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フレンチ・ディフェンス⑦ アドバンス・バリエーション(3. e5)その1(シュタイニッツと5. ... Qb6)


 松風いおりです、どうも〜。
 実はこの名乗り口上、初めてですね。なぜならイオリ改め松風いおりとなってから初のチェス・ノートだからなのですが、齧りかけのフレンチ・コースを平らげてしまおうということで、前回までの続きです。変わり映えこそしませんが、ご容赦くださいな。

 思ったより脱稿に時間を要したのは、何も松風がメモを書いた時点で満足してエヴァを観に行ったり、書き始めてから『やっちまったな』と思って放り出してエヴァを観に行ったり、気を取り直して本腰を入れパソコンから書こうかなと思ってそのままエヴァの過去作を見たりしていたからだけではないのです。エヴァは面白かったですね。そういえばチェスの記事の書く書く詐欺をしながら、映画を観て思ったことなどは、ちまっと日記に綴ったりもしました。

 本当は4/1には上げたかったこの記事が思ったより難産だったのは、いおりの所為かそれとも庵野の成果の故かと言われるとむずかしいところなのですが、ひとつにはこの記事、着手した当初は『エクスチェンジ・バリエーション』という名前だった、という事情があります。フレンチ・コースも、シェフの心によって多少は変わるかもしれませんが、まず残すは2品程度となった現状、残るは食べて大満足のメインディッシュと甘美なデザート、というわけです。私はここで悩みましたね。果たしてどっちがメインなのか……。そしてややもすると胃もたれしそうな方こそ、食いでがあってメインに違いない、という評価のもとに、こちらを先に書くことと相なったのです。
 というわけで、ここで皆様に用意しておいて頂きたいものは何か、と言いますと、白と黒の胃薬、それから目薬、というところでしょうか。

(図1:3. e5まで)

 図1までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. e5

 最初に私はフレンチのクラシカル・バリエーションを提示したのですが、ここでは、黒が2手目にd5として白のeポーンに肩をぶつけてきた瞬間に、白には3つの方針があると言ったと思います。

 すなわち、
①ピースを逃す
②ピースを守る
③交換に応じる
 という、この3点を挙げました。採用率や説明のしやすさ、とか、狐の事情が色々あったというのもありますが、ようやっと、初回で提示した①の方針について、今回触れていきます。

 3. e5が衝突したところを逃すことで、肩をぶつけられても直ぐに咎めたり身構えたりしない、大人の対応というわけです。これをもってアドバンス・バリエーション(Advance variation)と呼びます。更に言えば、ピースがぶつかっている状態を解消するだけでなく、ポーン・ファランクスからポーン・チェーンに組み換えながらセンター支配を1段押し込んで中央により広いスペースを確保し、またd、eポーンをそれぞれ隙間なく密着させることでこれらのポーンの進展の余地を奪ってしまい、結果的に黒が1手目にe6と下手に出てきた態度を譴責した動きですね。数理的にも、eポーンをe5まで伸ばすのには最低でも2手どうしても必要なので、3手目でd4-e5という形を作っている現況は白としては権利が最大限活かせている、無理のない状態ですね。

(図2:3. ... c5まで)

 図2までの手順:前図より3. ... c5

 3. ... c5とチェーンの根っこを揺るがせにかかる黒のcポーンを動かすムーブはだいぶ見慣れてきたかな、と思います。この辺り、ちょっとタラッシュに似ていると思いませんか。

 私は自分で設定したわけではないですが、めちゃめちゃいいアイキャッチで切れてますね。ここがちょうど触れたいところなんですよね。

 タラッシュの時もこの順で考えたと思うのですが、これ、白から4. dcと取るとどうなるのか、まず考えてみようと思います。

(図3:4. dcまで)

 図3までの手順:前図より4. dc

 4. dcと取り込む手はシュタイニッツ・バリエーション(Steiniz variation)と呼ばれていますね。ピース同士がぶつかった局地的な戦場を盤面に残しておけばおくほど複雑化していくので、それを持ち時間が短かったり、あるいは緊迫状態の中で思考のリソースを割かれたくないといった時に解消したくなる、という心はさておいてですね、純粋にピースの構築と効率を考えたときには、気が進まないムーブです。

 というのも、3. ... c5と突く手の背景に、黒マスビショップの利きであるc5にポーンを突き出してセンター・コントロールの破壊を試みる、という思考があるからです。4. dcと取らせてから、これをBxc5と手順に取りつつキングサイドを空ければ、cファイルを早々にセミ・オープンにし、なおかつ初期配置上はキングにしか支えられていないという理由で最弱のポーンであるfポーンを睨む位置にビショップを張る、という願ったり叶ったりの状況ですから、4. dcは黒の思惑に乗ってあげる形になるので、癪だな、というのがあります。

 黒の4手目の候補としては、4. ... Ne7/Qa5+/Qc7/Nd7などもあるでしょうが、主眼を置きたいのは4. ... Nc6と4. ... Bxc5の二つですね。

(図4:4. ... Nc6まで)

 図4までの手順:前図より4. ... Nc6

 すぐに取れるcポーンをBxc5と取らずに一旦力を溜めたように見えるこの手は、e5を狙ったものですね。また、ここにこのナイトを利かせることで、Bxc5とした時にケアが外れしまう黒のg7を攻めようというQg4、という手に対して... Nxe5と、このQに当てながら白のセンターを一掃する手も用意しています。後述しますがここで4. ... Bxc5とするとすぐに5. Qg4という手が白からは生じますね。

(図5:5. Bb5まで)

 図5までの手順:前図より5. Bb5

 Kサイドを展開しながら黒4手めのNc6をピンし、Nxe5を防ごうというBb5は、序盤の鉄則に従った効率の良い手に見えるのですが、この古い形は実はそんなに良くないかな、という所感です。なぜかというと、Bb5が浮いているんですよね。孤立無援です。

「ピンされたピースの防御力は架空のものである」という金言がありますが、黒は怯まずここでは継続手で5. ... Bxc5と、今度こそ黒マスビショップを動かすのがいいでしょう。このa7-g1ダイアゴナルというのはショート・キャスリング直後のキングの定位置を直撃する、斜め駒の配置においては極めて戦略的価値の高い地点です。5. ... Bxc5〜6. ... Qb6と速攻でバッテリーを組んでしまう、というような枝もありますが、もっと恐ろしいのは5. ... Bxc5からいきなり6. ... Bxf2+としてキングサイドを破壊しつつ、7. Kxf2 Qb6+と、白のKf2とBb5に対してダブルアタックを仕掛ける順があることです。
 なので、白はあまり悠長なことをしている猶予がなく、6. Nf3としてKとRの意思疎通を図るのですが、6. ... Ne7と跳んだ手が、中央の硬さ、ピースの連結、どれをとっても非常にソリッドですし、この手はNg6からe5を取り除く狙いを秘めた手でもあります。

(図6:7. 0-0まで)

 図6までの手順:前図より5. ... Bxc5 6. Nf3 Ne7 7. 0-0

 パタパタと手を進めて白は能う限り最速のキャスリングを済ませましたが、Bb5としてこれを攻められる順を敢えて与えてしまったが故に、白のピース・ディヴェロップメントにだいぶ制約がかかりました。結果、図6では、駒組みの効率の差がかなりあって、白のクイーンサイドのピースたちなんてもう戦争に参加するどころかウノでもしてそうな雰囲気ですからね。ここでは黒に選択肢があって、0-0としてピンを外し例えばNg6からe5を払いにいく順であるとか、Bd7としてピンを邀撃するとか考えられるのですが、いずれにせよ黒が伸び伸びやれるので白としては結構不満の展開かなと思います。ちなみにNge7〜Ng6でe5を攻める形、タラッシュ・オープンで白がd4を受けた形と似た構想ですが、アドバンス・バリエーションではまま見る形です。また、『6. ... Ne7』という表記ですが、理論上はe7に動けるナイトは二ついる局面ではあるものの、Nc6はピンされているのでNce7がイリーガル・ムーブですから、事実上はNg8しか動けない、ということでこういう時は単に「Ne7」で良いんですね。

 そんなわけで5. Bb5よりはマシな手があるのでは、というところに我々は立っているのですが、まあ5. Nf3が妥当ですよね。

(図7:6. Bd3まで)

 図7までの手順:図4より5. Nf3 Bxc5 6. Bd3

 黒の4. ... Nc6がe5と伸ばしたポーンを攻めた先手なので、これに対応する必要はあります。というわけでキングサイドのピースを展開してキャスリングを早々に可能にしたい、というオープニングのセオリーに則って考えたBb5がダメそうなので、同じ母から生まれた5. Nf3という手が次の候補ですね。もちろんここで黒は5. ... Bxc5と今度こそ取ってきますが、ここで白としては白マスBを動かしたいところです。

 6. Bb5とすれば6. ... Ne7で先程の順にトランスポーズします。別のところを考えたいですが、行き場としてはd3かe2か、という二択になります。Ba6/Bc4ですか?戦況を好転させ得ない駒捨ては『サクリファイス』ではなく『犬死に』、というので、間違いのないように覚えておいてくださいね。

 ここで6. Be2なのですが、アドバンス・バリエーションというのは、白のeポーンが伸びきってしまっていますので、黒には先述したようにNge7〜Ng6の順であるとか、あるいは単純にf6と突き出すであるとか、このe5を焦点化して狙っていくことが出来る、というのがひとつ特徴です。なので、例えば6. Bd3 f6というような順であれば、e2の地点が空いているので、クイーンの縦利きを活かして7. Qe2と受け、7. ... fe 8. Nxe5 Nxe5 9. Qxe5を準備することができますが、替えて6. Be2だとe2の地点に頭が丸いビショップがいるため、これが出来ません。そういう意味では、同じく白マスビショップを動かす一手の中でも、微細な位置取りの問題でありますが、6. Bd3の方が良さそうですね。また、付言すれば6. Bd3はNge7〜Ng6と使ってくる黒の構想に対して、予めg6の地点に利かせておくという意味合いも持っています。

 ちなみに手順前後で5. Bd3〜6. Nf3をやろうとすると5. ... Nxe5で即死するので注意が必要です。逆算的ですが5. Nf3にはe5に紐をつけることで次に6. Bd3を可能にする、という意義がありました。チェスは往々にして恋愛に似たところがありますね。同じことがしたくても、手順を間違える片やブランダーとしてプレイ的に盤上で死にますし、方やセクハラとして、やはりプレイ的に社会通念上で死にます。

 白がこうして悶々としながら6. Bd3としたところで、黒には先述のように6. ... f6の他に、6. ... Nge7と動いていく権利がありますね。

(図8:6. ... Nge7まで)

 図8までの手順:前図より6. ... Nge7

 ナイトの天敵はビショップ、もっというとビショップによるピンです。なので7. Bg5とかやってみたくなる気持ちもわからなくないのですが、これには7. ... Qb6で黒が良さそうです。

(図9:7. ... Qb6まで)

 図9までの手順:前図より7. Bg5 Qb6

 この手がf2とb2の両狙いなので、白は8. 0-0 Qxb2 9. Nbd2 Qa3とかで脇腹を噛みちぎられるのは已むを得ないところがあります。8. 0-0じゃないとBxf2+が飛んできますし、9. Nbd2をしないと次にQxa1とルークをタダで抜かれて敗勢です。

(図10:9. ... Qa3まで)

 図10までの手順:前図より8. 0-0 Qxb2 9. Nbd2 Qa3

 以下は10. Nb3 Bb6 11. Qe2 Bd7とか……順当にやって黒には負けるビジョンがなさそうですね。

 同じ理由で、7. Bg5に替えて7. Bf4と、e5を支えようという手も同一の進行でKサイドを粉々にされるために上手くいきません。ちょっと興味があるのは7. Bf4バリエーションの場合に、8. ... Qxb2に替えてNg6という手を指すことです。

(図11:8. ... Ng6まで)

 図11までの手順:図8より7. Bf4 Qb6 8. 0-0 Ng6

 ちょっと捻った手ですが、これは浮き駒のBf4に当たっていますね。ここで9. Bxg6と切らせるのが目的です。

(図12:10. ... 0-0まで)

 図12までの手順:前図より9. Bxg6 fg 10. Bc1 0-0

 10. Bc1はテンポは悪いですが、ここでb2をケアした手ですね。これで黒は狙っていたQxb2という攻撃が防がれてしまったようですが、fファイルを開けた上でここで0-0として手順にルークをfファイルに呼び、Rf5とルークを活用して手を繋ぐのが狙いです。まあgファイルのダブルポーンは愚形なので、焦らずg5〜Rf5とか、単にRf5で次にNxe5を狙ったりと、これも黒が優勢でしょう。

(図13:7. 0-0まで)

 図13までの手順:図8より7. 0-0

 というわけでこれが素直な手だと思いますが、ここで黒マスビショップがうまく使えないという状況は白にとってなかなか厳しいですね。7. ... 0-0だとちょっと落ち着きますが、7. ... Ng6 8. Re1/Qe2とか、やはりQサイドがどうにも立ち遅れてしまいます。自縄自縛の白に対して黒は0-0〜f6だとか、Qc7、Bd7など指す手に困らないのはとても羨ましい状況ではないでしょうか。

 シュタイニッツの黒4手目の候補として先ほど示したのが、もうひとつありました。4. ... Bxc5ですね。

(図14:4. ... Bxc5まで)

 図14までの手順:図3より4. ... Bxc5

 単に取る手です。5. Nf3 Nc6 6. Bd3 Nge7/f6と進めばどこかで見た景色が広がっているのですが、前述したように4. ... Bxc5の瞬間にgポーンが孤立するので、ここで白から5. Qg4と切り返せるのでは、という話でしたね。

(図15:5. Qg4まで)

 図15までの手順:前図より5. Qg4

 ここで見ておきたいのは、白はKサイドでキャスリングをするのに、Bをどかす、Nをどかす、0-0と3手かかる状態である、ということです。5. ... g6/Kf8などは白にピースを立て直す隙を与えてしまうため、この状況で黒としては奸計を以て白を陥れたいところですね。

(図16:6. Qxg7まで)

 図16までの手順:前図より5. ... Ne7 6. Qxg7

 5. ... Ne7が記憶に留めておきたいムーブです。「g7守ってないじゃん」と思われるのですが、その通りですね。g7は餌であり、これを取らせることがこの罠の発動要件になります。かといってここで白が6手目にこの状態でgポーンを取らないのであれば、黒からはNbc6〜Qa5+のようにいつでもKサイドが開発途上である白陣を痛めつけることが出来るので、5. Qg4とした以上、5. Qxg7とこれを取れないようではおかしいことが起きている、と言えます。

(図17:7. ... Qh4まで)

 図17までの手順:前図より6. ... Ng6 7. Bd3 Qh4

 6. ... Ng6として、クイーンが後ろに引けないようにしました。これが第一歩です。これに当てながらキングサイドにスペースを用意する7. Bd3はもはやここまで見てきた我々に取っては当然の一手なのですが、ここでBc5のポジショニングを活かして7. ... Qh4と出るのが狙いでした。次にQxf2+が入ればゲームセットです。

(図18:9. ... Nd7まで)

 図18までの手順:前図より8. Qf6 Qxf6 9. ef Nd7

 黒の恐ろしい計画を防ぐためには8. Qf6としなくてはいけませんね。ここでナイトに退路を断てれていたことが響いてくるわけです。Ng6さえいなければQg3と引いてこれたのに……というのは事後諸葛亮でして、そもそもNge7〜Ng6とダイアゴナルを開かなければ7. ... Qh4もありませんでしたから、これは黒の手順の妙でしょう。以下、8. ... Qxf6 9. ef Nd7とクイーンをダウンさせた上で黒は10. ... Nxf6を狙いながら戦線を維持していけば、黒に有利な展開だと思います。

 さらりとフレンチ・アドバンス・シュタイニッツを見てきましたが、3. ... c5を4. dcと取り込むと、白から良くするべく動く順が難しい、ということがわかりました。

(図19:5. Nf3まで)

 図19までの手順:図2より4. c3 Nc6 5. Nf3

 というわけで3. ... c3と反復して黒が体当たりして来る手には4. dcと取って応じないのが現在の本線ですね。この辺りの機微を踏まえると、タラッシュに似ていると雖も、タラッシュ・オープンというよりはタラッシュ・クローズドに近いところですね。

 ただし戦線を閉じにいった主体が黒でなく白なので、収斂進化に近いところがあると思います。収斂進化とは、進化の過程で類似した形質が独特に獲得されるという現象のことで、色々有名な例は思いつきますが、昆虫の翅と鳥の羽根のようなものですね。飛行機能に用いるという点では同じ「はね」ですし、力学的にも同様の制約を受けるので似た平面的な形をしているわけですが、そもそも鳥の羽根、厳密には翼の大元は前足趾ですからね。同じような機能・構造をしているようで、違う起源を持っているんだな、という話です。ちなみにここの例として「椰子の葉と蘇轍の葉」と書きかけて辞めました。理由はお察しください。

 取らないとはいってもぶつかっているので、これを下から支えます。これが4. c3ですね。そして先にc5と突いてあるので、進路を阻害されることなく、黒のナイトが4. ... Nc6と飛び出すことができます。アドバンスの形では、Nc6がd4、e5どちらのポーンにも当たってくるのは瞭然ですが、これを5. Nf3と跳んで受けることができます。この手をポールセン・アタック(Paulsen attack)と言います。

 この局面が主流で、ここから幾つかの有名な景色が広がる川に分かれていきます。結論は出ていないものの、より良さそうな順が出てきたのでなんとなくout of dateになったものなどを含めて、どこまで拾うかというのは常に頭を悩ませるところですが、数個のラインに留めます。必要なのは時に広さではなく深さだと思いませんか。

(図20:5. ... Qb6まで)

 図20までの手順:前図より5. ... Qb6

 まず、今回見たいのは黒5手目Qb6のバリエーションです。ここにクイーンを張るということはすなわちbファイルを攻める縦利きと、d4を含むa7-g1ダイアゴナルを攻める斜めの利きとで白を圧迫する、ということです。目下のところ、白としてはd4にプレッシャーを掛けられているのが煩わしいですね。黒としてはこの圧力を活かして最終的に白のセンターを弱体化できたら願ったり叶ったりです。

 d4の地点というのは黒マスです。なので、黒マスビショップを活用して、たとえばBe3のように守ってやれたら効率的で嬉しいのですが、ここでQb6というのがb2を虎視眈々と睨んでいる、というのを忘れてはいけませんね。つまり、ビショップでd4を補填することと、ビショップでb2を支えること、これは両立不可能です。両方やらなくちゃあならないってのが、ビショップの辛いとこ……ですか?なれば、このラインをタラッシュ・バリエーションよろしくトリッシュ・バリエーションと呼んだら面白いですね。まあ、あの台詞を言ったの、トリッシュじゃなくてブチャラティなんですけど。

 余談はさておいて、手を考える際に、相手の狙いが何か、というのを整理することは全てに先立って肝要です。それによって、しっかりと対処を練ることができます。何となくで、ぼやけた手を返すよりも、自分なりのロジックを用いて施工した末に誤った手を指す方が、私はよほど優れていると思いますね。前者に学びはありませんが、後者は単純に少なくとも2倍、あなたを強くするからです。即ち、そのミスを2度と犯さない、ということに加え、あなたはそのミスが指された時の咎め方を熟知している、というわけですね。

 というわけで、5. ... Qb6は不倶戴天の敵です。ここで白番を持っているブチャラティには考えてもらいましょうか。つまり、センターとクイーンサイドの両方に火の手を放たれそうな現状、どちらの方がよりプライオリティが高い問題であるか、ということです。チェスでは時に腕を切られるか首を切られるかを選ばなくてはならないことがあります。首を切られてはおしまいですが、残った片腕で相手を仕留めることは可能です。

① 6. a3

(図21:6. a3まで)

 図21までの手順:前図より6. a3

 この手はフレンチ・アドバンスを指す上で白としては最重要の選択肢です。Bc1がb2を支えている今、a3〜b4でクイーンサイドを固めつつスペースを作ろう、とした準備の手です。

 優先度をセンターではなくQサイドと見た手ですね。6. ... cdとここで黒から取り込まれる順は怖くないのかな、というところをちょっと見てみましょう。

(図22:7. cdまで)

 図22までの手順:前図より6. ... cd 7. cd

 cポーンの交換を入れた現局面では、d4-e5のセンターは無傷でありながら白がc3に余裕を手に入れられた、と見ることが出来ます。すなわち、c3のポーンがいなくなってここが空隙となったことで、Nc3〜Na4のようにQb6を責めつつクイーンサイドを展開する順が白には生じており、果たしてこの状況が、黒にとってはポーン・エクスチェンジを仕掛けるに見合った戦果であるか、というところが疑問です。

 ちなみにここから手の勢いに乗ってセンターを焦土にしようとするのは完璧な黒の勇足で、最悪ですね。

(図23:9. Nxd4まで)

 図23までの手順:前図より7. ... Nxd4 8. Qxd4 Qxd4 9. Nxd4

 クイーンを落とし、黒はセンターにポーンの鎖を一方的に残すことが出来たように見えなくもなくもないのですが、状況はほぼ白の勝ちです。

 具体的には、まずデベロップの差で白が圧倒的にいいです。シュタイニッツの5. Qg4バリエーションのところでも似た言及をしましたが、現局面では、今度は黒ですね、黒のキングサイドが4人で麻雀でもしているんじゃないか、という状態で、0-0をするにもピース展開をするにも手数を要する状態です。

 ポジショニング的には、白からe5と押し込んであるのがとても大きいですね。黒からfポーンを突いた瞬間にf6 ef gfとしてすぐにキングの斜めが空いてしまいます。なのでBe2やBd3のようにe8-h5のダイアゴナルにアクセサブルな手の価値が抜群に高まっています。

 また短期的な戦術として、何より黒にとっての差し迫った脅威はNb5〜Nc7+のダブルアタックでしょう。これを消すべく9. ... Bd7なら依然として黒はKサイドのピースに触れないまま手数を浪費しますし、白としてはNc3、Nf3、Bd3、Bf4などなど、損にならない手を伸びやかに指していれば、まず負けることはありません。

 というわけで6. ... cdとセンターに吶喊される順は恐るに足らぬ、とわかりました。戻ってここて6. ... c4を見てみましょう。

(図24:6. ... c4まで)

 図24までの手順:図21より6. ... c4

 この手は7. b4という白の計画を阻止する手です。具体的には7. b4ならば7. ... cb e.p.という手があり、これが次に8. ... b2とQb6の加護を受けながらRとBに両取りを掛けられる恐ろしいムーブになっています。最悪のシナリオは8. ... b2 9. Ra2 bc=Q(/N)ですかね。この帰結を防ぐには8. Bb2ですが8. ... Na5と支えb3をコントロールし、ここからBd7〜Rc8、g6〜Bh6などなど、クイーンサイドを攻め潰す手段に事欠かない黒の優勢です。

 またd5-c4で白のBf1の進路をに封鎖線を敷いている、という意味もありそうです。c4がb3、d3を共にコントロールしてきている、という状況なので、ここから白は少し繊細な駒組みを要求されますね。

(図25:8. ... Bd7まで)

 図25までの手順:前図より7. Nbd2 Na5 8. Be2 Bd7

 白7手目Nbd2はコントロールされているb3へ働きかけるムーブで、次に8.b3として8. ... cb 9. Nxb3や8. ... Qa5 9. Bb2 b5 10. Qc2と出来れば肩の荷が外れた白が一気に良くなりそうですね。裏を返せば5. ... Qb6バリエーションで黒は白のクイーンサイドにそれだけのプレッシャーをかけている、ということでもあります。

 8. b3を赦してはいけないので黒はここに7. ... Na5とここに利かせておきましょう。白は8. Be2と0-0の用意をするのが良さそうですが、これちょっと面白いな、と思っているのは、続いて9. Nf1と下に跳ねるのはどうか、というものです。

(図26:9. Nf1まで)

 図26までの手順:前図より9. Nf1

 ちょっと奇妙に見えますが、私はこの手をd2に威張っていて黒マスビショップの道を閉ざしていたナイトをどかすことでBe3としてQb6に正対させよう、という手を作るとともに、Ng3〜h4のように黒のキングサイドから手を作る順を用意しよう、という考えで示しています。アドバンス・バリエーションを採用してe5を序盤に突いたことで、白はf6の地点に対しては強い支配力を有していますから、黒のNg8〜Nf6というようなピース展開に制限をかけていますね。この状態でキングサイドから手を作れるようにすることは、状況が拮抗した時に手が差せない状態を作りにくくすると同時に、早々に黒に0-0-0を決行するのかどうか態度を決めさせることで、クイーンサイドを巡っての小競り合いの反動が黒に対してもよりクリティカルに響いていくように仕向けることができるのでは、というところです。

 また、Ng3と跳ぶ手を見せるだけで、hポーンを突かせNe3〜g3〜Ng2というような使い方もあり、こちらの方がより実践的ではあるかな、とは思います。

 問題があるとすればNbd2はb3の地点をケアするために持ってきたものなので、この瞬間にb3へと黒が殺到する順が成立するなら潰れです。

(図27:10. Rb1まで)

 図27までの手順:前図より9. ... Nb3 10. Rb1

 9. ... Ne7と黒がKサイドのマイナーピース展開を試みてくるようであっても白は10. Rb1の一手を入れておきたいところです。Nb3がRに当たってくるので、アクティブかパッシブかの違いはあれど、ここでb3を攻める手順を黒が選ぶならこうなるでしょう。ここで10. ... Ne7ならNg/e3として0-0を用意しておきます。

 10. ... Nxc1は正直脅威ではありません。8. ... Bd7を活かしてBa4とd1に縛ってあるQを攻める構想が黒にはありますから、これを消してくれるのは却って多少読みやすくなりそうです。

 難しいのは、ここからNg3として、h5を見てからNf1〜Ne3と手を戻すのか、単にNe3〜0-0〜g3〜Ng2のように使うのか、というところの優劣がどこまであるか、ということですね。後者の方がいいと思うのは、0-0を入れておくことでf3のナイトをNe1と引きf4のように良いタイミングでe5-f4の形を作るという候補が視野に入ってくるからです。つまりこのNf1ラインの意図するところは、ピースダウンしていない二つのナイトを低く使って焦点を作らせないようにしながら0-0やセンター・ポーン・チェーンなどの好形を作っていくことで、Qb6と形を早々と決めてQサイドを攻めにかかった戦線が膠着した時に構築の差が響いてくるような戦況を目指す、というものになります。実際、このジャブとスウェーのコンビネーションは実戦投入には相当難易度が高そうだな、というのがありますがシステマティックで懐が広く面白いかな、と感じるところはあるのでちょっとだけ触れさせてもらいました。

(図28:6. ... Nh6まで)

 図28までの手順:図21より6. ... Nh6

 戻って白が6. a4と突いたところで、黒には6. ... c4に替えて6. ... Nh6という手もあります。一見するとちょっと奇妙に馬が斜行してしまったかのように見える手ですが、この形では6. ... c4に続いてよく見る手です。何かというと、Nh6はf5へとアクセスが良いので、単純にNf5や、cd cdの手の交換を入れてからNf5と跳ぶような手を産んでいる、というわけです。またe5によってf6の地点を潰されているにも拘らず、早いタイミングでキング側のナイトを展開していけるので、これならスペースを作ってショート・キャスリングへと繋げる目も生まれて来ます。

(図29:7. Bxh6まで)

 図29までの手順:前図より7. Bxh6

 ところで、ここでこういう手はどうでしょう。黒がQb6と使ってきた以上、どこかで先に見てきたNa5やc4のようにb3を攻められる可能性はありますし、その時にNbd2とナイトを使うとこのBc1、黒マスビショップの動きが悪くなる、という嫌いがありました。なので、この瞬間に出て来た奇行の馬を叩きつつ、縦利きの強いピースであるルークズ・ファイルにダブルポーンを作らせることができる7. Bxh6は即妙な手に見えなくもないですね。本当ですか?まあ私がこう言う時は大体そうじゃない時ですけど。

(図30:9. cdまで)

 図30までの手順:前図より8. ... gh 8. b4 cd 9. cd

 何も考えずに8. ... ghと取っても別に黒が悪くなさそうですね。8. b4 cb 9. abは流石に白よしなので、8. b4には8. ... cdとこのタイミングで交換を入れましょう。9. ... Bd7/Rg8などがありそうですね。クイーンサイドが手早く開発されているため、黒はここでRg8としてもキャスリングを一方的に放棄せずに済むのもありますし、Qb6がb2を支えるビショップの働きを悪くしようとしたように、Rg8で今度はg2を支えるビショップの働きまで悪くされると、せっかく解消しようとB-Nのエクスチェンジに踏み込んだ白の主張がぼやけます。

(図31:7. ... Qxb2まで)

 図31までの手順:図29より7. ... Qxb2

 戻って7手目で、Bc1によるb2の保護が外れたこのタイミングで、Qxb2と切り込む順がありそうです。これがRa1を攻める先手ですが、ここで8. Nbd2とクイーンとルークを繋げて守ろうというのは、単に今度こそ8. ... ghと手を戻されて、やや消極的ですね。

(図32:9. ... Qxc3まで)

 図32までの手順:前図より8. Bxg7 Bxg7 9. Nbd2 Qxc3

 というわけで悪いには悪いのですが、せめて一矢報んと8. Bxg7でgポーンを破壊しておき、9. Nbd2と跳ぶ方がマシですね。局面は明らかに黒が良いですが、往々にして実戦では、『悪いなりに何かできないか』を考えることが負けを遠ざけるものです。

 9. ... Qxc3でcポーンを破壊しながらNd2をピンします。この手の狙いは次にNxd4から白のセンターをめった打ちにして、あろうことかBxg7の交換まで逆用してやろうという神算鬼謀ですね。いいようにされるのが嫌ならば、ここらで先手を取り返さないとなりません。

(図33:15. Bb5まで)

 図33までの手順:前図より10. Rc1 Qxa3 11. Ra1 Qb4 12. Rb1 Qa5 13. Rb5 Qa3 14. Rb3 Qa4 15. Bb5

 ちょっと手を進めてみましたが、双方そこそこストラテジックな動きをしましたね。前図でいきなり10. Bb5とNc6をピンする手もありそうですが、こうしてQa4にクイーンを追い込んでから出る方が「まだマシ」というわけです。それでもa、bファイルが壊滅したので黒が優勢〜勝勢だとは思いますが。ここから一例は15. ... Qa5 16. dc Bd7でしょうか。cポーンが浮いたので16. dcと取り込むのも已むなしですが、これで逆にd4-e5のチェーンが消えたため、黒はBd7として、いいときにNxe5と跳ねる手が、b5のビショップとf3のナイトを同時に攻めるトリックになるので、そういうプランがありそうです。

 どうやら6. ... Nh6を7. Bxh6として咎めることは出来ないみたいですね。すると本線で考えてみたいのは6. a3の流れを汲む7. b4でしょうか。

(図34:7. b4まで)

 図34までの手順:図28より7. b4

 白はa〜eまでポーンをうまく繋げて伸ばしたところで、なんだか調子の良い株価のチャートみたいになっていますが、クイーンサイドをソリッドにしたい、という願いが叶った形になりました。これを7. ... cbと取ってくるのは8. abとして手順に戦車の砲台の蓋を外せる白が良いでしょう。パスはルール上あり得ませんが、もし黒がここでパスをすると、8. bcとして、今度はクイーンを攻めつつc5-d4という硬い砦を造ってこれまた白がいいですね。手抜けない以上、黒は7. ... cdとこのタイミングでセンターポーンの交換を余儀なくされます。

(図35:8. ... Nf5まで)

 図35までの手順:前図より7. ... cd 8. cd Nf5

 cd cdと交換して、黒がNh6〜Nf5と使って来ました。この清算はb4が直接当たっちゃっている、というのも勿論ですが、これでcポーンを上滑りさせておくことで、d4が弱化します。具体的には、Nf3を駆逐するような順が黒にあるなら、その瞬間にdポーンを支えるのはクイーンしかなくなってしまいますから、白のQをdファイルに縛り付けておくことができるようになりますね。

 黒は順当に8. ... Nf5として、次にNfxd4のスレットを見せているわけですが、白としてはa3-b4のチェーンを作ってクイーンサイドを固めることに成功したので、晴れて黒マスビショップを動かし、緊張の最中にあるd4のキューバにビショップを派遣することができそうです。

 Bc1を動かしてd4を守る手はずには2通りありますね。つまり9. Bb2と9. Be3です。

(図36:9. Bb2まで)

 図36までの手順:前図より9. Bb2

 フィアンケットを組むこちらの選択の方が2/3くらいの割合があるでしょうか。Be3との違いは黒のNf5の利きに首を晒していないことと、最長ダイアゴナルに乗せることでd4のみならずe5にも間接的に利いており、結果としてe5を序盤に突いたアドバンス・バリエーションの顔を立てる趣が、こちらの方がより強いというところです。それにしても、今まで見てきたフレンチからすると結構異質なことをやっているな、という印象が個人的にはありますね。

(図37:10. g4まで)

 図37までの手順:前図より9. ... Bd7 10. g4

 9. ... Bd7と第8ランクの風通しをよくしながら白マスビショップを使う手には、10. g4とNf5を咎める手がありそうですね。

 ナイトの逃げ場所はNh6/Nfe7ですね。

(図38:10. ... Nh6まで)

 図38までの手順:前図より10. ... Nh6

 10. ... Nh6は手を戻すようですが、このムーブ自体がg4を逆に責める手になっているのがわかります。11. g5 Nf5はちょっと何やっているのか、という感じなので、g4という黒にf5にナイトを張らせないためのポジションを活かすには11. h3/Rg1ですが、いずれでも11. ... f6 12. ef gfとしてgファイルをこじ開けてRg8を狙ったりするのが黒としてはわかりやすいですか。この時に9. ... Bd7の効果で0-0-0という居所が確約されているのが黒の主張かなと思います。一方の白としてはフィアンケットを活かしNc3〜Rc1〜Na4のように使っていくのが分かりやすい構想でしょうか。けっこう混沌としていますが互いにポイントを上げ合っていて戦況拮抗という趨勢ですね。

(図39:10. ... Nfe7まで)

 図39までの手順:図37より10. ... Nfe7

 Ng6から立て直そうという使い方になるのでしょうが、ここでは既に手がけっこう広いものの、11. Nc3が根強い人気なのかな、という局面ですね。ルークを動きやすくしながら、次に12. Na4とQb6を攻めてやろうという意志を見せた手なので、11. Nc3 Na5と黒はクイーンの逃げ場を設けるわけです。そしてこの11. ... Na5自体が次にNc4と跳んで来るのを狙っているので、12. Nd2と使うなら12. ... Rc8と手が続きます。替えて12. Qc2というのもありますが、これは12. ... Nc4 13. Bxc4 dc 14. Nd2と、マイナーピース・エクスチェンジを行ったこのタイミングでNd2を持ってきてdポーンに当てて先手を取ろうというよりアグレッシブな順ですね。これもどっちが良いとも言い難い局面ですが、落ち着いている割に、10. ... Nfe7と引いたことで黒はBf1の活用が現状少し難しいのに対し、白はやりたいことが通りそうな局面ですから、そこまで差はなくとも白のがやりやすそうな顔つきはしているかな、と思います。

(図40:9. ... Be7まで)

 図40までの手順:図36より9. ... Be7

 黒から替えて9. ... Be7もありますね。これは0-0を準備しつつ、白が10. g4と同じようにNf5を責めようというなら10. ... Nh4とBe7の利きを活かしてぶつけ、11. ... Nxf3+を用意したものです。11. Nxh4 Bxh4はf6のぶつけやNxe5を任意のタイミングで挟めるので、テンポの差で黒が良いでしょう。

(図41:11. Nbd2まで)

 図41までの手順:前図より10. g4 Nh4 11. Nbd2

 10. ... Nh4〜11. Nxf3+の時にd4を支えていたナイトが留守になってしまうので、11. Nbd2で12. Nxf3と取り返しながら再びd4を把持する手段を持っておこうということです。黒の構想としては、ここで形を決めたことをよしとして11. ... Bd7とするか、一旦11. ... Nxf3+ 12. Nxf3の交換を入れてから12. ... Bd7とするか、というところで、狙いが一貫しているのがわかると思います。

 9. ... Bd7に対しての白10手目にはg4の他にもQd3やBe2(〜Qd3/0-0)、他にはちょっと骨董趣味ですがh4などがあります。

(図42:10. Be2まで)

 図42までの手順:図36より9. ... Bd7 10. Be2

 Be2はライト・スクエア・ビショップを動かして0-0を用意したものですが、ここで同じように考えて10. Bd3とするのはクイーンの紐が切れてしまうのですかさず10. ... Nfxd4 11. Nxd4 Nxd4と動かれて損ねてしまいます。これこそ手順中で黒から能動的にcd cdの交換を入れた伏線の回収ですね。

 以下は10. ... Be7 11. 0-0 0-0とか、あとはこのタイミングで11. Qd3というのもありますか。

(図43:11. Qd3まで)

 図43までの手順:前図より10. ... Be7 11. Qd3

 これは簡潔にいうと抜刀です。d4を下から支持するべくdファイルからは動かさない、という制約の下でクイーンを最も良い位置に張る手であり、これでQとd4の間に遮蔽物が飛び込んでくる恐れがなくなったので例えばNbd2〜Nb3のようにナイトを使うような手筈が出来ます。いいところでg4と突いてNf5を苛めたりと手を絡めれば動いていけそうで、耐えてきたのが漸く報われ始めた感じがありますね。

 ここで黒は11. ... a6と突く返しを知っておきたいものです。即座に動くならa6〜Na7〜Bb5と組み替えてQd3を攻める意図です。他には11. ... 0-0 12. 0-0や11. ... f6/h6 12. 0-0などもパッと思いつく応手とその流れではありますか。

(図44:10. h4まで)

 図44までの手順:図36より9. ... Bd7 10. h4

 見ない形なので趣味かと言われれば「はいそうです」としか言えませんが、これをちょっと触れておきたいなと思ったのは、この形でのhファイルを巡る攻防の意図が分かりやすいからです。

 このムーブの思惑は、これを入れておくことでg4と突いて足場の悪いNf5を咎める手がより厳しいのではないか、という考えです。どういうことかと言いますと、9. ... Be7 10. g4の形で示しましたが、以下Nh4 Nxh4 Bxh4のような攻め筋は黒が頭の片隅に置いているものですね。ここでh4とhポーンが伸ばされていると、例えば10. h4 Be7 11. g4 Nh4 12. Nxh4 Bxh4 13. Rxh4となれば、今度は手なりにルークを使えて白の勝勢になります。つまりBe7〜Nh4という非常手段を黒はこの形では使えないんですね。

 では黒は、というと、もちろん10. ... Be7もありますが、g4を突かせないために10. ... h5と伸ばす、というのはあるかと思います。

(図45:12. Kf1まで)

 図45までの手順:1. e4 c5 2. Nf3 e6 3. c3 d5 4. e5 Nc6 5. d4 Bd7 6. Be2 Nge7 7. a3 Nf5 8. b4 cd 9. cd Qb6 10. Bb2 h5 11. h4 Be7 12. Kf1

 これは2020年のチェコ国内大会でのワンシーンです。白を持ったMartin Simetがe4ゲームを仕掛けたのに対し、黒のDaniel Kozusekはc5と返したのでシシリアンとして始まった対局でしたが、5. d4でフレンチ・アドバンスのポールセンアタックに合流、続く5. ... Bd7で後述しますがエーワ・バリエーションになりました。以下ここまでの狙い筋は、これまで一緒に見てきた皆さんならば手に取るようにプレイヤーの思考がわかるのでは、と思います。

 先に10. ... h5とhポーンに手をかけたのは黒ですね。対して11. h4 Be7と進み、ここで12. Kf1という不思議な手が出た、というゲームです。これはドローで終わりましたね。アンティークではありますが、今でも見られる形なんだなあ、と思った覚えがあります。言及しておく必要があるとすれば、hポーンを伸ばして圧力をかけるということはすなわちhファイルにルークがいることが前提なので、キャスリングのタイミングが難しくなる嫌いもあるよ、というところでしょうか。

(図46:12. ... Bh6まで)

 図46までの手順:図44より10. ... h5 11. Be2 g6 12. 0-0 Bh6

 これは基礎研究です。たまに何か研究者の先生が有名な賞を受賞された際のインタビューなどで「この研究は何の役に立つのですか?」という質問をされて困っていたり不快感を露にしていたりするシーンがテレビで放映されたりもしますが、まあ得てしてノンセンスですよね。確かに投資の一環としては人間生活に即時的に役立つものというのが歓迎されて然るべき、という論調も理解はできるのですが、科学というのは知識の堆積の上に偶発的に成立・発展することが少なくないわけで、「何の役に立つかはわからないけれど、研究してみたい」と思った誰かの熱意が、偶然に大きな、そして我々の現在の生活に不可欠な発明につながっていたりすることがままあります。それを蔑ろに「役に立たない研究に金は出さない」というのは、当たり馬券だけを買っていれば絶対儲かる、と言っているような、前提を少々履き違えた観念だと思いますね。

 話が少々逸れましたが、つまりはこの形も極めて非実践的であることを承知の上で触れる私の興味です。これを覚えて勝てるわけはないので、そう意味では「役に立たない」形だと思いますが、こういう関心が何かに繋がる可能性があるんじゃないかな、という意味で多分に期待を孕んだ基礎研究というわけです。研究というのは需要があるからやるものではなく、供給がないからやるものですからね。

 チェコのFM、Daniel KozusekはBe7から黒マスビショップを活用することを図りましたが、同じくh5を突くのであれば、g6-h5で好形を築きつつ、Bh6とキングサイドからエクステンデッド・フィアンケットの形で使ってみる、というのはどうだろう、というのがこの形のインテンドです。どうせh4を抜いて火をつけるような手順が叶わないのであれば、むしろ堅めて要塞化してしまおう、ということで、藁の家よりは煉瓦造りの方が安心できるんじゃないかと思います。白としては黒がg6を突いてくるならここでキャスリングに踏み切って、ルークがhファイルがいなくなりますが、それも甘受していいのかな、という所感ですね。

(図47:13. ... a6まで)

 図47までの手順:前図より13. Qd3 a6

 今回は白が0-0をすでに入れているので、14. Rd1が見えていることを黒は見落としてはいけません。これを考えると黒13手目ってa6くらいしかないんですよね。これは先ほどはNa7〜Bb5を目指して使いましたが、白がRd1としてdポーンを支えるオルタナティブを有しているこのラインではQa7〜b5のようにQサイドを閉ざす方針も視野となりそうです。下手打つと一発で潰れますけど、黒が主体的で微妙に良いんじゃないかとは思います。実際よくしてくのは難しいですけどね。

 ちょっと考えた進行例は14. Rd1 Na5で15. Nc3/Qc2とかですか。15. baならQxb2で話が早くていいですね。15. Nc3なら15. ... Nc4と跳んでよし、15. Qc2であれば15. ... Rc8から動いて16. Nc3 Nc4 17. Na4 Bxa4 18. Qxa4+ Kf8 19. Bc1 Bxc1 20. Raxc1 Kg7にa4〜b5を狙った21. Qb3とかですか?21. ... Rc6 22. a4はNa5で良さそうですし21. ... Qb5 22. Bd3とか進んで、22. ... a5は23. Bxf5で、22. ... Na5 23. Qb1 Nc4とかやるんでしょうかね。頑張ればもうちょっと読めそうではあるのですが、ここまで来るとノートの趣旨がぶれますね。

(図48:13. Bd3まで)

 図48までの手順:図46より13. Bd3

 こっちもちょっと気になったんですよね。d4とQの繋がりを敢えて絶つに値するかな、と思ったのはh5-g6と突いたgポーンを掠め取る狙いが入らないか、と考えたからです。ポーン・チェーンは下から崩すのが鉄則ですからね。

(図49:15. Bxg6まで)

 図49までの手順:前図より13. ... Ncxd4 14. Nxd4 Nxd4 15. Bxg6

 次に16. Bxd4〜17. Qxh5が入れば白の必勝ですが、問題は次に15. ... Ne2+が先手で入ることで、16. Qxe2 fgと取り合った後ではBb5やRg8などのある黒の方が楽しそう、というのが正直なところですね。

(図50:9. Be3まで)

 図50までの手順:図35より9. Be3

 戻って白の9手目です。a-bでチェインを作ったので、ダークスクエアのビショップでd4を支えられる、というところでしたね。9. Bb2との違いはいつでも黒からNxe3が入る、これに尽きるでしょう。a7-g1ダイアゴナルに張る分だけ0-0後のキングへの当たりは緩まりますが、常にB-Nエクスチェンジを読まないといけないのも確かです。Nxe3の権利が黒にあるというのはどういうことか、ともう少し詳しくいうと、後々図を提示しながら触れますが、黒からf6とぶつけるパンチがBb2バリエーションより重たい、ということになります。

(図51:9. ... Bd7まで)

 図51までの手順:前図より9. ... Bd7

 図が50枚超えてきたのは素直に面白いですね。noteって何枚まで画像載せられるんでしょう。レジュメやスライドですら、こんなに真面目に作ったことないと思います。そもそも松風は古き良き黒板派ですけどね。

 黒9手目の候補にはBd7/Be7/f6、そしてa5/a6/Nxe3などがあります。

(図52:11. feまで)

 図52までの手順:10. Bd3 Nxe3 11. fe

 Bd3と出る手がNf5を射程に収めながらキャスリングを目指す手です。というわけでBd3 Nxe3も一組セットでの販売となっております。feと取った図52では、次の0-0でルークをfファイルに引き摺ってくる手が、fがセミ・オープンなので味が良い、という主張ですが、言うほど差がない印象を受けます。ここからはBookとしては11. ... Be7/Rc8とかがありますか。

(図53:11. ... Be7まで)

 図53までの手順:前図より11. ... Be7

 12. 0-0が穏当な局面ではありますが、11. ... Be7と一マス動かしたこの手のテンポの悪さを咎めようとして、12. Nc3からバタバタ動いていく手もあるのでしょうか。12. Nc3 Rc8 13. Na4 Qd8 14. Nc5 Bxc5 15. bc Qa5+16. Kf2 b6 17. cb abなどという手順はちょっと面白いですね。計算上黒が14. ... Bxc5をするために2手かけた、という落とし所ですね。d4-e3の防波堤が堅いのでキャスリングしなくても悪くならない、という地形を武器にしたゲリラ戦的な思考です。

(図54:11. ... Rc8まで)

 図54までの手順:図52より11. ... Rc8

 先にcファイルに車を回しておくてもあるんじゃないでしょうか。これなら12. Nc3には12. ... Nxb4と取る手があります。13. ab Rxc3となれば、これは黒が糸口を掴んでいそうですね。素直に12. 0-0が実利的ですけど、ナイトを使ってc5の地点を狙いたければ、今度はNb3〜Nc5という道を選んで12. Nbd2と使っていくことになります。ここは結構白としては慎重に分岐を選ぶべきです。というのも、ここで0-0をしておかないと、出来なくなる可能性が出てきます。

(図55:12. ... Ne7まで)

 図55までの手順:前図より12. Nbd2 Ne7

 これは一例ですが、Be7を急いでいない為にe7が空の黒には、Ne7としてRc8の縦、Bd7の斜めを同時に通すという味の良い手があります。狙いは次に13. Nb3と跳ねたところを13. ... Ba4とピンすることですね。以下は14. Qb1として14. ... Bxb3 15. Qxb3や14. ... Nc6 15. Nc5 Bxc5 16. bc Qa5+ 17. Kf2のような形が想定されます。なので白としては0-0に拘泥せずKf2と手を入れておくような候補も上がってくるのかな、と思います。

(図56:11. ... g6まで)

 図56までの手順:図52より11. ... g6

 こういう手もあっていいんじゃないか、と思うのですが、これはどうでしょうね。h4 h5の突き合いの順に着想を得た、Bf1を逆サイドから使っていく手です。12. Nc3に12. ... Nxb4は流石に13. ab Bxb4 14. 0-0とかで無理気味ですが、12. ... Bh6と使います。次に13. ... Ne7〜Nf5とこっちから事態を打開していこうということなのですが、12. ... Bh6がe3に当てた先手なので意外と戦略的に面白いんですよね。一例は12. Nc3 Bh6 13. Qe2 Ne7 14. g4とここでNf5を跳ねさせたくない白にg4を突かせてから、Bg7とノーマルなフィアンケットに組み直し、f6を突いてみたりしたいですね。

 12. Nbd2には12. ... Ne7として13. Nb3 Ba4 14. Qb1 Bxb3 15. Qxb3 Bg7 16. Qa4+ Nc6みたいな応じ方で、黒も悪くなさそうに思います。この11. ... g6の感触が悪くないなら、11. ... Rc8バリエーションでも12. Nbd2 g6のような返手があるのかな、とも考えられます。

(図57:9. ... Be7まで)

 図57までの手順:図50より9. ... Be7

 巻き戻して黒9手目ですね。g6突いてフィアンケットから使うような順は無くなりましたが、この手はf6の地点に利かせながらキャッスルに備えるものなので、いきなりfポーンを突いてBxf6と飛び出す順が生まれています。

(図58:11. feまで)

 図58までの手順:前図より10. Bd3 Nxe3 11. fe

 白10手目の候補としては他にNc3とかBe2とかもありますが、これは12. Nc3/Be2 f6 13. ef Bxf6ですかね。ここでBd3とf5のナイトに当てて飛び出すと10. ... Nxe3 11. feがセット購入になります。11. ... Bd7なら12. 0-0 Rc8 13. Nbd2/Qe1とか12. Nc3〜Rc1とか、見たような景色になりそうですが、黒の狙いは当然休む間を与えずにfポーンを突き出すことにあります。

(図59:11. ... f5まで)

 図59までの手順:前図より11. ... f5

 地味ですが難しい問題です。11. ... f5/f6、ともに12. efと取ってくれれば同じなのですが、これを残す順を考えるときにはちょっとした違いが生じますし、得てしてチェスはちょっとした違いで結末が大きく変わります。

(図60:14. ... 0-0まで)

 図60までの手順:前図より12. ef Bxf6 13. Nc3 g6 14. 0-0 0-0

 これは取り敢えず取ってみる順ですね。13、14手目は順不同でもここまでは落ち着きそうです。Qg3と使うのを考えて15. Qe1としたいですが、当然黒も15. ... Qc7と引くのでしょうか。他にはRc1やNa4などもパッと思いつくところです。Qe1を入れたらどこかでe4〜e5と改めてeポーンを伸ばすようなことも考えられそうです。

(図61:13. ... Qd8まで)

 図61までの手順:図59より12. 0-0 0-0 13. Nc3 Qd8

 11. ... f5バリエーションで白がアンパッサンを選ばない変化を考えます。キャスリングをし合って白から13. Nc3と跳ねる手は次にNa4の当たりを見せるので、ここで13. ... Qd8と引いてQe8などと使えるようにしました。ここで白から14. Rc1/Qe1も黒は14. ... Bd7でしょう。後者の順ですが、先ほどの図60のところで言及したのと違って、今度はe5gは健在であるが故に、14. ... Qc7と引いても15. Qg3が防げません。なので14. Qe1 Bd7 15. Qg3と進んで、15. ... Qe8 16. Ne2として、白はここからNf4と使っていきたい、黒はa5 ba Rxa5なんかを狙ってみたい、という思いを乗せて手の応酬があるのではないでしょうか。

(図62:12. ... 0-0まで)

 図62までの手順:図58より11. ... f6 12. 0-0 0-0

 今度は11. ... f6バリエーションで取らない変化です。ともにキャスリングを済ませてみましたが、ここで白から動かないと悲惨なことになるのはわかるでしょうか。

 この形での黒の狙いはfe〜e4でポーン・フォークですね。アンパッサンは次の1手を指すとその権利が消滅しますし、そうすれば11. ... f5 12. 0-0 0-0と進んだ局面ではそもそもe5とf5はぶつかってすらいません。すれ違っただけですね。しかしながらこちらはぶつかり続けているので、黒からfeと動く順があるのがスレットになっています。

 13. ... feと取らせてから14. deと手を入れよう、というのは白のわかりやすい失態で、14. ... Qxe3+ 15. Kh1 Nxe5で白陣壊滅です。なのでこれらを踏まえると、この13手目のタイミングで13. efと動いて13. ... Bxf6を甘受せねばならないようにも思われます。

(図63:13. Qc7まで)

 図63までの手順:前図より13. Qc7

 もう一つの手段がこれです。次に14. Bxh7+を見せたバッテリーを組むことで、黒に14. ... feを指す暇を与えない、という手です。これは先手で入るので、次に14. efも白の権利ですね。これにうまく対応するためには、黒はここで14. ... f5と伸ばしてb1-h7ダイアゴナルに盾を造るもやむなし、です。結果はf7-f5に2手かけさせたために白の手得となりました。こうなるならば、どうやら取る取らないに拘らず黒の11手目は11. ... f5としておく方が良さそうですね。

② 6. Be2

(図64:6. Be2まで)

 図64までの手順:図20より6. Be2

 続いては5. ... Qb3とクイーンを使ってきた黒に対する、6. a4に次ぐ白の選択肢が6. Be2です。

 続く黒6手目としては6. ... cd/Nh6/Bd7/Nge7/f6などがあります。

(図65:7. cdまで)

 図65までの手順:前図より6. ... cd 7. cd

 まずは6. ... cdを見ましょう。

 bポーンはBc1が押さえているから良しとして、センターを見捨てたように見える白に対して6. ... cdは黒からの情熱的なアプローチですね。 これでd4が弱化したので黒はここを続けて付け狙っていきたいところです。Nをf5に引っ張ってくるのが分かり易いですし、白がBe2と形を決めているので、Nf5を追うべくBd3ともう一手くれるのは歓迎です。

 Nf5を狙うナイトを活用は2種類、すなわち7. ... Nh6/Nge7がありますね。

(図66:7. ... Nh6まで)

 図66までの手順:前図より7. ... Nh6

 まずはこちらからいきましょう。ブックとしてはここで8. Bd3/Nc3/b3とかですかね。

(図67:8. b3まで)

 図67までの手順:前図より8. b3

 この手の意図するところはクイーンサイドを手早く強化して、次にBc1が動いてもQxb2と攻められない形を作ろうしたものです。フィアンケットを組む準備が攻められたQサイドを固める手であるなら効率的で渡りに舟、ということです。しかしながら、これは黒が良さそうですけどね。8. ... Nf5と予定通りのフライトを敢行してもいいでしょうが、b3とついたことで8. ... Bb4+に9. Nc3と応じられなくなっていますから、6. b3 Bb4+ 9. Kf1で、9. ... Bd7/0-0などでどうでしょうか。前者なら9. ... Bd7 10. Bd2 f6 11. efと、f6を突いていって良さそうで、後者ならひと手間かけたことで9. ... 0-0 10. Bb2 f6 11. efを11. ... Rxf6と取りながらルークを放てそうです。

(図68:9. Bc2まで)

 図68までの手順:図66より8. Bd3 Bd7 9. Bc2

 次は8. Bd3ですね。Bf1〜Be2〜Bd3と牛歩ですから手損をしたようにも思えますが、それだけf5が要衝という捉え方もできるでしょう。8. ... Bd7と自陣に黒が手を入れて、ここで9. Bc2という手をぜひ覚えておきたいものです。

 これはf5に銃口を向けながら、Nb4〜Nxc2と黒がマイナーピース交換を挑んできたときに、Qxc2と取ってbポーンを守り続けられるようにした工夫です。d3にいても黒のNb4は当たってきますが、Nxd3 Qxd3ではその瞬間にb2のポーンが浮いていますね。

 怯まず黒が9. ... Nb4と跳んでくるなら、黒のクイーンの縦利きが自分のピースに止められているこの瞬間に、10. Bxh6とします。10. ... ghとダブルポーンを作らせてから11. 0-0と悠々入城すれば、先述の理由でNxc2がキツくないので白がポイントを上げていそうな戦勢ですね。

(図69:9. ... g6まで)

 図69までの手順:前図より9. ... g6

 替えて9. ... g6が雰囲気のあるムーブです。9. ... Nb4はNxc2が響かないし、そもそもQb6のb2を睨んだ利きを遮蔽してしまう短所がありました。gポーンを突いたこの手はNh6にNf8を繋げることで、10. Bxh6に10. ... Bxh6を用意しよう、という狡猾な思考です。10. Bxh6 Bxh6の局面ではQxb2の狙いがあるため11. Bb3が強制されますが、黒から舵取りして11. ... Qa6 12. Nc3 Nb4と進める針路もありそうです。Qa6とa6-f1のダイアゴナルを支配したことで、0-0をインピードしているだけではなく、Nb4〜Nd3+でKf1と逃げてくれればNxb2+すらチェックで入るようになります。

(図70:14. . ... Be7まで)

 図70までの手順:前図より10. 0-0 Nf5 11. Bxf5 gf 12. Nc3 Rg8 13. Rb1 Rc8 14. Bf4 Be7

 示した展開は例で、いくつかのトランスポーズを含んでいそうです。つまり、10. 0-0↔︎12. Nc3であるとか、13. ... Rc8↔︎14. ... Be7でしょう。Nf5 Bxf5の交換は11. ... efではなくgfと取るのが良くて、これで12. ... Rg8とセミ・オープンのgファイルに砲門を張ってキングを直截に狙えます。13. Rb1は14. Bf4のための足掛かりですね。b2のケアを怠るとここから食い破られてしまうので、Bf4と出すためには、先んじてここに他のピースの利きを用意しておかねばなりません。

(図71:8. Nc3まで)

 図71までの手順:図66より8. Nc3

 7. ... Nh6に8. Nc3です。5. ... Qb6型のポイントの一つに、Nc3〜Na4でQb6に当てられる、というものがありました。

 8. Nc3 Nf5 9. Na4と進めてみましょう。

(図72:9. Na4まで)

 図72までの手順:前図より8. ... Nf5 9. Na4

 d4にプレッシャーをかける黒のムーブに対して、クイーンというピースの唯一無二の逆用し、ここで9. Na4と人質に取ることで交渉に持っていこうというのがNc3〜Na4の思惑ですが……テーブルに着くかどうかを決めることが出来るのは黒なんですね。

 一つは9. ... Qa5+です。10. Nc3と防ぐ手には10. ... Qb6と何食わぬ顔して戻りましょう。そして11. Na4なら11. ... Qa5+です。つまり同形三復のドローシーンに持ち込む算段が黒にはあります。これを嫌がって12. Kf1とキャスリングを放棄してくれるならそれもよし、12. Bd2なら12. ... Bb4と絶妙のタイミングで使ってきてバッテリーを組んでよし、という狙い筋です。

 もう一つが9. ... Bb4+ですね。10. Kf1と避けてくれるなら10. ... Qd8とここで追っ手から逃しつつ、Nf5が既に現地で連絡を待っているので、h4の地点に戦力を集めようという考えです。以下11. h4 Be7 12. h5と端を巡って攻防が入れ替わります。

 7. ... Nh6に替えて7. ... Nge7とした場合も見ておきましょうか。

(図73:7. ... Nge7まで)

 図73までの手順:図65より7. ... Nge7

 Nh6との違いは位置の違いですね。

 もしかして今当然のことを言いましたかね私。Nh6との違いは、白からBxh6と動く順がないというところ、そしてNf5と解消しないと黒のBf8が窒息しているというところです。ということはですが、Nf5と出てきた時にQb6の方を追い返すNc3〜Na4という発想自体は今回もありそうですね。

(図74:9. Na4まで)

 図74までの手順:前図より8. Nc3 Nf5 9. Na4

 ところで、あなたにも狐の神通力が覚醒してきたのではないでしょうか。ほら、目を凝らしてよく見ようとすると、未来が見えてきませんか?そうです、9. ... Qa5+ 10. Nc3 Qb6の千日手ラインが見えるでしょう。Qa5+にBd2ならBb4と出るのも見えると思います

 ということは、白としては、これよりは勝る手を探したいですね。

(図75:8. b3まで)

 図75までの手順:図73より8. b3

 なんだか、このラインの辿る筋書きもその開眼した目があれば見えそうですよね。つまり、私と見ている景色が同じであるなら、8. ... Nf5 9. Bb2 Bb4+ 10. Kf1 Qd8と進んで黒が良さそうな感触です。「単純に限られた状況の予測に過ぎない」、ですか?それはそうです、だって未来視というものは限りなく精度の高い予測の異称に他なりませんからね。

(図76:8. Na3まで)

 図76までの手順:図73より8. Na3

 基本に立ち返って状況を整理してみましょう。Qb6とNge7〜Nf5で、白はd4の地点に圧力を掛けられています。これを緩和させるには、力を分散させるか、力のベクトルを相殺するかのどちらかですね。Qb6に働きかけて退かそうという試みのNc3が捗々しくないのであれば、我々に残されたのはd4を支えにいくとです。簡単なのはBc1を使うことなのですが、Qxb2と女王の鞭が飛んでくるのでこれは使えないですね。

 8. Na3がそのひとつの解答で、次にNc2と跳ねてここからd4を把持する手に繋げる狙いです。8. ... Nf5 9. Nc2と進んだところでは黒に議決権があり、9. ... Be7/Bd7と大人しいものなら粛々と互いにやりたいことを進めていいでしょう。気になるのは9. ... Bb4+の難詰だと思います。これはBookでは10. Kf1ですね。ぱっと見ですが、10. Bd2 Be7 11. Bc3 f6という展開も互いに悪くないとは思います。以下は12. 0-0 fe 13. Nxe5 0-0とか進むんでしょうかね。

 続いては6. ... cdに替えて6. ... Nh6のバリエーションです。

(図77:6. ... Nh6まで)

 図77までの手順:図64より6. ... Nh6

 親の顔より見た端桂ですね。手に取るように意図もわかるでしょう。もちろんcd cd Nf5です。まず考えてみたいのは当然、この位置ならば7. Bxh6が入るか?というところですよね。

(図78:7. ... Qxb2まで)

 図78までの手順:前図より7. Bxh6 Qxb2

 入らない理由があるとすれば、それはこの瞬間にQxb2の強襲が成立することに他なりません。なのでこれが怖いかどうかを白の視点では考えたいです。

 8. Qd2とかをすると8. ... Qxa1 9. 0-0 gh 10. Na3 Qxf1+ 11. Bxf1とかでクイーンにルークを先に落とされるも、これを搦めとる順に進むのでしょうが、ここで普通に8. Be3で白が良さそうですけどね。8. ... Qxa1とルークは取られますが、9. Qc2でこのクイーンも動けませんからね。何も命までとらなくても封印さえ施してしまえるならば、玉藻前であろうと何だろうと恐れるに足りません。

 ならば7. Bxh6には素直に7. ... ghと応じるのが黒の本線となりますが、これにはbポーンに改めて利かせつつダブルポーンとなったh6を睨む8. Qd2と使うのがいいでしょう。これで目下、差し迫った脅威が白陣にはなくなりました。

 これでいいなら他のやつを無理にこねくり回さなくても……というのも至極真っ当なのですが、他に良い手がないのかを探しつつ、またバリエーションを修飾して思考を深めていくと似たような形の応酬が別のラインで登場したりするのはもうよくご存知のことと思うので、意外な収穫がないかという目で見ていきたいと思います。

(図79:7. b3まで)

 図79までの手順:図77より7. b3

 これは問答無用に7. ... cdです。8. cdはc3が開くので8. ... Bb4+が痛恨ですから8. 0-0ですが、dcと手順に取り込まれて黒がいいでしょう。

(図80:8. Bc2まで)

 図80までの手順:図77より7. Bd3 Bd7 8. Bc2

 7. Bd3はNf5にBxf5を用意する手なわけですが、やっぱりf1〜d3と快速で行けるところなのに各駅停車で暇潰しをして来た罪は重いです。cdと取り込むのが黒の権利で存在する現局面で自分からテンポを損ねる順は、タイトに戦況に直結しそうですね。

 Bd3〜Bc2は先述したとおりこの形で食らい得る黒からのNb4という攻撃に備えたものです。以下の展開例として8. ... Rc8 9. 0-0 cd 10. cd Nb4と進むと、Rc8とNb4がc2にダブルで利いてくる状態です。返しとしては11. Ba4と出てBxa4 12. Qxa4+とクイーンをチェックで出すのがありますが、12. ... Qc6 13. Qxc6+ Rxc6 14. Nc3 Nf5としてみるとどうにも黒が良さそうなんですよね。

 私としては6. ... Nh6 7. a4として、〜a5を狙うのは少し興味がありますが、これが7. Bxh6より優れているのか、というところには疑問符です。面白いですけどね、こういうのは。ひらめきメモ程度に残しておきましょう。

 6. ... Nh6があるなら同じくf5にアクセスできる6. ... Nge7もあるのかな、と思うのは、とても聡いチェス頭です。6. ... cdバリエーションでも分けて見ましたね。科学を推進してきたのはいつだってアナロジーとひらめきです。

(図81:6. ... Nge7まで)

 図81までの手順:図64より6. ... Nge7

 6. ... Nh6との違いは、この手が黒マスビショップの利きを一時的に遮ってしまうことです。そしてそれが白に付け込まれる隙になり得ますね。つまりは、ここでBxc5と取れないが故に、白から7. dcというアタックが入りそう、ということです。

(図82:9. 0-0まで)

 図82までの手順:前図より7. dc Qxc5 8. Na3 a6 9. 0-0

 8. Na3は〜Nb5〜Nc7+を目指す浮きで、これを防ぐのが8. ... a6です。先に8. 0-0もいいと思います。

 Nge7がNh6と違う点として、前者にはNg6と跳ねてターゲットをe5に切り替える、という非常手段が残されています。なので9. ... Ng6とかこのタイミングが良さそうですが、たとえば10. Be3 Qa5 11. c4(11. ... dcなら12. Nxc4) Be7 12. Qb3(〜cdの狙い)のような展開では意外と黒が頑張っていてそんなに差が無いような気がします。

(図83:7. 0-0まで)

 図83までの手順:図64より6. ... Bd7 7. 0-0

 6手目Bd7は0-0としておきたいですね。他のラインよりもパッシブなので、白の頭を悩ませ続けてきたQa5+/Bb4+から始まるドローシーンを消しておくことが加点になりそうだからです。

 依然、ここでの手のドラフトは黒の一声ですが、有力なのは7. ... cd/Nh6/Rc8あたりでしょうか。

(図84:7. ... Rc8まで)

 図84までの手順:前図より7. ... Rc8

 7. ... Rc8は8. dc Bxc5 9. b4 Be7 10. Bd3くらいで白が良さそうですね。

(図85:7. ... cdまで)

 図85までの手順:図83より7. ... cd

 8. cd Nge7 9. Nc3 Nf5 10. Na4という展開は見慣れたものだと思いますが、このラインでは白が既にキャスリングを済ませているので、ここで10. ... Qa5がチェックで入りません。なので10. ... Qd8と引かせることができ、ここで11. Bg5と気分良く黒マスビショップを使えますね。11. ... Be7 12. Bxe7 Qxe7 13. Rc1とかは白が良さそうです。

(図86:7. ... Nh6まで)

 図86までの手順:図83より7. ... Nh6

 同じNf5狙いでも、7. ... Nge7には8. dcに8. ... Bxc5が使えませんので7. ... Nh6とこちらから出していきますが、これにも8. dcがありますね。8. ... Bxc5 9. b4と呼び込んで叩く順もありそうですが、ここで替えて9. Bxh6 gh 10. Na3も狙いです。

 8. dcに替えて先に8. Na3と使っておくのもあるでしょうか。8. ... cdに9. cdなら9. ... Nf5を入れる余地がありそうですが、9. Bxh6 gh 10. cdと一工夫しておいて、10. ... Rc8 11. Qd2は白が調子ついてそうです。

(図87:6. ... f6まで)

 図87までの手順:図64より6. ... f6

 5. ... Qb6 6. Be2の最後を飾るのは6. ... f6のぶつけです。

 7. efは7. ... Nxf6のお手伝いなので他から考えていきたい局面ですが、やはり7. 0-0でしょうね。7. ... feにどう取るかですが、8. Nxe5はそんなに感触良い手じゃないかなあと思います。 というのも、白からdcと取る手はBxc5で自動的に0-0を済ませたKg1を睨むバッテリーが出来てしまいますし、Nxe5〜Nc6の交換は手順にbcとbポーンを切って黒の手が広がりますから、8. Nxe5 Nf6と、ここで黒は焦らずに自陣に手を入れられるので、余裕を与えることになりますね。

 8. deと取れば8. ... Nf6のデベロップメントは妨害できます。これなら8. ... Nh6 9. Na3と進んで、たとえば9. ... a6 10. Bxh6 ghや9. ... Bd7 10. Nc2 Nf7 11. Bf4などという後続があるかもしれません。

③ 6. Bd3

フレンチ・アドバンスの5. ... Qb6バリエーションの最後に紹介するのは、良い悪いを度外視してアマチュアに依然として人気の手順です。また、定跡的にもとても学びになるところが多く、これを知らずして黒でフレンチは指せないでしょう。

(図88:6. Bd3まで)

 図88までの手順:図20より6. Bd3

 ここで6. Bd3と出る手がそれです。これはdポーンを守るQd1の利きを自ら止めてしまっているので、d4が落ちるブランダーにも見えるギャンビットですが、知らずに食べるのはとても危険です。この形はミルナーバリー・ギャンビット(Milner-Barry Gambit)と呼ばれています。サー・フィリップ・スチュアート・ミルナーバリーはイギリスのチェスプレイヤーですね。第2次世界大戦時には暗号解読官として、チューリングなどと共にドイツ空軍のエニグマ暗号解読に従事していました。彼は戦後に第4等を受勲し、1975年には彼自身がナイトへとプロモーションしています。数学者らしいといえばらしい、非常にロジカルで緻密なアイデアが満載されていますが、この形だけ切り取ってきて嵌め手よろしく使う白番は、ちょっと苦手ですね。横歩取り45角戦法に似た知らない者いじめの定跡に貶められるのは非常に悲しい、とても示唆的で教条的なラインだと思います。

(図89:7. cdまで)

 図89までの手順:前図より6. ... cd 7. cd

 ここまでは良いのですが、ここでd4を巡る戦いにおいて、数的に黒はQb6とNc6の二つ、対する白はNf3の一つのみ、ならば7. ... Nxd4とテイクしてしまってもよかろう、というのが白の第一の罠です。

(図90:9. Bb5+まで)

 図90までの手順:前図より7. ... Nxd4 8. Nxd4 Qxd4 9. Bb5+

 d4を巡る熾烈なピースダウンの後で、Qxd4とd4にクイーンを呼び込んでの9. Bb5+がQd4に対するディスカバード・アタックになっているんですね。9. ... Bd7 10. Bxd7 Kxd7 11. Qxd4と進めばこれはもう黒にはどうしようもない状況です。

 手順中で替えて8. ... Bc5は少し周到な冒険者の心を感じますが、e5と前線を押し込んだことで可能になっているNd6+のフォーク狙いで9. Nb5という継続手がある白が依然として勝勢です。Nd6+にBxd6が無くなるので9. ... Bxf2+は大悪手ですね。9. Nb5 a6 10. Nd6+ Bxd6と進んで11. ed Qxd6 12. 0-0となれば、ピース展開の差で白が負けません。

 9. Bb5+とチェックでビショップを出る手がある、というのが白の隠し球であることが分かったので、黒からの対策はBd7の一手を入れておけば良いのでは?というのがわかりましたね。

(図91:8. 0-0まで)

 図91までの手順:図88より6. ... Bd7 7. dc Bxc5 8. 0-0

 かといって、この6手目のタイミングでBd7は消極的に過ぎます。c3が落ちていないのと白のナイトが存外に良いポジショニングにあるので、白がやや良い状況だと思います。この後はどうですかね、8. ... Nxd4 9. Nxd4 Qxd4 10. Nc3 Qxe5 11. Re1 Qb8 12. Nxd5とか進むのも一案ですか。

(図92:7. ... Bd7まで)

 図92までの手順:図88より6. ... cd 7. cd Bd7

 やるならこちらでしょうね。これならd4を巡っての戦いに駆けつけてきたクイーンの顔も立とうというものです。

 ここで白はBd3をどかしてd4を守る、ということも出来ますが、それならそもそも6. Bd3を採用する意義がないので、敢えてギャンビットし続ける8. 0-0のラインを共に見ていきましょう。

(図93:10. Nc3まで)

 図93までの手順:前図より8. 0-0 Nxd4 9. Nxd4 Qxd4 10. Nc3

 白10手目でQe2とe5に紐をつけないで、敢えてここでNc3と出る、というのが第二の罠です。この孤立ポーンに食らいつくと、流れが激化して止まらなくなります。

(図94:11. Re1まで)

 図94までの手順:前図より10. ... Qxe5 11. Re1

 0-0を急いだのはこれを用意するためでした。ここで広いようで意外とQe5には逃げ場がないことに注目して欲しいですね。Bc1、Bd3、Qd1、Re1が総動員してキングサイドを潰しているので、Qe5を逃がせるのは前に行くならd4、後ろに引くならb8、c7、d6、f6ですが、なかなかな数の狼と虎が放たれていることに注意を要する局面です。

(図95:12. Rxe6+まで)

 図95までの手順:前図より11. ... Qd4 12. Rxe6+

 まずは前門の虎から行きましょう。引かぬ、媚びぬ、省みぬ、と前進の気概を忘れないことは大切ですが、ここで11. ... Qd4と前に出すと12. Rxe6+の図ったようなサクリファイスがありますね。12. ... Bxe6なら13. Bb5+で、12. ... feなら13. Bg6+で、どちらにせよディスカバードアタックでQが落とされます。

(図96:12. Nxd5まで)

 図96までの手順:図94より11. ... Qf6 12. Nxe5

 Qf6と後退りをする手には12. Nxe5の追撃があります。e6のポーンがRe1によってピンされているので、黒はこれをedと取ることができません。12. Nxe5はQf6を攻めているだけでなく次に13. Nc7+でKとRのダブルアタックを視野に入れているので、これを防ぐには12. ... Qd8が強制ですが、執拗にc7を狙って13. Bf4とテンポよく黒マスビショップまで展開できる白が圧倒的な陣形差をつけて優勢です。

(図97:12. Nxd5まで)

 図97までの手順:図94より11. ... Qc7 12. Nxd5

 さっきより幾分マシですが、やはり12. Nxd5がクイーンに当たってくる11. ... Qc7も嫌ですね。12. ... Qc5には13. Re5と浮いて次にNf6+のディスカバード・アタックでクイーンを素抜く狙いがありますし、12. ... Qc6ならば当然13. Bb5と出る手の味が良いからです。

(図98:12. Nxd5まで)

 図98までの手順:図94より11. ... Qb8 12. Nxd5

 ならばいっそ最下段まで引いておく方が焦点を作らせなくて良い、というわけです。これでも白やや有利なのは、白がポーンダウンしている代わりに黒のコマ展開が立ち遅れているからですね。しかし12. ... Bd6とするとこれがバッテリーを組んでいるためBxh2+を見せており、13. Qh5とさせて強制手を指させることによるイニシアチブが入れ替わります。だんだんマシになってきましたね。

(図99:11. ... Qd6まで)

 図99までの手順:図94より11. ... Qd6

 直近では12. Nxd4を防ぐQd6が一番軽傷で済むと思います。12. Nb5がやはりクイーンを攻める先手じゃないか、というのはごもっともですし、実際に12. ... Qc6なら13. Bf4 Rc8 14. Rxa7と白の攻め手は止まりませんが、ここで替えて12. ... Qb6が7. ... Bd7の顔を立てたスウィングで、次にBxb5から局面を収める準備が黒にはあります。従って13. Be3と白は当てますが、Bxb5を見せ続ける13. ... Qa5が面白いムーブで、14. Bd2 Qb6と同形三復狙い、というわけです。悪用、というと聞こえが悪いですがミルナーバリー・ギャンビットはハメ手として多用するプレイヤーが少なからずいることも事実なので、このラインでおちょくり返しつつ、無理に打開しようとしてきたところを仕留めて差し上げるのはスッと胸も空きますし、相手にトラウマを植え付けるので密かなおすすめです。言うなれば化狐バリエーションですね。

 そもそも、これだけ白が調子良く攻め続けられるようになった分岐点は、というと黒が10手目に浮駒であるe5に飛びついたところです。

(図100:10. ... a6まで)

 図100までの手順:図93より10. ... a6

 e5を抜こうとしなければRe1で先手を取られることもありませんし、Bd3とNc3が利いているb5の地点を補強しておく10. ... a6が最善手です。以下11. Qe2 Rc8と進んで、12. Rd1 Bc5のように淡々とピース展開をしていけば、ポーン一つ分の差を埋められない白の不利〜劣勢で、黒が負けることはないでしょう。

 
 ちょうど掲載図数も100枚と区切りがいいですし、5. ... Qb3バリエーションから6. a3/Be2/Bd3と3つのバリエーションを紹介することが出来たので、今回はこの辺りで休憩にしようと思います。アドバンス・バリエーションはまだまだ続きますがよろしくお願いします。

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