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お試し公開 ショートショート集『のうぢる』54・アラスカのミーナ

 俺は一体何をしているんだろう?

 ここはアラスカ。ひどく寒い。鏡のような空に俺は獣のように咆哮する。

「おしることか飲みてぇー!」

 てぇー

 てぇー

 てぇー

 ……

 音は、吸い込まれていった。

 しかし振り返るとそこには美女がいる。パツキンのGカップがビキニを着ている。

「お前、正気かよ……」

「アラ、日本人は軟弱ね。きっと武士なんていなかったんだわ」

「いたよ。忍者もいたよ」

 俺はムキになって答えた。手裏剣を投げるフリをした。

 彼女の名前はミーナ。とても可愛い俺のルームメイトだ。

 アラスカに来た当初、俺は住処に困っていた。そんな時バーで出会い気が合って酔いに任せて肉体関係を……と馴初めはあまり綺麗ではないが、ミーナだけは確かに綺麗だ。

 芸能人に例えると、長谷川京子くらい綺麗だ。

「忍者なんて……迷信でしょ?」

 ミーナは脇を掻きながらいった。苦い匂いが辺り一面に立ち込め、しかし俺はミーナのために鼻はつままなかった。

「忍者は秘密部隊。その痕跡も完全に消し去ってしまったのさ」

 そして、俺は手裏剣を投げるフリをした。

「でも皆忍者を知ってるじゃない。私のようなガーナ人でも」

「え、ガーナ?」

 俺は、動揺した。

「え、ガーナだけど、それが何か?」

「でもきみ、紙のように肌が白いじゃないか」

「それはまぁ、私の実家養蚕農家だから。ほら」

 ミーナはビキニパンツから真っ白な蚕の繭をたくさん取り出した。生臭い匂いが辺り一面にたちこめて、そればかりは我慢できず俺はその場に穴を掘った。とても深く掘った。その中で蹲った。けれども匂いはドライアイスの白煙のようにぬるぬると降下し、穴ぼこに居る俺は恰もベーコンのように激しく燻されてしまうのだった。

――しかし不幸中の幸い、恐るべき刺激臭は俺に或る閃きを齎した!

「ミーナ! 蚕を二匹落としてくれ!」

「お安い御用よ、シンジ!」

 ぽつ、ぽつ、と雨だれのように蚕が二つ降ってきた。俺は即刻それを鼻に詰めた。すると目論み通り匂いは遮断され、気力を恢復した俺は穴をよじりよじりとよじ登った!

「ワーオッ! ビッグチャンス! つまりあなたが忍者の末裔だったのね!」

 ミーナは嬉しそうに俺にキスをした。気恥ずかしさに、俺は手裏剣を投げるフリをした。



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