のスタジアム』(1996)まで20年待たなければならなかった、ということになるだろう。
なお、ビンゴのチームの「見世物」的なパフォーマンスは、見えないボールを内野で回したり、「小人」の捕手が加わったり、ゴリラの着ぐるみを着た投手が投げたりといったことである。こういうパフォーマンスで観客を楽しませる巡業チームといえばバスケットのハーレム・グローブトロッターズがあり、「グローブトロッターズのような野球チーム」と言えばイメージが伝わると思うが、1920年代にできたこのチームが今も基本的にはその形態で興行を続けているのはすごいことだと思う。
また、レオン役は若き日(といっても45歳だが)のジェームズ・アール・ジョーンズが演じており(下の写真中央)、安心して見ていられる。『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)、『サンドロット』シリーズ(1993〜)と続く野球映画出演の皮切りだったわけだが、選手を演じたのはこれが最初で最後だった。
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