熊本県産アサリ偽装問題の背景 漁獲量はピーク時のわずか3% 海の異変? 問われる消費者側の意識
今月初旬から、全国のスーパーで熊本県産のアサリが一斉に消えた。農林水産省は2月1日、「熊本県産」として販売されているアサリの大半に産地偽装の疑いがあると発表。
全国の小売店を実態調査した結果、熊本県内に実際に漁獲された量をはるかに上回る熊本県産のアサリが販売されており、さらにその97%で「外国産が混入している可能性が高い」とした。
これを受け、蒲島郁夫熊本県知事は同日、臨時記者会見を開き、生鮮アサリの出荷を8日から約2ヶ月間、停止する方針を示す。金子原二郎農林水産大臣も、1日の閣議後の記者会見で、
と記者団に語った。
農水省は今後、熊本県などと実態の解明を進める方針。また、食品表示法などの違反が確認された場合、警察などと連携し、厳正に対応する。
そもそも農水省は、かねがね噂のあった産地偽装の情報提供などを受け、昨年2021年10月から12月末にかけ、全国の広域小売店の1005店舗を対象に初めてとなる実態を調査していた。
調査期間である3ヶ月間に熊本県産と表示されていたアサリの推計販売量は2485トン。しかし豪雨による水害などで落ち込んだ2020年の年間の漁獲量は21トンに過ぎなかった。
そこで、実際に店頭で販売されていたアサリ50点を買い上げてDNA分析を行ったところ、熊本県産の97%が中国産や韓国産などの外国産が混入している疑いが判明した。
ただ、問題は単なる産地偽装の疑いにとどまらない。アサリの漁場から、さらには私たち消費者の意識をめぐる、構造的な問題が横たわっているのだ。
問題の概要
現在の食品表示におけるルールでは、輸入したアサリを一定期間、国内で生育させると、「国産」として表示できる。しかし農水省は、このルールで熊本県産と表示されている量に比べ、外国産の混入率が圧倒的に高いとみている。
一方、熊本県に次いで流通量の多い北海道産や愛知県産が外国産の混入がなく、“ブランド力“のある熊本県産に産地偽装が集中していた。アサリの生産に携わる地元の漁協は西日本新聞の取材に対し、
漁協の組合長によると、漁場では業者が輸入した中国産や韓国産のアサリを1週間から半年間ほど養殖し、問屋の求めに応じて出荷。
組合長は、
と西日本新聞の取材に対し、打ち明けた。
養殖に携わるのは、地元の漁業者らでつくる組合。漁場の現場は漁協の管轄下であり、組合側から漁協に対し、「漁場代」が支払われる仕組みとなっている。
このような熊本県産アサリの産地偽装は、過去に何度も問題化。組合長は、
と語る。
問題を受けての対応
問題を受けての熊本県の対応は素早かった。問題発覚後、県は8日から県産アサリの出荷を停止する。
このような、「流通を止める」という措置までに決めた背景には、水俣病の教訓があった。一見すると水俣病とは次元が異なるかのように見える、今回の問題。
しかし、生活の根幹を支える「食」という側面においては変わりない。水俣病のときには、行政の初期対応の遅れが被害の拡大を招いた。そのような失態を繰り返さないためにも、今回のような異例の対応が取られた。
水俣病の公式確認は1956年。当時、国は「すべての魚介が有毒化しているとは認められない」とし、漁獲の禁止措置を見送る。
しかし、蒲島県知事もたびたび、
と語る。
今回の産地偽装の問題を受け、県内外からも厳しい声が上がる。
県によると、問題を報じた1月のTBSの報道から2月3日までに寄せられた電話やメールは293件に上ったという。
TBSの報道を受けて開かれた県の会議において知事は、深刻な健康被害をもたらした水俣病の歴史を踏まえ、担当する部長らに迅速な対策の必要性を訴えた。
熊本県の対応
早速、熊本県のホームページに動きがみられた。とくに、「熊本産アサリブランド適正化協議会(仮称)の設立と題し、
とする。
また、県のくらしの安全推進課に「産地偽装110番」を開設、「偽装されている疑いがあるアサリを見かけた場合は連絡をお願いします」としている。
さらに「熊本県産アサリの紹介」と題し、
とする。
問題の背景
大量の外国産アサリが「熊本県産」として偽装されていた背景の一つに、海の異変に関する問題がある。
最盛期には、全国のアサリの4割を占めたほどの一大産地であった有明海・八代海であったが、2020年の漁獲量はわずか21トン。
出荷停止により漁民は再び、生活の糧を失うこととなった。
中国や韓国から輸入された生鮮アサリは、一定期間、養殖場で育てられる。このことを「畜養」と呼ぶ。だが海で畜養するには漁業権が必要となり、漁民でつくる組合が請け負う。
そして組合側は漁協に対し、「漁場代」を支払う。ここまでは合法だ。
だが畜養されたアサリは業者が市場に卸す。この養殖場と市場とをつなぐ業者の段階において、産地がすり替わる。
食品表示法には、原産国表示を原則とする一方、2カ所以上で成育した場合には、その期間の長い方を原産地として表示できるルールがある。
しかしながら、漁協の組合長は、
と取材に答えていた。
蒲島県知事は、この表示ルールそのものの見直しを国に要請する見通しだ。
漁業者はこう語る。
産地偽装の背景には、貝の成育環境の悪化も影響している。熊本県によると、県内のアサリの漁獲量の最盛期は1977年の6万5732トン。
だが、近年のピークは2011年の1922トン。19年は339トン、20年には21トンに下落した。
組合長は、「業界は変わるべき時に、変われなかった」 と悔やむ。別の漁業関係者は問い掛ける。
我々に責任はないのか?
過去20年にわたり、水産物における産地偽装は繰り返されてきた。2000年から産地表示は義務付けられたものの、産地偽装はなくならない。
最初にアサリの産地偽装が大きな問題となったのは、2005年のこと。当時の輸入アサリのシェアは6割ほどで、このうちの6割が北朝鮮産であった。
しかし、当たり前だが、店頭で「北朝鮮産」と表示されることはなく、それは「中国産」と偽装されていた。
だが2007年末から翌年にかけて中国産の冷凍餃子による事件が起きると、今度は消費者がおのずと中国産を避ける。
結果的に、中国産・韓国産アサリが熊本県産や愛知県産として流通していった。国産のアサリの漁獲量は、1960年代から80年代までは常時12~16万トンあった。
それが、90年代から急落、2020年には4305トンにまで落ち込んだ。ピーク時のわずか3%に過ぎない。だが、日本全国でアサリが消えてしまった理由はよく分かってはいない。
干潟の埋め立てが影響を与えたというのは間違いないとはみられているものの、埋め立てがなされていない場所でもアサリが急減している。漁獲、水質の悪化、エイによる捕食、あるいは一般人による無許可採捕などの影響も考えられるという。
私たち消費者にも責任はある。消費者は「安い」国産アサリばかりを求め、中国産は避ける。
しかし大手スーパーは、スケールメリットを駆使し、消費者が望む国産アサリを安く買い集めようとする。だが、国産の水揚げは少ないので、中国からの代替品を納品せざるを得ない。
それだと小売りが外国産を拒否するため、産地偽装がなされて、中国産を国産と偽って出荷する。このような構図が横たわっている。
消費者側も、現実を無視し過大な要求を繰り返したはいないか。消費者は”消費”するだけだが、しかしそこにも漁業者の命が懸かっているのを忘れてはいけない。
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