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『青をおよぐ』と『導くもの導かれるもの』の物語

散りばめられた鮮やかな色彩。
海のように、空のように深い青。

個展のメインビジュアルとして描かれた『青をおよぐ』と『導くもの導かれるもの』。色の中を泳ぐクジラたちを迎えたのは、海のある街で塗装会社を営む鈴木さん夫婦でした。

「初めて伊敷さんのことを知ったのはSNSで見かけた動画でした。色とりどりの作品を画面越しに見て『おもしろい』と感じたのが第一印象だったかな。その後、実際に原画を目にしたときには動画とはまた違った印象を受けましたね。特に青が綺麗で。深みのある青い色に惹かれたことを覚えています」

伊敷トゥートリサが描く作品との出会いについて振り返る、夫の鈴木博巳さん。動画を見た後、すでに会期が終了した個展会場に足を運び、そこに飾られていた原画を目にしました。

「絵の中の青が印象的だった」と語る鈴木博巳さん

以前から絵画を鑑賞することが好きだったと話す夫婦は、海外旅行先で美術館巡りを楽しんだこともあるそう。しかし、画家から作品を購入しようと決めたのは今回が生まれて初めてでした。

「会場で見た作品以外もぜひ見てみたくなって、私たちが気になった作品をいくつか会社まで持ってきてもらったんです。原画を1つずつ鑑賞しながら伊敷さんと色々なお話をする中で、私は『青をおよぐ』に惹かれていきました。伊敷さんとは親子くらい年の差があるけれど、彼女の話は面白くて共感できることがいっぱいあって。年の差なんて気にならないくらい楽しい時間でした。絵を好きになる気持ちと、描いた人を好きになる気持ちは繋がっているんですね」

夫の博巳さんが青い色に惹かれたように、友美さんもまた鮮やかな色彩に魅了されました。

『青をおよぐ』に惹かれて購入した妻の友美さん

「クジラを優しく抱きしめる女の子がいて、ピンクやオレンジの色合いも印象的で、見ていると明るい気分になる絵だなあと感じました。それに、絵の上にさまざまな素材を貼る手法も新鮮で『こんな描き方があるなんて!』とびっくりしました。角度を変えて見ると、色が深くなったり、鮮やかになったりと見え方が変わるのも素敵でした。毎朝起きて、神棚にお参りをしてから『青を泳ぐ』を見上げるのが日課です。夫婦二人だけの静かな生活を送っていたけれど、この絵がうちに来てからは、まるで子どもたちと暮らした賑やかな日々が戻ってきたみたい。作品が私に元気を与えてくれています」

『青をおよぐ』

伊敷が『青をおよぐ』に込めたテーマは才能と可能性。白いクジラが目に涙を湛えているのは、コンプレックスが実は自分の才能であることに気づき、自身が持つ無限の可能性に歓喜しているから。そして、「おかえり」とクジラを優しく抱擁する少女は過去の自分自身の象徴であり、ずっと信じて待ち続けてくれていた味方として作品の中に描かれています。

「優しくて明るい絵なんだけど、クジラの表情が少し寂しそうにも見えたんです。海の明るい色彩が、そんなクジラを元気にしてくれているのかもしれない。この子がもっと笑えるといいなといいなと思いました。私自身は一人っ子で、父も早くに亡くしています。そのせいなのか、自分は一人で生きているんだと寂しく感じることもありました。だから、もしかすると私自身がこのクジラなのかもしれない。そんな風に思うんです。でも今は、夫をはじめ周りの人たちに楽しませてもらっている日々です」

かつては三人の子どもたちを育てながら賑やかに暮らしていた友美さんと博巳さん。お子さんが成人し、現在は二人だけの生活になりました。友美さんが選んだ『青をおよぐ』は家の中心であるリビングに飾られ、巣立った子どもたちに代わって二人の生活を明るく照らしています。

談笑する鈴木夫妻。仲睦まじい様子が伝わってくる

一方、夫の博巳さんはクジラと鳥たちが空を泳ぐ姿を描いた『導くもの導かれるもの』に惹かれました。

「この絵の青は不思議な青なんですよ。海の中に潜ったような感じがするし、空を飛んでいるようにも感じる。それでいて宇宙の風景のようでもある。自分が幼い頃から毎日見ている海辺の風景にも通じるところがあります。海の形や色は毎日違う。穏やかなときもあれば荒れているときもある。海の中で活動している生き物たちの生命力も感じます。そういう可変性のある青です」

海は博巳さんにとって馴染み深い場所。作品の背景に描かれている“揺らぎを秘めた青”は、季節や時間ごとに変化する海の表情を想起させるのかもしれません。

『導くもの導かれるもの』

「前を向いて進んでいくクジラや鳥たちの姿にも共感しました。仕事をする上で、みんなが同じ方を向いて同じ価値観を持ってやっていくのは大事なことだと思っています。この絵の中ではクジラがリーダーで、個性豊かな鳥たちがリーダーと同じ方向に飛んでいます。目指す場所は同じでも、みんなそれぞれ個性があり、得意なことを活かして助け合っている。自分が思い描く会社や家族の在り方とこの絵の風景が一致したんです」

『導くもの導かれるもの』は現在、博巳さんの仕事場である会社の社長室に飾られています。

「一人でやるよりも、大勢の仲間と一緒にやるほうが自分の幸せ」と語る博巳さんもまた、友美さんと同じくクジラのように穏やかで頼もしい存在です。

「年齢を重ねて何もやらずに家で自由に過ごすことが自分の幸せではないんですよね。自分のためだけではなく、誰かのためにやれることがあるほうが幸せではないでしょうかね。体が動く限りは動き、時間を有効に使いたいです。その結果、形がどうであれみんなが幸せだと思える方向に進めたら嬉しいかな。毎朝会社に来て『導くもの導かれるもの』を見て、ああ、今日も頑張ろうと励まされています」

鈴木夫妻の日々を見守り共に歩む二頭のクジラ

一頭は二人の住まいで、もう一頭は会社で。クジラたちはそれぞれに与えられた場所で鈴木さんたちを見守っています。インタビューの後、友美さんからこんなメッセージが送られてきました。

──今朝改めてクジラを見てみたら、全然寂しそうではなく微笑んでいるように見えました。そんなはずはない、と何回も見てみましたが、嬉しそう、楽しそうでびっくりしました。これからも変わって見えるのかもしれませんね。楽しみです。

伊敷のもとを旅立った作品は、新しい持ち主に大切にされながら色彩を深め、表情を和らげ、持ち主の人生と伴走しながら変化しているようです。鈴木さん夫婦が色彩に惹かれて絵を選んだように、クジラたちもまた、二人に迎えてもらう日を待っていたのかもしれません。

Special thanks

鈴木 博巳(すずき ひろみ)さん
鈴木 友美(すずき ともみ)さん

株式会社富士塗装店
本社:茨城県日立市東金沢町3-6-17
HP https://www.fujitosoten.co.jp/

昭和32年、茨城県日立市に創業した塗り替えリフォーム専門店。日立市を中心に、一般建築塗装や防水工事、住宅リフォームなどを請け負う。「10年後にも再びご指名いただけるように」をモットーに、お客様の満足度が高いサービスを展開している。

文・写真/佐藤愛美


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