みんユルクロニクル#9 『青と赤の旗の下に』
※前回までのお話はこちら。みんユルクロニクル#8 『DIVA』
2020年5月20日 水曜日 10:00
ぼくは普段、基本的に広告の映像を作って飯を食っている。CMやWEBムービーをつくる場合、ぼくの仕事は、通常、演出コンテを描くところからスタートする。演出コンテとは、カット割りやカメラアングルだけでなく、演技、美術、セリフ、効果音、タイトルなど、映像を構成するあらゆる要素が記載された、言ってみれば、映像の設計図のようなものだ。ちなみにこんなやつ。
この微妙な演コンは、大昔、マスコット総選挙の東京ドロンパ応援用に描いたやつ。勝手に描いただけなので、映像化はしてません。仕事で描くやつは当然守秘義務があって見せられないので…。今はタブレットだけど、このころはまだ紙に描いてたらしい。時代を感じる。
制作がスタートすると、基本的にはこの演出コンテを元に全てのスタッフが動くことになる。ここで映像の制作プランがすべてが決定してしまうので、演コンを描くことは、業務上、一番時間をかけ、頭を使うプロセスなのだ。逆に言えばここで徹底的に考え抜くので、この過程を経れば映像表現上、一応の芯のようなものが出来ていることになり、その先の工程で迷うことはあまりなくなる。
当然のことながら、みんユルにはその過程はない。すべてフリーハンドの状態で話が進み、基本的にはリアクションで動いている。特に、急遽ノリで製作を決めた、このKIMIKAさん本気バージョンに関しては、本当にノープランだった。
錨を上げて
昨夜送られて来た映像素材は、KIMIKAさんが撮影してくれた3アングル、5テイク分のムービーファイル。それぞれ、曲の頭から終わりまでのフル尺の、いわゆる「リップ」と呼ばれる、歌っているKIMIKAさんの姿が映った映像素材だった。
まず大前提として、ちーかまさんのミックスを最初に聴いた時に、歌自体が素晴らしすぎるので、これを聞かせるだけでも十分にコンテンツとして成立するぞ、とは思っていた。だが、これをこと映像作品として考えた場合、画が単調になってしまい、少し味気ない。3分という尺は決して短くないし、自撮り素材なのでカメラは完全にフィックスなので、カメラワークに頼ることも出来ない。
さて、これをきちんと映像作品として成立させるためには、なにをすればいいだろう。歌うKIMIKAさんの姿を見ながら、しばらく考えていた。
よし、とりあえず並べてみよう。
ぼくは、普段は絶対やらない方法をとることにした。「考える前に手を動かせ」である。Don’t think work.
仕事において、考える前に手を動かすなんてことは絶対にない。せいぜい考える過程でとりあえず画を描いてみるぐらいのことはするが、いきなり作り始めるなんてことは絶対にしない。というより出来ない。冒頭で書いた通り、本来は机上で考え抜いた上で制作が始まるのだ。映像素材が手元にある、ということは、そのプロセスを経てきているはずで、突然さあ組み立てなさい、とはならない。
もちろん、人の撮ったフッテージを渡され、編集のみで成立する仕事もあるのだが、それにしたって誰かの企画書なりコンテなりがあった上でのことだ。ちなみに、編集という作業に関しても、エディターと一緒にやるのが普通だったりする。自分の手を動かす仕事もあるのだが、どちらかと言うとイレギュラーな部類に入る。まあ、これは仕事でもないし、せっかくの機会なので、普段とは違うやり方でやってみようと思ったのだ。
Premiereを立ち上げ、素材を取り込むと、それをタイムラインに並べてみる。まずはなにも考えず(というのは極端だけど)、歌うKIMIKAさんの映像だけをつないでみることに決めた。素材の数が5つと少ないので、同時に見られるように、簡易的にリップを合わせたマルチ画面を作ってみる。そうすると、画面はこんな感じになる。(このへんかなり我流なので、え?もっと効率いいやり方あるっしょ?などのツッコミはご勘弁を!)
一旦こうして、全体が見渡せるように並べ、表情や演技のいいところを抜き出し、曲に合わせてスイッチングしていく。この方法は、PV編集ではおなじみのやり方である。結果的に、規模は違うのだが、みんユル本篇でも同じ方法で編集することになった。この編集自体は素材量的にそれほど大変ではなかった。午前中からスタートし、昼過ぎにはほぼ形が出来た。
これで、まずはKIMIKAさんが歌っているだけのフル尺のムービーが完成したことになる。とりあえず、画が埋まった、という状態だ。
最初に思った通り、歌を聞かせるだけなら、これだけでも十分かもしれない。だけど、せっかくなら、なにかもう一つメッセージを乗せられないか?と思った。
実は、ここまで作業した上で考えたのは、KIMIKA ver.ではなく、このあとに控えているみんユル本篇の編集についてだった。正直な話、本篇をどんな編集にするかをこの時点で決めていたわけではなかった。しかし、そことの住み分けを考えた時、本篇についてもそろそろプランニングを始めなければKIMIKA ver.の編集が先に進まない。
本篇について、朧げながらイメージはあった。
まずはスタジアムの画で始まって、参加者の歌をつなげていく。途中途中に応援するサポーターの姿をインサートし、いいかんじのコピーを入れ、見た人がスタジアムへの郷愁に駆られるようなグッと来る構成。
めっちゃ普通。それでもまあ、そんなかんじの構成にすればエモーショナルに作れるだろうな、とは皮算用していた。よくある無難な構成ではあるが、この手の演出ははっきりいって得意分野なので、それなりのクオリティに仕上げられる自信はあった。
ただし、この演出プランでうまくいくだろう、との確信はあったものの、参加者の方々からこの日までに届いていた3日間分の応募素材を見てから迷いが生まれはじめていた。なんというか、送っていただいたそれぞれの映像が、思ってたより全然力のある画だったのである。
これは、ぼくの完全な読み違いだったのだが、青赤に埋め尽くされた画面のカラフルさ、カメラ目線で歌う参加者の表情、思い思いにパフォーマンスする楽しそうな姿は、想像より圧倒的に画力(エヂカラと読みます)があった。なぜそうなるかはすぐに理解できた。
リアルが映っているからだ。
「楽しそうな表情をしてくれている」のではなく、「実際に楽しんでいる姿が映っている」という、圧倒的強さ。いや、笑っている人だけではない。真顔の真摯な表情からも溢れる、誰かを応援したい、励ましたい、という思い。ひさびさにユルネバを歌う高揚感。なんだか急に始まったお祭りに乗ってやろうという気概。その、どれひとつ取っても嘘がないからだ。
ぼくが普段、演出して演技してもらうのとは、まったく違う話だった。冒頭のコンテを見た女優さんは、ドロンパの後ろ姿に向け、絶対に微笑む。設計図であり、指示書にそう描いてあるのだから当然だ。でも、送られてきた映像素材には、そういう作られた世界(それが悪いというわけではないのだけど)とは全然違う種類の笑顔が詰まっていた。集まっていた素材はまだ二十数人分だけだったが、こんな素材がこのあと大量に集まって来るとなると、最初のプランで行くのが本当にベストなのか、迷っていた。
本篇にスタジアムの画、必要?そう薄っすら思いはじめていた。
これはFC東京サポーター有志による映像。確かに、スタジアムやチームへの思いを表現することに違和感はないだろう。だが、それによって小さい話になってしまわないだろうか?
そもそもサマリーシートに書いたように、メッセージを伝える相手、メッセージしたい内容は、参加者の方々の自由、と決めたのだ。だとすると、スタジアムの画が入ることで、それを狭めてしまうことになる。本篇はもっと大きなメッセージにするべきではないのか?
ぼくは、KIMIKAさんが歌う姿を何度も再生しながら本篇のことを考えていた。そして、方針がだんだんとはっきりしてきた。
みんユル本篇がメッセージを届けたい相手は、大きく社会そのものだとするなら、こちらは、100%東京サポーターのために。スタジアムやチームを主語にしたメッセージを芯にしようと決めた。つまりは、最初に本篇のために考えていたプランは、このKIMIKA本気バージョンで全部やってしまおう、と。方針決定。
冒頭で書いた通り、芯となる部分さえ決まってしまえば、あとはそこに向かっていくだけ。
サマリーシート用に、oomiさんが参加者の方々から集めたスタジアム写真がある。あれをキーとして使わせてもらおう。良き思い出として、またいつか必ず戻りたい光景として、満員の味の素スタジアムの映像をカタルシスに使う。だが、そこに至るには、現状を見せる必要がある。封鎖された、誰もいないスタジアムを。
この時、突然一枚の写真のことを思い出した。
それを見たのは、3月の頭ぐらいだっただろうか?Twitter上でたまたま見かけ、とても印象に残っていた、一枚の写真があった。それは閉鎖中のスタジアムエントランスを写した写真だ。それが胸が締め付けられるような強烈なイメージとなって記憶に残っていた。あの写真こそ、この映像にふさわしい。あの写真を使いたい。
ただし、たしかにその写真をTwitterで見たことは覚えているのだが、それを誰が撮ったのかも上げたのかもわからない。正確な日時も、ツイートの文言も覚えていなかった。こうなったら方法はひとつしかない。
闇雲に探すだけだ。
方法はアホのように簡単だ。とにかく関係ありそうなワードを片っ端から入れ、Twitter上で検索する。春先だったことだけは間違いないので、2月の終わりから4月頭ぐらいまでの範囲を、徹底的に検索し続けた。このへんの執念深さには、我ながら呆れてしまう。
アカウントが見つかったとしても、使用を許可してくれるとは限らないし、だいたい、あのスタジアムを使ってるのはFC東京だけじゃない。緑のところの人が上げた可能性だって…。
ぼくはこの日、作業時間のかなりの部分を、この写真探しに費やした。
機械のようにワード打ち込み、ひたすらタイムラインを遡る。どのくらいそれを繰り返したころだろうか?ふいに、その写真が目に飛び込んできた。思ったよりもあっけなく。
ついに見つけた!今にして思えば、奇跡に近いと思う。かなり大きめのガッツポーズが出た。
すぐにDMを送らせていただいた。幸いなことに緑の人ではなく、プロジェクトのことも知ってくれている方で、使用を快諾して頂いただけでなく、激励の言葉まで頂戴してしまった。本当にありがとうございました。
※無断転載を禁止します。
この写真、めちゃめちゃグッと来ませんか?
はっきりいって、この時点でかなりの達成感があり、なんならこのまま祝杯を上げたい気分だったのだが、もちろんこれで終わりでは全然ない。始まってすらいない。この写真に組み合わせる、現状のスタジアムの画は、ぼくのスマホの中に入っていた。去年、この映像の撮影時に、ピッチ上から何枚か撮影していたのだ。
正直、もっとちゃんと撮っとけばよかった。なんでこんなにヨレヨレのアングルなのかマジで意味がわからない。味スタのセンターサークルに初めて立てて舞い上がっていたのだと思う。
とにかく、なんでもいいから、写真は撮っておくべきだと思った。なんせあとで役に立つ。
これらの写真をモノクロに加工し、KIMIKAさんの映像にインサートしていく。前半は歌だけで十分持つと思っていたので、中盤の盛り上がりどころに配置した。かなりわかりやすくエモーショナルな編集になり、ちーかまさんの壮大なオーケストラアレンジにうまくハマってくれたと思う。これなら、コピーとか言葉を入れなくても言いたいことが通じる。
青赤旗よ永遠なれ
たが、どうもしっくり来ない部分があった。エンディングである。この時点では、アップテンポになって以降もスタジアム写真で構成していたのだが、どうにもハマらない。音楽が元気に展開しているにも関わらず、同じような写真をずっと見せられている気がしてしまうのだ。本当は、アップしたテンポに合わせてカッティーに構成したかった。しかしそれには、やはり動画素材が必要だった。
だが、ここでまたTwitter上で募集をかけるのも、ちょっと違う気がしていた。これはあくまでエキシビション。ユルネバを歌うという本来のお願い以上の負担をかけるのは本末転倒じゃないか。
幸い、サマリーシート用の素材の中にムービーファイルがあったので、それはありがたく使わせてもらいつつ、あとは手持ちの素材だけでなんとかしてみよう、と思った。まずはグループDMでスタッフのみんなに映像ください、とお願いし、自分のPCとスマホの中も洗ってみる。
まさに、とりあえず映像は撮っておくべきなんだな、と思った。その中に、ゴール裏をiPhoneでハイスピード撮影した素材があった。(ハイスピード撮影とは、スローモーションことです。これ、意味が真逆で間違えやすいので、一応)
いつだったか忘れたが、本当にたまたま、ビッグフラッグが振られる様が美しく思えて撮影しておいた素材だった。この素材はハイスピード撮影されているだけあって長使いできる尺があったので、エンディングではなくオープニングで使うことにした。これによって、かなり象徴的な始まり方になったと思う。
エンディングに関しても、光明が見え始めていた。他にも思いのほか携帯に映像が入っていたのだ。そんなに撮った覚えないんだけど。しかしそのおかげで、これならそれなりに刻んでもギリギリ編集できる。
さらに、ちーかまさんから素晴らしい素材が届いた。中断前、日本平の清水戦で、たまたまビッグフラッグの近くにいたちーかまさんが撮影していたムービーだったのだが、これが本当に美しかった。
なにかひとつのことに長けた人が、別なジャンルでも素晴らしいセンスを持っていることが時々ある。その典型だと思った。
象徴的であり、美しい。開幕戦の画なので意味性もある。それに、ちーかまさんの言う通りWalk on through the windであり、歌詞にも合っている。完璧じゃないか、と思った。素材の数がそれなりに揃い、これなら勝負できる、と思った。
しかも奇しくも、スタートとラストのブロックが、フラッグの映像になったことで、映像を貫くテーマがはっきりとして、全体的なまとまりが出来た。この方向だ、と思ったぼくは、テーマを「青と赤の旗の下に」に変え、そういう目で編集を見直してみた。テーマにそぐわない画を外し、なるべく旗が映っている画と差し替えていく。
また、これも偶然なのだがKIMIKAさんもアドリブでミニフラッグを振ってくれていた。このテイクも積極的に採用していく。行き当たりばったりではあるが、なんせ「まず手を動かしながら考える」なのだ。こんなプロセスで作品が出来上がっていくことは普段はまったくない。とても新鮮で、楽しい経験だった。
夜になり、ある程度編集に目鼻がついたところでoomiさんにタイトル要素を作ってもらうため、要素をまとめて一旦投げる。映像編集をしている裏でグラフィックデザイナーさんが動いて、シームレスに素材を貰える、などという贅沢も、普段の仕事ではあまりないことだった。本当にストレスがない。これはやみつきになる、と思った。
このちーかまさんの提案により、このムービーの正式名称は、「#みんなでユルネバ KIMIKA Special ver.」に決定した。しばらくすると、oomiさんからタイトルレイアウトが次々と上がってくる。
美しい文字組。素人のぼくには絶対に真似できない。要素が出揃い、あとは仕上げだけ。カラーグレーディングと呼ばれる色味をいじる作業を行い、タイトルを載せれば完成だ。この時点で11:30を超えていたので、この日の公開はない。明日に持ち越すことは決定していた。
2020年5月21日 木曜日 0:00
oomiさんは、基本的に、寝る時間が早いのだ。
公開時間は午前10時に決定した。ぼくは最後の仕上げを行うと、確認用に、YouTubeに限定公開し、みんなに展開した。
ここに、#みんなでユルネバ KIMIKA Special ver.ついに堂々完成!……したかに見えたのだが、しかしKIMIKAさん本人から意外な返しが!!
KIMIKAさん、歌のテイク間違えてらっしゃるー!
申し訳ないのだが、これには声を出して笑わせてもらった。仕方ない仕方ない!ゲラゲラ笑いながらちーかまさんにDMを送った。
寝に入るoomiさんと対照的に、ここからがちーかまタイムなので、申し訳ないがお任せして、ぼくも寝かせてもらうことにした。
威風堂々
2020年5月21日 木曜日 8:30
朝起きると、ちーかまさんから抜かりなくミックスが届いている。公開を朝10時と決めていたので、すぐに映像と組み合わせてレンダリングをかける。
そして、午前10時、みんなでユルネバKIMIKA SPECIAL ver.は無事公開された。今までリリースしたものの中では、一番スムーズに、何事もない公開となった。前日は色々あったけど。
このバージョンの公開にあたっては、とにかく参加者の気持ちを折らないことに一番気を使っていた。こんなん誰も真似できるわけないからである。
このツイートに関しては、我ながらカッコイイと思う。
ご本人も喜んでくれているみたいだったし、タイムラインも盛り上がってくれていたので、ようやく一安心だった。
全然関係ないのだが、ぼくは自分の作ったもので人に感動した、と言われるのが一番感動する、という相当しょうもない性分なので、こうやって検索して再びこの時の皆さんのツイート見ると、ちょっと泣けてくる。
一番嬉しかったのは、心折れたというツイートよりも、自分なりにやってみよう!と、テンションを上げてくれている方がたくさんいたこと。
(※無断引用、申し訳ありません。問題あればご連絡ください)
これに関しては、杞憂だったのかと安心した。よく考えてみれば、当然なのかもしれなかった。なんせ、この人たちはみんなサッカーチームのサポーターなのだ。試合が始まる前から気後れするようなタマじゃない。KIMIKAさんが凄いからといって、ビビって尻込みするような方は一人もいない。失礼しました!
さあこれで、エキシビションは終わり。あとは本篇を残すのみとなった。
みんユル公開まで、あと14日。募集締め切りまでは、あと3日。
【#9 おわり】
ようやく、エキシビションが完成し、あとはひた走るのみ。次回は、いよいよ応募締め切りの日!応募者の方々のラストスパートと共に、スタッフも色々と動いていました!夏が終わろうとしているのに全然終わる気配のないみんクロ、次回、みんユルクロニクル#10『COME ON EVERYBODY』でお目にかかりましょう。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?