スーア先生悪役令嬢憑依無双


「スーアローズ様!?どうなさいましたか!?」

リューイーソー魔法学園卒業式の前夜祭は突然の混乱で幕を閉じた。歓談のさなか、スーアローズが突如として倒れ伏してしまったのだ。
倒れ伏す直前、スーアローズが小さくつぶやいた

「ふえぇ……」

という言葉を聞き取れたものは、その場にいなかった。


スーアローズは夢を見ていた。それは10歳程度の女児のような服装の男性が、小さく身を縮ませながらも、精一杯の虚勢で

「ふえぇ、坊やじゃないよ。女の子だもん。」

という姿であった。場所は、そう、大阪の赤ちゃん本舗。あれはたしか暑い日だった。私はこの時、迷子になっていたんだ。不安で不安で仕方がなくて、でも泣いたらきっと、不安で押しつぶされちゃう。そう思って絶対に涙だけは流さない……そういうのを演じていたんだ。
あの子は……私だ。あれは私の、スーア(仮)の記憶。私の、前世の記憶。
VR黎明期を駆け抜けた、対魔忍スーアとしての記憶……


全て思い出し、目を覚ました。
私の名前はスーアローズ。このフマリック王国の侯爵令嬢。確かな血統に裏付けられた美貌と才能。シオン王子にふさわしい唯一の存在。
そして……そう。ほんのさっき分かったのだけれど、私の前世はこことは違う世界。魔法が無く科学の発達した世界で、その時代を作った偉人スーアの生まれ変わり。

「なんなのよ……」

思わず悪態をついてしまう。だってそうでしょう?まさか前世で人気だったVR乙女ゲーム「じゃんたまVR」がこの世界を題材にしていて、そのゲームで私、スーアローズは悪役令嬢なんて言われているんですもの!
VR乙女ゲーム「じゃんたまVR」ではヒロインの名前はルールルー。このルールルーは強力な魔力を持っているという理由で、王都にあるリューイーソー魔法学校に2年時に編入してくるの。
そして私はシオン殿下と親密になっていくルールルーに嫌がらせをするのだけれど、最後はシオン殿下から拒絶されて断罪イベント……家族からは罰として家を追い出され、長かった髪を刈り上げて修道女としてトキウミ地方に左遷。わずかな賃金をその日暮らしのパチンコで増やしたり減らしたりしながら、結局借金に追われて過ごすの……

「トキウミなんて生理的に無理!絶対に嫌!私は安定収入がいい!」

絶対にトキウミだけは回避しないといけない。でも断罪イベントは学園の卒業式。そして今日は卒業式の前夜祭。つまりもうほとんど手遅れ!!明日には断罪イベント!いいえ、それでも絶対にBADENDは回避して見せる!私には、前世の対魔忍スーアとしての記憶があるのだから!私は声を張り上げる。

「奴隷のアヤニ!!!奴隷のシウ!!!来なさい!!今すぐ仕事よ!!何のためにお前達を学園に入れたと思っているの!!夜通し働いて、明日の卒業式までに準備しなさい!!!」


卒業式当日、ゲームの記憶では私の会場挨拶を終えたタイミングでシオン殿下とルールルーに糾弾され、断罪イベントが始まる。
そして今、私は最善を尽くしたうえで会場挨拶を、終えた。

「スーアローズ侯爵令嬢。俺はこの祝うべき卒業式を前に、確認しなきゃいけないことがある!」

シオン殿下は声を張り上げた。コツコツとルールルーの手を引きながら、私と正面から向かい合う。

「なんでしょうか?シオン殿下。」

「スーアローズ侯爵令嬢、お前はこのルールルーに対し、わざとワインをかけてドレスをダメにするなどの嫌がらせをしたそうじゃないか!これは本当か!!」

ほらきた……やはり、ゲーム通りの展開だ。

「いいえ、そのようなことただの一度もありませんわ。だって私、ワインを飲むときはこぼれないように哺乳瓶を使いますもの。」

私はすまし顔で言い切って、ポーチに入れていた哺乳瓶を手に取り、シオン殿下の目の前に見せつける。

「えっ……」

シオン殿下は哺乳瓶を見た後、呆然とルールルーを見やる。ルールルーは目を白黒させている。そうだろう。学園の卒業式に哺乳瓶を持ってくる奴は異常だ。だが、スーアは違う。前世の経験が私を強くする。わずかに生まれた思考の隙を、詰める。

「シオン殿下、他には?他には何か誤解がございます?もしかして、替えのドレスをお贈りしたことも誤解していらっしゃる?」

ハッとしたシオン殿下は泡を食ったようになりながらも叫んだ。

「そ、そうだ!スーアローズ侯爵令嬢、お前はこのルールルーに対し、嫌がらせとしてビリビリに割かれたドレスを送り付け、あろうことか貴女にふさわしいドレスなんてこのくらいよ、とのたまったそうじゃないか!」

ふむ……私は思案するそぶりを見せつつ冷静に返す。

「シオン王子、あれは対魔忍の衣装ですわ。ルールルーは確か、トキウミ地方の出身よね。トキウミ地方の歴史ある衣装なのだけれど……ご存じないかしら?そうだわ!同じトキウミ地方出身の令嬢がここに居るじゃない!シウ!!!シウ男爵令嬢!!!!!出てきなさい!!!」

私がテーブルをガンと蹴りつけると、恐る恐るとペラペラのわずかな布を身に纏ったシウが姿を現した。私はシウと目を合わせながら

「シウ男爵令嬢。その恰好はトキウミ地方の歴史ある対魔忍の衣装だと言いなさい。」

と言った。シウは水飲み鳥のように首を上下に振りながら

「はい、この恰好はトキウミ地方の歴史ある対魔忍の衣装です。」

と言った。

「ごめんなさい、ワタクシ、シウ男爵令嬢から聞いていたものだからてっきり喜ばれるかと思って……誤解があったのならばシウ男爵令嬢が謝りますわ。」

「ごめんなさい……」

シウは頭を下げてすごすごと後ろに下がっていった。

「さて、誤解は全て解けましたわね。それではこの話はここまでということで……」

シオン殿下は呆然としていたが、ハッとして食らいついてくる。

「まて!まだだ!スーアローズ侯爵令嬢、お前はこのルールルーに対し、その血筋が魔法学校にふさわしくないと言って、退学するよう脅したそうじゃないか!」

「そんなこと言ってませんわ。」

間髪入れずに返す。実際は言ったが、過去のことだ。仕方がない。
勢いづいたのか、思考停止していたルールルーが守られたがっていそうな目つきで必死そうに叫ぶ。

「そんにゃ!?私は、私はとても不安になって……でも、でもシオン様が優しくして下さったから、乗り越えられたんですにゃん。だから……私のナイト様……もういいにゃん……」

ルールルーが猫なで声でシオン殿下にしなだれかかる。ぐっとルールルーの肩を抱き込んだシオン殿下は目を吊り上げて私に人差し指を突きつけた。

「認めないか!スーアローズ侯爵令嬢、お前の悪行は決して許されるものではない!」

語気の強まるシオン殿下に私はあくまで冷静に、冷静に話す。

「真実がわからないのであれば……ここはひとつ、リューイーソー魔法学園の流儀に従い決闘はいかがでしょう?卒業式の催しには最適では?まさか王子とあろうものが……逃げたりは、ねぇ?」

カッと顔を赤くしたシオン殿下が叫ぶ、まさにその瞬間、私は舞台裏のアヤニに向けて目線を投げる。今よ!早くしなさい!アヤニ!
私の目線にびくりと体を震わせたアヤニは寝不足で充血した目のまま小さく

「うす」

とつぶやいて映像通信魔法カクチュハイシンを起動した。

「決闘だ!俺は!シオンはスーアローズに決闘を申し込む!!」

シオン殿下の宣言は、同時に展開された巨大な映像通信魔法カクチュハイシンによって映像としてキャプチャされた。
なんだこれは!?と混乱するシオン王子をよそに、私は大きく手を振り上げた。

「せっかくの卒業式ですもの!ここでの出来事を映像として国中に配信しようと思っていましたの!さあ!このスーアローズ、謹んで決闘をお受けいたしますわ!」

パァン!と私は大きく手を打ち鳴らした。

「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!リューイーソー魔法学園に伝わる決闘、マァジャンを始めますわ!卓につきますわよ!賽を振りなさい!」

声高に宣言した私に、さっきまでの痴話喧嘩で気まずくなっていた空気は瞬間で沸騰し熱狂した。

「うおおおおおおお!!!!!!マァジャンの時間だあああ!!!!!!」

学生のみならず、教員までもが手を取って踊りだす。そう、ここはリューイーソー魔法学園。マァジャンが全てを決める場所。

「行くわよ、アヤニ。お嬢様マァジャン部の力を見せるときが来たわ。まずは手始めにルールルーを飛ばすわよ。」

「うす」

左手に仕込みの2萬を握りしめ、私の未来を賭けた戦いが、今、始まる。

to be continued......