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スケープゴート -10-

 

 

―来訪―

 

 田中ちゃんのパーティーまであと三日。
 
 十二月二十二日、夕海は倦怠感を感じていた。その夜には高熱が出て、翌日は朝起きる事が出来なかった。幸い、シフト休で仕事は休みだったので、夕海は病院へ行く事にした。しんどい身体で最寄りの内科に掛かる。どうやらインフルエンザらしい。翌日のシフトが入って居たので、夕海は職場へ連絡した。会社側からは、インフルエンザの場合、職場復帰するには治癒証明書が必要との事で、様子をみて医師に書いて貰う必要がある。とりあえず、職場への報告も終えた夕海は自宅で療養する事とした。と言っても、高熱が出ているのでただただ眠ってやり過ごすだけだ。

 処方された薬を吸入してから布団に潜ってやり過ごす。解熱剤は基本的に飲んではいけないようなので自然に熱が下がるまで待つしかない。おでこに冷却ジェルシートを貼って眠る。このままでは、田中ちゃんのパーティーには参加できそうもない。熱が下がっても、七十二時間経過しないとウイルスが体内からなくならないので夕海が参加したらバイオテロになる。欠席の連絡は早めにした方が良いと思い、夕海は田中ちゃんにメッセージを送る。

『ごめん、インフルになったからパーティーに参加出来なくなった』

 簡潔に送る。その後数時間眠って起きたら返事が来ていた。

『調子はどう?時期的にインフル流行ってるから仕方ないね。来れないのは仕方ないから気にしないで!』

『ごめん、心配してくれて有難う』

 そう送り、また夕海は眠りにつく。

 

 翌日早朝、夕海は目を覚ました。まだ熱は下がっておらず、身体中に痛みがあった。何かを食べなければとは思うけれど、喉も痛いのでお茶を飲むだけにした。普段から病気に備えて、ヨーグルトだとかゼリーの様に食べやすい物を常備しておいたら良かったと後悔する夕海。

 外出する気力もないので、夕海は無理やり家にあるものを食べて眠る。ただただひたすらに眠る。随分眠ったであろうか、スマートフォンには数件のメッセージが届いていた。誰からなのかは確認せず、通知を消す夕海。とにかく身体が怠くてそれどころではない。もう外は真っ暗でどうやら夜のようだ。夕海は何かを食べなければと思い、もそもそと起き出す。大分熱が下がって来たのか、朝よりは動けるようになっていた。簡単にお粥でも作ろうと冷蔵庫を開けて材料を探していると、インターフォンが鳴った。時間は二十時。こんな時間の訪問者とは非常識である。なにもアポイントもない訪問なので、夕海は居留守を使うことにした。しかし、何度も何度もインターフォンは鳴る。いい加減しつこいので、警察へ通報を考えていたら声が聞こえた。

「荒木さーん、居るんでしょー?綿谷でーす」

 大声で叫ぶ。怪しい訪問者は綿谷だったのだ。慌てて夕海は玄関先まで行き、チェーンロックを外し、鍵を開け扉を開ける。するとそこには、スーパーのレジ袋を持った綿谷が立っていた。

「ちょっと、こんな時間に大声を出して叫ばないで下さいよ」

「だって、何度も押しても出てこないからさあ」

「で、何の用です?私はインフルエンザなのであまり近寄らないで下さいよ」

「うん、知ってる。美咲さんから聞いてたから。あと、俺一応予防接種受けてるから大丈夫。今日はお見舞いに来たんだけど」

「予防接種って打っていても、罹ったら重症化のリスクが低いだけで、感染は防げないですよ。で、お見舞いってなんですか?」

「これ」

 そう言って、レジ袋を差し出して来る。中にはバナナと栄養ドリンクが入っていた。

「ああ、これはどうも有難うございます」

「ちゃんと食ってる?」

「ええ、今もお粥でも作ろうかと思ってましてね。まあ邪魔された訳ですが」

「ごめんごめん。でも、居留守なのは分かってたから、名乗らないと入れて貰えないかなって」

「ええ、まあ、そうですね。この時間帯で誰か分からないのは危険ですし」

「何、お粥?俺作ってあげようか?」

「いえ、いいです。遠慮しときます」

「そんな事言わずにー!俺ってば料理得意なんだよ!」

「えー。でも、なんか作る前から不味そうな予感が…。私は自分で作れますんで」

「でも、顔色悪いし、作る間ゆっくり寝てなよ。本当に俺、料理得意だからさ!」

 そう言いながら、夕海の部屋に上がり込んでくる綿谷。真っ直ぐに冷蔵庫に向かい、中を漁り始める。

「あーなんか食材があんまりないねえ。でも卵とネギがあるね。おっ、中華スープの素もあるね。中華粥が作れそうだ。肉は何かないの?」

「ああ、お肉なら冷凍でササミがありますよ」

「うしっ、じゃあ、これで美味しいお粥が作れるね!任せて!」

「はあ…、それじゃあよろしくお願いします」

 まな板、包丁、鍋、その他、調理に必要なもののありかを綿谷に教えて夕海はテーブル前に座って待つ。折角なので栄養ドリンクを飲み、バナナを食べる。実は夕海はバナナはあまり好きではない。ミックスジュースに入っていれば飲めるけども、そのまま食べるのは食感が苦手なのである。綿谷チョイスのバナナは一房ある。綿谷の好意もあり、何も言えなかった。夕海は諦めて出来上がるのを待つ。綿谷はのろのろとお粥の準備をしていた。下ごしらえに、三十分位掛かって、漸く鍋にお米を入れてぐつぐつとお粥を作り始める。

「お粥が出来上がるのはもう少し掛かるんだけど、何か欲しい物とかある?近くにコンビニあるから代わりに買い物してきてあげるよ」

「ああ、それは助かります。それじゃあ、メモ書くんで買ってきて頂いて良いですか?」

「おっけおっけ!メモ以外にも良さそうなものがあったら買うし!でも、俺が出てる間は鍋の様子は見てて貰えるかな」

「ええ、コンビニも歩いて五分も掛かりませんし、大丈夫です」

 サラサラとメモに欲しい物を書き、綿谷に渡す。綿谷は颯爽とコンビニへと向かって出て行った。普段ならこの押しの強さが面倒臭い所ではあるが、今は便利に思えた。十分程度で綿谷は戻って来た。両手にはレジ袋を持っていた。夕海はヨーグルトやゼリー、お茶漬けの素や冷凍食品のコンビニ総菜をリクエストしていたのだが、しっかりと買ってきて貰えた。これには夕海も心から感謝した。

「わざわざすみません。有難うございます」

「いいよいいよ。あとは栄養ドリンク追加で買って来たよ!また何かあったらメッセージで言ってくれたら買ってくるし!」

「いや、ほんと、ご迷惑お掛けしてすみません」

 綿谷は鍋に向かい、夕海は寝転がるのは憚られたのでテーブル前で座って待つ。手持無沙汰になったのでテレビをつけ、眺める。そうしているとお粥が完成したようだ。綿谷が取り分けて持ってくる。何故か自分の分も取り分けていた。

「俺、中華粥作るの得意なんだよね!さあ出来上がったからどうぞ!」

 出来立ての熱々のお粥。ふーふーと息を吹きかけながら食べる。意外にも綿谷が料理上手なのは本当だったようだ。お粥は普通に美味しかった。何故か一緒に綿谷も食べている。

「所でなんで綿谷さんも食べてるんです?お粥なんてお腹足りないでしょう?」

「ご飯は一緒に食べる方が美味しいでしょ!」

「あー、そうですか」

 そういいつつ、夕海はお粥を完食した。

「まだ鍋に残ってるから、明日の朝とか腹減った時にあっためて食うと良いよ」

「というか、食べたら早く帰った方が良いですよ。インフルがうつったらいけないんで」

「もう十分濃厚接触したけどね!てか、濃厚接触ってなんかエロいね」

「何言ってんですか、頭の中お花畑ですね。でも、今日は本当に助かりました。仕事はもうしばらく休むのと田中ちゃんのパーティーには行けなくなったんで宜しくお伝えください」

「わかった。龍さんと美咲さんにちゃんとそう伝えておくよ」

「じゃあ、ごちそうさまでした。帰り気をつけて下さい」

「お粗末様!じゃあ、早く元気になってね!」

 玄関先まで見送りに行く夕海。綿谷が出た後はチェーンロックと鍵を掛けて床につく。綿谷にインフルエンザがうつらないと良いのだが。それだけが心配な夕海であった。自分の所為でインフルエンザにはなって欲しくないものである。なんだか久しぶりにまともな食事を摂れた夕海は自然と入眠出来た。翌朝、十二月二十四日を迎えた。体調も幾分か良くなっているような気もした。綿谷が作ってくれた中華粥を温めて食べる。よく眠って食欲も出てきたようで、残りのお粥をペロリと食べ切る夕海。漸くスマートフォンを見る余裕が出てきたので届いているメッセージを確認してみた。田中ちゃんと綿谷からのメッセージ。

『夕海、インフル大丈夫?』

『返事がないから栄君に事情を伝えておいたよ。そのうち夕海の家に行くって』

『パーティーの事は気にしないでいいからね。ゆっくり休みな』

 三件メッセージが届いていた。綿谷からはというと、

『美咲さんから聞いたけど、インフルだってね!俺、お見舞い行くから何かいるものある?』

『返事がないって事は、寝込んでるのかな?適当に買って今から行くね』

 メッセージをリアルタイムで見ていれば、家の外で叫ばれなくて済んだのだと夕海は思ったが、過ぎた事は仕様がない。とりあえず、体調は復調しつつあるので、良しとした。インフルエンザになっていなければ、この日は田中ちゃんのパーティーの日だ。夕海は実はパーティーとか苦手なので、病欠出来る事が都合が良かった。

 

 夕方まで、ゆったり過ごして居た夕海。熱も下がり、読書が出来る程回復していた。調子が良いので、昼間に買い出しにも出掛けた。空っぽ同然だった冷蔵庫も食材で満たされた。世間はクリスマスイヴなので、ケーキの売り出しやクリスマスオードブルが並んでいた。夕海は年間の行事にそれほど執着しては居ないが、街やお店のクリスマスムードにのせられてケーキ位はと、ピースのケーキを二つ買った。オーソドックスに苺のショートケーキとザッハトルテにした。夜にでもコーヒーを飲みながら食べようと思って居た。久しぶりに夕食の準備に取り掛かる夕海。クリスマスでもマイペースな夕海は、特別な料理ではなく、普段通りの料理を作り食べる。そうしていると、スマートフォンにメッセージが届いた。

『今から行きます』

 綿谷からのメッセージだ。どうしよう。この間は体調も悪く、仕方なく招き入れたが、どうしてクリスマスイヴに訪問しようとするのか。夕海は困惑した。

『すみません、もう休もうと思って居るので来ないで下さい』

 返事をする夕海。

『中華粥のお礼貰ってない。ちょっとで良いから家にあげてよ』

『中華粥は貴方が勝手に作ったんでしょう?私は遠慮したんですけどね。見返りを求めるなら面倒なので今後一切話しかけないで下さい』

『ああ、ごめんごめん、お礼じゃなくて、ご褒美!ご褒美を下さい!』

『言い方変えても一緒ですよ。何の用なんです?』

『いやあ、この歳で家族とクリスマスディナーってのもアレだから外に出たんだけど、予定がなくて…』

『それでうちに来るって事ですか?』

『ははは、待避所に使わせて貰って良い?』

『あんまり長居されると困るんですけどねえ』

『じゃあ、お泊り…とか…?』

『はあ?何言ってんですか、泊りとか私が無理なんで』

『一緒の鍋の粥を食った仲じゃーん』

『それって関係あります?何が楽しくて今夜貴方と過ごさないといけないんですか』

 するといきなり写真が送られて来た。ホールケーキとおそらくシャンパンかと思える瓶。

『この写真は何ですか?』

『一緒に食べようと思って』

『私まだインフル治ってないんでアルコール飲めないんですけど』

『これは、俺用で…』

『車で来る気ですよね?』

『え、そうだけど』

『飲酒運転で帰るつもりですか?』

『えーっと、それはね?』

『来ないで下さい』

『じゃあ、お酒飲まないから、ケーキだけでも…』

『うちにもケーキあるんでいいです』

『えー、荒木さんちもホールケーキあるの?一人で食べきれるの?誰かいた方が良くない?』

『二ピースのケーキしかありません。食べきれます。十分です』

 また写真が送られて来た。クリスマスオードブルが映っていた。

『あの、これ、一緒に食べてくれない?』

『もう夕食食べた後ですよ!』

『俺が食うから!場所だけ貸して!』

『他にも友人がいるでしょう?私じゃないといけない理由はないのでお断りします』

『クリスマスイヴだから一緒に居たいんだってば!』

『私は居たくないんですってば』

『明日、美咲さんのパーティ行くのやめようかな。荒木さんが来るって話だったからなー』

『美咲さん困るだろなー。ドタキャンが二人も出たら困るだろなー』

『何が言いたいんですか?』

『いや、美咲さんに荒木さん来ないから行かないってドタキャンメッセージ送ろーかなーって』

『なんでそういう事言うんです?私の所為で田中ちゃんのパーティードタキャンて』

『じゃあ今夜、俺と過ごしてよ』

『田中ちゃんを引き合いに出して、そういう事言う人だとは思ってませんでした。それなら勝手にしてください』

『ああ!ごめんごめん!どうしてもイヴを一緒に過ごしたくて…』

『それは綿谷さんがそうしたいだけで、私は違うんです。第一、私はまだインフルエンザが治り切ってないですし、迷惑です』

『わかった、ごめん。さっきの美咲さんのパーティの事なんだけどちゃんと行くよ。本当にごめんなさい』

『そうですか、それではこれで』

 

 最近の綿谷は調子に乗り過ぎている。この間家に上げた時から勘違いしてしまったのだろうか?もしそうだとしたら夕海は今後の対応を改めなくてはならない。何事にも距離感は大切だ。特に夕海は、他人との付き合いが煩わしい。田中ちゃんはまた別として、職場やその他プライベートでは親しい人間はまずいない。インフルエンザで満身創痍だったあの日は綿谷が便利に思えたが、そもそも、簡単に食べられる食料品を備蓄していれば必要のない事だ。どうしても必要であれば、病の身でも外出すれば良い。ただそれだけの事だ。

エッセイ中心でノンフィクションの創作を中心に書いていきたいと思います。 昭和58年生まれなので、時代的に古いかもしれませんがご興味あれば! 機能不全家庭・暴力被害・LGBT・恋愛・インターネット・いじめなどなどetc もしよろしければ、拙文ご一読頂ければ嬉しいです。