VCとスタートアップ知財
1.VCからみるスタートアップ知財
これまで、専らプレイヤーとしてのスタートアップ目線でスタートアップ知財について検討してきました。しかし、プレイヤーであるスタートアップにとって知財が重要である以上、当該スタートアップに出資するVCにとっても知財が重要であることは当然であり、特許庁がスタートアップへの出資に伴う知財DDの標準手順書を公開したことも、投資家にとっての出資先知財が重要であることを裏付けるものといえましょう。
以下では、VC視点でスタートアップ知財についていかに考えるべきか、という点について、若干検討してみます。
2.リターンを大きくするために
VCとしてスタートアップに出資すべきか否かを検討するにあたっては、リスクをとってリターンの獲得を目指す以上、①当該スタートアップが成功した場合に得られるリターンの規模を精査することになると考えられます。この場合、(i)勝負するマーケットのサイズ及び(ii)当該市場における出資先スタートアップによる支配率が1つの考慮要素となると思われますが、スタートアップ知財は、この双方に寄与し得るものといえます。
すなわち、(i)リソースの限られたスタートアップが自社の勝負するマーケットのサイズを大きくしていくためには、自社だけで取り組むケースも考えられますが、当該マーケットのプレイヤー(連携サービス、商品を含む)を増やしながらユーザーを増やしていくことも有効な戦略の1つになりうるものといえます。
このように、マーケット拡大に伴いプレイヤーを招き入れる際には、自社の技術を連携に必要な限りで第三者に公開することや、自社のコンペティターとなりうる存在をマーケットに招き入れること等、自社のマーケット支配率を下げかねないリスクが付きまとうこととなりますが、特許を中心とした知財は、かかるリスクをヘッジするツールとなりうるのです。具体的には、オープンクローズ戦略への取り組みが挙げられます。『オープン&クローズ戦略(増補改訂版)』の著者である小川紘一氏の毒まんじゅうモデルを基に、この点について若干敷衍します。
同モデルは、オープン領域で市場のプレイヤーを増やし、クローズ化した領域から、オープン領域に強い影響力を持たせる仕組みを十分に構築し、コア領域の技術の利用者を増やし、当該技術をベースに技術革新が次々と起こるようになり、業界の方向性を常に主導するようになれば、各プレイヤーは他の類似技術に乗り換える気が起きなくなり、自社の技術を使用し続けることとなることになります(このいわば「中毒性」を起こすモデル、ということで「毒まんじゅうモデル」と命名されたものと思われます)。
以上のように、リソースの足りないスタートアップだからこそ、オープンクローズ戦略を活用し、マーケットを大きくしつつ、当該マーケットの支配率を高めていく必要がありますが、いかなる部分をクローズ領域として、いかなる方法でクローズ化するのか(特許化による独占、秘匿化、又はこれらの組み合わせ)という点については、知財戦略に関する知見が必要となります。
したがって、出資を通じて得られるリターンを最大化していくためにも、VCとして、出資先が自社の事業戦略の中で知財を活用しているのか(またはそのような検討をしているのか)を、出資するか否かの判断の中でのチェックポイントの1つにすることが考えられます。
3.リスクを小さくするために
また、スタートアップへの出資の際、出資先が全て成功するわけではなく、その成功可能性を正確に測ることは困難である以上、②当該スタートアップが失敗する要因をどの程度抱えているか、という観点でのチェックも必要になるものと考えられます。
この観点のリスク要因を調査するにあたっては、知財面での調査も重要な調査の1つとなります。なぜなら、各種知的財産権を侵害した場合、権利者から当該侵害行為の差止を求められるリスクがあり、自社の事業が通常1つくらいしかないスタートアップにとって、自社事業(の主要な部分)を止められることは、事業継続が不可能となることを意味しかねないからです。
費用・人員面等の問題や、その後のユーザーからのフィードバックを踏まえた設計変更の可能性等から、若いフェーズから他社の権利侵害調査を完璧に行うことは現実には難しいものの、事業が大きくなればなるほど、特許権や意匠権等との関係でのプロダクトの設計変更や、商標権や不正競争防止法等との関係でのプロダクト名の変更が自社の成長に致命的なものになりうるため、できるだけ早くから、少なくともこのリスクに対するアンテナを張り、EXITまでにいかなるタイミングでいかに対応していくかは検討しておくことが望ましいといえます。また、少なくとも自社のプロダクト名やできれば会社名については、簡易な商標調査を行った上で、可能な限り早期に商標出願を行うべきといえましょう。
出資を検討するVCとしては、特に若いフェーズのスタートアップに対してその時点での完璧な対応を求めすぎないように留意する必要はあるものの、少なくとも商標出願の有無を確認した上で、投資契約上で第三者の知的財産権の権利侵害がないことの表明保証を形式的に求めるだけではなく、第三者の知的財産権の権利侵害可能性についての対応策や考え方等を確認し、協議していくことが望ましいといえるでしょう。また、出資先の将来性や業種等を踏まえつつ、場合によっては、権利侵害調査の費用を含めて出資し、出資後しかるべきタイミングで権利侵害調査をさせるということも考えられるでしょう。
4.知財戦略の策定・実行の支援
上記のように、スタートアップにとって知財への取り組みは、自社の事業を大きく成功させるための重要な一要素ではあるものの、若いフェーズから知財に十分に取り組めているスタートアップはさほど多くないのというのが現状です。
この要因としては、
(i)知財に関する知見が初期メンバーにいないことも多く、そもそも知財を事業戦略に活かすという観点を持っていないスタートアップが少なくないこと
(ii)かかる観点を持っていたとしても、費用及び戦略を策定・実行できるメンバーが不足していること、
等が挙げられると考えられます。
そのため、出資先スタートアップが大きく成功するためにサポートすべきVCとしては、(i)スタートアップの事業戦略において知財が重要であることを伝達しつつ、(ii)必要に応じて知財戦略の策定と実行に必要な資金の提供と、スタートアップにとって効果的な知財戦略を策定・実行できるメンバーを紹介すること等が求められるものといえます。
5.小括
以上のように、VCとしても、スタートアップの知財戦略は重要なものであり、出資するか否かの判断にあたって、また、出資後のスタートアップのサポートにあたっては、上で述べたような点に留意し、取り組んでいくことが出資の成功率及び成功時のリターン増の要因の1つになりうるものと思われます。
VCと二人三脚で知財戦略に取り組み、大きく成長するスタートアップが1社でも増えることを願っております!
弁護士 山本飛翔
Twitter:@TsubasaYamamot3