長崎の鐘

私の記事「生まれて初めて心惹かれた歌」をお読みになった或る読者様が、サトウハチロー氏への思いをしたためたメールをお送り下さいました。
その御蔭で私は、魂を揺さぶられる様な事実を知りました。
以下が、私からの返信です。
親愛なる皆様にもお読みいただけましたら、有難く存じます。

「今、涙に暮れています。
貴女様の御蔭で名曲『悲しくてやりきれない』を初めて知り、調べました。
その作詞秘話も知って、心を打たれました。
その根底に流れる思い・・・広島で被爆した弟 節氏を必死で探したのに遺品も遺骨も見つからなかった、その時の思いが『悲しくてやりきれない』の詩には脈々と流れていることを知り、さらに・・・『長崎の鐘』の作詞者がサトウハチロー氏であることを初めて知って、私は茫然としました。

中学校の修学旅行で長崎を訪れ・・・今でも目に浮かびます・・・若いバスガイドさんが歌って下さった『長崎の鐘』。14歳の私は、『形見に残るロザリオの 鎖に白き我が涙』と聞いて涙にむせびました。
その作詞者こそ、サトウハチロー氏であった・・・あらためて『長崎の鐘』の詩を検索し、涙に暮れました。

他の女性のもとへ走って母と離婚した父への反感から、少年時代、放蕩生活を送ったというサトウハチロー氏。
荒れた生活を送っていてもこの様な崇高なけがれ無き魂を秘めた人がいるのだと、あらためて全ての人へのリスペクトを心に誓いました。」

我々は戦争を知らない。
しかし、我々の親の世代は幼いながらも戦争を体験した。
直接 戦争の実態を聞いて育った我々が語り継がねば、この国から戦争を知る国民がいなくなってしまう。
生々しく戦争の悲惨さを語り継ぐ語り部になり得る、我々が最後の世代かも知れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?