見出し画像

2023年12月27日のニレケヤキ

植物に興味を持つようになって上野公園に盆栽の販売所がある事を知った。
Twitter(俺はXとは呼ばない)で検索すると歳末感謝祭で20%オフとの事。
それで年の瀬の週末に根津まで歩いた。
家を出て御徒町を抜け、デリーを過ぎて天神下を右折。目の前に不忍池が広がる。
盆栽はど素人だが桜を買う事は決めていた。
桜の盆栽を20年以上昔に一度購入した事があった。
今はもうない表参道沿いの店で買い、一度も花をつけることなく枯れたあいつの復讐を俺は秘かに誓っていた。

グリーンクラブ常設売店は思いの外賑わっていて、皆真剣に鉢を選んでいた。俺もその中に加わって鉢を見る。
見方は分からない。根張りがどうとかジンシャリとかを覚えたのはもう少し後の事だ。
分からないながらも一つ一つ鉢を見ると好みの種類や形がなんとなくあった。
二度の煙草休憩を挟みながら並んでいる鉢を全部見た。
そして俺はその中の一鉢に心を奪われた。
白く滑らかな樹皮。まるで大きく両手を広げているような樹形。

俺は桜を買いに来たんだ。
桜と言えば、のソメイヨシノは高かった。しだれ桜もいいな。旭山は樹形が良いぞ。
思案する振りをして俺はちらちら奴を眺めた。
いやいや桜だ。なにせ国花扱い。センターを務めるのはどこの馬の骨かわからないあんな奴じゃあない。
おれはそいつの名前さえ知らない。得体のしれない奴の名前くらいはせめて知っておこう。
そう思って札を見た。
読めない。
小さなスペースにマジックで手書きされた文字は判然とせず、それでもかろうじて漢字2文字で後ろの字が欅である事は分かった。
三回目の煙草休憩で検索に引っかかったのは楡欅だった。
読めない。

俺は桜を買いに来たんだ。
読み方の分からないあいつじゃない。
頭の中で桜の曲をフル回転させて気持ちをつくる。ケツメイシ、直太朗、川本真琴、さくらさくら会いたいよとあんまり売れなかったアンサーソング。思い浮かぶ桜の歌はどれも古い。

俺は桜を買いに来たんだ。
だからその日は旭桜を一鉢買って帰った。
確か3000円の20%オフで2400円だったと思うがあまり記憶はない。

その日買った桜

その日から奴が気になってしょうがなかった。
楡欅はニレケヤキと読むことを知った。
水やりの頻度や植え替えの適期を調べた。
まだ買ってもいないくせに。
値段も覚えている。1500円の20%オフ。
あいつは既に売れてしまっているかも知れない。何だかわからない焦燥感に駆られた。

12月27日は仕事納めだった。そしてセールは明日までだ。
外出の用事があって、ちょっと遠回りすればグリーンクラブに寄れる。
真面目な俺は勤務時間中だと言う。
もう一人の俺は年の瀬に急ぎの仕事なんてないと囁く。
明日は用事で動けない。

仕事を済ませた俺は案の定、根津に降り立った。
季節は冬だが頭の中ではT.M.RevolutionのHOT LIMITが鳴っている。
足早に売り場に向かう。
あいつがいる売り場へ。早く。早く。売れてしまう前に。早く。

たどり着くとそこには、TMで言うところの「やれ 爽快っ」のポーズみたいなニレケヤキが俺を待っていた。

寒樹姿のニレケヤキとうちのキング
芽吹き始めた3月15日現在


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?