世界の中心で、ウンコと叫ぶ

最後に叫んだのはいつだろう。
心の底から、大声を出せたのはいつだろう。
毎日、見えない大きなものに押さえつけられている自分の心を、解き放ったのはいつだろう。


知らず知らずのうちに、僕らは叫ぶということを忘れてしまったんじゃないだろうか。叫ぶという行為は、常に感情の高まりを伴う。告白の叫び、悲痛の叫び、歓喜の叫び。何の感情も沸かないのに叫んでいるのは、狂人くらいのものだ。

僕らは叫ぶことで喜びを表現するし、叫ぶことから歓びを獲ている。でも、どんなにうるさいクソガキでも、高校生にもなったら叫ぶことなんてやめてしまう。叫ぶことはいけないことなのだろうか。

などとキザったらしく書いてみましたが、僕は狂人なので普通に叫びます。直近で叫んだのは多分3日前とかで、教室の教壇に寝転びながらウンコ!ウンコ!と叫んでいました。

 ひとは精神的に大人になると、叫ばなくなってしまいます。そして心のパワーバランスを損なって、行き先を失くした負の感情をSNSで吐き散らかします。ある人は気に入らない風貌の芸能人の悪口を何度も、執拗に発信し、ある人は文章投稿サイトで過剰なほどの揚げ足とりに徹し、ある人はヤフーニュースのコメント欄で自己肯定感のためだけにでたらめな情報を撒き散らします。少し純真な感性を持った人は、陰謀論やカルトやマルチ商法、彼らからすべてを搾り取るためのシステムに取り込まれていきます。

 この社会を変革するにはどうすればいいか。叫べばいいのです。どうせ読者はいま、せいぜいニヤッとしただけでしょう。だからいけないのです。叫べよ。いま、ここで。

ウンコ!

 って叫んでみろよ。俺は叫ぶぞ。いま、俺はウンコと叫びながらこれを書いてるぞ。それだけの気概があるんだぞ。お前に、叫んでほしいから、俺はウンコと大声で繰り返してるんだぞ。声が潰れそうになりながら。

声が潰れそうになりながら。

声が潰れそうになりながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?