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ドッグ、あるいは人間トレーニング (2)

今のところ、私は武器は使わない、狩りはしない、という姿勢で生きている。

昔、都会のおしゃれなオフィスで働いていたとき、「うちの犬は狩猟犬」というのは言い出しにくかった。仮に言ったとして、反応はみごとにまっぷたつだった。「ハンティング?え〜残酷!」または「いいね!家族、親戚も狩りする人いるよ」のどちらか。そして、後者はごくわずかだった。おそらくアメリカの内陸の方では狩りは普通なのかもしれないが、海沿いのリベラルな町では、普通ではないらしい。それがちょっと郊外のしかるべきところに行くと、そういう人たちはたくさんいるのだ。

時とともに私の環境も変わり、私が狩猟犬を飼っているのは今ではみんな知っていることとなった。みんな、という数が激減したけれど。自宅でのオンライン活動が増え、犬が画面に現れ、公私とも、一緒に参加するようになった。そもそも、公私の境目が極めて曖昧になった。そのうちに気がついた。オンラインでいろんな人たちといろんな活動をしているが、一緒に暮らしている犬たちとは、家でごろごろか散歩(野原か森か山)かトレーニングか、夫がたまに出るトライアルくらいだ。彼らは私がオンラインで話していると、決まって私の周りにやってきて、アテンションを求めてくる。普段はやらないのにおもちゃを持ってきたり、そばでガリガリおもちゃをかじったり、聞こえよがしにガスを発したり。毎度つとめて冷静に「今のは犬です」とお伝えしている。下手に焦ると私だと疑われるかとヒヤヒヤしながら。Zoomのバックグラウンドの音消し技術が向上してありがたい限りだけど、犬も確実に大胆になっている。 

犬は声は聞こえても、人間が画面の向こうにいるという考えには至らないのだろう。夫から電話があると、声の方に顔をむけるが、画面をのぞきこむことはない。でも先日Zoom の画面に映った自分を「あれ?これ、自分?」と覗きこんでいた。オンラインが始まった頃、仕事で接していた子どもたちが、オンラインということ自体がよくわからないようだったのに、時がたつにつれて、オンラインでもちゃんと友情を育んでいたように、犬には犬のスピードで、認知、学習しているのだろう。

ミーティングになると、同僚の幼い子どもが「マミィ〜」とやってきてあれこれリクエストをしていて、「ミーティングになったら来るのよね。普段はいい子してるのに」と言っていて、あぁ、人間の子どもも同じなのか!と思ってうれしかった、ということもあった。

そんなこともあって、オンライン生活から1年以上たってベイリーとトレーニングを受け始めて、これがうちの家族みんなのプロジェクトみたいになってきた。夫は運転手でトレーナーでマネージャーでときどき通訳(英語を英語で通訳する)。はたまた、ゴルフのキャディーのような感じ。

しかし前置きが長かった。ここから、今まで学んだことを挙げてみる。

1. 風を読む
最初のトレーニングは、風を読むことから始まった。匂いは風にのって流れるので、犬は風下に行きがちになる。鳥はコースの藪の中になるだけ動かないように隠れている。犬が来たらやむなく飛び立つが、鳥はできれば動きたくない。犬が探さずにハンドラーがその後で通って鳥が飛び立つと、犬が探せなかったということで失格になる。というわけで、探し漏れがないように犬を走らせなければいけない。

トレーニング初日、ベイリーを連れて行ったところで「さて、風はどっちに吹いてる?」といきなりトレーナーに聞かれる。「おぉ、狩人の哲学かい?いいねぇ」と思い、風にそよぐ草を見る。わからん!凝視して3秒、「こっち?」と指差す。まるで子どもな回答に自分で苦笑。「正解」とトレーナー。昔、キャンディキャンディが指を舐めて高く上げて風を読んでいたっけ。やってみたけどよくわからなかった。犬の毛が抜ける時期なので、背中の毛をひとつまみして空中に放ってみる。土ぼこりをあげてみる。

2. コースを読む
コースは平坦とは限らない。なだらかな草原だったり、丈の高い草が生えていたり、森と草地の間(ヘッジロー)だったり、いろいろある。何度もギャラリーとして参加しても、ただ草が揺れるのが見えたり、蛍光オレンジの帽子が動くのが遠目に見えるだけのこともある。 

コースに石垣や木がある場合、どこで犬をターンさせるか、自分がどう動くかを前もって大まかに決めるのも大事。走っているときはとにかく短時間でいろいろ見たり感じたりするので、今ターン!と思って笛を吹いて横を見たら木があって行けな〜い!など、あるのだ。特に私のように狩人の目を持ってない人間は要注意。

片方が石垣で片方が森、など種類が違うカバーを走らせる場合、犬が片方に行きたがらないことがある。心理的にブロックを感じるらしい。そんなとき、ハンドラーの立ち位置や犬との距離次第で、犬が行きやすくなる。コースを前もって見ておくことで、自分がどう動いたら犬が動きやすいか、犬にどう動いてほしいか、考えられる。犬はすごいスピードで走るので、安全のためにもこれは重要なポイントになる。頭の中に空想のマップを描き、どこを探したか、塗りつぶしていく。私にはまだ高度すぎてできていない。

3. 鳥の動きを読む
鳥の種類によって動きが違う。基本、鳥はできれば藪の中に隠れて事なきを得たいようだ。キジは歩くのがとても速いので、飛び立つよりは走って逃げる。犬が急に一直線に走り始めたら、キジを追いかけている可能性大。キジはいったん飛び立ったら高く飛び立つが、飛び立つのが低くゆっくりな鳥もいる。ある日、ベイリーが一直線に走り去ったと思ったので、「こらぁ、戻ってこい」と呼ぼうとしてトレーナーに止められた。「何で行ったと思う?ちょっと様子を見てみよう」と。すると、ずっと先でキジが飛び立った。キジの匂いを嗅ぎつけ、そこからその匂いをたどって行き、追いついて飛び立たせたという訳だ。ちなみに、その後でベイリーが探している最中に、実際にキジが私の目の前を早足で歩いて逃げている姿を目撃した。

ドッグ、あるいは人間トレーニング(3)に続きます。

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