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#55 旅がくれるもの。旅が奪うもの | 古性のちの頭の中

”旅”の存在については多分ここ数年、側を離れない。
と言っても常に頭の中をぐるぐる回っているわけではなくて、空気のように私の体の隅々まで、あらゆる細胞に行き届いている感じがする。

わたしの今世「旅」はほんのひとときの時間を濃密に過ごす存在ではなく、すっかり日常の一部になった。
それは10代、灰色の学生時代を過ごしていた頃(今振り返ればその色を塗っていたのは私自身だったんだけど)、喉から手が出るほど恋焦がれていた暮らしで「わたしが何か特別に努力をした」というよりは「世界がその形を実現しやすいように変わった」が近いと思っている。(特にiPhoneを発明してくれたスティーブ・ジョブズには感謝が絶えない。この話をすると笑われるのだけど、彼はわたしの救世主です)


そんなこんなで、旅人を続けてきてもう7年目になる。

気づけば当時「終わりを決めない旅ってこんな苦しいんだ…」とこの世の終わりかのように感じた出来事の数々も、日常の一コマのようにただ目の前を流れる「日々」になった。

目の前に広がる帰り道のない旅は辛い。だけれど少し先にちいさなゴールを設置すると、途端上手に息ができるようになる。それは長距離マラソンと一緒で、そんなことに気づいたのは多分旅暮らしも3年目に突入した頃だったと思う。

必死でしがみついていないと簡単に振り落とされて、もう戻って来れなそうに感じていた「旅をしながらの仕事」なんて夢物語のようなことも、おやすみを2、3ヶ月いただいてもなんとか生きていける(本当にギリギリだけど)ようになった。

多分、圧倒的に息をするのが楽になった。
歯をくいしばらずとも、手のひらに爪が食い込みそうな程必死にその綱を握りしめずとも、「スマートな旅暮らし」を手にいれたのだ。

それでも「旅をしながら暮らしていて一番良かった体験はなんですか?」と聞かれると、とてつもなく苦しかった初めての世界旅がすぐに頭に浮かぶ。

26歳の頃、「旅をしながら暮らす事」に憧れ続けて、意を決して出かけたはじめての海外。慣れない仕事と旅の両立に足元を何度も何度も掬われて、名前もわからない空港のすみっこ、泣きながら原稿を書いていたことを、昨日のことのように思い出す。
明かりもない、机もない、冷たい地面にパソコンを広げ、弱いWi-Fiを一生懸命に拾いながら、離れすぎた日本との時差で、すぐそこに差し迫った締切に間に合わせようと、必死でキーボードを叩いてた。

あの頃を思い出すと、首の辺りがひゅっとする。
多分大袈裟だけれど、一歩間違えば死んでいてもおかしくなかったような旅だった。
それほどに私は無防備でとてつもなく世間知らずで、世の中はメルヘンとファンタジーと、ふわふわの綿菓子でできていると信じて疑わなかった。

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