メガネを買った話
働いている会社のクレドで「変化対応」ってのがある。プロフェッショナルであるために、変化の激しいVUCAの時代であっても自分自身を変え続け、成長していきましょうといった内容だ。
変化対応ってとても難しくて、一度身についた“自分”はなかなか変えづらい。例えば、アパレルショップなんかで「一度合わせてみてくださいね」とか「サイズ他のも探せますので」とか声をかけられると「うるせー」と思ってしまう。そんなに斜に構えず素直に受け取ればいいのに、話しかけられそうになったらそそくさと逃げてしまいそうになる。なかなか変えられない行動の一つだ。
変化といえば、最近目が悪くなった。それも急に。昔から視力だけは良かった。視力はずっと1.5で、目が悪いという感覚が全くわからなかった。コンタクトレンズとかレーシックとか自分とは関係ない世界のものだった。
目が悪くなった原因は間違いなくPC仕事。あとはスマホの見すぎが5年くらいでじわじわと効いてきたんだろう。今年度に入って、明らかにPCに向き合う時間が増えた。ExcelやSFAをじっと見つめ、関数や検索条件を打ち込んでみてああでもないこうでもないとこねくりまわす。時間をかけて徐々にやりたいことに近づく一方で、目はダメージを受け続けていた。
そして、気がつくと遠くを見る目を細めることが日常となり、会議室でのスクリーンに映し出された文字やまちなかの看板までもが霞んで見えるようになってしまった。
眼科へいき、視力検査を受けた結果は0.6。単なる眼精疲労ではなく、近視と乱視が入っているとのこと。つまり遠くのものが見えづらくなっているのだ。
この結果にショックを受けた。数少ない自分の強み、いわばアイデンティティとも言える目の良さがここへ来て著しく低下をしているという事実は、とうてい受け入れ難かった。メガネをかける自分なんて想像できないし、ましてやコンタクトレンズなんて恐怖でしかない。なんで目というとても繊細で普段触ることのない部位に、見知らぬガラスを入れておけるのか、と。
でも、せっかく黒目の位置・サイズだったり視力を測ったので、メガネ屋さんへ行ってみた。本当は行きたくなかったけど、近々免許の更新もあるし、視力の悪さで引っかかるのが嫌だから。眼科でアドバイスを受けたのは、Z✗ffやJ✗NSのような安いメガネ屋さんよりも、眼鏡市場やメガネドラッグやそれ以上の高価なところのほうがいいよということだった。理由はレンズの質らしく、前者のようなところだとフレームはおしゃれで今っぽいものを扱っている一方で、レンズの性能に対しては力を入れていないらしい。眼科の先生が言うことなら間違いないと、池袋の眼鏡市場に向かった。
お店に入ると、店員さんが何名かいた。そしてとても元気に声を発して挨拶をしてきたので「あ、苦手なタイプなお店だ」と思った。
色々おいてあるメガネを見ても違いはよくわからないし、ましては自分に似合うメガネなんかますます謎だ。手当たり次第おいてあるメガネを合わせてみるが、どれもこれもしっくりこない。鏡に映るメガネ面の自分を見るだけでなんだか気持ち悪い感覚すらも持ってしまう。うーんと悩んでいると20代後半〜30代中盤くらいの店員さんが話しかけてきた。お世辞にもかわいいとは言えない地味なタイプだ。
「どれもレンズとフレーム込のお値段になっています。ぜひ手にとって合わせてみてくださいね」
めっちゃテンプレ文句。さっき他の店員さんもお客さんに言ってたし。接客業っていつも同じこと言ってて大変だよなあとか斜に構えつつ、よくわからないので乗ってみることにした。
「ちなみにどんなメガネを探されていらっしゃるんですか?」
「初めてなのでよくわからないんですけど、ざっくりおしゃれな感じがいいっすね」
「(目を細めて顔を斜めに構えてニヤリとした眼差しで声を低めて)そうですよね。」
ああ、このちょっとオタク感のある表情の使い方と声の低さ苦手だ。ネガ寄りの感情が湧き上がったところで一言。
「かわいい系、かっこいい系どっちが好みでしょうか?」
「え、あ、うーん。どっちだろう。」
答えあぐねていると、近くにあったメガネを渡された。
「これなんかかわいい系ですけど、多分お客様似合うと思いますよ」
「え?はい...。」
渡されたメガネをかけてみると、店員さんと話すまで試してみたメガネとは異なり、違和感なく鏡越しの自分を見られた。
「あ、これいいっすね。」
その後、価格帯だとか今回初めて目が悪くなってメガネを買いに来たことなど伝えると、うなずきながら「お兄さん、べっこう色似合いそう」と一言。そこにはURBAN RESEARCHのメガネが置いてあった。
「あ、ぼく服とかもURBAN RESEARCH好きなので、これ良さそうです」
「色も形も似合いそうですね」
「そうですか?じゃあそれ買います」
「めちゃくちゃ早いですね選ぶの」
「悩んでも仕方ないですからね、おすすめしてくれてありがとうございます」
ここまでほんの3分ほど。マイナスイメージからのスタートだったメガネ探しは、「お兄さん似合いますよ」の言葉によって一気に終幕を迎えた。目も変化したけど、自分もちょっと変化できたかも。
結構なお気に入り。一気に目に映るすべての解像度が高まり、世界の捉え方も変化したよ。
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