ピースの動き、棋譜の読み方の復習-有名棋譜を用いて-

 こんばんは、イオリです。
 前回、前々回でチェスのルールやピースの動き、代数式の棋譜の記法などについて触れて参りました。

 本稿では、有名な過去のゲームの棋譜を用いて、それらの復習や実際のゲームの流れ、また鑑賞に耐え得る芸術品としてのチェスゲームについて説明していけたら、と存じます。

 本日取り上げるのは1928年、ドイツはメルボルンのクリスマス・トーナメントの1ゲームです。黒を持ったAH Faulを捩って『Faul Play』なんてイジリを受けたりもしている、著名なゲームですね。白を持ったのはG Gundersen、GGのGG(Good Game)と言えるかもしれません。

(図1:開始局面)

 初期ポジションはもうよろしいですね。お手元にチェスセットや、チェスアプリがある方は是非是非、ご一緒にピースを動かしてもらえたらと思います。左下が黒、クイーンは同じ色のマスに……です。

(図2:1. e4まで)

 チェスは将棋と違い、白と黒が1回ずつ動かして「1手」と数えます。なので、棋譜では「1. e4 e6」のように書き、これは「1手目に白はポーンをe4に、黒はポーンをe6に動かした」という意味になります。他のピース、例えばナイトなら「Ne4」のようにピースを表す頭文字が付きますが、ポーンだけはそれを省略するのでした。なので「e4」とだけ書いてあれば「ポーンがe2から2マス進んでe4に行った」の意ですね。1度も動いていないポーンは最初に1マスまた2マス動ける、と合わせての復習です。

 初手に白がeポーンをe4へと進めるのは非常に多いオープニングで、「キングズ・ポーン・ゲーム」と呼ばれます。各ポーンは何の前に位置しているかで名前が与えられているのでした。eポーンはキングの前にいるから当然キングズ・ポーンです。
 なぜキングズ・ポーンを最初に動かすのか。その理由は、戦争をどうしたら有利に進められるか、という問いへの一つの答えとして与えられるでしょう。

 チェスで最も大切なピースは、というと、それは取られたら負けてしまうキングに他ならないでしょうが、最も機動力のあるピースは、というとクイーンの名前が上がると思います。ビショップとルークの力を併せ持つこのピースは攻防の要にして戦況を大きく左右するピースです。
 しかしながら、例えば図1の初期配置において、d1、d8のクイーンには行き場がありませんよね。強いピースなのに、その能力が発揮できる状態にあるとはとても言えないわけです。では、どうすればクイーンが伸び伸びと力を発揮できるようにしてあげられるでしょうか。

 答えは簡単で、クイーンの妨げになるようなピースがない状態に置いてあげればいいですね。つまり、広々としたところにクイーンを進めてあげたい。そのためにはまず、進路を開かねばなりません。cポーンやeポーンを進めれば、空いたマスを通って次にクイーンは斜めの利きを活かして外界に出ていくことができますし、dポーンを進めれば同じようにd2やd3に、従者を引き連れて進軍することができるでしょう。
 このように、オープニングの目的のひとつに①ピースを展開するというものがあります。
 今、図2の状態では、白は次にクイーンを出すことも、またf1のビショップを出すこともできるようになりました。

(図3:1. e4 e6まで)

 白の1. e4に対して黒のFaulはe6と進めてきました。同じようにeポーンを突いていますが、こちらは1マスですね。この1. e4 e6の形のオープニングには、フレンチ・ディフェンス(French Defence)という名前がついています。文通でチェスを行う郵便チェス、という文化がありますが、1830年代、ロンドンとパリの間で行われた郵便チェスで、フランスのプレイヤーがこの形を採用したので、フレンチの名が付いたと言われています。
 チェスでは、初手から数手の決まった定跡の流れを「オープニング」と呼びます。オープニングは選択された手によって、あたかも川の名前が流域ごとに変わっていくように、どんどん名前が変わっていきます。1. e4はキングズ・ポーン・ゲームでしたが次にe6とされてフレンチ・ディフェンスとなりました。一例ですが、1. e4に黒がe5とすればこれは「オープン・ゲーム」と呼ばれるオープニングになります。奈良県では吉野川と呼ばれる川も、和歌山県では紀ノ川と呼ばれるようになりますが、分岐して下流に行くにつれて名前がコロコロ変わるのは、これだけでも面白いものがあります。
 フレンチ・ディフェンスは現代チェスでは主流ではありませんが、私はとても好きな形です。

(図4:1. e4 e6 2. d4まで)

 Gundersenは2手目にd4とクイーンズ・ポーンを突き出す選択をしました。オープニングの目的の一つとして①ピースの展開というのを先述しましたが、この手には更に欲張った意味があります。
 チェスは8×8のボードで争われます。この中で有利に戦いを進めていくためには、中央を制圧してしまうのが一番早いと思いませんか?

 辺境の地ではなく中央を抑えてしまうのは戦争の基本戦術です。それは人の往来が多く要所になりやすいからですが、チェスでも同じで、e、dポーンを連続で進めたことで、白は他のピースをだいぶ活用しやすくなりました。このようにオープニングの目的の2つ目として、②センター・コントロールを狙う、というものがあります。
 黒のFaulとしてはGundersenが中央で威張るのは面白くありませんね。既に駆け引きは始まっています。

(図5:1. e4 e6 2. d4 d5まで)

 黒がd5と前に出してきました。白ばかりがセンターで制海権を主張するのを黙って見ているはずもありません。
 ここでセンター・コントロールの基本的なことについて少しだけ掘り下げてみます。

(図5-1:ポーン・ファランクス)

 図5において、白のポーンは二つ横並びになっていますね。わかりやすくそこだけ切り出し、また途中まで説明したゲームの流れと混同しないようにdark colourの色を変えた図を持ってきました。
 横に並んだポーンの形を「ポーン・ファランクス」と呼びます。好形とされる形のひとつです。ファランクス、とは古代ギリシャ語で「指」に語源のある、歩兵の密集陣形のことですが、指が並んで立っている様を横並びの歩兵に見立てたのでしょう。
 なぜ横に2つ並べると好形なのか、というと図5-1で示したように、ポーンはピースを取る際に斜めに利くので、二つ並んだポーンで前4マスがカバーできるからです。チェスボードの横は8マスしかありませんから、二つ並べるだけで支配率50%というわけです。白のGundersenはこれを狙ってポーン・ファランクスでのセンター・コントロールを用意したんですね。

(図5-2:ポーン・チェイン)

 対して黒のFaulはこのような形を作りました。横並びがファランクスならば、斜めにポーンが繋がるこういった形は「ポーン・チェイン」と呼ばれます。チェインは鎖の意で、こちらもポーンの好形です。
 これが好形なのは図5-2を見てもらうといいでしょう。ポーンはピースを取る際に斜め前に利きを持つので、e6のポーンはd5のポーンが相手に取られた時に「取り返せるぞ」という主張があるのです。実際、図5では白は取ろうと思えば次に3. edとe4のポーンで黒のd5を取ってしまうことができますが、そこですかさず同じくedと、黒もe6のポーンで白のd5を取り返すことができます。
 それではゲームの解説に戻りましょう。

(図6:3. e5 c5まで)

 白は3. edとするとポーン・チェインを組んだ黒に取り返されます。かといって放置していては次に黒からdeとeポーンを取られ、せっかく組んだポーン・ファランクスが崩壊してしまいますね。なので3. e5とeポーンを進めることで、黒のd5のポーンの利きから逃しました。同時に、ポーンは目の前のピースを取ることができないので、これで黒のeポーンは進むことができなくなってしまいました。相手のやりたいことをさせない、というのもチェスでは大切になってきます。参考までに、1. e4 e6 2. d4 d5 3. e5はフレンチ・ディフェンスのアドバンスド・ヴァリエーションと呼ばれるラインです。もっとも、現在では代えて3. Nc3とナイトを使ってe4に利かせる手がポピュラーだとは思います。
 これを受けて黒が3手目に選んだのはc5というcポーンを伸ばす手。これで次にQb6とクイーンを動かすことや、dポーンを次に取ることもできますし、白から先にdcとしてくれば、f8のビショップを使って手順にBxc5とビショップを中央に使いながらピースを取り返すことができます。取られても取り返せる形を作るのは③ピース同士を連結させる、としてオープニングの重要な狙いのひとつになります。黒がポーン・チェインを作ったのも、白がe5と一歩進めてdポーンとeポーンを繋げたのも、この「連結」という頭があってこそです。

(図6-1:図6から4. dc Bxc5と進めた局面)

 白が4. dcと今進んできたcポーンを取ると、黒はBxc5と取り返してくるのが想定されますね。これはとても価値の高い手です。なぜかというと、「キャスリング」というものがチェスにはあるからです。

 キャスリングは、一度も動いていないキングとルークが、二つのピースの間に何もない状態の時にできる動きでしたね。そして、ルークを中央に持ってきながら、キングを中央から遠ざけられる一石二鳥の狙いがある、と前のノートで話しました。
 キングサイドのビショップやナイトを早々に動かしてしまえば、それだけ早くキャスリングの準備をすることができます。現に、図6-1の状態となれば、黒は次にg8のナイトをどこかに動かし、あと2手でキャスリングすることができます。
 このように、オープニングで考えるべきポイントの4つ目として、④キャスリングの準備をする、というものがあります。
 いくつかポイントが出てきましたが、ここでまとめておきましょう。

① ピースを展開する
② センター・コントロールを狙う
③ ピース同士を連結させる
④ キャスリングの準備をする
 
 これが序盤の考え方の基本になります。

(図7:図6〜4. c3まで)

 図6-1で示したように、白のdポーンと黒のcポーンがぶつかったからといって、白から先に取りにいくのは黒に効率よくビショップを活用させてしまい、まるでお手伝いになって白として思わしくない局面が待っていました。
 なので、白はじりっと4. c3とcポーンをひとつ進めました。これはdポーンとcポーンを「連結」させる手ですね。
 チェスは盤上から退場したピースの再利用ができません。なので、ピースを「取られっぱなし」というのはなるべく避けたいわけです。ひとつ取られても、同じかそれ以上の価値のピースを取り返せるなら、というのがチェスのエクスチェンジ、つまりピース交換の基本の考え方です。

(図8:図7〜4. ... cd 5. cdまで)

 黒のFaulは構わず4手目でcdとcポーンでd4の白ポーンを取ってきました。なので白は準備していたように、5. cdと同じくポーンを取り返しました。
 実際のところ、黒の4手目としてはポーンのエクスチェンジの手順に踏み込むよりは、4. ... Nc6とナイトをセンターに使って力を溜めるような手順の方が勝るとは思います。過去のゲームの棋譜を見る時には、「ここで代わりにこの動かし方はどうだったんだろう?」という目で見るのが、棋力アップにとても有用です。それが正しいことも、ゲームの進行が正しいこともあるでしょうが、そういう風に先人から貪欲に学ぶ姿勢こそ、チェスを面白いものにしてくれることは間違いないです。実際に誰かを相手にしている時と違い、あなたはGundersenにもFaulにもなって手を考えられる、というのも、棋譜鑑賞の醍醐味です。

(図9:図8〜5. ... Bb4+まで)

 黒はここですかさず5. ... Bb4+と仕掛けました。「Bb4+」という表記の意味するところは、「B(=ビショップ)がb4のマスに動き、「+」すなわちチェックをかけた」というものでしたね。なるほど確かに、チェックがかかっています。
 チェックはそれを外す手、つまりキングを動かすか、他のピースで利きを止めるか、あるいはチェックをかけているピース自体を取ってしまう手を指さないといけないので、相手に動きを強制するという点で強い手になります。このFaulの5手目の狙いは、「チェックをかけながら、キャスリングに近づけるべくキングサイドのビショップを活用したい」というものでしょう。Faulがキングサイド・キャスリングをするためには、あとはNg8をどかすだけです。
 そして、ここで白がKe2とキングを動かしてチェックを避けようとすると、キャスリングの権利を早々に失うことになります。「一度でも動いたキングはキャスリングできない」という条件がありましたね。自分はキャスリングの準備をしながら、相手のキャスリングの権利を奪うかもしれない、という考えがありそうです。

(図10:図9〜6. Nc3まで)

 Gundersenは6. Nc3とナイトを活用してBb4の利きを止めることを選びました。キングは動かしたくないですし、ナイトを中央に使う手でもあります。次にBxc3+と黒がビショップでナイトを取る手には、bcとbポーンで取り返す準備もありますね。目安ですが、ナイトとビショップの点数は互角です。なので、同じピース同士の交換はもちろんのこと、実戦ではよくこうした、ナイトとビショップの交換も見られます。逆にいうと、例えばポーンとクイーンの交換、のようなどちらかが大損をするエクスチェンジは一般には推奨されない順になります。

(図11:図10〜6. ... Nc6 7. Nf3まで)

 黒6手目はNc6とクイーンサイドのナイトを跳ねる手でした。中央にピースを使いながらd4やe5に睨みを利かせ、将来的にセンターを取り返すことを眈々と狙います。これを受けて白7手目がNf3ですね。同じくナイトを展開しつつd4やe5に応援を足しながら、キングサイドを開けてキャスリングも考えています。
 こう見るとこの局面は黒のFaulがテンポを握ったようにも見えますね。「テンポ」とは手の流れ、のような意味で、現局面では黒が何かをし、白はその対応に追われる、といった流れが続いています。こういった状態を指してチェスでは、ちょうど今の黒のようであれば「テンポを握る」「テンポを得る」、逆に白では「テンポを失う」のような言い回しをすることがあります。LINEで質問を送ってくるのが「テンポを得ている」方で、回答を急がされているのが「テンポを失っている」方です。

(図12:図11〜7. ... Nge7まで)

「Nge7」と見慣れぬ表記に戸惑った方もいるかもしれません。説明するので大丈夫です。
 今、Faulはg8のナイトをe7へと使いました。この手自体はあからさまなキャスリングの準備というのはいいと思います。Nをe7に動かしたのだから「Ne7」でいいのでは……と思われた方、よく図11を見てください。e7に動けるナイトが他にもいるんです。そう、c6のナイトもe7に動けます。
 これでは、「Ne7」とだけ書かれても、c6が動いてきたのか、g8が動いてきたのかわからなくなってしまいますね。なので、このような場合には移動前のマスの情報も付記して、「Nge7」というように書きます。「どっちも動けたけど、gファイルにいた方のナイトがe7に行きました」という意味ですね。Nc6をe7に動かしたなら「Nce7」と書くわけです。同じように、「Rea1」は「どっちも動けたけど、eファイルにいた方のルークをa1に動かしたよ」ですし、「N6e7」とあれば「どっちも動けたけど、第6ランクにいた方のナイトをe7に動かしたよ」ですね。この「どっちも動けたけど」という枕詞が大切で、そもそもそこに動ける同種のピースが2つない場合にはこうした表記は使いませんし、そのピースがどちらも同ファイルにいるとか、ファイルを書くだけでは差別化できない場合にはランクの数字を用いる、など、あくまで混同を防ぐ表記、というのが肝心です。

(図13:図12〜8. Bd3 0-0まで)

 ついに出ました。「0-0」です。キングサイド・キャスリングの表記でした。ゼロを使って「0-0」と書いたり、オーを使って「O-O」と書いたりもしますが、キングが移動したマスの数だけ◯を書く、と覚えるのもいいと思います。クイーンサイドはキングが3マス動く形になるので「0-0-0」というわけです。どうでもいい話ですが、私はベイマックスを見かけるたびにこれを想起します。

 白が8手目にBd3とビショップを使いました。白もキャスリングの準備をしたんだなあ、と早合点して黒がキャスリングをしましたが、これはGundersenの巧妙な罠だったのです。
 キャスリングは「権利」である、と再三申していますが、なぜかというと、「キャスリングが不利に働く」場合というのも少なからずあるからですね。概して勝負に備えるための効率の良い手なのですが、時としてキャスリングをしたから結果的にキングが狙われてしまう場合、というのもあるのです。本ゲームはその教訓を与えてくれる良い一例と言えるでしょう。

(図14:図13〜9. Bxh7+!まで)

「Bxh7+」、これは「ビショップを、ピースを取りながらh7に動かし、チェックをかけた」という意味でしたね。変な「!」がついているのが気になりますか?これは特に意味はなくて、このように「いい手だな」「驚きだな」と思った筆者の感情を込めて末尾につけることがあるというだけなのです。バリエーションがあって、「これは超すごいな」と思ったら「Bxh7!!」でもよくて(本当の話です)、後から振り返って「ここはミスだったな……」「謎のポカだな」と思ったら「0-0?」のようにクエスチョンマークをそっと添えてみたりすることもあります。
 ともかく、Gundersenの9手目Bxh7+は黒の意識の隙をついた鋭手一閃でありました。しかし、ここには白の他のピースが利いているわけではないので、次に9. ... Kxh7と取られてしまい、白はビショップとポーンのエクスチェンジという、損を掴まされてしまいそうなものです。大きな狙いのために、交換の原則では割りに合わないピースを捨てることをサクリファイスと言いますが、このビショップ・サクリファイスの狙いはなんだったのでしょう。

(図15:図14〜9. ... Kxh7まで)

 当然、黒はこれを取ります。しかしこの9手目の瞠目すべきサクリファイスによってテンポを取り返したGundersenには狙い澄ました継続手がありました。

(図16:図15〜10. Ng5+)

 続けざまにチェックラッシュをかけていきます。
 ナイトのチェックは厄介で、ルークやビショップ、クイーンのように遠距離攻撃であれば間にピースを置いて射線を遮ることもできますが、ナイトはそれ自体を取るか、キングを動かすかしないとチェックが外れません。
 ここで黒のキングの逃げ場所を考えてみましょう。h6、h8、g6、g8と4箇所ありますね。
 10. ... Kh6はどうでしょう?

(図16a:図16〜10. ... Kh6と逃げるとどうか)

 第一感では11. Nxe6+という手があります。

(図16a-1:図16aより11. Nxe6+まで)

「Nxe6」はいいとして「+」は誤記か?と思われたかもしれませんが、図16a-1をよく見て貰えると納得いただけるかと思います。g5にいたナイトが退いたことで、c1のビショップがKh6に利いてしまっているんですね。将棋をやられる方なら「空き王手」だと思うかもしれません。チェスではディスカバード・アタックと言います。
 そして、e6に跳ねたナイトはQd8とRf8に両取りをかけています。このような、ナイトによる両取りをフォークと言いますが、クイーンとルークは得てしてナイトより強いピースなので、この両取りは激痛ですね。何より、チェックがかかっている現状では、黒はチェックを外すことを優先しないといけないので、次にクイーンを取られるのを防ぐ術がありません。
 実はこれは教育的なムーヴで、ディスカバード・アタックとフォークを同時にお見せする手順を恣意的に選んだに過ぎず、実戦なら11. Qg4 Bxc3 12. bc Nf5 13. Qh3+ Nh4 14. Qxh4+ Kg6 15. Qh7#と進めてチェック・メイトがあります。チェックは表記の末に「+」でしたが、チェックメイトの手には末尾に「#」をつけます。

(図16a-2:図16aより11. Qg4 Bxc3 12. bc Nf5 13. Qh3+ Nh4 14. Qxh4+ Kg6 15. Qh7#まで)

 詰め上がりは図16a-2のようになると思います。キングにはQh7によりチェックがかかっていますが、逃げ場もなければこれを取るムーブもないことを確認していただければと思います。

 10. ... Kh6は詰んでしまいました。では代えて10. ... Kh8と逃げるとどうなるかを次に考えてみましょう。

(図16b:図16〜10. ... Kh8まで)

 これは即詰みに討ち取る順が白にはあります。11. Qh5+がそれですね。

(図16b-1:図16b〜11. Qh5+まで)

 黒のキングの逃げ場はg8にしかありませんが……

(図16b-2:図16b-1〜11. ... Kg8 12. Qh7#まで)

 12. Qh7#とクイーンでチェックメイトとなります。h7にはナイトが利いていますので、黒は12. ... Kxh7とクイーンを取ってチェックを外すことができません。

 これもだめでしたか。では10. ... Kg8と先にg8に逃げておくのを見てみましょう。見てみましょう。

(図16c:図16〜10. ... Kg8まで)

 これでも白は11. Qh5と、次にQh7#を狙う手があります。なので11. ... Re8とf8に逃げ場を用意するしかない黒ですが、白の圧倒的優勢です。すぐに詰まないだけ先の2例よりマシというだけで、黒としてはもはややる気のしない局面です。

 本譜ではFaulは10. ... Kg6としました。

(図17:図16〜10. ... Kg6まで)

 下に引くのはいかにも雪隠詰めという感じがするので、広く見える方に逃したいのは人情です。しかし、この手がこのゲームを歴史的なものに仕上げた分岐だったといっても過言ではないでしょう。

(図18:図17〜11. h4 Nxd4?まで)

 h5+のような手を用意した、端を狭める白の11. h4に対してFaulが指し他のはNxd4。やりようが無いとはいえ暴発でした。

(図19:図18〜12. Qg4まで)

 ここはGundersenは12. Qg4としましたが、11. h4と突いた手の流れで本譜に代えて12. h5+とし、12. ... Kh6に13. Nxf7+と、キングとクイーンに両取りをかける方がスムーズではあると思います。
 しかしそれは最良の手順ではあってもドラマチックな結末では無い、ということは棋譜を鑑賞する際にはどこかに置いておきたいものです。他でもないその日に、他でもないその2人が指した手順、それを遺したものが棋譜ですので。

(図20:図19〜12. ... f5まで)

 黒の12手目はf5と、ポーン・チェインを組んでQg4を責める苦し紛れの手ですが、結果としてこのムーブのせいで黒のキングに即詰みの順が生じています。

(図21:図20〜13. h5+ Kh6まで)

 13. h5+とチェックをかけられると、黒のキングはh6以外に逃げ場がありません。ここで痛烈なディスカバード・アタックが白には存在します。

(図22:図21〜14. Nxe6+まで)

 Bc1を使ったディスカバード・アタックです。そしてNe6がg7の位置に利いているので、14. ... Kh7には15. Qxg7#のチェック・メイトが用意されています。

(図23:図22〜14. ... g5まで)

 14. ... g5としてBc1の利きを遮ることに成功したように見えますが……

(図24:図23〜15. hg#(e.p.)まで)

 白15手目、hgはアンパッサンですね。g5と直前に2マス動いてきた黒のgポーンをアンパッサンで取るこの手は、Bc1とRh1のダブル・チェックであり、逃げ場のない状態に陥っています。アンパッサンは末にe.p.と書きますが、これを表記するのは任意です。
 初手から振り返ると、
1. e4 e6 2. d4 d5 3. e5 c5 4. c3 cd 5. cd Bb4+ 6. Nc3 Nc6 7. Nf3 Nge7 8. Bd3 0-0 9. Bxh7+ Kxh7 10. Ng5+ Kg6 11. h4 Nxd4 12. Qg4 f5 13. h5+ Kh6 14. Nxe6+ g5 15. hg# 1-0
となります。最後の1-0は、白の勝ちという意味のスコア表記です。チェスでは勝った方が1ポイント獲得するので、黒勝ちならば0-1、ドローなら1/2-1/2となります。

 以上、Faul Playを解説して参りました。このゲームはアンパッサンで劇的な幕引きを迎えた数奇なものであり、また途中でキャスリングやNge7のようなものが拾えるので、復習の題材にちょうど良いと思って持ってきました。これでプロモーションが拾えたら完璧だったのですが、それは別の機会に、ということでご寛恕願いたいところです。

 次からは実際に、オープニングの紹介をして序盤のゲームの進め方を書いていこうか、それとももう一つくらい有名なゲームを解説しようか、と迷っているところです。Twitterの方にご意見等いただけると励みになりますので、フォローや拡散、お声かけなど、よろしくお願いします。


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