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「あなたはどっちの朝倉さん?」(『精読・涼宮ハルヒの消失』アペンディックス:01)

『精読・涼宮ハルヒの消失』アペンディックスの目的

 去る2021年12月、コミックマーケット99にて、小説「涼宮ハルヒシリーズ」を考察した非公式考察本シリーズの第3弾『精読・涼宮ハルヒの消失』を頒布開始いたしました。2020年にこの非公式考察本シリーズの第1巻『精読・涼宮ハルヒの憂鬱』を刊行し、今回の巻でようやくアニメ化されている範囲をおおよそカバーできたことになります(短編シリーズは現状カバーできていないのですが)。我ながらここまでよく頑張った、と思うところです。

 一方で、名著と名高い『涼宮ハルヒの消失』の物語を読み解くにあたって1冊という容量は小さすぎたようで、本来であれば取り扱うべきなのに十分に触れられなかった要素がいくつか残ってしまいました。しかも中には本書の中で「これについては後述します」的なことを書いておきながら最後までほとんど触れられていないトピックもあり、人によっては不完全燃焼に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。

 そこで、『精読・消失』で触れられなかったいくつかの要素を、このnoteでアペンディックス(補遺)として取り扱いたいと思います。

 本記事での内容や考察レギュレーションなどは、基本的に『精読・消失』の第3章までに準ずるものになります。そのため主に同書既読の方向けの記事になりますが、もちろんこのページだけご覧になっていただいても問題ありません。もしこの記事を読んでみてご関心に適うようでしたらぜひ記事最上部のリンクから『精読・消失』をお買い求めください。

 また、同書の第1章は下記リンク先にて公開しています。考察のレギュレーションなどはここに書いていますので、同書未読の方はこちらもご覧になっていただいてもいいかもしれません。

 なお、noteというメディアの性質と私の負荷の都合で、本書での考察より若干砕けたエッセイ的な内容になる旨はご了承くださいませ(あのレベルでも本にする内容というのはメチャ大変な準備が要るのです。。)。

あなたはどっちの朝倉さん?

 アペンディックスの第1弾として、まずは『精読・消失』にて裏表紙を飾ってもらった朝倉涼子(以下、朝倉さん)について書きたいと思います。原作では表紙を飾っているくらい『消失』という物語の鍵となる存在である朝倉さんなのですが、『精読・消失』第3章ではキョンと長門を考察の軸に据えたため、ほとんど触れることができませんでした。ですのでここで彼女についてあれやこれや考えていきたいと思います。

 朝倉さん関連で時折ファンの間で話題になるトピックとして「『消失』の物語の冒頭に登場した朝倉さん(以下、消失朝倉さん)は、実はその日の早朝にキョンを刺した朝倉さん(以下、憂鬱朝倉さん)だったのか?」があります。すっかり普通の委員長っぽい雰囲気になって再登場した朝倉さんが実は当のキョンを刺してきたばかりだった…というのは確かにゾッとする状況で、ある意味魅力的です。

 ですがこれは『消失』の設定を考えるとおそらく否です。というのも、物語冒頭の12月18日と、キョンが刺された12月18日(便宜的に12月18日'とします)は、同じ日でありながら別の流れにある時間だからです。

 最初の12月18日から12月20日までにあった出来事、つまり消失世界でのすべての出来事は、20日の放課後にキョンが文芸部部室で緊急脱出プログラムを起動した瞬間(厳密には『陰謀』で長門が消失長門に短針銃を打ち込み世界再改変を行った瞬間とも言えるのですが、ややこしいので上述の通りご理解ください)に消え失せ、なかったことになっています。ですので、キョンを刺した憂鬱朝倉さんが存在する時間(12月18日'の早朝)と、物語冒頭の消失朝倉さんの時間(12月18日の昼休み)は直接的にはつながっていないのです。消失朝倉さんはあくまで体調不良で12月18日の午前中に病院で点滴を打ち、午後から学校に来ただけだと思われます(これも後述する説によって否定されかねないのですが、とりあえず)。

 ここで「なかったことになったってどういうこと?」と思われた方は、『エンドレスエイト』のエピソードを思い出してください。15497回目までの夏休みで起きた出来事は8月31日の24時を迎える度にすべてなかったことになり、15498回目のキョンの体験した時間の流れだけが現実にあったこととして長門を除く登場人物たちと読者の記憶に留められています。消失世界はパラレルワールドではなく世界改変によって生じた世界だったということは作中で触れられていますが、『消失』も『エンドレスエイト』も共にパラレルではなく世界改変という点では同じです(発生原理は全然違いますが)。

彼女の嘘は見抜けない

 というわけで物語冒頭の朝倉さんは別にキョンを刺してきた上でニッコリ笑って登場したわけではなさそうなのですが、だからといって彼女が安心していい存在だとも言い切れません。というのも、消失朝倉さんが消失ハルヒや消失古泉くん、消失みくるちゃんたちと同じように、TFEI端末ではなくただの女子高生になっていた、とは必ずしも言えないからです。

 実際本文中でキョンは、時空改変者は

「『機関』の連中や宇宙人の長門と未来人の朝倉さんにも違う人生を用意」(『消失』、191p)

 したとは言っていますが、朝倉さんについては

「朝倉を再登場させ」(同上)

 たとしか言っていません。つまりキョンは、復活した消失朝倉さんは憂鬱朝倉さんと同じで、本質的に危険な存在だと終始思っていたようなのです。

 これはキョンの主観に過ぎず、実際の消失朝倉さんは急進派宇宙人としての記憶を失った、別の人格を有した少女だったのかもしれません。ですが、『憂鬱』において夕暮れの教室で彼女がナイフを持ち出す瞬間まで、キョンのみならず私たち読者も朝倉さんのことをいち美少女クラスメイトとしか思っていなかったはずですから、消失での朝倉さんが本性を完璧に隠し通す能力を有していたとしてもおかしなことはありません。

 ということは、

「俺を殺そうと思ったことはないか?」(同、74p)

 と何度も確認され否定またはスルーしていた消失朝倉さんは、その実内心いつキョンを刺せるチャンスが巡ってくるかと心待ちにしつつ一介の女子高生を演じていた、という可能性があるのです。

 では実際、一介の女子高生・消失朝倉さんとTFEI端末である憂鬱朝倉さんとで別人格なのか、どっちも殺意を持ったTFEI端末なのか。

 それについては、私の読み込んだ限りではどちらかと決定づける記述は存在せず、「どっちか分からないとしか言いようがない」が答えになると思われます。というのも、上記どちらかを決定づけるような明確な描写や記述がないため、どちらだったとも解釈できてしまうからです。

 個人的には「消失世界は宇宙人などが存在しない世界で、それらが存在する憂鬱世界と対になっているのだから、朝倉さんも消失世界では普通の女の子になっている」という理解の方が座りがいい気がします。ですが、よく考えると「消失世界=日常的/憂鬱世界=非日常的」という理解もまたキョンの独自解釈に過ぎません。実際消失世界にも、奇妙な動作をするパソコンや12月18日'にやってきたタイムトラベラー(キョンと大人みくるちゃん、さらに1月から来たキョンと長門とみくるちゃんも)が存在するのですから、消失世界=非日常的なものが存在しない、とは限りません(さらに後から分かった事実になりますが九曜も通常と変わらぬ状態で光陽園学院にいたようですし)。ということは、朝倉さんが最初から素性を隠し通しているだけのTFEI端末だったとしても、別段おかしなことはないはずです。

 というわけで、消失世界の朝倉さんが憂鬱世界と別個の性格を持った普通の女の子だったのか、普通の女の子のふりをしたエイリアンだったのかは、本シリーズに含まれる「明かされない謎」だと現状考えていいでしょう。『直観』以降の続刊が出た際にこの件について言及される可能性が無いではないので、それに期待したいところです。


 今回の記事はこれにて一旦筆を置きたいと思います。とはいえ朝倉さんについてはまだ語るべきことがありそうなので、次回の記事もおそらく朝倉さん関連のものになると思います。朝倉さんファンの方もそうでない方も、ぜひ楽しみにお待ちください。

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