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大人になった彼の囁きは、

「そういえば玲くん、結婚してるんだって」

久しぶりに実家へ帰る車内で、ぼんやりと景色を眺めながら母の話に相槌をしていた私は、感情を母に読まれるのが怖くて、

「ふーん、懐かしい名前きいたなあ。そうなんだ。」

と、何気ないことの様に呟いた。

玲くんは所謂私の幼なじみのような存在で、私の初恋の人。小さい頃は、学校の帰り道を当たり前の様にふたりで帰って、また習い事教室で会って、小さな声でこそこそ笑い合う、そんな関係だった。でも、運動神経が良く、顔も整っていて、面白い彼のことを、年頃になった女の子が放っておくはずもなく、彼は色んな女の子から話しかけられる様になっていき、一方で私はいつしか関係性が薄れてきていた。

そんなある日、クラスでも目立つ女の子が数人、私の元へやってきて、

「玲ってももちゃんのことが好きなんだって。ももちゃんは誰が好きなの?」

「玲のことどう思ってるの?付き合うの?」

「他の人には言わないでほしいんだけど、私と奈々、玲のことが好きなんだよね。ももちゃんは?」

などと、詰め寄ってきた。『好き』という恋愛感情をまだ持ったことがなかった私は、玲の好きが、どういう好きなのかよく分からなくて、詰め寄ってくる女の子が怖くて、注目されたくなくて、

「玲?全然好きとかじゃないよ?」

と言って、その場から離れた。その女の子たちはすぐに、少し離れた場所にいる玲たちの所に行って、何かを伝えている様子だった。女の子って怖くて苦手だな、とその一件から思うようになった。玲とはその後、会っても目を逸らして気づかないふりをする様になった。視線を感じるものの、彼から話しかけてくることも次第になくなっていった。でも、玲が自分のことを好き、という言葉は中々頭から離れてくれなくて、話さないけれど、自然と彼の姿を眺める様になって、いつの間にか彼は私の初恋の人になった。

それから、しばらくは話をしない状態が続いたけれど、部活での練習班が同じになったことをきっかけに少しずつ話をする様になった。普段はふざけてばかりなのに、タイムを測る時は真剣に泳ぐ。大会でのリレーでは、アンカーの彼がどう頑張っても表彰台に乗れないと分かっていても、誰よりも速く、本気で最後まで泳ぎ切る彼の姿は、本当にかっこよくて、私の好きだという気持ちは数年経ったその時でも変わらなかった。いや、ますます好きになっていたのかもしれない。

部活動の最後の大会も終わって、塾で2人で話している時、ふと恋愛の話になった。少しどきどきしながら、でも、どうでも良いけど、みたいな雰囲気を出しながら、

「玲は好きな人とかいる?いなさそうだな〜」

と聞いてみた。彼は、にやっと笑って、いる、と私の耳元で囁いた。誰?と続けて尋ねる私に、

「まゆ。あの笑顔、惚れてまうやろ〜!(笑)」

と、当時話題になっていたお笑い芸人の言い回しを使いながら、私の一番仲良かった女の子の名前を言った。少しでもまだ自分のことが好きでいてくれているかも、と思っていた私は、心の中では泣きそうになりながらも、

「まゆ!?めっちゃ可愛いよね、わかるなあ」

と笑いながら返した。まゆはその当時、私の学校で1番人気だった、サッカーが上手い男の子のことが好きだと本人から教えてもらっていた。だから、玲の思いはまゆに届かない。そんなことにどこか安心しながらも、自分ではないことに落ち込み、傷つきなくない、と思い、また私は彼と自然と距離をとるようになった。

そのまま卒業式をむかえ、彼とは話すこともなく、違う学校へと進学した。存在を見なくなると、流石に私の恋愛感情はなくなり、他の人と付き合ったり、先輩に恋をしたりする中で、自然と彼のことを思い出すことはなくなっていった。

だから、久しぶりに聞いた彼の名前と近況に驚いた。もちろん、もう好きなわけじゃない。だけど、初恋で、告白すら出来なくて、数年間ずっと好きでいることをやめられなかった彼の結婚を知って、どこか傷ついた様な気分になった。なんでやねん、なんて自分でつっこみながら。

初恋は実らない、とはよく聞くけれど、私の初恋は、タイミングさえ合えば実っていたかもしれないものだからこそ、よく聞くこの言葉に私が肯定することはなかった。だけれど、愛の行き着く先の一つに結婚が含まれていることは確かなことだから、悔しいけれどやっぱり、初恋は実らないのかもしれないなあ。

などと考えながら、実家に到着した。私の家の隣にあるペンキ屋で、何人かが作業をしている様子を見て、懐かしい光景だ、なんて思っていたら、そのうちの1人が満面の笑顔でこちらに手を振っている。思わず振り返るも、お母さんは先に家に入ってしまっているし、私の後ろには誰も見当たらない。知り合いかな、とりあえず手を振っておく?なんて思いながら、まじまじとその男の人の顔を眺める。

驚いた。まさかの玲だった。

「ももちゃ〜ん、元気?久しぶり!」

そんなに叫ばなくても聞こえる距離で、大声で叫ぶ彼に、思わずつられて笑いながら、元気だよ、玲も元気そうだね、ペンキ屋で働いてたのなんて知らなかった、なんて言う。私にとって顔馴染みのペンキ屋のおじさんに彼が何かを伝えて、彼が笑顔でこちらにやってくる。服には、大きな文字で、金より肉、と書いてある。

「久しぶり、何その服、肉よりお金でしょ〜」

ええ〜、いいじゃん、かっこよくない?と言い合いながら、流れでしばらく2人で、まるでずっと一緒にいたかの様に、自然と話を続ける。心地よいなあ、この人好きだった昔の自分、センス良いなあ、なんて思いながら、でも、これ以上の感情になっても辛いだけだよ、と自分に言い聞かせる。

しばらく経って、ふと話が途切れた時に、

じゃあ家入るね、またね、と伝えて別れようとすると

「ももちゃん、言うか迷ったけど、めっちゃ可愛くなったね。また今度夜ごはんでも行こうよ?いつまで実家帰ってるの?連絡先交換しよう〜?」

なんて、さらっと言った。結婚してるよね、って言えば良かったのかもしれないけど、ずるい私は、

「良いね、飲みに行こうよ?少ししかこっちいないし、また仕事終わった後でも?」

私は、過去に付き合った人に、その表情がたまらなく可愛くて唆る、と言われた、1番自信がある表情で、にこやかに答える。


結婚がひとつのゴールかも、なんて考えていたけど、

初恋は、ずるい手をつかえば、実るのかもしれない

なんてね(笑)


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