トモヤさん

今回お話を伺ったのはトモヤさん(20代)

人生におけるお金の重要性についてどう思いますか?(ケイタさんからの質問)

やっぱり何にとって重要かじゃないですか。それを使うことが目的なのか、貯めることが目的なのか人によって多分色々なんですけど、多分99%が使うことが目的。でも、みんなまずそんなに考えないと思います。それに対して価値観とか抱かないかなって思ってて、あるから使うってだけでそれ以上でもそれ以下でもないかなって思うんすよ。だから答えは本当にシンプルで、生活があるからって答えるだけじゃないですか。

ただ一つ不思議なのが、生活に使うっていう目的だけであるはずなのに何故か幸せの指標になりやすいという性質を持っている。例えば『生涯年収がいくらだ』とか、『アルバイトと正社員でそこに1億円の差があるから正社員になってください』だとか、そういうことを言う人が今まで会ってきた人の中でいて、何故ただ一つの指標をあたかも真理のごとく信じ込んでそのために働いているのかなって思いますね。目的と手段を逆転させてしまっていると思います。

周りを見ているとそういう人がほぼ100%でしたけど、本当に最近になって変わった人物達と会った時にそういう考え方じゃないような人もいるんだなって思いました。でもみんながお金を幸せの指標、尺度にしているなっていうのはやっぱり実感しますね。

ーご自身にそういう時期はありましたか?

まあ20歳くらいまではそう思ってました。自分が長男で家がそこまで裕福ではなく、借金がかなりの額あるっていう話もあって、これだけ稼いでいかないといけないっていうのを言われ続ける立場でした。周りもたまたまそういう人が多くて、お金に恵まれている人と出会ったことがそこまでないから天の上の存在のような気はしてました。だからこそお金の使い方については大分考えたっていうか、考えさせられたっていう感じはあります。その当時はお金はこれだけあるといういいっていう絶対値としての指標があって、それが段々幸せの指標になった感はあります。

でもそれを考えたところでお金が増えるわけでも減るわけでもないし。別に使わなければ減らないし、逆に働かなければ増えないし、それだけやのにそれが指標になるっていうのはすごい相対的っていうか、絶対的なものではないし違うなって思ったんですよね。

例えばですけど死んだら持ってるお金どうなりますって感じなんですよ。誰もが墓に持って行くものって骨だけなんですよ。例えば名声も富も、宝物にしろ思い出も服も何も持っていけないし、皮膚も焼かれて残るのは骨だけだから。で、その骨もいつかはどっかにバッって撒かれて終わるわけだから、それが幸せの指標とは全然思わなくなりましたね。

そう思ったのにはきっかけがあって、友達が癌になったんですよ。祖父とか祖母とかそういう身近にいるお年寄りとかが癌になったことはあったけど、同い年の奴がなったっていうことで死ぬっていうことが隣にあるって気づかされたんですよ。死は誰もが持っているのに、みんな見て見ぬ振りをしている。その死っていうのを考えた時に「幸せって何?」って思ったんですよ。

例えば働いて働いて一定の収入を得たとしてもそれが幸せなんかって言ったらそうじゃなくて、死んだ時に多分後悔するんじゃないかって、理性とかではなく直感的に思って。人生って一回きりやからそれだけのために何かを犠牲にするのは違うなって思ったんですよ。僕の中ではそこがカタルシスになったっていうか、浄化された。それがあってからお金って結局使うためだけにあってそれ以上でもそれ以下でもないなっていう考えに変わりました。俺に将来いくら入ってくるかなんて考えたところで正味わかんないですよ。俺はそれが目標じゃないからそもそもあんまり考えない。
 
ー目標はなんですか?

ロックバンドをやって上に立ちたい。具体的にいうとロックフェスでトリをやること。色んなバンドが出た後に最後やってて言われて、最後だけやる。何万人とかの、もうステージの枠が人の影で見えないような奴やりたいなって思ってて、それが人生の目標かな。でもそれはある種手段だと思っていて、本当の目標は誰かを幸せにすること。それは一対一じゃなくても、ほんとにいろんな人を。

俺みたいな感じで悩んでいる人もそうだし、それ以外の悩みのある人全員に寄り添ってあげたいっていうか、そのための手段がトリやった。ロックバンドして、色んな人に知ってもらって、その音楽を聞いてもらって、こういう生き方もあるんだなとかこういう考えもあるんだなとかを知ってもらいたい。

ー寄り添ってあげたいとはどういう感じですか?

人間って自分と同じ人がいると案外落ち着くっていうか、何にもないけど不良って呼ばれてる子とかって2時間ぐらい黙って話聞くと心開くんですよ。それは人とつながりを持てていないとか、人との関係性の接着が全然出来ていないとかで、今コンピューターとかSNSとかが発達していってそこの希薄化が進んでるから、やっぱそこで寄り添うってことが大事なんかなっていうか自分のテーマになっています。寄り添うことやっていったら、究極言うと犯罪とか社会問題が絶対多分なくなっていくんじゃないかなって。

SNSとかの発達はある種便利ではあるけど、便利の反面不便になることもあって、それは対人同士のコミュニケーションが苦手になりやすい。僕は逆に対人はいけるんですけど、電話は顔が見えないからすごい苦手です。何考えてるんやろこいつとか思っちゃいます。

大分歳離れてる妹がいるんですけど、遊ぶ約束とかをネットでパッパッとするんですよ。すごいデジタルで便利だなとか思うことはあるんですけど、コミュニケーションって元々一対一の人対人で、この間に仲介するものってなかったんですよ。直でやり取りができるっていうのはある種仲介がないからそのままストレートで行くんですけど、ネットっていうフィルターがあることによって良い面もあれば悪い面も出てきて、僕の認識ではその悪い面がめっちゃ際立ってコミュニケーションの希薄化が起きてるんじゃないかなって思ってます。

ー実際に行う会話とネットを介したコミュニケーションの違いはなんですか?

例えばインスタだとやり取りが割と人に見られるんですよ。あとは言葉ってこうやって喋ったら伝わって終わりだから簡単なはずなのに、その会話自体が記録に残ってたりするからそこが違いますね。

それに、その部分にハマってしまう人が多い。中毒じゃないけど、どハマりになってしまってそこでしか会話できない。まあ結局一長一短で、メリットとしては言葉が話せない人はメッセージだと届けられるし、そこはすごい便利だと思います。ただSNSっていうネットが色々普及したことによって色々なことを人に聞かなくても知れるようになったっていうのが根本にはあるかなっていうのは特に思いますね。

だからこそ人と関わる機会は減ってしまったっていうのは絶対ありますね。僕エレキギターをしてるんですけど、一つ一つ全然違うんですよ。形は全く一緒でも叩いて音を出すとやっぱりなんか違うんですよ。本当に手に取ってみないとどうなのかって分からないんですけど。今はネットで買う人が多いです。やっぱネットで色々知れる機会はできたけど、その分実感する機会はなくなったかなっていう感じはありますね。そういう実感はSNSとかだと0に近いです。

僕山登りにいくんですけど、僕らの目で見てる世界って3Dの世界なんですよ。でも写真って2Dだから、傾斜とか音とか感触とか匂いとか全然分からないんですよ。だからそれは携帯とかインターネットで伝わりにくい世界なんかなって思ってます。

ーご自身はどういう目的でSNSを使っていらっしゃるのですか?

こういう世界もあるんだなっていう情報を知りたい時とかですね。最近見てるのはアニマルプラネットっていう動物のやつで、俺ネコ科の動物が多分好きなんですけど、ヤマネコとかここで絶対見れないから何を食べるのかなとか何をするのかなとかを知ったり。あとは電車が好きなんで電車のことを専門的にやってる情報動画を見ています。

ー実際に見に行こうとはされますか?

実際に見た時にこれはこれだよねみたいな感じで話せるからその時のために見てるというか、電車は趣味なんで自分の中で楽しめたらいいかなって自己解決で終わってのであまり気にしてないです。SNSで見ることで重要なことって本当になくて、アニメとか映画が見れるっていのが大きいですかね。ほんとに自分の目で確かめたいのであればそんなん見ないで自分で行動します。

ー実際に行きたいと思ったらすぐに行動されますか?

行きます行きます。青春18切符とか使って冬に名古屋から広島まで行ったんですよ。広島から山口の手前まで行って、くるって迂回して京都まで戻ってきたんですけど、大雪で電車止まって最後近鉄で帰ってくるっていうのがありました。実際に行くとこんな寒いんだとか、各駅停車しかなくてめっちゃ時間かかるとか、やってみないと絶対わからないし、やっぱ特急電車にはない良さはありました。

ーしたいなと思ったのにできなかったことはありますか?

いっぱいあります。俺生まれ変わったら何になりたいかって言ったら鳥か女の子の二択なんですよ。これ言うと『病んでるんじゃない?』って言われるんですけど全然そんなことなくて。医者もそうだしお金持ちも貧乏人も泥棒だろうが、人間って人間である限り何にでもなれると思うんですよ。でも人間以外のものって絶対なれないんですよ。例えば鳥なんて、自分自身が空を飛ぶっていうのは絶対無理なんですよ。女の子もそうで、今や性転換手術とかあるけど、ゼロから生まれて持った女の子の体で女子の会話をしたりお風呂を一緒に入るとか絶対経験できないじゃないですか。

あとは学生生活。僕は体壊しやすいっていうのか、そもそも学校っていう組織が合ってなかったんですね。中学校はそれでよく卒業できたなってくらい行ってなくて、高校もあまり行ってなくて中退したんですよ。

小学校の時は学校が家の目の前で、休んだ時に担任のおばちゃんの先生と同級生がその学校の二階から、『なんで学校来ないのー?』って大声で叫んできたんですよ。なんかその時割とまだ不遇な時代で、今みたいに不登校の子のことが色々知られてなかったんですよ。そういう騒がしい生活を送ってたんで、だから俺のホントに欲しいものって言ったら何もない世界。

ホントにみんな同じ、みんな何も考えずに生きられる世界があったらどんだけ楽だろうなとかって思いますね。みんな割と学校卒業することとかって難なくこなすじゃないですか。でも俺にとってはそれは死ぬほど難しくて。それを難なくこなせるっていう人生が俺にはないからそういう普通の生活を送ってみたかったなっていうのはあります。もう思ったところでしょうがないけど、根本的にはそれがあってどうしようもないんですよね。やってみたかったことと言えばそれで、もうやれないんかなって思います。でももうやれないで終わるんじゃなく、逆にこれをやろうみたいな発想にはなってますね。

バンドで救いたい人達っていうのもそうで、別に普通の人に届けとはあんまり思わなくて、悩んでる人にこそ響いて欲しいって感じです。学校に行ってなかった時にお父さんの音楽プレイヤー取ってきて、お父さんに内緒で夜中いろいろ曲聞いてたんですけど、それがきっかけで自分の中でこういう人らもいるんだっていう考えになりました。

ーこういう人らとは?

なんか分からないけどその人の曲を聞いちゃう人っていうか、それは憧れましたね。でもその時に音楽しようと思ったわけではなく、そう思ったのはここ2、3年かな。今までの人生恵まれなかったことが多かったけど、なんかやらなければ幸せになれないなっていう葛藤が自分の中であったからそれになろうかなって思って。

僕何回かプロの方とセッションしたことがあって、それもきっかけとして大きいですね。ギターで食って行こうかなって思ってた時にたまたまそういう人に巡り合えたんですけど、行きつけのスタジオの店長が『今この子いるからセッションしてもらったらどう?』って言ってくれて、「やります!」って。だからこれがきっかけっていうのはないんですけど、色々なものが複合して今の僕に成っているって感じですね。

今はどういう生活をされていますか?

今は通信の大学生をしています。友達の紹介で最近京都大学の研究室に行ったりしているので、実質京大生です。専攻が心理学なので、心理学の研究室にお邪魔させてもらって意見交換したりとか、ディベートをしたりしてます。職業でいうと学生で、今目指しているものとしてはバンドをやってみたいなという感じです。将来の夢は二つか三つくらいあって、一つはまあカウンセラーさん、二つ目はロックバンド、三つ目は塾の経営者になろうかなとも思ってます。僕の中でカウンセラーと塾の先生ってちょっと似てるなって思っていて、統合すると一つだから夢は二つっていう回答になる。

塾の先生は4、5年くらいバイトでしていて、将来的に自分でやっていく道もあるわけだから塾の先生にならないかって言われてます。で、もしそれをするなら今やってる心理学の勉強はしつつ塾に特化したものにしようかなと思っています。極論言うと、僕あんまり塾の勉強とか好きじゃないんですよ。子供に教える勉強があまり好きじゃなくて、だから普通の塾は作らないでおこうと思っていて、勉強させない塾を作ろうと思っているんですよ。

例えばですけど、一週間のうち5日間営業するとして、4日間勉強するんですよ。で、5日目は全然違うことをします。お楽しみ会とか、普通は経験させないことをしようと思ってます。例えば僕やったら音楽やってるんで、音楽スタジオちょっと入ってみようかって言って、ギターの機材全部セットしてこんなことするんだよって実際に経験させたりとか、あるいは京大生の友達がいるので研究室行かせてって頼んで実際に京大に行かせるとか、全然勉強とは違うことをさせようと思っています。なので勉強させない塾という。

4日間はちゃんと勉強させますけど、それも何か目的を持って勉強して欲しくて。あんまり頭でっかちにこれは必要やからと言って目的も無しに勉強させるのが嫌なんですよ。良い大学に行きたいからって理由では絶対でさせないです。そんな理由はありえないっていうか。

ーなぜですか?

良い大学に行って、じゃあ果たして何人が良い経験を得るかっていうのは別の話なんですよ。良い経験をしてほしいから、僕はそれを目的にしたいなと思ってます。でもそれには親の同意が得られるかとか、色々障壁があります。まあ前代未聞のことをするわけだから前例がないっていうのがネックです。ただ、これを成功さしたら全国初でできるわけであって、それを拡大していくこともできるなと。一つ懸念点としては、これは京大生とか音楽と関わっている僕だからできることであって、他の人が出来るかっていうと違うなって。

で、何故それを心理士と結びつけるかっていうと、元々心理士になりたいっていう思いの先があるんですよ。例えば人に話せないこととか、色々な人との語りを通じて自分の中の闇を浄化していくっていうか、その形が塾であったっていうだけです。もし必要になれば臨床心理士の資格も取ろうかなと思っているし、教員免許の資格も必要なら取ろうと思ってます。

最終的には子供だけじゃなく大人も塾に来ていいと思ってるんですよ。例えば中卒で終わってる人とかも高卒を目指して勉強するっていう体で塾にいてもいいんじゃないかなって思うんですよ。世の中中卒の人とかいっぱいいて、勉強する機会がないからたまたまそれがそのままになってるだけなんです。

高卒の資格って意外に必要なことがあって、例えば大学とか専門学校に行こうとすると高卒の資格が絶対必要なので、どれだけ勉強が出来ても高卒の資格が無いとそこに行けないんですよ。なのでその為に塾に行き直す、あるいは生涯学習の為にそこの塾に通うっていうのも一つの手段だなと思っています。まあ何かしらの目標を持ってそこに通ってもらえれば僕としては本望です。経営とかは置いておいて、構想の段階としてそれはあってもいいかなと思っていて、それも夢の一つかなと思います。

良い大学に行くというのが目的の勉強はありえないと、どうしてそう思うのですか?

ありえないと言ったらちょっと語弊があって、全然良い大学に行くのに越したことはないんですよ。ただそれを目標にしないで欲しいなと思っています。実際色々な人を見ていて、良い大学に入ったから安定だとかいうことはないなって。大学卒業してるけどフリーターの人もいるし、ただ目標がなくのうのうと生活してるのは違うんじゃないかなって僕の中で思っていて。そういう人って大体あんまり楽しそうな顔してないし、むしろ暗い顔してる人が多かったです。じゃあなんの為に勉強したのっていう話になるわけだから、そういう道じゃない方に行く為にやって欲しいかなって思ってます。

俺の中で知識は必要だけど、資格が必要かって言われるとそうではないです。臨床心理士なんて本当に必要な人だけしか知らないし、塾なんて全く無縁で、それこそ教員の資格の方がめっちゃ必要です。それだったら今行ってる通信の心理学はとりあえず卒業して、次に教員の資格が取れるところに行こうかなって考えてます。まあその時には塾で働きつつ行くっていう手もあって、それはその時にまた考えたらいいからあまり深く考えてないっていうか、なるようになるんじゃないって思ってます。

普段何か意識されていることとかはありますか?

人に紹介された音楽とかは絶対に聞きます。自分っていろんな人の要素で構成されて生きていて、いろんなものを取り入れたらそれがやがて自分になっていく。けど、取り入れるってことは逆に言うと取り入れないと自分にならないんですよ。自分の元々ある根幹はあったとしても、何かを取り入れていかないと発展はさせられないなって。ただ難しいのは、何かを取り入れてしまうと自分を見失いがちになるっていうか、薬でもあり毒でもありみたいなところがあるのでそれを大分気をつけていますね。

何かを完コピしてからそれをどうやってアレンジしていくかとか、そこは考えるようにしていて、全く一緒ってことは無いようにしてます。音楽ってうまい人なんて死ぬ程いるんですよ。サッカーとかもそうだけど、うまいけどプロになれない人は山程いて、逆に上手くはないけど何故かその人から伝わってくるものがあるからプロになれる人もいるわけで、そこの曖昧さや難しさはあるかなって思ってます。だから自分である為にも他のものを取り入れていく姿勢は日々大事にしようかなって思ってます。

自分はどういう人だと思われますか?

自分自身で思うのは、極力優しくはしているつもりなんですけど時々冷たいことを考えてしまうんです。どういう利益があるとか、何がメリットかって割と考えてしまうところがあって、そこの部分は怖いなって自分でも思っちゃいます。下手をするとそれが人付き合いにも出てきてしまうんですけど、僕は理性が結構強いタイプの人間なので自分の中でブレーキしてます。

ーご自身でブレーキをかけようと思う基準は?

人間を人間と思わない、モノと思う時かな。バンドをしていると人間関係っていうのが大事なんですけど、「お前使えないから使わない」っていう感じになりやすい。技術もそうだし、人間性であったり価値観とかが合わないってなるので、そこの判断力はすごい問われるところでもあって、そこを履き違えないようにしないといけないなって。

ー最近人をモノとして見ているなっていう瞬間はありましたか?

ないですね。自分の利益の為に誰かを犠牲にするのは良くないと思ってるんですけど、喧嘩した時とかにあまり思ってもないことを言ってしまう時があるので、それは大分気をつけています。怒りまかせで言ってしまったりとか、それは誰でも一緒だと思うんですよ。なるべく俺の中ではセーブしてるので最近はあまりないですね。

ーご自身が言われて傷付くことは?

自分の価値観とか個人性を否定されること。価値観とかってやっぱり人によって違うから、それを否定されるっていうのは自分の中ではきついかなって思っていて、それが自分の中で一番傷付くことですね。不登校だった時に祖母から『学校行かないお前は飯を食うべからず』みたいに言われたのは大分ショックでしたね。学校に行けない自分っていうのも自分の一部であって、自分を否定されたっていうことになるんですよ。だからそういうことを言われると相手の人間性を否定したくなるし、当時は大分尖っていたかなって思います。

意見が違うこと自体は別に全然構わないんですけど、人間性を否定されるのが嫌ですね。何を語るかにもよると思うんですけど、どんなことがあってもそれを否定してしまったら全部を否定してしまう。個人の一つの要素を否定するってことはその個人を否定してしまうことに成りかねないので、そこは大分自分でも気をつけてるところですかね。

今まではどういう人生でしたか?

影響が大きいのが祖母なんですよ。僕が中学校の時母方の祖母がうつ病になって、自分の実家で10年くらい一緒に過ごすことになったんですよ。その人がなかなかトゲのあるヒステリックな感じの人で、その影響が強いかなと思ってます。その時期に母親が妹の出産で家にいなかったのも大きかったですね。

だから中一の時に祖母が家に来る、不登校になる、妹が産まれるっていう人生のエピソードがこもっていて、中学生の僕にはやっぱり重たすぎましたね。親父は俺が話したことを『ああそうか』って聞くのが苦手で、あの時俺にできなかったことを妹にはして欲しいなって思います。妹の出産には立ち会って、へその緒も自分が切ったんですよ。あの感触は忘れないですね。その影響もあって妹に対して半分くらい父親みたいに思うんですよ。

ー保育園はどうでしたか?

保育園に行くのは嫌でしたね。入った初日に喧嘩売られてボコボコにされました。積木か何かで遊ぼうって思ったんですけど、『それ俺が使うからダメ』って叩かれたんですよ。それでもう行きたくなくなりましたね。母は仕事で忙しかったので仕方ないって今だったら思うんですけど、やっぱりどこか自分の中で愛情が欠けてるなって感じる時はありますね。結局忙しかったし、面倒見る人がいなかったからそんな感じでした。

ー小学校はどうでしたか?

小学校はちょくちょく行ってたみたいな感じで、遅刻日数3ヶ月、欠席日数1ヶ月なんですよ。学校に行ってない時はずっと映画とかアニメを見てましたし、飽きた時はおもちゃで遊んでました。プラレールとかで遊んでで、高学年になるとプラモデル作ってましたね。そういう意味では小学校はすごい楽しかったですね。

それで、中学校は本気の不登校になりました。中学校は何もしてなかった、というよりもゲームしてましたね。うつっぽかったです、ほんとに。『なんで休んでるの?』とか同級生に聞かれたんですけど、休んでいる理由とか分からないですよねやっぱ。

学校に行く時は嫌嫌嫌嫌って思いながら学校と家の板挟みになってました。家から暗示のように学校に行かないといけないみたいな感じで言われていたので嫌々でも行ってましたね。もちろん授業を受けていないで勉強ができるわけでもなく、みんなからは負のレッテルっていうか、勉強できない子だし学校にも行っていない子だしみたいな感じで見られてました。

母は祖母の僕に対する物言いとかを注意はしてました。でも僕は長男で、時代も時代だったし不登校とかの知識とか情報とかがなくて、叱って行かすのが解決方法だと思っていたんだと思います。それは真逆の効果だけど、あっちはそれを分からないから大分苦労したと思います。お父さんは昭和の人間みたいな感じでめっちゃ怖かったです。でもそれを負い目に感じているのか妹には絶対しないです。今は覇気が無くなったというか、反省してる感じです。

僕ね、そん時のこと忘れちゃうんですよ。病気でいったら解離性健忘って言うんですけど、嫌なことを抑圧しているんですよ。自分でも思い出せないっていうか、思い出さないようにしているんですよ。

ー高校は?

高校は単位が足りなくて高三の最後くらいで辞めました。高二の中盤まで俺全部出席してたんですよ。そこの部分だけ大分無理してちゃんと行ってたんですけど、やっぱ歪みが来るんですよ。ずっと自分で自分の首絞めながら、「いつはち切れるんやろ」って思いながら行ってましたね。でも自分でも気づいてなかったです。自分では無理ってわかってるはずなのに行ってたっていうか、あの感覚はもう二度と味わいたくないですね。

あの時は本当に人生絶望でした。あーもう人生お先真っ暗なんだみたいな、普通だった人間が普通じゃなくなったみたいな感じでした。普通でいたかったんですよ。普通の人間として生活したかったけど、苦しめられずフワッと生きた方が楽なのか、苦しめられても普通で生きるのかどっちを取るかっていうので、僕は苦しめられながら普通に生きたいと思ったんですよね。でもそれは結局自分を苦しめていて、だからそこで整合性が取れなかったですよね。

別に大人のせいにするわけじゃないけど、高校の時とかは結構大人に言われたことが正しいと思ってたんですよ。でもそれは全然違って、むしろ自分が最悪な方向に進んで行きました。まあそんな感じで高校を辞めてからはバイトをしつつ大学どこに行くか決めたり、高卒認定をまず取らないといけないなとか考えたり、今思えばなかなかハードでした。まあ多くの人間が経験することじゃなかったので、それこそ普通じゃなかったです。

ー学生時代にご友人はいましたか?

友達もいたかもしれないですけど、なんかそれよりもあまり人にそこまで心開けなかったです。合う人がいないというか、自分の思いを伝えても伝わらなかったです。それまでは話していて楽しいって思うことはあまりなかったけど、最近になってやっと話をしていてレベルが合う感じになったんですよ。この人といて楽しいと思うって、ある種自分とレベルが近いから面白いって感じると思うんですよ。まあそういう人がいなかったのもありますし、こうやって人に自分の思いを言葉にして伝えるっていうのが下手くそで全然ダメでした。

ー高校を退学された後は?

浪人しました。両親から大学行けよみたいなこと言われたわけじゃないんですけど、自分の中で追いつめてましたね。自分の母親も父親も高卒で、手に職つけて働いてるんですよ。よくよく考えたら別に大学に行く必要もないのになんでそんなこと考えるんだろうなって考えたら祖母の影響なんですよ。祖母が、『あの人割といい大学行ってるから』とか、何かあるごとに賢いからって付けるから、それの影響があったんじゃないかなと思ってます。あとは周りの大人とかが『良い大学出てるとこういうことができて』みたいなこと言ってたから、そういう感じに自分がねじ曲がったっていうか、大分尖ってましたね。

それで、自分で期限を決めて高卒認定と大学に絶対受かってやろうと思って一年間浪人しました。心理学部に行きたくて、その時一緒にバイトをしていたやつが大学の心理学部で、『そこに来いよ』って言われて受かったんですけど、もっと選択肢を見ようと思って短大に行きました。

その選択はめちゃ正解でした。一つはその2年後にコロナになったんですよ。でも僕はコロナになる前から通信大学に行こう思ってて、コロナでリモートになったら全員通信と変わらないんですよ。二つ目の理由はそいつとめちゃくちゃ喧嘩して、そいつは浮気癖があって人の女にも手を出すやつで、実際に当時付き合ってた子とかに手出そうとしてたんですよ。やっぱり許せないしありえないって思って切りましたね。

それが僕の20年間の生き様ですね。

最近は心理学にはまってて、これ知ると何かの足しになるなとか、ミッションクリアしていくみたいなのが楽しいです。今僕3年目なんですよ。それまでの2年間は出来たのに何もやらなかった時期っていうか、なんかそこに関心が向かなかったんですよ。通ってはいたけど自分自身そこに対してやる気が無かった、やる意味があるのかなって思ってて、今になって意味を見出せたかなっていう感じですかね。

京都に来たのは半年前で、バンドをやるっていう経緯で来ました。地元ではやりたいメンバーもあまりいなかったし、その時はあんまりそこまで意識はなかったんです。あとは家計の状態とか、状況の問題が多かったです。今はちょっとコロナも収まっていて、このタイミングだなって。メンバーはいたんですけど喧嘩して、今は絶賛バンドメンバー募集中です。でも正直すぐに会えると思うんですよ。直感です。これは大事です。

生きている意味は何だと思いますか?

誰かの為ですね。絶望を経験したから、自分はどこかでちょっと一回死んでると思ってるんですよ。でも何回か死んで生き返って、それがどんどんと重なって自分の人格が上がっていって、他の人を助けられる。誰かの為になるんだろうなって思って生きています。バンドもそうだけど、俺の中の生きがいって誰かの為に生きたいなっていうのがあって、俺は上に上がりたいけどそれは上に立つのが目的ではなくて手段です。俺が立たないと誰がやるのみたいな感じなんですよ、本当に。生きている意味は誰かの為ですね。

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