見出し画像

人生の転機

人生のどん底と言えるのかわかりませんが
息子の母親になったことでいろんな経験をさせていただきました。

当時私は、中々這い上がることが出来ないでいました。
ですが、毎日息子に会いに行き、
抱っこしている時や、
母乳を飲ませている時は
本当にかわいいと思うのです。

ダウン症という確定診断を受けてから、
逃げられない現実と向き合っていく中で、やっと自分の事だけでなく、
息子の将来についても少しずつ考えられるようになっていました。

病院からの帰り道、本当に突然だったのですが、
いつものように泣いている時に
私が今泣いているのは
失敗作の息子を産んで、後悔しているからなのか?
という疑問がわきました

そんな風に考えてみると
息子は失敗作なんかじゃなく、
本当にかわいい私の息子でした。

そう思えるようになった後も、〝かわいそう〟と思われたくないという想いは強く、
家族以外の人に、息子がダウン症児だったと言えずにいました。
嘘をついているわけではないけれど、言えないでいるので友達にも、職場の同僚にも連絡を取れず、手伝いに来てくれている母に甘えNICU に行く以外ほとんど外出はしませんでした。
身なりも構わずに過ごしているので、
鏡に映る疲れ果てた顔の自分が、かわいそうで仕方ありませんでした。

息子が産まれるとわかってから、旦那さんは、長い間続けていた夜の仕事をやめ転職していました。
慣れない仕事に、息子のこと、家族を支えないといけないという重圧に苦しんでいた旦那さんも、この時心が疲れ果てていました。
息子が退院してきて家のベビーベットで寝ている姿を見た時、
息子が産まれてから、はじめて旦那さんが泣いているのを見ました。
「おかえり」と泣いている姿を見て、苦しんでいるのは自分だけじゃないんだと思いました。

そんな中、私の住む町の保健師さんが新生児訪問で自宅を訪ねてきてくれました。そしてダウン症親の会を紹介してもらいます

私と同じ経験をした人は、成長した子供と過ごし、どんな事を考えているのか
とても興味がわきました。
なので、私も参加させてもらおうと思ったのです。

久しぶりに初対面の方に会うということで、私はお化粧をしました。
ここが転機でした。 
 
私を取り巻く環境は何一つ変わっていないのに、
お化粧をすると背筋が伸び、自分の疲れ果てた顔に少し元気が出て、
不思議と「さあ行こう」と思えたのです。

ダウン症親の会に来ている親御さんは、みんな明るく、楽しそうに
子育てで悩んでいることを教えてくれました。
そのお話は長女を育てている私の悩みとさほど変わらず、
ここでやっとダウン症児を産んだことは不幸になることではないと思うことが出来ました。

親の会で沢山の事を教えてもらって、
私はダウン症児のお母さん達が立ち上げた
ダウン症児専門療育を教えてもらいます。
息子には健常の子供たちと違う悩みが出てくるかもしれない
なので繋がりを持っておきたいと思い、行ってみることにしました。 

ここで同じ悩みを話せる友達を作ることが出来て、
いつの間には私の頑なだった心の壁がほぐれ、
やっと人に息子の事を話せるようになっていきました。

今振り返ると、私の〝普通〟への執着が、
私の思い描く理想の家族じゃないから、という理由で
息子を受け入れられなかったのだと思います。

この私の中にあった〝普通〟とは何なのか?
〝こうあるべきだ〟とか〝普通はこうだろう〟と
私をいつも苦しめている物の基準とは何なのか?

次回は、私が以前より楽に生きられるようになった考え方についてお話します。お付き合いいただけると嬉しいです。




 











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?