持続可能性とは

人間は、あとさきを考えられるのが特徴だと思う。いまこの瞬間の欲望が満たされて幸せだったら良いのか。そうじゃない。これがわかるのが人間だ。人間はおもしろいもので、幸せの絶頂にあるときにむしろ、このあとわるいことが起こるんじゃないだろうか、なんて心配をしてしまったりもする。これが人間らしさだと思う。ほかの生物はこういうことを考えたりはしないだろう。僕は生物学者だからそう思う。

生物には戦略(生存戦略・繁殖戦略)があり、その戦略が成功している種だけが現存している。ちなみに成功とは、きわめてざっくり言うなれば、生まれる数が死ぬ数より多い状況である。失敗はその逆だから、戦略が失敗した種は絶滅していくのである。戦略にはいろんなものがふくまれる。エネルギーを得るためには、肉食・草食・雑食・光合成などの選択肢がある。生物はそれを選んでいる(選ぶといっても個々の個体が脳で考えて選ぶのではなく、その種を構成する遺伝子がそうなっているということだ)。

人間以外の生物があとさきを考える戦略を取ることがある。食べきれないえさを埋めておいて、あとでおなかが減ったら掘り出して食べるのだ。リスは木の実を埋めて保管する。パックラットとよばれるげっ歯類も、いろんなものをため込む習性を持つ(アメリカでは、ものをたくさん集めて捨てられない人のことをパックラットと呼んだりする)。肉食獣もそうだ。たとえばヒョウは、捕らえた獲物の食べ残しをサバンナの木の上に引きずり上げて、他の肉食獣に取られないように守る。人間も食料を保存することに長けている。季節性のある気候帯では、旬はしばしば短いので、それを保存する文化が生まれる。むかしから日本列島では、サケを塩漬けにしたり干物にしたりして、秋の限られた期間にしか捕れないサケをできるだけ長く食いつないできた。

持続可能性という概念は、生物同士のせめぎあいにも現れる。セミの幼虫は地中で何年も過ごしておもむろに変態して成虫になり、交尾して卵を産む。子孫を残すには地上に出て成虫になることが不可欠なのだが、そのさいに鳥などに食べられてしまう。セミはそれほど飛ぶのが得意じゃないので、鳥にとっては簡単な獲物だ。特にセミは繁殖相手をみつけるために大きな音で鳴く(実際には口から音を出しているわけではなく、「鳴く」というより「音を鳴らす」と表現するほうが正確)必要がある。その音は、繁殖相手をみつける副作用として、鳥に気づかれやすいという諸刃の剣でもある。このようにセミは捕食者に対して脆弱な生き物なのだが、その短所を補うための戦略を持つのは、いわゆる素数ゼミだ。素数ゼミは素数の年間隔を空けて一斉に負荷する。その数は膨大で、鳥は食べても食べても食べきれない。だから素数ゼミは食べきられずに残り、繁殖することが可能なのだ。その年間隔が素数であることにも意味がある。たとえば6年おきに大発生するセミならば、毎回の大発生が、2年周期で繁殖する鳥・3年周期で繁殖する鳥の繁殖タイミングにあたってしまい、多くが食い尽くされることになる(2や3は、6の約数だからだ)。いっぽうで、素数である7年おきに大発生するならばどうか。7は素数なので約数を持たない。だから、7年ゼミを主なエサとして食べる動物は7年周期のライフサイクルを持たなければならないが、それは長すぎるため、なかなかそういう動物はあらわれない。生物の長い歴史上、6年周期で発生するセミがいたことがあったかもしれない。しかし彼らの戦略は失敗に終わり、絶滅してしまったのだろう。その結果として、素数のものだけが生き残ったのだと思われる。

食料を保存して持続可能性を高めるというのは他の動物にもみられる特徴だが、農耕・牧畜は、「生産する」「増やす」というところが違う。考えてもみよう。食べきれないので仕方なく保存するというのではなく、苦労したり耐えたりすることが多々ある。人類の農耕牧畜は「大発明」であり、その結果人類は安定して食料を生産できるようになり、それは文明・社会・国家の成立と発展を促すことになった。

農耕と牧畜を発明できた人類だから、未来のためにいまがんばれると思う。持続可能性とはそういうものだ。これまで隆盛を誇ってきた生物がとつぜん絶滅するというのは化石の記録上よくある話だ。人類もそうなるだろうか。人類が滅んで数百万年後、ふたたび知的生命体が地球に現れるとして、地質を調べたら、ごくわずかな期間、人類が栄えていたことに気づくだろう。その際に人工的な化学物質による汚染・農耕などによる土地の改変・気候変動・生物多様性の喪失などが生じたことに気づくだろう。なりゆきに任せて享楽をほしいままにして絶滅するか。それとも、我々は知能をはたらかせて持続可能性を高めるか。遺伝子ではなく知能で持続可能性の問題を乗り越えられるとしたら、それは僕らが、地球史上最初の成功者になることを意味する。

(この文章は将来の出版のためのきわめて雑な下書きです)

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