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【教えて!RE:CONNECT】環境破壊が理由で地球は滅亡する可能性はありますか?

こんにちは。伊勢です。このコーナーでは、お題に沿って研究者が生の声で回答していきます。

学校の授業でもテレビでもインターネットのニュースでも、「地球環境があぶない!」みたいなことをよく聞きますね。環境破壊を止めようとして、多くの人たちががんばっています。僕ら研究者もそうですし、エコバッグを使ったり部屋の電気をこまめに消したりしているみなさんもそうです。

そんなとき、「じゃあ環境問題をぜんぶほったらかしにした最悪の場合、地球はどうなるんだろう?」という素朴な疑問が生じるのは自然なことですね。今日はこれについて考えてみましょう。

環境問題で地球が滅亡するのでしょうか。これについては、まず、滅亡の定義を考えなければなりません。滅亡が、天体としての地球が滅亡する(地球が爆発する?真っ二つに割れる?太陽系外に飛んでいく?)という意味ならば、大丈夫。人間がどんなに地球上で無茶をしようとも、地球は大丈夫です。

それでは、人類が滅亡するという意味ではどうでしょうか?その可能性はゼロではありませんが、あまり高くはないと思います。人間は適応能力に優れた生物。地球が高温化し、いろんなもので汚染されたとしても、なんとか生きていくことはできるでしょう。もちろん、環境問題のせいで快適なくらしはできなくなるし、地球が養うことのできる人口も減少することでしょう。

となると、文明や文化が滅亡するというのはどうでしょうか。人間は絶滅しないものの、現代文明が滅亡する可能性は、それなりにあると思います。というか部分にいえば、現代文明は持続可能じゃない、つまり滅亡する宿命にあると思っています。たとえば、化石燃料をガンガン燃やして暖房した家で冬でもTシャツで過ごすとか、大排気量の巨大な車にひとりだけ乗車して毎日通勤するとか。こういう意味での人間の行動は、滅亡するかもしれませんね。むしろ滅亡しないといけないと思います。

最後に、地球が楽しい星としては滅亡すると考えるとどうでしょう。わざとあいまいな「楽しい」という表現をしてみました。地球で暮らす楽しさは人それぞれだと思いますが、思いつくものを上げてみると、きれいな空気・水・食べものが手に入って、安心して暮らせる。その土地の個性と歴史があって、生態系があって、そこに適応した動物や植物が生きている。こんなふうに考えてみました。

かなり大げさな表現ですが、もし地球上からパンダとペンギンが絶滅したら、僕にとって地球は、楽しい星としては滅亡したと言わざるを得ないかも。毎日生きてごはんを食べることはできたとしても、パンダとペンギンのいない星で食べるごはんはパサパサに感じるかも(うーん、ちょっと言いすぎですが、ニュアンスは伝わるでしょうか)・・・!?

みんなそれぞれ「地球のよいところ」を感じているでしょう。その地球のよいところがなくなると、僕らの体は生きていても、こころは死んでしまうのかもしれません。

温暖化した京都では、冬もなま暖かくなり、きれいな桜も紅葉も見られなくなるかもしれない。苔庭とか風土に根差した文化も絶えるかもしれない。なにか大事なことを失うのかもしれません。

話が散漫になってしまいましたが、「滅亡」という言葉の定義によっては、環境破壊は何か大事なものを僕らから奪い去る可能性があるというのが僕のおはなしでした。

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