フレンチ・ディフェンス④ タラッシュ・バリエーション(3. Nd2)〜ギマール・バリエーション(3. ... Nc6)


 こんばんは、イオリです。
 前回までの3回に分け、フレンチ・ディフェンスのポールセン・バリエーション(3. Nc3)を見てきました。

(参考図:3. Nc3まで)

 参考図までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nc3

 ここから黒が3. ... Nf6とすると、クラシカル・バリエーションになります。

 3. ... Bb4とすると、ワイナウアー・バリエーションでした。

 そして3. ... deから始まるルビンシュタイン・バリエーションとその先については前回解説しました。

 今日はこの手に代わり近年ーー世界の上位陣でもーー流行の兆しを見せている、3. Nd2のバリエーションを一緒に見ていきたいと思います。

(テーマ図:3. Nd2まで)

 テーマ図までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2
 白が3手目にNb1を動かして、2. ... d5で責められたe4に駒の利きを足そう、としたという点では同じ哲学から繰り出された手ですが、ナイトの行き先はNc3ではなくNd2でした。この手を持ってタラッシュ・バリエーション(Tarrasch variation)と呼ばれるこのラインは、プロイセンの産んだ19世紀後期から20世紀初頭にかけての非常に偉大なチェス・プレイヤーにして指導者であるSiegbert Tarraschの名が敬意と共に与えられたものです。
 ニコラウス・コペルニクスが学んだ地として知られ、彼の名を冠したコペルニクス空港があるヴロツワフですが、タラッシュがそこに生まれ、そして現在はポーランドの都市となっている、ということを考えると、益々持ってフレンチ・ディフェンスの発展に寄与したポーランドの血の濃さを思わずにはいられません。

 さて、テーマ図を示しながらこのバリエーションの概説をしていきます。
 3. Nd2がe4に利かせたムーブだというのは、ここまでフレンチばかりを見続けてきた皆様にとっては瞭然のことと思いますが、では、ポールセン・バリエーションの3. Nc3と何が違うのかというところです。
 タラッシュはポールセンに比べ、よく言えば大人しい、悪様に言えば消極的です。では何故その消極性がトップ・プレイヤーの間で好まれるのかというと、極端に言えば『微差を積み重ねて確固とした優位を築きたい』というところにあります。これは現代チェスの普遍的なテーマでもあります。
 今回は過去3回の3. Nc3バリエーションに増して、良いポジションを取ることに焦点を当てたものとなるので、ここで少しだけ予備知識を入れます。「ポジション」とはなんぞや、というところですね。

 とても大雑把に歴史を振り返ると、15世紀から1800年代後期までは、可及的速やかに戦術で短期決着をつけたい、という大きな風潮がありました。ロマンティック・チェスと呼ばれるこの時代では、諸説ありますが、フィリドールによって完成され、「近代チェスの父」シュタイニッツによって傍流へと追いやられたのではないかと私は思います。ロマンティック・チェスの棋譜を見返すと、確かに華やかで派手な大技の応酬が特徴の一つと言えるでしょう。その時代の形容の一つの術として、フィリドール、アンデルセン、ポールセン、そしてモーフィーといった名を並べることも許されましょう。

 対して、科学的な視点で序盤から強固なポーン構築をし、盤上を支配し、効率的にピースを展開しようという動きは、ポジショナル・プレーと呼ばれるもので、近代になって勃興し、今もなお主座に君臨する思考概念です。シュタイニッツやラスカーによって整備された道を我々は歩いていると言え流でしょう。サッカーに造詣の深い方はこの「ポジショナル・プレー」という用語を聞いたことがあるでしょうが、もちろんチェスから輸出されたものです。
 中央を抑え、大まかに存在するピースの価値関係(クイーンの価値が最高で、ポーンは最低、ビショップやナイトの価値はルークに劣るが、ルークもまたクイーンには劣る……)から質的なアドバンテージを算出すると同時に、重要な地点を巡ってはピースの潜在的な利きの数、すなわち数的アドバンテージも考慮する必要がありますね。過去3回のフレンチ・ディフェンスの序盤解説もすべてこの視点で行ってきました。近代チェスでは、有用な戦術に先立って、ポジションの優位性を確立する、ということが重要視されます。

 ロマンティック・チェスのような派手な技の応酬は、最善手を指せば大きなリードが取れる局面で次善手を選択することはしばしば誤りになります。自分の優位を広げる手というのが一意に定まってしまうようなことも少なくありません。これに対してポジショナル・プレーに端を発する科学的なピース構築に基づく現代チェスでは、最善の手も次善の手も、ロマンティックな大技が決まった時ほどに相手を突き放すことは出来なくても、少しずつポイントを加点していくことを目指している、と捉えることもできるでしょう。ゆえに、現代のトップ・プレイヤーたちの共通見解として、たとえ迷宮で魑魅魍魎と踊ることになろうとも、手痛いしっぺ返しの待ち伏せがある積極的なラインを行くよりかは、互いに少しずつポイントを取り合うような消極的だが堅実なゲームが、負けないために好ましい、というものがあるのです。

 ここに記したことは概論なので、すべてが当てはまるものではないと注釈を入れておきます。ロマンティック・プレイヤーがポジションの利を生かして押し切った棋譜もあれば、ポジショナル・プレーの名手が大技をかましたものもあるでしょう。2021年現在、GM同士の試合で大技の掛け合いが全く見られなくなったわけではありませんし、優位なポジションを取ろうと凝った手を指したことでモーフィーも舌を巻くようなダイナミックなサクリファイスの手順が生じることだってある訳です。

 話を本筋に戻しますと、3. Nd2は3. Nc3よりも消極的な、いかにも現代らしいファショナブルな選択だということです。具体的なところでは、c2ポーンを阻害していないというところがまずあるでしょう。ナイトを序盤で第3、或いは第6ランクに使う手はとても標準的で、数々のオープニング・ラインに共通する動きではありますが、ナイトの後ろに肉薄するポーンの動きが瞬間的に悪くなることがままあります。c2を突く前にNc3を跳ねればこのナイトが退くまでcポーンは動かせませんし、Nf6を急げばfポーンをポーン・ストラクチャーに如何に参加させるか、という新しい問題を抱えながらプレイすることが要求されます。
 c2-c3とポーンを動かせることのメリットとはどのようなものでしょう。一つはc3-d4というチェーンを作ってdファイルのセンター・コントロールを盤石とする狙いがあります。もうひとつには、今まで見たラインで散見されたように、フレンチでは黒からBb4と出るような狙い筋があり、これは時にNc3のピンやBb4+と先手を取ったチェックのタイミングで指されるクリティカルなムーブでしたね。これに対し、Nd2は予めピンを避けながら、たとえばBb4という手にc3という代わりの手段を提供することに繋がっている訳です。

 反面、白がこの手で甘受しなければいけないのは、黒マスビショップ、つまりBc1を閉じ込めてしまった、という状況ですね。ポーンの動きを阻まない動きがマイナーピースの展開を阻んでいます。ポーン構築はやりやすくなりましたが、他の展開に制約がかかり、引いてはピースのぶつかり合いは起きにくくなります。もっとも、これが成立するのは、黒が1. ... e6と初手でクイーンサイドのビショップの動きを悪くせしめているからでしょう。一方的なビハインドを背負うのはチェスのような2人ゼロ和ゲームで一般に推奨される理念ではありません。

 さてテーマ図ですが、黒には幾つかの選択肢があります。
 3. ... deと取り込み4. Nxe4を誘えば、前回のルビンシュタイン・バリエーションにトランスポーズしますね。その順では、ぜひ渾身のフォート・ノックスをお見舞いして欲しいものです。
 他には3. ... Nc6、...c5、 ... Nf6などがあります。
 ……候補を列挙する順番が恣意的ですね。3. ... Nf6バリエーションがメインであり、また一番分量が多くなりそうなのでこうしました。

 まず本稿では3. ... deのルビンシュタインの補筆を行い、その後3. ... Nc6バリエーションの解説といたします。

(図1:3. ... deまで)

 図1までの手順:テーマ図より3. ... de
 取らない手は難しいのでは、と思います。テンポが取れないので。
 4. Nxd4とすると黒の応じ方でルビンシュタインのどれかにトランスポーズするでしょう。この意味で、3. Nd2で白が研究してきたタラッシュを投入してきた瞬間に自分の土俵に引き摺り込める3. ... deは実践的に優秀な選択肢だと思います。何より3. ... deが無視できない限りはイニシアチブが黒にあるのがいいですね。負けにくい形に黒から能動的に持っていくことができるのもあり、私はフレンチのフォート・ノックスは押さえておくことを推奨しています。

(図2:6. ... Be7まで)

 図2までの手順:図1より4. Nxe4 Bd7 5. Nf3 Bc6 6. Neg5 Be7
 黒の4. ... Bd7〜Bc6で戦型はフォート・ノックス・バリエーションに決まりました。ここで同バリエーションの他の展開は前回のノートを参照してください。
 ここで6. Neg5と出、Nxf7のサクリファイスでKxf7と引き摺り出したところにNe/g5+とNf3を使って技をかけにいくのが、黒にとって脅威であると話したと思います。前回はNxf7を受けて立つ方針を紹介しましたが、そもそもこれを不発に終わらせる順があるのでは?ということですね。それが6. ... Be7です。

(図3:8. Ne5+まで)

 図3までの手順:図2より7. Nxf7 Kxf7 8. Ne5+
 まずは狙い通りのナイト・サクリファイスを行うとどうなるのかを見てみましょう。7. Nxf7 Kxf7 8. Ne5+はトリアスでしたが、ここですでに6. ... Be7の効果が出ています。それはビショップを退かしておきf8のマスにスペースを作ったことで、8. ... Kf8と引けるということです。
 8. ... Ke8と引かせ、9. Qh5+とテンポよく追撃するのがNxf7サクリファイスの企図するところのひとつでした。ちなみに6. ... Be7バリエーションなら別に8. ... Ke8と引いてもいいのですが、8. ... Kf8はそもそもの9. Qh5のチェックを成立させない順なので、白にテンポを取らせなければ単なるナイト損を強いることに黒は成功する最善の手でしょう。8. ... Kf8と引かれては白は早息切れ模様ですね。

 ちなみに8. ... Ke8で9. Qh5+を誘うと以下9. ... g6 10. Nxg6 Nf6 11. Qh3/6と続きそうです。10. Nxg6でルークに当てられるのが嫌なようですが、10. ... Nf6と自然に切り返せばクイーンを攻め、そしてhgと黒からナイトを取り切る順があるため、黒はhポーンをピンし続けるべく白のクイーンをhファイルに縛ることに成功します。まあ8. ... Kf8があるので進んで黒からやる順ではないと思いますが、参考までに。手を変えるなら9. Bc4でしょう。

(図4:9. Bc4まで)

 図4までの手順:図3より8. ... Kf8 9. Bc4
 8. ... Ke8であっても9. Bc4の方がまだ9. Qh5+より勝ると思いますが、0-0〜Re1とセミ・オープンになったeファイルにルークを回す順を用意しながら、今は何の支えもついていないe6を攻めるのが9. Bc4です。e6を守るべく9. ... Bd7はナンセンスな手で、f3への牽制がなくなると白は一転嬉々とした表情で10. Qf3+と動かしてくることでしょう。また8手目で持ってきたNe5がd7の地点にも利いているので、そこにBを引くと常にやりたい時にN-B交換をする権利を白に賦与してしまうことにもなります。
 強気な順は肉を切らせて骨を断つようで尻込みをするプレイヤーもいるでしょうが、ここでは9. ... Bd5と当てて受けるのが最良です。チェスは人生のようなものなので、間違え方しか選ばせてもらえない時もあれば、このように引けない時もあります。

(図5:9. ... Bd5まで)

 図5までの手順:図4より9. ... Bd5
 ここでまず気になるのは10. Bxd5とエクスチェンジに白が踏み切る手順かと思いますが、これは黒としては心配に値しません。次に10. ... Qxd5と取る手が、Qe4+とQxg2の両狙いです。これを防ぐべく白には11. 0-0とお誂え向きな手があるように思えますが、空いたc6に11. ... Nc6と跳ねるのが、次に12. ... Qxd4と白のセンターポーンを吹き飛ばしながらクイーンをぶつける強い順を見せて黒の優勢です。
 また、9. ... Bd5には白からアクションがなければ次にやはり10. ... Nc6として、11. ... Nxe5 12. Bxd5 Qxd5 13. de Qxg2という快刀乱麻を断つ狙いがあります。これでは白はナイト損に加え、中央と弱いポーンを攻められ続けるということになり、安全の代名詞としてのスラングを以てフォート・ノックスと呼ばれる戦型を選択した黒の戦略が突き刺さった形となりますね。もはや白にはフォート・ノックスへの備えなく1. e4を突くことは赦されないのでは、と思う時もたまにあります。

(図6:9. Qg4まで)

 図6までの手順:図3より8. ... Kf8 9. Qg4
 9. Bc4と同じく浮いたe6を責めるムーブですが、これには9. ... Qd5としてBc6とダイアゴナルを重ね、次のNf6〜Qe4+を含みにするのが黒としてはやり甲斐がありそうですね。

(図7:10. f3)

 図7までの手順:図6より9. ... Qd5 10. f3
 黒のQe4に備える手のひとつに10. f3と突いてe4の地点をケアするのがありますが、どうせ10. ... Nf6がクイーンに当てた先手になります。

(図8:11. ... Bd6まで)

 図8までの手順:図7より10. ... Nf6 11. Qf4 Bd6
 10. f3に替えて10. Qf4なら速攻で10. ... Qe4+とするのはありそうですが、この順だと11. Qf4がピンになっているのでこのままではNf6〜Ne4という動きのひとつが制限されています。ここでは11. ... Nd6とピンし返すのが一工夫です。

(図9:12. c4まで)

 図9までの手順:図8より12. c4
 白から中央を打破することは難しいので12. c4と、ナイトとビショップの利いているc4のマスにポーンを進めて黒のクイーンの居場所を問うのは自然です。しかしもはや黒の優位は揺るぎないものとなりました。

(図10:13. ... Bb4まで)

 図10までの手順:図9より12. ... Qa5+ 13. Bd2 Bb4
 12. ... Qa5+が気分の良い手で、ダイアゴナルを活かして第4、5ランクまで進んだクイーンはこのように横移動で焦点に瞬時に動くことができます。こうなっては駒たちが躍動しており、ナイトのサクリファイスを贖えない白の敗勢でしょう。

 どうやら6. Neg5に6. ... Be7とするのは、7. Nxf7のナイト・サクリファイスを不発弾として処理することができそうですね。この順ならば本線はサクリファイスに替えて7. Bc4でしょう。

(図11:7. Bc4まで)

 図11までの手順:図2より7. Bc4
 依然としてちょっと強引ではありますが、7. Bc4を先に入れれば次に8. Nxf7はやれなくもないか、微妙なラインくらいのところです。8. Nxf7 Kxf7 9. Ne5+ Kf8に10. Bxe6と追いかける手が、次に11. Nf7とするQとRのダブルアタックを見せた手になるので白はテンポを握り続けられるからですね。

(図12:8. Bb5+まで)

 図12までの手順:7. ... Bd5 8. Bb5+
 ここも強気に7. ... Bd5と受けますが、ここで8. Bb5+は絶好のポジション取りになります。これを8. ... Bc6と受けてもスリーフォールド・レピュテイションにはなりません。9. Qe2とされると黒の単なる2手損になるからです。
 この両面攻撃からテンポを握った白に良いポジションを取る権利が発生するので、いかな厄介なナイト・サクリファイスを不発に終わらせられるといえど6. ... Be7はやりたくない、寧ろサクリファイスを受けて立つ方が黒としては面白みがあると思います。
 以下8. ... c6 9. Bd3 Bxf3と進んだところでは、10. Qxf3は10. ... Bxg5 11. Bxg5 Qxg5、10. gfは10. ... Bxg5 11. Be3 Bf6として黒の勝勢なので10. Nxf3ですが、10. ... Nf6 11. 0-0 0-0としたところで白から12. Qe2や、もっと面白そうなBf4というような手があり、白の細々したポイント稼ぎが上手くいきそうな局面だな、という感触です。

 というわけで(?)今日の本題に入っていきたいと思います。

(図13:3. ... Nc6まで)

 図13までの手順:テーマ図より3. ... Nc6
 この手から始まるラインはアルゼンチンのGM、故Carlos Enrique Guimardの名を取ってギマール・バリエーション(Guimard variation)と呼ばれています。
 3. ... Nc6は中央にピースの活用を急いだセオリー通りの手であり、またd4を攻める動きです。3. Nd2で黒マス・ビショップを閉じ込めたばかりの白にはここで4. Be3のようにビショップを使ってd4を支えることができません。しかしながらc7-c5の選択肢を自ら潰しているようで不思議なところもあると思います。

(図14:4. c3まで)

 図14までの手順:図13より4. c3
 白は4. c3としてd4に加勢を送りました。ギマールをよく見るか、という話を置いておけば、4. Nd2 Nc6 4. c3の進行はまま見る順ですね。
 ここで、白のBc1が完全に暇を持て余しているのが気になりますね。ここで黒からは面白い順がありますので紹介します。

(図15:5. ... e5まで)

 図15までの手順:図14より4. ... de 5. Nxe5 e5
 前図より黒がいきなり4. ... deとし、5. Nxe5 e5と進んだところで、この形はサンダーバニー・バリエーション(Thunderbunny variation)と呼ばれています。ロドニー・アラン・グリーンブラットの絵本のキャラ『サンダーバニー』を想起しますが、Dan E Mayersの渾名からどうやら取られたようですね。5. ... e5の狙いは6. deなら当然6. ... Qxd1+ですし、そうでないなら6. ... edとセンターを蹴飛ばして行こうというアグレッシブな動きですね。
  ここでの白の返しとして6. Qe2は羽根ペンで手の甲にでも刻んでおいてください。

(図16:6. Qe2まで)

 図16までの手順:図15より6. Qe2
 ここで6. ... edをやると7. Nf6#が飛んできてお陀仏です。ナイトとクイーンのダブルチェックで打つ手なしなので、こうした頓死は夜も眠れなくなりますし、何としても避けたいところです。
 サンダーバニーの実戦譜は少なく、また他に有力なものが幾らでもあるのでやらなくて良い順ではありますが、6. d5というのが記録に残っています。これはギマールのNc6を咎めに行く手ですが、これなら黒は6. ... Nce7〜Qxd5として良いでしょう。

(図17:6. ... Qd5まで)

 図17までの手順:図16より6. ... Qd5
 このような手の流れでサンダーバニーでは、黒はクイーンサイドのピース展開でイニシアチブを握りに行こうとします。黒を持つ際の注意点は、やはりe5が潜在的に白のQe2にピンされている、というところですね。失念すると直ぐに詰みますので、異様なバランス感覚が要求されます。
 ゆえに6.Qe2〜7. deは黒としては甘受せねばなりませんが、7. ... Bf5 8. Ng3 Be6が本筋かな、と思います。やってはいけないのは7. ... Qxd5です。8. Bf4とぶつけられ、これを8. ... Qxf4と取ってしまうと9. Nf6+ d8 10. Qe8#で頓死しますので。

(図18:4. ... e5)

 図18までの手順:図14より4. ... e5
 替えて4手目で4. ... e5は黒がギマールを選択する意義そのものでしょう。
 1. e6こそアイデンティティだったフレンチでこの手が実現されるというのは非常に興味深いラインです。Nc6が利いているのはd4だけでない、ということですね。これでフォート・ノックスのような煩雑な手続きを踏まなくとも黒は動きが悪いと言われ続けていたBc8をいつでも動かせるようになりました。
 dポーン、eポーンが共にぶつかり、白の選択肢は5. edまたは5. deです。

(図19:7. Bc4まで)

 図19までの手順:図18より5. ed Qxd5 6. Ngf3 ed 7. Bc4
 7. Bc4はNd2とタラッシュを選択した利で生じた手であり、e6〜e5とぶつけてQxd5と黒がクイーンを繰り出してくる狙いと息ぴったりの展開ですね。
 追われたクイーンの行き場所ですが、7. ... Qf5と自陣の白マスビショップと連結させながらb1-h7ダイアゴナルとfファイルを主張するのも一興ですが、白は0-0を考えてくるので、それならば7. ... Qh5と白のNf3をピンしつつ、その気になればキングサイドに火の手を挙げられる方が利便性が高いか、と思います。
 以下は8. cd/0-0いずれでも8. ... Be6とc4のビショップの行き場を問いつつロング・キャスリングの支度をするのが黒の短期的戦略です。

 では5. deとするとどう進むかも見てみましょう。

(図20:8. Bf4まで)

 図20までの手順:図18より5. de de 6. Qe2 Nxe5 7. Nxe4 Qe7 8. Bf4
 7. ... Qe7とした時点では、白がcポーンを突いている以外はシンメトリーです。チェスは線対称の陣形で始まるので、対称形であることは、一般に、単純にそこまで差がなく互いに進んでいる、という一つの指標になります。途中で対称形になるオープニングは幾つもありますが、共通していることは後手の黒から対称を狙って差をつけられないように追随していく、という点ですね。
 8. Bf4は微妙な均衡を崩さんと白が揺さぶりに出た手で、ここで8. ... Bf5は入りません。なぜなら、次に白は9. 0-0-0とクイーンサイドでキャスリングを行いますが、ここでdファイルにポーンがいない、つまりオープン・ファイルになっていることが効いてきます。

(図21:9. 0-0-0まで)

 図21までの手順:図20より8. ... Nf5 9. 0-0-0
 ここで黒も9. ... 0-0-0とはできません。キャスリングの条件に、キングが通過するマスに相手のピースが利いていてはいけない、というものがありましたね。白がキャスリングで先んじてdファイルにルークを呼んできたため、黒のロング・キャスリングが潰されてしまいました。キャスリングもできず、ナイトも当てられている状況とあっては、天秤は一気に白に傾いてしまいました。
 しかし、白に先に0-0-0をされると、dファイルがオープンであるということが効いてきますね。この状況を何とかしながら差をつけられないように黒は立ち回る必要があることがわかりました。

(図22:8. ... Bg4まで)

 図22までの手順:図20より8. ... Bg4
 替えて8. ... Bg4とNe5の利いているところにビショップを出つつクイーンに働きかけるのが黒の工夫です。女王を守るべく9. Nf3としたり、当たりを避けて9. Qe3とするのであれば、黒が先んじて9. ... 0-0-0とできますね。
 黒にキャスリングをさせないようにdファイルに縦の利きを与えつつクイーンを逃す9. Qd2は悪手で、9. ... f5とNe4を責められたり、これよりももっと悪いのは9. ... Ng6としてe7のクイーンを活かしつつNe4とBf4を同時に責められるような展開が待ち受けています。

(図23:9. ... Bd7まで)

 図23までの手順:図22より9. f3 Bd7
 というわけで白は素直に9. f3と突くしかなく、ここで黒は9. ... Bd7とdファイルに引いてくることで、10. 0-0-0とされてもルークが黒のキングの通路に直射しないように庇を作ることができました。
 ここで考えることとしては、いま本譜では黒は8. ... Bg4〜9. ... Bd7と2手かけてビショップをd7に置きましたが、8. Bf4 Bd7と1手でやれることなのに果たして2手かけるべき仕事だったのか?というところでしょう。言い換えれば、9. f3を突かせる必要があったのか?ということです。
 結論、突かせた本譜の順の方がこの形では黒としてはよく、白としては突かされることが不本意でしょう。なぜなら、白のキングサイドのピースが立ち遅れている状態だからです。
 8. ... Bd7とfポーンを突かせないで9. 0-0-0 0-0-0の手の交換を入れると、f3がフリースペースのままなので白からはNf3とナイトを使うことや、Qe3と一旦はa7に睨みを効かせた後、クイーンの第3ランクの横移動すら可能になります。一方で本譜の順で9. f3とポーンを突かせたことで、白はg1のナイトを使うためには①Bf4を退かし、f3を伸ばしてNf3や、②Qe2を退かしNe2と余分に1手以上かけるか、③端からNh3と使うか、しかなくなるんですね。Nh3は一手で馬に喝を入れられるものの、0-0-0と黒がクイーンサイドにキャスリングしている形では戦線から遠い印象が否めません。
 というわけでここからは10. 0-0-0 0-0-0と互いに組み合うことになりそうですが、白が一工夫して10. Nh3 0-0-0 11. 0-0-0というのも面白そうだな、という感じがあります。こういう損にならないところで損にならないムーヴが使えるのは上達に不可欠なカンかな、とは思うので、動きの悪くなりそうなNに一発鞭をくれて私なら10. Nh3かな、というところです。

 フレンチ・ギマールの4. c3バリエーションを見てきましたが、ここで白から手を替えて4. Ngf3も触れておきましょう。

(図24:4. Ngf3まで)

 図24までの手順:図13より4. Ngf3
 4. c3と同じくd4を支える手ですが、これは4. c3バリエーションで見てきたように、ややもするとギマールで居た堪れなくなるg1のナイトを早めに活用していく順ですね。ナイト同士の連結もよいです。4. c3よりはこちらの方がよく目にします。また、見ての通り、d4だけでなくe5に利いているので先程のようにe6〜e5を黒はやりづらい状態です。
 4. ... e5には5. Nxe5として5. ... Nxd4なのか... Nxe5なのか訊ねてみても白の優位は損なわれなそうですが、辛く行くならそのタイミングで5. Bb5かな、と思います。
 4. ... g2/Nh6などもありますがマイナーで、本線は4. ... Nf6です。

(図25:4. ... Nf6まで)

 図25までの手順:図24より4. ... Nf6
 これがギマール・メインラインになります。
 次に5. ... deと取らせてくれれば黒としては万々歳なのですが、そうはいきませんよね。というわけでペトロフ・ディフェンスやベルリン・ディフェンスと明確に違うのは、ここで即座に5. e5と伸ばされNf6が放逐されるところです。

(図26:5. ... Nd7まで)

 図26までの手順:図25より5. e5 Nd7
 ここは予定調和ではありますが、互いに一定の戦果の主張がありそうな場面です。白は次に6. c3/Be2/Nb3とアドを取っていけるのに対し、黒の狙いはf6と突いて縛となっているeポーンとエクスチェンジすることになります。5. e5は伸ばさなければ黒から取り込みがあるので、そう考えるとこれは黒に誘導された局面である、とは言えるでしょうね。
 白を持つなら6. Bd3は推奨しません。ギマールを選択したことで黒が抱える負債は、現状cポーンを突いてc5とぶつけるようなカウンタープレイの選択肢が奪われていることにあるので、6. Bd3としてくれれば黒は6. ... Nb4と出ていたビショップに当てながらc6の地点を気分よく開けることが出来ますから、この世で一番聴きたくないタイミングで鼻歌を聞く羽目になるでしょう。d3にビショップを出る自体は、h7という弱いポーンを狙いながらキングサイドのマイナーピースを展開できる手で価値が高いので、この素材の味をより引き立てせるべく、やるならば先にc3を突く下拵えが必要かと思いますね。

 以上、ギマールを少し見てきました。まあこれを使うかどうかは好みと性癖に依存するとは思います。黒を持ったらフレンチ、白なら絶対にe4を突かない、というポリシーなら一生自分の実戦でこれを見ることはないでしょうが、自分が白で1. e4 e6という展開はフレンチ・プレイヤーでも時々遭遇する奇妙な場面です。アマチュアには王道を往くよりは、少しでも人のいないところに落とし穴を掘りゲリラ戦をしたい、というプレイヤーも少なからずいます。それが悪いこととは思いませんが、知らない展開へと誘われていいところなく負ける、というのは寝付きの悪いものです。
 というわけでギマールはちょっと知っておいても損はなく、また、あるオープニングが洗練されていく過程には高い精度のチェスの基本が全て詰まっているので、たとえ実戦で自分が絶対に採用しないだろうものでも、それを勉強することは絶対に無益ではありません。

 次はタラッシュのオープン・バリエーションかクローズ・バリエーションか、はたまた何かのゲームでも見るか、と考えています。

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