ゴキブリ、あるいは厄災

 夜11時。自室に戻るとゴキブリがいました。鈍い色のゴキブリが、鈍い色のフローリングの上を駆けていきます。

もうこの時点で、僕の「負け」が確定しました。
 ゴキブリを取り逃がしたときが負けなのではなく、ゴキブリに遭遇したら負けなのです。
どういうことかというと、まず、ゴキブリを取り逃がした場合、当然眠れぬ夜を過ごすことになります。負け。捕獲した場合も、結局時間を無駄にして疲れます。負け。


 それから、家族にゴキブリの存在が知られた場合。これも負けです。これが一番最悪です。自室にいたというだけで100%僕のせいにされるからです。これに関しては、僕が家族の中で一番不利な状況にあります。というのも、正直言って母を除いた我が家の人間――父、僕、弟は皆一様に整理力が低いのですが、最近僕が母と喧嘩したせいで、母からネガキャンばりに毎日のように部屋が汚いと言われるのです。正直言って、友達のKくんの部屋のほうがよっぽど汚かったし(用途不明のティッシュと大量の5円玉の山の中に英語の参考書が埋まっていて、すごかった)、書類を効率的に分類できるよう平積みにしていた¹だけなのですが、汚いと言われます。しかし、教科書を積んでいるだけでなぜゴキブリを沸かしてるなどと言われのない誹りを受けなければならないのか。
ゴキブリなんだから、普通に台所とかから湧いてくるに違いない。


 しかし、自室にゴキブリが出たことは事実です。これはなぜかというと、酷い話ですが、僕の部屋はゴキブリの通り道になっているのです。それに気づいたのは去年の夏のことでした。その時は家の一階こ居間にゴキブリが出没したのですが、殺そうと新聞紙でぶっ叩くと、天井の方に逃げていきました。天井は隙間がないのでどこにも行きようがないのですが、いつの間にかゴキブリが消えてしまいました。家族全員首をひねっていたのですが、僕が二階の自室に行くと、いるじゃないですか。でっかいのが。よく見ると一階にいたのと同じです。僕の部屋は居間のちょうど上にあります。そう、ゴキブリは壁の裏を通って僕の部屋に来たのです。どうやら、僕の部屋のどこかに壁紙の破れているところでもあるようで、そこからゴキブリが入ってきやがるのです。ふざけんなよ。


 しかしそんなことを家族に説明しても叱られるのが関の山なので、僕に残された道はもう一つしかありません。ゴキブリを秘密裏に殺すことです。KGBばりの手際でゴキブリなんて“なかったこと”にする。それしかない。

 上記のような考えを10秒ほどで巡らせてから、僕はゴキブリを目で追いました。とりあえず自室から追い出すのが最優先です。なぜなら、自室が発生源だということを隠匿する必要があるからです。しかし、障害物が多いので奴は隠れます。こちらはライトで照らしつつ、出てきたところを虫かごで引っ捕らえる作戦で行きます。とにかく死体が手元にないと安心できないので、虫かごに入れてから殺したい。

 で、部屋中を探すわけですが、まあ出てこない。もう本当に最悪です。クソッ。5分ほどが経過。一か八かでチンポを出したりしていると、部屋の隅に動くものが。また変なところから出てきやがりました。焦らず、チンポをしまってから棒で部屋から追い出します。部屋から出たところですぐ、ドアをバタンと閉める。よし。これでよし。

 もうこの日は寝てしまいました。下の階にゴキブリが出ようが知ったこっちゃありません。
 
ゴキブリの行方は誰も知らない。

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