田園調布のサボテン

100%信用したわけではないがどうやら春が来ているらしい。
引き出しの奥から出てきた古いパクチーの種も植木鉢に蒔いておいたらのんびり芽を出した。

室内で冬を越した鉢植えたちを外に出した。
ポトスとサクラランとサボテン。
あともうひとつ、名前を忘れた葉っぱはこの冬枯らせてしまった。

ひとつの鉢に2本植わった柱サボテンはどうも窮屈そうで気にかかっていた。
エイヤッとひとまわり大きな鉢に植え替えることにした。

このサボテンは(というかうちの植物全般に言えることだが)正直愛情を注がれているとは言いがたい。
「死んでないから生かしてる」くらいのずさんで乏しい水やりのみ。
そんな殺伐とした環境でサボテンはもう20年くらい生き延びている。

20年前、私は漫画家志望者で、週刊青年誌の連載漫画のレギュラーアシスタントをしていた。
自分の漫画の持ち込みはつねに行き詰まり状態で、まったく興味がないことがたぶんバレバレなボクシングやバスケットなんかのネームを持ち込んではボツになっていた。

漫画家志望のアシスタントが謎の体調不良を抱えるのはよくある話。
偏頭痛、喘息、胃痛。連載が決まったらいつの間にか治っていたなんて話を聞く。
私の場合は腹痛、下痢だった。

当時、週に3日ほど田園調布にある先生の仕事場に泊まり込んで仕事をしていて、日常的な腹痛に悩まされていた。
Question、あなたは、ひとんちのトイレでうんこができますか?(しかも下痢)

私はしょっちゅう、グータラを装って「ちょっと散歩行ってきまあす」なんつってのんびり仕事場を抜け出し、直後競歩選手のスピードで駅ビルのトイレに直行ピットインしていた。

トイレから出るとすぐのところに植物を売る店があった。
出すものを出して放心状態で緑を眺めているといつのまにか過剰に感情移入している。

このサボテンはわたし。
乾いて、トゲをまとい、日のあたらぬ部屋で立ち尽くしている。
その幹をかけめぐる水は涙。
(さすがに「下痢」とは思わない)

ふらっと散歩に出たと思ったらサボテンの鉢を抱えて帰ってきた私を、先輩アシスタントたちや先生がどう思ったかはわからない。

その後も同じコースと同じ精神状態で私はいくつものサボテンの鉢を買った。
すぐ枯らせてしまったものもあれば一昨年くらいまで生きていたものもある。

今では一鉢になってしまった柱サボテン。
新しい鉢に新しい土を移しながら、当時の先輩たちや師匠の顔を思い浮かべ「すみません、あのとき私、うんこしてました」と申し訳なく思った。

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