フレンチ・ディフェンス② ワイナウアー・バリエーション(3. Nc3 Bb4)

 イオリです。本稿は前回の続きで、フレンチ・ディフェンス(1. e4 e6)を見ていきましょう。

 ①と銘打った前回は1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nc3に3. ... Nf6とナイトを跳ねるクラシカル・バリエーションを解説しました。

(参考図:3. ... Nf6まで)

 ここで黒の3手目にはNf6の他にBb4、deなどの選択肢がある、という話をしたように思います。
 今日見ていくのは3. ... Bb4のラインです。

(図1:3. ... Bb4まで)

 図1までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nc3 Bb4
 黒が2手目にして2. ... d5と白のeポーンにぶつけてきました。そこに利きを足して加勢すべく3. Nc3と跳ねたところですが、黒の3. ... Bb4はこのナイトをピンする手です。図1を見ると、Nc3を貫通してこの黒の黒マスビショップが白キングを睨んでいるのが分かっていただけると思います。
 3. ... Bb4を源流に流れ出す川の風景には、ポーランドの偉大なプレイヤーSzymon Winawerの名にちなみワイナウアー・バリエーション(Winawer variation)の名があります。
 クラシカルもそうですが、こうして黒が序盤から主導権を巡って色々と手を出していけるのはフレンチの醍醐味の一つであると思います。

(図2:4. e5まで)

 図2までの手順:図1より4. e5
 まずは圧倒的主流の4. e5より見て参りましょう。黒が早々に3. ...Nf6と跳ねてくれるクラシカルではこの手はナイトを攻める先手としての含みがありましたが、ナイトを保留してビショップから先に動かしてきたワイナウアーではそれは埒外です。そして依然として黒のdeの狙いがあるので、Be2やNf3といったセオリー通りに指したい手は悠長に過ぎるでしょう。
 なので、早々と形を決めさせられることにはなりますが、白はここでe5-d4のポーン・チェーンでもってセンターを強固に主張すると共にスペースを広げ、ビショップの進出が屁でもないという顔をします。またNf6を指させないという予防の手にもなっているので、まあ白としては悪くないでしょう。ワイナウアーのアドバンス・バリエーションと呼ぶ向きもありますね。

(図3:5. a3まで)

 図3までの手順:図2より4. ... c5 5. a3
 黒はここでcポーンを突きます。Qc7やQa5とクイーンを出る手や、cdとセンターを破壊するのを見ています。他に4. ... Ne7や4. ... b6もありますが、前者はこのメインラインに合流(手順前後で同じラインに合流することをチェスではトランスポーズ(transpose)と言いますが)することも多いです。
 白は5. a3と、c5によって退路の一方を塞がれたBb4に働きかけます。
 この辺りの機微については面白い手順があるので、まずメインラインを紹介してから検討してみましょう。ここでは5. ... Ba5と引く手もあり後で少し触れますが、主流は挑発を受けて立ち5. ... Bxc3+と、NとBのエクスチェンジに持ち込む順です。

(図4:6. bcまで)

 図4までの手順:図3より5. ... Bxc3+ 6. bc
 cファイルにダブルポーンを作らせることで、黒はc2を突いてのカウンターを予め軽減することに成功しています。c-d-eのポーン・チェーンは堅く見えますが、cdの権利は黒にあります。一方で白にはbファイルがセミ・オープンになったという強みも残り、互いに一定の成果といったところですね。黒としては初手のe6のせいで白マスビショップの進路が潰れているので、ここを気にして立ち回ることになります。

(図5:7. Qg4まで)

 図5までの手順:図4より6. ... Ne7 7. Qg4
 図4となって黒はキャスリングを用意しNe7と使うのは自然な手です。e5の形を決められているので、Nf6とは跳ねられませんので。
 ここで白からは、e6に阻まれ黒のBc8が遊んでいるのをいいことにQg4と出る手があります。狙いはウィークポイントであるg7のポーンなのですが、面白いことにこれは一見して甘美に見える毒リンゴの可能性があるのです。

(図6:7. ... Qc7まで)

 図6までの手順:図5より7. ... Qc7
 この、g7を見捨てての女王の暗躍こそ、リンゴに毒を仕込む白雪姫への奸計です。

(図7:8. ... Rg8まで)

 図7までの手順:図6より8. Qxg7 Rg8
 gポーンを破壊され、次にQxh8とルークまで壊されては叶わない、と渋々黒がRg8としてキャスリングをみすみす手放したように見えます。白は勢い強くQxh7とポーンを二つ鹵獲し、キャスリングも捨てさせて大戦果のように思われますが……。

(図8:9. ... cdまで)

 図8までの手順:図7より9. Qxh7 cd
 ここで9. ... cdとぶつけておいたcポーンでd4を獲り、白のセンター支配を破壊してしまうのが黒の女王の謀略でした。cポーンがdファイルにスライドしたことでQc7は次にc3へと進軍してKとRへダブルアタックを仕掛けることすら視野に入れています!
 これを防ぐには10. Ne2は必須ですが、10. ... dcと取られる所までは一直線でしょう。この局面を、リンゴに釣られたせいでセンターコントロールを失った、と見るか、黒のキングサイドを圧倒しキャスリングも防いだ、と見るかは好みに依るところもあるでしょう。7. Qg4と出る手に始まるこのラインをポイズンド・ポーン・バリエーション(Poisoned pawn variation)と呼ぶのは、g7を取るとこの展開が待ち受けている、ということで、単に取れそうに見えるg7が毒された(=poisoned)ポーンだと形容したためです。
 余談ですが、同じ名を与えられているバリエーションがシシリアン・ナイドルフにありますね。アメリカの英雄Bobby Fischerの威光であちらの方が有名ですが、フランス産のリンゴもなかなかのものでしょう。
 もちろん、7. Qg4に対して7. ... 0-0とキャスリングをし、穏便に進める権利は黒の持ち物です。それが戦局を落ち着かせるかはわかりませんが。

(図9:7. ... 0-0まで)

 図9までの手順:図5より7. ... 0-0
 キャスリングをして黒がg7を守る手順です。部下を使い捨てない上司の鑑ですね。
 ここで白はh7を狙いながらキングサイド・キャスリングの準備も兼ねて、8. Bd3と出てみましょう。この位置に出るビショップはフレンチで0-0を選択した黒に対する脅威でしたね。

 8. Bd3に8. ... Nbc6は9. Nf3 Ng6などと進んで比較的穏やかなワルツですが、代えて8. ... c4とすると、これは社交ダンスの皮を被った色仕掛けになります。

(図10:8. ... c4まで)

 図10までの手順:図9より8. Bd3 c4
 出てきたばかりのビショップをすかさずcポーンで叩く黒。黒からちょっかいをかけるポイントが多くあるのもフレンチの楽しさですね。
 これに対する白の応手に9. Bh6は覚えておきたい手です。

(図11:9.Bh6まで)

 図11までの手順:図10より9. Bh6
 これは9. ... ghとは取れません。Qg4にgポーンがピンされているからです。
 次に10. Qxg7#があるので9. ... cdとビショップを抜くこともできませんね。手順にメイトを用意しながらクイーンサイド・キャスリングまで見せる巧手です。
 以下9. ... Ng6とナイトを呼び寄せてから10. Bxg6 fgとBとNを交換し、11. Be3/Bd2と鞘に戻す順が一例です。

 途中で黒が手代わりを選ぶとしたら6. ... Qc7というのもあります。

(図12:6. ... Qc7まで)

 図12までの手順:図4より6. ... Qc7
 先にクイーンをcに上がる手です。ここで7. Qg4は7. ... Ne7として先程のラインにトランスポーズしますし、Qが第7ランクに利いているので、f5/f6などでgポーンにクイーンの紐をつけることもできます。
 白からここで替えるのも一興でしょう。7. Nf3/h4/a4とか。

 ここで趣向を変えてみましょう。フレンチ・ディフェンスは初手で黒がe6として自分でBc8の利きを止めにきますね。なので今まで見てきたように鬼門のQg4にクイーンを張る、というのが白のクリティカルな攻め筋の一つとなるのでした。
 フレンチは黒から細々した仕掛けをしやすい、お化け屋敷のようなところがあります。では、早々にQg4を決めることで白は黒の動きを封じられないでしょうか。

(図13:5. Qg4まで)

 図13までの手順:図2より4. ... c5 5. Qg4
 ここで5. a3に替えて5. Qg4と出るのはロシアン・バリエーション(Russian variation)と呼ばれます。
 結論ですが、これは白の勇み足だと思います。ということは実戦で出会う確率の低い順というわけですが、この順を学ぶことはなぜ早々に4. ... c5と突き出すのか、その非常に示唆的な学びとなるでしょう。

(図14:5. ... Ne7まで)

 図14までの手順:図13より5. ... Ne7
 ここで黒はNe7とキングサイドのナイトを使うのが大切です。そうでないと6. Qxg7でh8のルークが死にます。
 ここで弱点のg7を6. Qxg7と攻めて白が快調……というようでは世界中でこんなにチェスが楽しまれているわけがありません。

(図15:6. ... Rg8まで)

 図15までの手順:図14より6. Qxg7 Rg8
 これは白がg7を攻めてきたら必須の進行です。ここでポイズンド・ポーン・バリエーションでは7. Qxh7と手順にhポーンまで払いましたね。それをここでもやってみましょう。

(図16:7. Qxh7まで)

 図16までの手順:図15より7. Qxh7
 Rg8にはNe7の紐が付いているので、ここで黒から返し技があります。

(図17:7. ... cdまで)

 図17までの手順:図16より7. ... cd
 これです。Bb4が白のNc3をピンしているので、ナイトは逃げられません。次にポーンでナイトを取られるのは駒損が確定してしまうので白としては何とかして黒にも犠牲を強いたいところですね。

(図18:8. a3まで)

 図18までの手順:図17より8. a3
 というわけでBb4を咎めます。これでビショップが退いてピンが解除されればナイトも逃げられますし、黒が8. ... dcとナイトを取ってくるなら9. abとビショップを取って痛み分けに持ち込もう、という白の苦肉の策です。

(図19:8. ... Qa5まで)

 図19までの手順:図18より8. ... Qa5
 ここで黒は焦ってナイトを取らずにQa5と出るのが好手です。この手はa3をピンした手になるので、9. abに9. ... Qxa1という大技が準備されています。

(図20:9. ... Qxa1まで)

 図20までの手順:図19より9. ab Qxa1
 しかしc3のナイトは逃げられないのだから、Bb4を取るくらいしか白にはやることがなく、ビショップとルークの交換を強いられました。
 そしてそれで落ち着くならまだしも、図20をご覧いただくとわかるように、Bc1には何の紐も付いていませんね。これでは次に10. ... Qxc1とされて必敗です。それを嫌がってここで10. Qh6とクイーンで補強しても、人質になっていたNc3を10. ... dcと殺されて戦況は黒に極めて傾いた状態となります。

(図21:10. ... dcまで)

 図21までの手順:図20より10. Qh6 dc

 これはリザイン(投了)も已むなし、でしょう。
 替えて10. Nce2の方がまだマシでしょうが、それでも10... Bd7〜Nbc6と右辺を活用して黒よし、は揺るぎません。

 では、白が7. Qxh7ではなく7. Qh6として、Bc1に予め紐をつけておけば、白はやれるでしょうか?

(図22:7. Qh6まで)

 図22までの手順:図15より7. Qh6
 これでも7. ... cdとすれば8. a3の手の交換が発生するでしょうが、そこで黒には8. ... Ba5と引く手があります。また、7. ... Nbc6と黒からアプローチを変えるのも有力で、Nc3が責められている状態が辛く、黒にやりやすい戦況でしょう。

 早々にQg4と出ていくのは、黒のBb4によるナイトのピンが強すぎました。やはり先にa3として、これを解消できないかと思案していくのが白の基本方針となりそうです。

(再掲図3)

 図3までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nc3 Bb4 4. e5 c5 5. a3
 ロシアン・バリエーションの手中に出てきたように、ここで5. ... Ba5とピンを維持しながら引いておく手を考えてみましょう。

(図23:5. ... Ba5)

 図23までの手順:図3より5. ... Ba5
 アルメニア・バリエーション(Armenian variation)と呼ばれるラインに入りました。ここでは白に6. b4として追撃の順がありそうですね。

(図24:6. b4まで)

 図24までの手順:図23より6. b4
 ここで白はc5を予め突いていたことでcbとこれを払うこともできますが、cdとナイトに当てて強気にでることもできます。
 日本語のウィキペディアはチェスに関しては貧弱を通り越えて草も生えない不毛地帯ではありますが、ときどき不思議なほどに詳しいラインが載っている英語版でも私が前に確認した時にはcdという応手が乗っていなくて驚いた覚えがあります。6. ... cbはピンを自ら解除する手ですし、それなら白は次に7. Qg4と虎の子を出すだけの余裕が生まれます。

(図25:6. ... cd)

 図25までの手順:図24より6. ... cd
 というわけで最新の本線はこちらでしょうね。
 ここで白には7. Qg4と強行姿勢を崩さないという選択と、7. Nb5とd4に利かせながらナイトを逃す手が考えられます。7. Nb5には7. ... Bc7とナイトに当てながら白マスビショップを使えるのが何だか黒としては嬉しいので、7. Qg4をモダン・チェスとしては考えたいところですが、7. ... Ne7か7. ... Kf8か、どちらが良いかは研究を待つところでしょうか。前者の方が実戦例が多いとしても、白が勝ちやすそうなので、私は後者持ちです。黒番でフレンチを採用している以上は白が指しやすそうな展開は避けたいですね。

 以上、今回はフレンチ・ディフェンスのワイナウアー・バリエーションについて見て参りました。お付き合いくださりありがとうございます。
 流れとしては次でフレンチのルービンシュタイン・バリエーションを拾うのがいいでしょうし、そのつもりですが、何か私にやって欲しいというご要望などがありましたら、コメント、リプライなどお待ちしております。

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