【GW特別企画】*tears drop memory card*【フェイトグランブルーファンタジーやる】最終回
いきなり暗黒でもうしわけないが、少年が男の左腕を切り落としていた。
「一体、麻酔なんてどこで買うんだ?」
自身のあまりの無痛覚ぶりに驚愕しながら、男、つまり、僕が問う。
「インターネット」
こちらも毎度おなじみでもはや恐縮だが、少年、いちごちゃんがそっけなく答える。
「でた、インターネット。それってずるだぞ。インターネットで簡単に麻酔が買えてたまるか」
「インターネットなら何でも買えるし、ハッカーはどの国の機密情報だって簡単に盗むことができる、今どきお茶の間のおじいちゃんだって知ってることですよ。常識です」
「知らなかった……」
「刑事ドラマを見てもう少し勉強したほうがいいですね」
ぼとん。
僕の左腕が完全に僕の肉体と分離する。ああ、無惨。これで僕は自分で自分の乳首とペニスを一緒に刺激する自慰をしなくてよくなる。いちごちゃんが興味無さそうに僕の左腕だったものをバケツに放り投げる。血がたくさん流れている気がするが、麻酔のせいか、なんだか他人事にしか感じられない。
「今、何時?」
「13時半」
本来ならゲーム配信をはじめているはずの時間だった。
それが、まさか、こんなことになるとは。
ゴールデンウィーク最終日だっていうのに。
「ねぇ、のどが渇いた」
「我慢してください。ただ寝転がっているだけの先輩よりも、疲労度は僕のほうが甚大なわけですから」
だったら今すぐこんなことはやめればいいのに、いちごちゃんはといえば、すでに左足の切断に取り掛かり始めているところだった。ノコギリの刃先が足の付け根に触れるのを見る。
「これってネット配信とかしてないの?」
「するわけないじゃないですか。頭おかしいんですか」
そうなると、やはり今日のゲーム配信はお休みになりそうだ。昨日もサボってしまったので、そろそろ視聴者の誰かが異常を察知してくれているとありがたいのだが、ゲーム配信とは名ばかりで一度もまともにゲームをやらなかったわけだし、単純に飽きたと解釈されるのが関の山だろう。
生きている間にゲーム配信を待望されるほどの価値すら稼げなかった自分が情けなかった。
生きている間、と云ったが、しかし、実際のところ、僕はこれから僕がどうなるのか知らない。
「先輩、起きろ!」
呼ばれ、目が覚めると僕の部屋にいちごちゃんがいて、すでに全身の感覚もなくなっていた。このまま僕を殺す気なのか、それとも、四肢をすべて切り落とすだけで終わるのか、いちごちゃんは何も云わないし僕も聞いていない。
ごとん。
左足も落ちる。
これで僕はもう二度と軸足を置いてボールを蹴らなくてよくなる。もうチームメイトの怒号に怯える必要もない……って、僕の気持ちは一瞬だけ中学生に戻る。
なんだか、こうなってくると動機とかはどうでもよくなってきて、というか、生きるとか死ぬとかもどうでもよくなって、ただ、ゲーム配信ちゃんとやってみたかったなぁ、とかそんなくそくだらないことしか考えられなくなる。
考えろ、といちごちゃんは僕の配信にコメントを残した。
僕たちこれからどんどん酷い目にあうんだぞ、と。
しかし、僕は考えないし考えたくないし考えた末に考えないということを決めたのだ。
「全部終わったら、昔に戻ってまた一緒にパンダでも探しましょうか。死んじゃったパンダのかわりを。先輩が望むのであれば、ですが」
「パンダ……」
そうだ。パンダは死んだ。食べられて死んだ。
「いや……やめとくわ」
「そうですか」
パンダを食べられ、回答権を没収された僕には、もはやここは暗いとか寒いとか感じる自由すらないし、正直なところそんなものはハナからいらなかった。
その結果がこの有様なわけだが、しかし、僕はこの現状をあまり悲観はしてない。
なぜなら、いちごちゃんは名探偵で、名探偵は無謬の存在なのだ。間違いのないことしか云えない病気なのだ。必ずいつだって完璧に正しいのがいちごちゃんという存在が持つ特性なのだ。それが、果たして僕にとっての正しさなのか、いちごちゃんにとっての正しさなのか、それとも、世間全体で見たときの正しさが適用されるのか、それはわからないが、少なくとも間違いではないのだ。ここで僕の左腕と左足が切り落とされ、次にノコギリの刃先が右足に沈み込んでいくことのこれは間違いではないのだ。
そして僕は、間違いでないのであれば、四肢を失っても、最悪命を失うことになっても、まあ、致し方ないな、という気分なのだった。
いちごちゃんが名探偵であるということが僕の肉体の喪失に意味を与えてくれる。大阪に、関西に、僕の青春が詰まった街に帰還する可能性を失い、もはや絞りカス程度の価値しかなかった魂に、今、いちごちゃんは新しい価値を吹き込もうとしている。
それが間違いであるはずがないのだ。
どぼん。
ほどなくして、右足が落ちる。これで僕はもう二度と、外をあてもなく出歩かなくてよくなる。僕の放浪の旅は、ここで終わる。今まで、ありがとうございました。
残るは右腕だけだ。右腕を切り落とされて、そして僕は一体どうなってしまうのだろう?いよいよ首を切り落とされてしまうのだろうか?それとも、肉体の切断は右腕で終わって、僕は四肢を失った状態で今後の人生を生きていくことになるのだろうか?その後には一体何が待っているのだろうか?昔、僕と同じように四肢を失い、絶望の淵から生還した奈津川三郎の目の前には希望しかなかった。奈津川三郎はもうこれ以上は悪くならないところまで行き、そして救われた。であれば僕もまた、この先には希望が待っているのだろうか?四肢を切り落とされ、もうこれ以上は悪くならないところまでたどり着いた僕は、いちごちゃんによって新しい価値を吹き込まれた僕は、やはり奈津川三郎と同じように偽物の「手」と「足」を自分の中から仕入れて踊りまくるのだろうか?暗い夜が明けるまで。明るい朝がやってくるまで。一人で。しかし満足して。
「」
いちごちゃんが何かを云うが、僕にはもはやその言葉の意味を理解することができない。血が流れすぎた。満足な血液の供給が途絶え、脳みそは本当の意味でその役割を放棄しようとしている。
考えろ、といちごちゃんは云った。
考えない、と僕は決めた。
ぼちゃん。
右腕が切り落とされ、完全に四肢を失った僕は次のいちごちゃんのアクションを待つ。いつまでも。永遠に。
いとうくんのお洋服代になります。