エンジニアからみた「僕らはそれに抵抗できない」 〜エピローグ編〜

この記事は、岩手県立大学 Advent Calendar 2019の19日目の記事です。

2019年に読んだ本をソフトウェアエンジニア目線 + ちょっと岩手目線、で語るシリーズ第3段です。※シリーズ化しました

今回は、アダム・オルター,  "僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた"(2019)を読んで気になった部分を引用とコメントとともに紹介します。

なぜこの本を読もうと思ったのか?

毎日インターネットとともに生きているので、ニュースやSNSを読むのにかなりの時間を利用していることが気がかりでした。

一方、長女(3歳)に iPad で Youtube をみせたところ無限に見るくらいにハマっておりまして、わずか3歳でも「ハマる」「依存」ということがある事実が気になっていました。

ハイライト & コメント

自分の子供達はまったくiPadを使っていないと語っている。「子供が家で触れるデジタルデバイスは制限しているからね」

これは誰が語ったかというと、iPad を世に出したジョブズである。この本のプロローグでは、ジョブズだけでなく、クリス・アンダーソン(WIRED元編集長、ロングテール、FREE、MAKER などの数々の言葉を世に知らしめた)、エヴァン・ウィリアムズ(blogger, twitter, medium を生み出した)ほか業界の著名人が自らの子供にはデジタルデバイスの使用を制限していることを紹介する。

3歳でほぼ自由に触れさせている我が家とは正反対である。。。すでに教育方針を間違えてしまったのだろうかと一抹の不安がよぎります。

インスタグラムには終着点がない。他の様々なソーシャルメディア・プラットフォームも同様だ。フェイズブックのフィードはエンドレスにつながっていく。ネットフリックスでドラマを観ていれば、自動的に次のエピソードに案内される。出会い系アプリのティンだーでは、もっといい相手を求めて延々とスワイプしつづけずにはいられない。

まさに僕の本書を手にしたきっかけである。僕の場合は、インスタグラムやネットフリック、ティンダーにはハマっておらず、Facebook、Twitter 、はてなブックマーク、Yahoo!ニュース、であった。気づけばPCブラウザでこれを見ようとするし、スマホでも同様である。見ること自体は悪ではないが、どうも時間がもったいなく感じてしまう。2019年7月に次女が生まれ4人家族になってからはなおさら自分の時間が貴重になってきたなか、意味も無くこれらのサイトをみようとしているのが嫌であった。

「スクリーンの向こう側に、あなたの自制心をくじくことを生業とする人間が大勢いること」が問題なのだ

本書では、これをビジネスとして生業にしている人たちがいることを前提に進んでいく。ある種の暴露であり、陰謀論感もある。一方的な情報な感じもするので少し疑いながら本書を読み進めていったほうがよい。

最先端と言われる世界に携わる彼らは、2つの真実に気づいているのだ。1つは、人が依存症(addiction)というものを非常に狭い意味で理解していること。(中略)(2つ目は)企業家たちは、自分が売っているツール(ユーザーが夢中になる、すなわち抵抗できずに流されていくことを意図的に狙ってデザインされたプロダクト)が見境なく誘惑することを認識している。

人々は、依存症のことを狭義で捉えすぎていると筆者は言う。依存症というのは、薬物、アルコールだけではない。インターネット上では「いいね」がほしい、ゲームをクリアしたい、次の動画をみたい、シェアしたい、新しい情報がほしい、コメントへの反応がほしい、、、すべてが様々な試行錯誤の末にユーザーがストレスなく「ハマる」ような体験に設計されているという。

ちょっと陰謀論感を感じてしまうが、サービスを設計する側の仕事をしているときを思うと、最近は「ペルソナ」「リーン」「ABテスト」「UX」「グロース」「リテンションレート」などの単語が示すように、ユーザーの声と反応をみながらサービスをつくっていくやり方が支持されている。これはまさに「中毒」「依存」の裏返しだ。サービスを作る側は、そんな気がないのに実は中毒性・依存性の高いものを世に生み出している可能性すらある。会社側からすると中毒性・依存性の高いサービスを作ることが、各種KPI指標の上昇とリンクするからだ。

ドラマを一気に何話分も視聴せずにいられないビンジ・ウォッチング

これは動画サービスを利用したことがあれば誰でも理解ができる依存の例ではないだろうか。ビンジ・ウォッチングというらしい。Binge とは、英語圏での「度が過ぎる」という意味のようだ。

現代人は、目標を設定することの利点にばかり焦点をあわせ、その欠点を考えようとせず、問題を悪化させてきた。(中略)今の私たちは目標をいかに効率良く時短で達成するか、そのことばかりにこだわって、危機感を覚えて一時停止する能力を失っている。

目標というのが明確にわかりやすく運用されている例は、会社の評価制度である。この指摘があるまではとても優れた仕組みだなと思っていた。なぜならば、数ヶ月に一度目標という名の業務計画をたてると、多くの人がその通り動き、多くの人が達成できるのである。自分もその枠組みのなかで動いていた。

しかし、著者はそれを「いつの間にか行きすぎてしまった」という。著者のいう「効率良く時短で達成するか」これをいまの国内でよく聞く言い方にすると「生産性」である。つまり、生産性のことばかり考えすぎているというのだ。

思えば、一番の身近な例は、ニュースの3行解説や書評サービスかと思う。本を読むのは非常に時間と根気のいる作業である場合が多い、なにせ本を一冊読むのは時間がかかるし、集中力がいる。そんなときに、わずか数分で概要をかいつまんで読んだ気になれるのだ。このようなサービスは、興味を持つコンテンツを探すには価値があると思うが、結論しか理解をしないので応用が利かない。また僕のよう元々暗記が得意でない人からすると、ストーリーがないと記憶の定着もない。

フェイスブックが登場してからというもの、人間関係が終わりを迎えたときに、過去ときっぱり決別するのはとても困難になりました。

たしかに、もはや一期一会という言葉は理解されにくくなるのかもしれない。Facebook や Twitter、LINE のアカウントを交換した時点で、つながりは半永久的なものになる。

これは人間関係をリセットするということができなくなる。言い換えれば、これまで以上に失敗への恐怖が高まる社会でもある。

行動嗜癖には、6つの要素がある。
第一に、ちょっと手を伸ばせば届きそうな魅力的な目標があること
第二に、抵抗しづらく、また予測できないランダムな頻度で、報われる感覚(正のフィードバック)があること
第三に、段階的に進歩・向上していく感覚があること
第四に、徐々に難易度が増していくタスクがあること
第五に、解消したいが解消されていない緊張感があること
第六に、強い社会的な結びつきがあること

現代の行動嗜癖(= 行動に関する依存。薬物などの物質の摂取を伴うものは物質嗜癖という)は、必ずこの要素のうちすくなくとも1つを備えているという。

本書の第二部では、これらをの各項目ごとに章を割り当てて詳説している。

僕は、これらは必ずしも悪ではないと思う。なぜならば、当事者にしてみれば「楽しい」「幸せ」を感じられる場合もあるからだ。だからといって、賛成もできない。この本は、あくまで「悪」という前提に立つ場合が多いが、そこは一歩引いてみることをオススメします。

NEXT

ほんとは1記事で1冊紹介しようと思っていたのですが、エピローグの紹介だけで1記事を追えてしまったうえに、エンジニア的視点が少ない記事になってしまいました。

本編はまた後日。



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