チェスを始めるに当たって②:ルールと特殊な動き方

 イオリです。この記事では、実戦のルールや特殊な動きについて説明していきます。前回のノートと合わせて読んで頂ければすぐにでもチェスを始められる内容になっているので、宜しければこの期にチェスという沼に友人を引き摺り込みたいと思っている方や、一緒に1から勉強する友人が欲しいという方など、フォローと拡散をして頂ければと思います。

 前回の記事では、チェスに使う道具やマス目の呼び方、各チェスピースの動きなどを説明しました。

 今回はこの続きです。

 まずチェスとはどのようなゲームか、ということですが、
① 白と黒が交互に1回ずつピースを動かし② 相手のキングを、次に必ず取れる状態に追い詰める
 ということになります。

 ①は簡単ですね。後ほど少しだけややこしい例が出てきますが、まだ簡単な話です。チェスは白ないし明色のピースを動かす方が先手、黒ないし暗色のピースを動かす方が後手です。初期配置では「左下のマスは必ず黒」で「クイーンは同じ色のマスに並べる」、と前のノートで言いましたが、これが守られているのなら白のクイーンは白マスであるd1にいるはずですね。そうでない場合は盤を90度回したり、ピースを鏡面像に並べ直したりしてみてください。そのままプレイも一応できるでしょうが、それは国際的に行われているチェスとよく似た別のゲームです。

 ②についてですが、これがゲームの目的です。良いゲームというのは観ているだけでも興奮を覚えさせてくれますし、頭を振り絞っての惜敗は圧勝よりも気持ちの良いものではありますが、チェスといえど勝負事、できることなら勝ちたいもの。勝ちの条件の大前提が、「相手のキングが必ず取れる状態に持ち込む」ということになります。
 ここで、「取る」という行為について述べましょう。

(図1:検討図)

 白のルーク、ビショップ、そして黒のナイトの3つのピースで仮想の局面を作ってみました。それぞれのピースの動かし方は、前回のノートでやったので大丈夫でしょう。
 白いピースを動かす方(つまり先手)が動かす順番であることを「白の手番」だとか「白番」、或いは「先手番」などと言いますが、この図が白番のものである、つまりあなたはこの状態から次に白のピースを動かせる状況である、とします。

 ルークの動かし方を思い出してください。ルークは縦横どこまでも動く能力のあるピースでした。

(図2:Rc1が動ける場所は?)

 Rc1と表記しましたが、これはcファイルと第1ランクの交点であるc1の位置にあるR(=ルーク)のことでしたね。
 ここで気になるのは、Nc7でしょう。Rc1の進路にある相手のピースです。このような状況の場合、白はルークでc7のナイトを「取る」ことができます。取る、とはすなわち、自分のピースの動ける範囲にいる相手のピースを盤上から取り除き、そこにいた相手のピースの代わりに自分のピースをその位置に進めることです。
 では、Rc1を動かしてNc7を取ってみましょう。

(図3:ルークでナイトを「取る」)

 取れました。この時に注意が二つほどあります。
 一つ目ですが、取られたピースは同じゲームに参加できない、ということです。将棋では「持ち駒」という、相手から奪った駒を自軍の捕虜として使役できる便利なシステムがありますが、チェスでは取られたピースに戦線復帰のチャンスはありません。言い換えれば、チェスは終盤に近づくにつれてどんどん盤上のピースが減っていく一方のゲームということです。ということは、相手のピースばかりを取り除けるような状態は大歓迎ですね。これは戦略のキモとなる考えです。

 そしてもう一つですが、図2の状態で、c1にいるルークはc8のマスに行けない、ということです。
 これはなぜかというと、c7に他のピースがあるからです。つまり、チェスのピースはナイト以外、敵味方問わず他のピースを飛び越して動くことができません

 ここで図1を再掲します。

(再掲図1)

 先程はこの状態が白番であるものとして考えましたが、今度は同じ局面で「黒番」である、と考えるとどうなるでしょう。
 今見てきたように、白は次の手番でRc1を使って黒のNc7を取る狙いがあります。ということは、黒番としてはなんとかその狙いを防ぐ必要があります。
 ピースを「取る」ためには、ピースが動ける場所(=「利き」)に相手のピースがあることが条件でした。なので、「取られない」ためには、相手のピースの「利きがない」場所に移動させれば良い訳ですね。
 今、Nc7が動ける場所は6箇所です。a8、a6、b5、d5、e6、e8の6箇所ですね。
 では、その6つの中で「最善の動き」とはどれでしょう。

 ここで気づきたいのは、b5には既に先客がいるということです。白のビショップが黒のナイトの「利き」に入っていますね。黒番としては、白のルークにとられるのを防ぎながら、相手のピースを取って戦力を削ぐことができる、ということで、Nをb5に動かすのはまさに一石二鳥という訳です。

(図4:ナイトでビショップを「取る」)

 先にいたピースを取ってそのマスに動いた場合、「動かしたピース」と「動いたマス」の間に「x」を入れて表記します。図3の状態では「Rでc7のピースを取った」ので「Rxc7」、図4の状態では「Nでb5のピースを取った」ので「Nxb5」となります。

 話を戻しまして、チェスの目的、それは「相手のキングを取る」ことでした。

(図5:チェックの一例)

 図5は、白がNf7とナイトを動かしたところです。h8にいる黒のキングがナイトの利きにいるため、白は次の手番で「Nxh8」とキングを取る狙いがあります。
 将棋でいう王手です。次にキングを取る狙いの手、これをチェックと呼びます。チェックは「動かしたピース」「動かしたマス」の後に「+」をつけて表記します。図5の状態は「Nf7+」ですし、f7にあった黒のピースを取ってナイトを動かしたのなら「Nxf7+」かもしれません。
 キングを取られてしまうと負けなので、黒は次にキングが取られないような状態にしなくてはいけません。このようにチェックへの対処は最優先なので、チェックは相手の選択肢を縛ってしまうという意味でも強力な手になります。
 黒は次にどのような手を動かせば難を逃れられるでしょうか。
 Kg8、とキングをナイトの利きから外し、さらに次にKf7とナイトを取る狙いまで見せる手が良さそうです。

(図5-1:Kg8と動いた局面)

 次は図5とよく似た局面ですが、少し違います。

(図5-2:チェック・メイトの一例、『窒息メイト』)

 これも先程同様に白がNf7+と動かしてチェックをかけてきたところです。ここで黒はチェックを逃れる手を指したいところですが、さっきと違ってg8に自分のナイトがいるために逃げ場所がありません。かといってNf7自体を取ってしまうような利きのあるピースもなく……このように逃れられないチェックを「チェック・メイト」と言います。チェスの目的は「相手にチェック・メイトをかける」こと、と換言することもできるのですね。

 補足になりますが、図6はチェック・メイトの中でも特殊な例で、ナイトの「他のピースを飛び越えられる」特性があってこその詰み上がりです。特にこの、自駒で行き場のないキングをナイトでチェック・メイトに討ち取る形はスマザード・メイト(smothered mate)や訳して「窒息メイト」と呼ばれることがあります。

 メイトの中には一つ、必ず覚えておかないとならないものがあります。

(図5-3:ステイル・メイト)

 図5-3を見てください。白がRe1をRe7と動かしたところです。次は黒の番ですが、ここで黒にはピースを動かすことができません。
 Kh8はg8、g7、h7のどこかに動かしたいところですが、どこにいっても白のナイトやルークの利きに入ってしまいます。自分からキングを相手のピースの危機に差し出すことはイリーガル・ムーヴと呼ばれる、指せない手になります。かといって黒には他のピースも動かせません。a5のポーンは前にa4がいるので進路が妨害されています。
 このように、指す手がない状態に陥るものがステイル・メイトと呼ばれ、これはドロー、すなわち引き分けという采配になります。重要なのは、その局面でチェックがかかっていないが、どのように動かしてもイリーガル・ムーヴになってしまう状態、ということですね。

「取る」、そしてチェックとチェック・メイトについて話をしてきましたが、ここで「取る」の特殊な形を2つ紹介しておきます。どちらもチェスをやる上で避けては通れぬ形であり、この原則から外れて見える現象はどちらもポーンという一番安いピースによって引き起こされるものです。

 ひとつ目は、「ポーンでピースを取る通常の場合」です。

(図6:ポーンでピースを取る)

 図6は白番です。ポーンは白なら第2、黒なら第7ランクにいる場合のみ前に2マス、それ以外の時は前に1マスしか進めないピースでした。もうややこしいですが、ゆっくり噛み砕いて覚えていきましょう。
 図6の白ポーンはe4にいます。第4ランクなので、もう前2マス意気揚々と前進することはできません。1マスしか進めないので、前にいるe5の黒ポーンを薙ぎ倒して進むしかないように思えますが……

(図6-1:ピースを取る場合のポーンの利き)

 ポーンはピースを取るときだけ、斜め前に1マス動くことができます。むしろ、前のマスのピースは取れず、斜め前のマスのピースしか取れないのです。よく将棋の歩兵とチェスのポーンは同じようなものとして語られる文脈がありますが、こうしてみると全然違う特性を持っているのがわかります。では、d5のポーンを取って進みましょう。

(図6-2:ポーンでピースを取る)

 取りました。斜めに進むのはピースを取る場合だけなので、この後d5のポーンはd6にしか進めません。元の「1マス進む」だけのピースに戻ります。
 この状況を表記するとどうなるでしょう。ポーンだから「P」で、ピースを取ってd5に進んだので「Pxd5」……と書いてもいいのですが、そうは書かないのも落とし穴ですね。ポーンが動いた場合は「P」とは書かず、何も書きません。e2のポーンがe4に進んだ場合には「e4」とだけ書きますし、図6-2の状態は「exd5」または「ed」と書きます。
「exd5」という表記ですが、「K」や「N」など、ピースを表す大文字のアルファベットがない、というのが大事で、「書かないピース」つまり「ポーン」の移動であることがここからわかります。次に「xd5」の部分は、「d5のピースを取ってそこに移動した」という意味でしたね。したがって「exd5」と書けば「eファイルのポーンでd5のピースを取り、そこに移動した」という動きになる訳です。これをさらに省略すると「ed」となります。これは「eファイルのポーンがdファイルに動いたよ」としか言っていませんが、ポーンは各ファイルに1つしかありませんし、ポーンが元々のファイルから別のファイルに移動するのもピースを取った場合しかありませんので、こう書いても往々にして不都合は生じないわけです。

 取る、の話から、ピースを取る際に生じるイレギュラーな動きについてお話しして参りましたが、ここでもう一つのイレギュラーな動きについて触れておきます。

(図7-1:黒番)

 図7-1のような局面を考えてみましょう。eポーンはe2より遥々敵陣へと進んできました。ここで黒がdポーンを動かしたい場面、という想定です。d7のポーンは初期配置から動いていないので、d6またはd5に動くことができますね。

(図7-2:d7の動ける場所)

 しかし、ポーンは斜め前のピースを取ることができるのでした。とすると、d6に進むと次にみすみす白にedと取られてしまいそうです。これを嫌って、黒はd6ではなくd5と、2マス進むことにしました。

(図7-3:黒がd5と動かした局面)

 ポーンの特殊な動きは、まさにこの状況で発動します。

(図7-4:アンパッサンの例)

 なんと白のe5は、構わず黒ポーンがd6にいるかのようにこれを取ってしまうことができるのです。

(図7-5:アンパッサン成功)

 相手のポーンが2マス進んできたとき、あたかも1マスしか進んでいないかのようにポーンをポーンで取ってしまうことができる、これをアンパッサン(en passant)と言います。日本語では「通過捕獲」なんて訳語が当てられますね。

 ポーンはこのようにピースを取るときには特殊な動き方をしますが、他のピースと違ってバックすることはできません。では、白ポーンが第8ランクに到達したり、黒ポーンが第1ランクまで来てしまった場合、以後はそのポーンは動けなくなってしまうのでしょうか。
 そんなことはありません。

(図8:プロモーション)

 ポーンが前進していって端のランクまで辿り着いた場合、プロモーションというのが行えます。「昇格」という意味ですが、その通りで、ポーンをクイーン、ルーク、ナイト、ルークのどれかにしなくてはなりません。
 図8は白がf7のポーンをf8に進めようとしているところです。白がこれをクイーンにしようとするなら、白はf8にポーンを進め、それを取り去って代わりにクイーンを置きます。これは「f8=Q」や「f8Q」のように表記されます。
 黒がc2ポーンを進めてナイトにプロモーションする場合の表記はどうなるでしょう。「c1=N」などでいいですね。

 最後に、キャスリングというキングの動きについてです。

(図9-1:キャスリング前)

キャスリングは、図9-1のように、一度も動かしていないキングとルークの間に他のピースがいない状態に行うことができる権利です。
 このような状態で、白は次に1手で図9-2のような状態にすることができます。

(図9-2:キャスリング後)

 一回の動作でキングとルークを動かすことができました。一度で二つのピースを動かせるのみならず、戦場になりやすい真ん中からキングを避けてくるという意味でも、とても効率の良い動きです。プロモーションと違って権利なので、できる場面で必ずやらなくてはならないものではないですが、件の理由で好まれます。

(図9-3:クイーンサイド・キャスリング前)

 ルークはhファイルだけでなくaファイルにもありますし、このルークとキングでキャスリングをすることもできます。

(図9-4:クイーンサイド・キャスリング後)

 キャスリングをするとキングは必ず色違いの(白キングなら黒の、黒キングなら白の)マスに収まる、と覚えるのも良いでしょう。そしてルークは今までいたのと反対側のキングの隣に来ます。キングがいた側で行うものを「キングサイド」キャスリング、クイーン側で行うものを「クイーンサイド」キャスリングと呼び分けたりすることもありますね。キングサイドキャスリングを行った場合は「0-0」、クイーンサイドキャスリングを行った場合は「0-0-0」と表記します。
 この動きはキングの動き、という扱いなので、オフラインなどで実際のボードとピースを使う際には、「片手で」「キングを先に」動かさねばならない、という制約があります。

 この他、キャスリングには出来ない条件がいくつか存在します。

①キングやルークが一度でも動いてしまった場合
 プレイヤーはキングまたはルークを一度でも動かしてしまうと、キャスリングの権利を失います。一度キングを動かし、もう一度e1に戻して図9-1のような状態にしたからといって、キャスリングはできません。愛と同じで、外見だけ取り繕ってもダメです。

②キングとルークの間が空いてない場合

(図9-5:キャスリングが行えない例②) 

 図9-5では、キングとルークの間にNg1がいます。KとRの間に他のピースがないことがキャスリングの条件なので、この場合にはナイトをどかさないと白はキャスることができません。

③チェックをかけられている場合

(図9-6:キャスリングが行えない場合③)

 図9-6はどうでしょう。キングとルークの間には何も障害物がないですが、白のキングには今まさにRe8によるチェックがかかっています。キャスリングでチェックを解除することはできません。

④キングの通り道に相手ピースの利きがある場合

(図9-7:キャスリングが行えない例④)

 キャスリングをする際のキングの移動経路が相手のピースによって既に毒されている場合も、キャスリングは行えません。図9-7では、キャスリングを行うとキングがe1からg1へと向かうべくf1を通ったまさにその瞬間、Qa6に狙撃されてしまう、ということです。

 キャスリングはとても効率の良い動きですが、制約も多いです。また権利ですし、要件さえ満たしていればどのタイミングで行っても良いので、敢えて行わない、という戦略も存在します。

 ピースの動きにまつわる例外的な動きはこれで本当に最後なので、前回のノートと合わせて、今回のノートのここまでで、あなたはすぐにでもチェス・ゲームを始められることでしょう。ただし相手がいれば、の話ですが、相手はいなくてもチェスの勉強はできますので、次回はその辺りの話も兼ねて、また棋譜の読み方やピースの動かし方、取り方、特殊な表記法、そしてイレギュラーな動きの全てを、過去の有名な実戦の棋譜を使って復習してみましょう。

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