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6.轟音(丸に梅鉢・楽曲コラム)

「とっとと世界に失望しなさい。」

この曲を作った時の私に、言いたい。

今はもう、この曲のように眠れない夜を過ごすことが無くなった。

それは「失望することへのスピードが上がった」からだ。

「失望なんて、そんな大袈裟な。」
「失望しなければならないほど、あなたの人生、悪くないでしょう?」

そんな声が聞こえてきそうだ。

悪気がないのは分かっているが、全くもって余計な一言だ。

眠れなかった当時は、そういった他者の意見についても真剣に考え、答えていた。

他者の意見の中に、自分が安心して眠れるようになるヒントがあるのではないかと思っていたからだ。

しかし、そこにヒントはなかった。

なぜヒントはなかったか、別の状況で想像してみたい。

美貌に執着し、整形を繰り返す女性がいたとしよう。

「整形しなければならないほど、あなたは醜く無いでしょう?」

そう聞くだろうか?

それだけで、相手の絶望を何も分かっていない、というメッセージになりうることが分かるだろうか?

それが愛情からくる言葉であっても、だ。

では、もう一つ踏み込んで、女性がその問いかけで、過呼吸を起こしたとしよう。

それを「彼女には迷いがある」と捉え、整形しなくてもよいという美醜への価値観を懸命に伝える人が現れたら、どうなるだろうか。

なんという地獄。

(自分で設定したシーンだが)

他者が何に失望し、何に救いを求めているか、分かっていない。

私は、こういった地獄の齟齬のことを「轟音」と呼んでいる。

「轟音」という無神経さだと思っている。

その「轟音」が、私を眠れなくさせる正体だ。

人それぞれ、さまざまな「轟音」があることだろう。

心の奥底から自分自身という失望を味わう時、他人の干渉は必要ない。

むしろ、干渉出来ない、という弁えが必要だ。 

君は無頓着

 『丸に梅鉢』6.轟音より

この曲のサビは、このような他責で締めくくられる。

地獄の齟齬「轟音」は、他責という方法で向き合うほどに大きくなり、干渉し合う。

幸福のヒントは、「轟音」とは別の次元にある、とても見つけづらい小さな小さな隠し扉の中だ。

しかし、目の前の轟音をどうにかしようとしてしまうのだ。

その次元に「不動の幸福」は存在し得ない。

齟齬に飲まれず、たったひとりで世界に失望しきったとき、「轟音」は台風の目のように、突如、静かになる。

そこに、小さな隠し扉は潜んでいる。

まだ、私も、その扉を見つけていない。

さまざまな齟齬がもたらす轟音をかき分けているところだ。

姿は全く見えていないが、扉は必ずある。

新しい失望を次々に捲る。

地獄の齟齬をものともせずに。

そういう人生にしたいものだ。



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