新型コロナを社会学的私(伊東)見方(2)

集団免疫という考え方

感染者の存在が一地域や一国に限定されている場合は人の動きを一定期間止めてしまうことによって感染を封じ込める方法で解決できるかも知れません。その方法を果敢にとったのが中国です。感染は時間差で世界に広まりつつあります。

国によってその対応については大きく違いがあります。これからは第三世界にも感染が広がっていくでしょう。先進国でこれだけ広がっているのですからこれから感染が広がりそうな第三世界ではますますその対処方法は難しくなると思います。

世界の人々がこれだけ行き来している中で完全に一つの国だけを終息させることは絶望的と言えるでしょう。次から次に他国から感染者からくるからです。人々の接触を止める方法も経済活動の停止を意味しますから長期に亘って行うことは事実上不可能です。

それで終息に向かわせるもう一つの方法として考えられているのは集団免疫です。ワクチン効果のように一度罹患すると抗体を持つ人が増えその人たちが将来の感染を抑えるだろうとする考え方です。多分感染症の専門家はこの方針を推奨する人は少ないのではないかと思います。あまりにリスクが高いからです。

私は政治主導でイギリスやアメリカはこの集団免疫の考え方をとろうとしているのではないかと想像しています。人々にある程度自由を与えて経済活動をさせながら罹患者を増やしていって集団免疫をつけさせ、将来感染のペースをゆっくりにしその間に解決策を作っていこうとしています。そのためには最小限の犠牲者つまり重傷者や死亡者はやむを得ないと考えているのではないかと思います。

しかし現実はそんな乱暴なやり方ではコントロールできないのがこの新型コロナなのです。この方法が医療崩壊に繋がらないか見極める必要があります。スウェーデンも人と人の間隔をあけたうえでという条件のもと緩やかな日常生活の自由を認めています。日本と違うところは人口密度です。だからできる政策ということもできるかと思います。


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