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磯森照美のエッセイ集

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投稿したエッセイをまとめています。
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#キレイ

エッセイ | いつのまにカーネーション

実家に住んでいた頃に、道を挟んだ向かいに花農家の住む家があった。今もそこには花農家の方が暮らしているのだけれど、以前はそこにおばあさんも住んでいた。 そのおばあさんは何歳なのかは分からず、腰が曲がっていてもシルバーカーを押しながら元気に歩いている姿をよく見かけた。 家の前にある道をシルバーカーを押しながら行ったり来たりし、たまに疲れたのかシルバーカーに座って休憩していることもあった。 そんなおばあさんだが、年に何度かシルバーカーにどっさりと花を積んで歩いている時があった

エッセイ | シワを伸ばす

気温が低くなってきたため秋冬に着ているシャツを出すことにした。前回着てから半年ほどがたっており、その間は引き出しの中で眠っていたのだが、キレイに仕舞っていたおかげですぐに着られた。 シャツは私個人の好き嫌いが激しく、あれは嫌だ、これは嫌いだ、色は白がいいなどと選別していった結果、着ることができるシャツはほんのわずかしかない。 そのわずかなシャツをさまざまなショップから探すのが面倒で、今ではずっと同じブランドのシャツを着ている。 引き出しから取り出したシャツが2着と、全く

エッセイ | 知らなかった景色

私が高校生の頃まで暮らしていた地元は自然が豊かな地域だった。自然が豊かと言えば聞こえは良いが、自然しかないの裏返しでもある。 ほとんどの建物は2階建でたまに3階建の建物があるくらいだ。そのため空はよく見えるし、どこにいても視線の先には山がある。 街灯もないため夜は月明かりを頼りに家へ帰ることもあれば、雨の日は側溝に落ちないよう気を付けて夜道を歩いたものだ。 夏休み前などになれば地元がニュース番組のちょっとしたコーナーに取り上げられ、「夏におすすめ」と言われながら特集され

エッセイ | テレビボードに隠れていた

自分の家に居ても落ち着かない時がたまにある。何をしていてもダメで、ソワソワする。 エッセイを書こうか? いや、言葉を選ぶ余裕がない。 テレビを見ようか? ダメだ、じっとしていられない。 散歩でもしようか? それは暑いから嫌だ。 わがままな私は何もしたくない。このソワソワと向き合っているしかないのだろうか。 部屋の中を歩き回り、扉を開けたり閉めたりする。収納の扉を開けた時に、長い間使用していなかった掃除道具が目に入る。 「……掃除でもしようか」 普段はロボット掃除機が私

エッセイ | ホコリは見せない

まただ。玄関前にホコリがある。あの部屋はたまにそういうことがある。 自分の部屋を出て鍵を閉め、エレベーターに向かう途中に気付く。他人が住んでいる部屋の玄関前にホコリがたまっているのだ。 「共用廊下にホコリがたまるのは仕方ないこと。それが運悪くこの部屋の前にたまっただけだ」とこの部屋に住んでいる人は考えているのかもしれない。 私は心の中で「それは違うぞ!」と叫んでいた。 それはあなたの部屋から出てきたホコリだ。あなたの生活が生んだホコリだ。部屋から出していいものじゃないぞ