見出し画像

フレンチ・ディフェンス⑥ タラッシュ・クローズド(3. Nd2 Nf6)

 どうも、イオリです。
 烏丸御池にある『栖園』、ここの琥珀流しは季節により見せる顔を変えてくれるので無精者には重宝しているのですが、先日は白い寒天の透き通りと濃い桃色の取り合わせに艶陽の兆しを教わりました。

 平野神社の桜が咲き出すと、今年も花見の時季がやってきたものだと思います。早咲きで春の訪いを告げるために『魁桜』と呼ばれ親しまれているものですが、去年に引き続き、この時節では花見の賑わいもどうなることやら。

 この花を愛した歌人・西行の手になるものとして、

 花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにはありける

 というものが伝わっていますが、西行もなかなか粋な責任転嫁をしたものだとしみじみ思いますね。

 話は変わりますが、花見を楽しむのは最早日本だけに留まる文化ではない、ということは意外と知られていないかもしれません。例えばフランスでは、パリの南郊外にソー公園という美しい公園がありますが、常ならば、この公園の北の一角は、もうひと月もすると八重桜の下で桜を楽しむ人が見られる花見スポットでした。ちょっとした催し物が開かれ、コスプレをする人がおり、ピクニックを楽しむ家族連れがおり、ぎこちないアベックがおり……チェスをする人も、もちろん。
 ソー公園はフランスを代表する造園家アンドレ・ル・ノートルの手による傑作の一つで、フランス式庭園の代表です。フランス式庭園は、非対称を重んじるイギリス式や起伏を活かし露壇を設けるイタリア式と異なり、左右対称を基調とした人工的な整備が特徴ですが、これが平地の多い国土にあって王権を誇示するためのひとつの方法だったのでしょう。ル・ノートルは『ヴェルサイユの宮廷庭師』という映画にも登場しておりますが、あの作品はフランスの庭というものの文化的背景を教示してくれる優秀な資料だと思います。

 思うと、平たく人工的な構えや、ビスタを設けた左右対称というアイデアはフランス式造園法の根幹であり、そのバックボーンには平坦な空き地を耕作して造る土地に設ける、侵入者への対処という意味合いがあったわけです。その土地で涵養された文化のひとつの発露が、線対称なチェス・ボードという平面の畑に蒔かれた種を育み、19世紀に入ってフレンチ・ディフェンスとして結実せしめた、そんな流れもあったのかもしれませんね。

 前置きはこの辺りにしまして、今日もフレンチ・ディフェンスのタラッシュ・バリエーションの続きをやっていきたいと思います。

(図1:3. ... Nf6まで)

 図1までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 Nf6

 3. Nd2で先手がタラッシュ・バリエーションに形を定め、黒がこれに応手を返すところからです。ここで3. ... c5といきなりcポーンを突いてd4にぶつけるアグレッシブな順はタラッシュのオープン・バリエーションとして、前のノートで見たものになります。これは早い段階でd、eファイルがオープンファイルになるような手順がごろごろと転がっており、名に違わず黒が中央をこじ開けていくことを目的としたオープニングでしたね。

 対する3. ... Nf6と指した図1は、というと、これはタラッシュのクローズド・バリエーションと呼ばれるわけですが、この手の標榜するところはオープンとは正反対で、中央を固く閉ざすことにあります。それがネーミングの所以ですね。
 由来が飲み込めれば理解できたも同然ですので、今日はこの辺りで……ん?今日は桜と庭の話しかしてない?まあ、そういう指摘もご尤もですので、それでは、このラインをもう少し深く見ていきましょう。

(図2:4. edまで)

 図2までの手順:図1より4. ed

 3. ... Nf6はd5を補強しつつキングサイドを展開する手です。ここで4. edとぶつかったピースを清算しておくのは如何にも勇み足といった雰囲気ではありますが、まずはこの順を見てみましょう。
 クローズドの選択は、現在タラッシュ最多のラインです。次いでオープン・バリエーションなのですが、この二つは同工異曲と言いますか、同じコード進行のロックとクラシックのような、一見して似た局面でも全然違うものが根底に流れています。その一因がテンポ、というのはなかなか面白い引き合いではないですか?

(図3:6. Bc4まで)

 図3までの手順:図2より4. ... Qxd5 5. Ngf3 c5 6. Bc4

 本筋ではないのでいきなり手を進めましたが、この辺りはオープンと比較しつつ見てもらうと面白いですね。

 4. ... Qxd5は1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 c5 4. ed Qxd5のオープン・バリエーションでも最初に検討した、序盤早々にクイーンを中央に展開する手です。あちらで有力だったからとこちらでもいけるのでは、というのは優れた思考方法のひとつであると思いますね。0から何かを生み出すというのは天賦の才を要求される卓越した営為ですが、既にあるものを手本としてものを考えることは知的活動の基本です。『手を捻り出す』という言い回しをボードゲームでは時折使いますが、わからなくなった時にどのように指し手を考えるか、一つは似た局面で有力視された手を持ってきて、その局面にマッチするか、しないならば何故か、と探索を深めていくことはまさしく手を捻り出すのに有用な訓練となるでしょう。

 d4が孤立無援なので、これに紐付けしつつキングサイドを空ける4. Ngf3はいかにも価値の高い一手です。何より、白から見た時のタラッシュ・オープンの4. ... Qxd5バリエーションとの違いはこのキングサイドのナイトの活用が急げるか否かにあります。

 逆に黒からすれば、オープンの4. ... Qxd5バリエーションとの違いはクイーンの進軍より先にc5の一手が入っているかいないか、これに尽きるでしょう。なので当然この二つはセットで考えたいところです。c5〜Qxd5が狙い筋だったのですから、黒の5手目、継続手は当然5. ... c5ですね。

 ここでぶつけられたd4を顧みず6. Bc4と白マスビショップでクイーンを責めるムーブがあるのが、白の強みですね。せっかく中央に使ってきたので黒はクイーンを下げたくないところではありますが、5. ... c5としたオープンとの手順前後がここで響いており、クイーンの横移動は第5ランクのe〜hに限られております。そしてNf3が燻し銀の仕事をしており、黒マスには逃げられず、かといってf5やh5といった白マスは今しがた出てきたc4の白マスビショップでいつでも追い回すことができます。先手を握っている間は白はテンポを握り続けられるのでこれは大きなアドバンテージですね。

 以下6. ... Qd8と最深部まで引くのがこの形ではメインですか。Qd6/Qd7/Qc6と幾つか候補はありそうですが、例えばQd6は黒マスビショップの働きが悪くなるので、すでに一仕事した白のキングサイド・ビショップと比べると如何にもミスプレイスな感じがします。また白から7. dcと当てる権利も残っているので難しいですね。いずれの形でも白は深追いせず7. 0-0と悠々城に籠る手があるのも面白く、何よりd、eがセミオープンになったことで黒が指し手を自ずから難しくしたきらいがあるこの局面では、どうやら3. ... Nf6という手と4. ... Qxd5という手の狙いに自己矛盾がありそうです。
 また、こう進めてみて気づく面白いことは、5. Ngf3という手の価値の高さですね。キングサイドを展開し、キャスリングに近づけつつ、マイナーピースを中央に使うという意味で損のない一手ではありますが、それ以上に、この手が早々指せるかどうか、ということでここまで黒の手の選択を縛ることができるというのは、改めてNf3という手が序盤で極めて効率の良い手であることを我々に教えてくれるものです。

(図4:4. ... Nxd5まで)

 図4までの手順:図2より4. ... Nxd5

 そんなわけで同じd5を取る手なら、まだこっちの方が損をしないかな、というところもありますが、どんぐりの背比べ感も否めません。責められるピースの価値が下がったために勢いは少し緩和できているのでしょうけれども、例えば5. c4のような手は刺さってきますし、序盤の数手の中で同じピースに手をかけるということはそれだけ他のピースの展開が立ち遅れるということと同義なので他に選択肢があるなら、それに勝ることは原理的に、すなわち数学的に稀でしょう。

(図5:4. ... edまで)

 図5までの手順:図2より4. ... ed

 図2の時点で、改めて考えるまでもなく4. ... edでは、と思うのは大変良い習熟の証です。しかしその手がなぜ良いのか、もっというと果たして『良い手』なのか『悪くない手』なのか、明確に良くできる狙いがあるからやるムーブなのか、他の手よりはマシだからやらざるを得ないムーブなのか、そういったことを考えて初めて、その手が本当に自分のものになったと言えるのではないでしょうか。神は細部に宿る、は建築の世界より有名になった金言ですが、構築や強度といったことを至上命題として駒組みする序盤の我々はある意味、建築家の端くれに違いないので、そんな言葉を頭の片隅に置いておくのも、損ではないのかもしれません。

 ここで見るべきはとりあえず2点ですね。eファイルがオープンになったこと、そしてキングサイドの展開が黒の方が早い、ということです。

 前者についてですが、チェックは強制力を有する手なので、いつでもQe2+やQe7+というように互いに素通しのeファイルに縦利きのあるクイーンを呼んできてキャスリングや駒組みに制限をかけることができる状態である、というのはひとつ見ておかねばなりません。しかしながら、例えば5. Qe2+には5. ... Be7として、黒は手順に次の6. 0-0を見せることができますね。これは3. Nd2 Nf6と、白黒それぞれQサイドのナイトとKサイドのナイトを動かした3手目の交換に由来する黒のアドバンテージです。

 つまり、この場合は後者の方がより強い論点ということになります。3. Nd2は自陣のキングサイドの展開には直截に寄与しない手なので、黒がBf8、Ng8の2つのキングサイドのマイナーピースの展開を急いで来るような場合に、白がもう1手、自陣のキングサイドに手を入れないような着手をすると、囲い合いの速さ勝負では後手を引いた黒に突き放される可能性すら出てきてしまう、という訳です。白いタキシードに身を固めた少年が主体的に動いているように見えて、実はフランス生まれの手練れの踊り子に翻弄されているだけであった、というならば、この恋はなかなか実りにくそうです。

(図6:4. e5まで)

 図6までの手順:図1より4. e5

 ではどのように、白はテンポを損なわずに、かつイニシアチブを渡さずに指し回すか、というところで、戻って4手目です。依然としてe6-d5が白のセンタライズを脅かしているのは事実ですから、ここに手入れは要るでしょう。

 図6です。4. e5がありますね。3. ... Nf6と出てきたナイトを叩きながらセンターを押し込み、ポーン・チェインを作りつつ黒がこれ以上ポーンを伸ばしてセンターを弄るのも止めてしまう手です。3. Nd2とタラッシュを選んでe4の地点を補強した選択はe4-e5の前進で意味合いが薄れてしまいましたが、3. Nd2のゆえに3. ... Nf6と釣り出すことに成功したナイトを咎めつつ手番を手放さずに済んだという訳で、『花枝自短長』ということでいいでしょう。

 対する黒としてもこれは3. ... Nf6を選んだ手前、歓迎の展開です。d、eのセンターポーンが硬い状態で膠着したので、黒は狙い通りにクローズド・センターを手に入れることに成功しました。とはいえ今まさにNf6が攻められているので、黒はこれに対応しなくてはなりません。

(図7:6. Bc4まで)

 図7までの手順:図6より4. ... Ne4 5. Nxe4 de 6. Bc4

 図6からd5の利きを活かして黒が4. ... Ne4と跳んだ展開ですが、図7は白が伸び伸びやれそうに見えます。白にはd4-e5のチェーンが残っていますし、両翼が展開できているのがいいですね。黒はクイーンファイルをセミ・オープンにしていますが、e6は動けずe4も死んでいるのが気になります。また、置物と化したe4がf3を縛っているとはいえ、白はNg1をNe2と使うことができ、これがd4を補強しながらBc4とも上手く絡める存外に好位置なのでダメージがないのですね。

 白6手目ですが、6. Bb5+とチェックよりも6. Bc4が勝るところには少し言及しておきたいです。確かにチェックは強制手ですが、ここで6. Bb5+に6. ... Bd7は黒の立ち遅れたQサイドのピース展開を何故か手伝ってあげたようになりますし、6. ... c6はビショップを逃さねばならなくなり一手で主体性が逆転し得る手になります。対して6. Bc4は即座に咎めることが黒には出来ませんし、フレンチの要石であるe6を揺るがせにしているところも細かいながらポイントを上げている理由ですね。尤もこの形では最早e6の強みがほぼ失われているのでダイレクトな影響はありませんが、それでc4はも0-0後のキングを射線に入れた良い立地です。

 ここで白から手を替えるなら6. Be3と黒マスビショップを出す手でしょうか。黒から6. ... c5と切り返してくるのに備えた手です。以下7. dcの瞬間にdファイルが素通しになるようですが、7. ... Qxd1には第1ランクから黒マスビショップを退けておいた成果で8. Rxd1と返し技があります。なので7. ... Nd7とかでしょうが、8. b4と徹底的に黒を押し込めたり、8. Qg4と要衝を押さえてしまったり、と、やりたいことでいっぱいの白の胸中はまるで夢見る少女のようですね。

 黒6手目としては6. ... Qd7/a6として次に7. ... b5を狙う手があります。これとBe7〜0-0、そしてdファイルがセミ・オープンであることを活用したc5の突き出しのタイミング、これらを搦め白に嫌味をつけていくのが黒のここからの戦略となりそうですが、白の方がやりたいことができるかな、といった所感です。

(図8:4. ... Nfd7まで)

 図8までの手順:図6より4. ... Nfd7

 4手目にNe4として前に出ながらナイトを当たりから避けようとするのは上手くいきませんでした。Ng4、Nh5はクイーンの利きに自ら首を晒すことになり論外です。かといってNg8と戻るのは2手パスしたことと同じですので気が進みません。4. ... Nfd7は必然ですね。これはギマール・メインラインとか、アドバンスドとも似ていますが、両立するというよりはやはりNd7はmisplaceになっています。

(図9:6. c3まで)

 図9までの手順:図8より5. Bd3 c5 6. c3

 図8で手番が白に回ってきました。ここで一息入れ、白としては、
① キャスリングを目指しながらピースをセンタライズしていきたい
② ポーン構築を続けたい
 のどちらを選ぶか、というところです。プレイヤーの好みに依りけりですが近年のチェスは効率を重んじるので①が多いですね。そして、①の場合は実際的な選択肢が5. Bd3くらいしかありません。

 5手目にビショップではなくナイトを動かすならば5. Ngf3というのは良いでしょう。5. Ne2は白マスビショップの行き場を潰してしまいますので。しかし、ナイトに手をかけるのは保留しておきたい事情が白にはあります。

 進めて黒の5手目なのですが、ここで黒から5. ... c5と突いてくる手が見えているためですね。4. ... Nfd7はかなり無理をしている手で、この愚形を解消しないと黒は思うような駒組みが出来ません。いわばこの状況は極めて細い鋼糸の上に奇跡的なバランスで立っているようなもので、重心移動を些かでも誤ればすぐに自重で足の裏が裂けてしまうでしょう。力の逃し場所がcポーンを突いてd4にぶつける、ということなのです。

 しかしながら先述したように図8でいったん局面が落ち着いてしまったため、白も細やかな配慮で駒組みをする必要があり、実際にやれる手はそう多くありません。なのでcポーンを突く前に力を溜める5. b6のような手は無きにしもアラブ主張国連邦といったところです。実際に図9から6. ... b6もここ数ヶ月あまり目にしていませんが、少なからず最近まで採用されていたラインです。

 5. ... c5に6. dcは6. ... Nxe5と黒がeポーンを取ってきます。次に7. ... Bxc5も残っており、一気に黒の視界が開けてしまいます。なのでこれは取れず、6. c3と下からd4を支えるわけです。なお、言うまでも無いことですが5. c3 c5 6. Bd3というトランスポーズも当然成り立つでしょう。

(図10:6. ... b6まで)

 図10までの手順:図9より6. ... b6

 この手でボトヴィニク・バリエーション(Botvinnik variation)と呼ばれるラインに入ります。ミハエル・ボトヴィニクはソ連の名手で、世界チャンピオンを歴任した人物ですね。

 この手はc5の補強のみならず、Nfd7のせいで行き場を失っていた動きの悪い白マスビショップをb7やa6からレギュラー、あるいはエクステンデッドなフィアンケットを組んで使っていこうという意味があります。

 この進行の一例を見てみましょう。

(図11:9. Nf3まで)

 図11までの手順:図10より7. Ne2 cd 8. cd Ba6 9. Nf3

 この流れは私の知る限りで公式戦で3局あり、どれもレート2300オーバーの実戦で出てきたものですが、20年以上前の話です。白を持ってこの進行をやった中にはロシアのグランドマスター、Vladimir Burmakinも含まれます。前世紀の遺物ではありますが、俎上に載せて互いの狙いどころを説明するに、恣意的なほどに都合が良かったので持ってきました。

 7. Ne2ですが、これが先ほど図8の局面で5. Ngf3とするのを逡巡した理由の一つですね。キングサイドのナイトをf3でなくe2に使いたかったので、f3に跳ねたくなったわけです。Ne2はd4のポーンを支えているのはもちろん、Ng3〜Nf5のように黒のキングサイドを食い破るようなアクセサビリティも秘めています。また、タラッシュの分水嶺である3. Nd2の行き場の一つであるf3を邪魔しないことで、このように動線が交絡してしまわないようにしておき、何かあったらNd2をf3に動かす余地を残した手でもあります。

 黒7手目に7. ... cdと仕掛けるのは結論から言うと早計で、図11の形を経た3局は白2勝、ドロー1局と、nは少ないものの、凡そ黒が勝ちやすいものではなさそうです。エクステンデッド・フィアンケットで白マスビショップを使うのは黒の念願なのですが、先にポーン交換をやった展開がこれです。普通に9. Bxa6としてもいいと思いますけど、9. Nf3はクイーンを中央に使っていき、ルークの潤滑な動きを実現しようという細やかな工夫ですね。以下9. ... Bxd3 10. Qxd3 Bb4+ 11. Bd2 Nxd2+ 12. Nxd2となればcポーンとビショップが盤上から去ったものの白は手損なくクイーンを第3ランクに押し上げることに成功した形になります。

(図12:12. Nxd2まで)

 図12までの手順:図11より9. ... Bxd3 10. Qxd3 Bb4+ 11. Bd2 Nxd2+ 12. Nxd2

 以下12. ... Nc6のような手に対し、例えば13. Rc1と、オープン・ファイルとなったcファイルにルークを呼んできて使うのは非常に味がいいですね。これは黒が仕掛けた戦争ですが、果たして犠牲に見合う戦果を挙げることが出来たのかというと悩ましいものがあるでしょう。

 c5を突いてd4の地点を戦場にしたい、b6を突いて動きの悪い白マスビショップをクイーンサイドから活用したい、という黒の思惑、そして白の5. Ngf3をやらないことで広がる選択の幅、それゆえに5. Bd3と手が制限された状態を甘受するスタンス、といったものが少しはお見せ出来たのかな、と思います。

 この順では、cファイルをこじ開けたサラエヴォ事件の銃声は、結局のところ黒の7. ... cdという手でした。そのためこうしたルークの稼働性を上げる含みのある手順が白に生じたので、遡って黒7手目でポーン・エクスチェンジを行わずに7. ... Ba6とダイレクトにビショップを上がってしまうのはどうだろう、という案が出てきますね。これぞ過去の対局より学ぶ、タイムリーパーの特権です。

(図13:7. ... Ba6まで)

 図13までの手順:図10より7. Ne2 Ba6

 これは最近のタラッシュ・ボトヴィニクでも全然ある形ですね。これは8. Bxa6と白から能動的に取りに行くべきところです。

 何故か、と考えるために、先ほどのBurmakinの工夫がここでも通用するか、を実験してみましょう。つまり、ここで替えて8. Nf3と跳ね、Bd3にQd1の紐をつける、という手です。

(図14:9. ... Nc6まで)

 図14までの手順:図13より8. Nf3 Bxd3 9. Qxd3 Nc6

 ビショップ・エクスチェンジを仕掛ける権利を委譲したばかりに、黒にこの9. ... Nc6というムーブを許した形になりますね。c5が健在なためにここでBb4+と先ほどのようにチェックで黒マスビショップが飛び出してくる順はありませんが、この手の狙うところは、cxd5 cxd5の交換の後にNb4と跳ねる手が釣り出したQd3に当たってくる、という青写真です。

 また、8. Nf3の流れで、フォート・ノックスの天敵と化したNg5のような手が入ればいいのですが、例えば9. ... Nc6以下10. Ng5にBe7が当意即妙ですね。フォート・ノックスの件については下記を参照して頂けると幸甚です。

(図15:12. ... Nb4まで)

 図15までの手順:図14より10. Ng5 Be7 11. f4 cd 12. cd Nb4

 マイナーピースのエクスチェンジに備えて11. f4と突くわけですが、ここで前述のポーン・エクスチェンジからcポーンを動かしてのNb4が入りそうです。Nb4〜Nc2とフォークをかけられるのは白の予想できる最悪のシナリオですが、白がクイーンを逃しても、Rc8〜Nc2を狙って一例は13. Qd1 Rc8という進行が考えられます。黒からいつでもh6のように徒然としているNg5を虐める手も残っているので、ちょっと10. Ng5はやり辛いかなというところがあります。

 というわけで替えて10. 0-0やBd2とか、そういった大人しい手になると思うのですが(10. Bg5ですか?10. ... Be7 11. Bxe7 Qxe7 12. 0-0 0-0を進んでやりたいのなら止めだてしません)、点差がつかない状況はフレンチを採用した黒としてはウェルカムなので、9. ... Nc6の余裕を与える順が好ましくないと思うならばやはり白としては戻って図13の局面で8. Bxa6と自分から手を下しに行くべきなのです。

(図16:8. ... Nxa6まで)

 図16までの手順:図13より8. Bxa6 Nxa6

 こちらの方が白にとって先ほどの展開よりも稍やりやすいのは、Qxd3としていないので黒のNb4が当たって来ないことや、そもそもNa6とナイトを端に追いやることに成功していることなどの複合的な状況によるものです。一時期ほどは言われなくなりましたが、やはりナイトやビショップのように縦横以外の利きがあるピースはチェス・ボードの四辺に近ければ近いほど機動力が削がれるので、数理的にポジション的な価値が下がる傾向があります。これは逆説的にルークの強さを示す原理でもあり、例えばa1のビショップは最大でもb2〜h8の7マスしか利きがありませんが、同じa1にあるルークは縦横7マスずつの14マスに利いているどころか、ルークという駒はどこにあろうと潜在的に、常に最大値の縦横14マスに利きがありますからね。

 ここから9. 0-0/Nf3/Nf4など、白は囲っていく手や中央に犇めいている馬たちをキングサイドに使っていく手などありますが、面白いのはここで9. f4と使う手です。

(図17:9. f4まで)

 図17までの手順:図16より9. f4

 黒がQサイドから活用を試みてきたビショップを消すことに成功したので、脅威が去ったとばかりにfポーンを伸ばしe5を支えて、黒のキングサイドを圧迫しながらセンターコントロールを堅固にしようという手です。確かにb6〜Bb7やb5〜Bb7〜Qb6のような選択を残している相手に対してfやgといったキャスリング後の天井となるポーンを迂闊に突くのは躊躇われるところがありますが、この形ならば、というところでしょう。

 図16の局面自体がなかなか実戦で見ない形ではあるのですが、一昨年から去年頃、この図17の形を見た覚えがあります。ノルウェー国内戦で、白を持ったのは2002年生まれの早熟の天才Daniel Nordquelleでした。

 手順は異なるのですが、初手から1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 Nf6 4. e5 Nfd7 5. Bd3 b6 6. Ne2 Ba6 7. Bxa6 Nxa6 8. f4 c5 9. c3と手順前後で図17に掲示した局面に合流しました。本譜はここから黒のAulin Jannsonが9. ... cdと仕掛け、10. cd Qh4+と出る興味深い構想でした。Nordquelleは11. g3と応じたので以下11. ... Qh3 12. Kf2と進み、12. ... f6?という手が出て最後はNordquelleが勝ちましたが、替えて11. Kf1でこれが意外と黒として難しいのでは、とは私の感想です。

(図18:11. Kf1まで)

 図18までの手順:図17より9. ... cd 10. cd Qh4+ 11. Kf1

 Nordquelleの11. g3〜12. Kf2はRh1の進路を自分のキングで潰してしまわないようにしようという指し回しです。なので11. Kf1は彼の工夫に真っ向から対立するような手ですが、端的にいってこの手の意味は手渡しです。

 11. Kf1によって瞬間的にRh1の働きが滅茶苦茶悪くなりますから、今後どこかのタイミングでg3〜Kg2と立て直さないといけないのは明白です。ならば本譜の順の方がいいのでは?と思うかもしれませんが、ここでKf1として黒に手を渡す、というのが面白いのでは、というのが私の考えです。白から次にNf3とクイーンを追ってBd2とQサイドのルークの道を開くような手順が見えていますし、Qa4のようにピンする手もあります。何よりf4と突いたためにQg5とか出来ないので、クイーンを焦点にされたくないなと黒が考えれば引き場所がQe7/Qd8くらいしか無くて(Qe7は次にQb4を狙うのでしょうが、Be7〜0-0が一時的に出来なくなります)、テンポの観点からも、手渡ししてもお釣りが来る計算になります。Qa4に備えようと例えば11. ... b5みたいな手には12. a4とぶつけながらルークに鞭をくれるようなのもありますし、何を言いたいかというと、白の駒効率が非常に良いので黒がテンポを失わずに白陣を攻めるのがなかなか難しい状況なのでは、ということです。

 こういったわけで、6. ... b6としてビショップの活用を図ったボトヴィニクに代わり、6. ... Nc6とナイトを使うバリエーションが主流です。

(図19:8. cdまで)

 図19までの手順:図9より6. ... Nc6 7. Ne2 cd 8. cd

 見てきたように、黒からcdと火蓋を切って落とすのはいつでもいいというわけではありませんでした。6手目Nc6はd4に圧力をかけるダイレクトな手です。

 白7手目はこれを緩和する手です。ここで替えて7. Ngf3だと7. ... Qb6とさらにd4を締め付けてくる手が黒にはありますが、7. Ne2 Qb6なら次に8. Nf3と2枚利かせることが出来ます。この辺りは、f3の地点をなるべく開けておきたい理由として述べてきた通りですね。また、Ne2はナイトにとっては、Nf4〜Nh5のように黒のキングサイドにすぐに跳んでいける利点がある場所です。黒としては序盤に追われたNd7を生かしつつ伸ばされたe5を壊すf6〜(ef)〜Nxf6のような手で揺り戻すのは狙いの一つですが、迂闊なタイミングでf6を突くと前述の順で逆に焦点にされる可能性があります。

 翻ってみると、7. Ne2〜8. Nf3が実現するとd4はかなりハードになるので、黒からの仕掛けのタイミングはここになりますね。7. ... cd 8. cdと取り合ってcファイルがオープンになった現局面を持ってタラッシュ・クローズドのメインラインと呼ばれます。ここから8. ... Qb6はd4を執拗に狙う手ですし、8. ... Nb6とNd7を立て直すような手もありますが、最多の選択肢は8. ... f6とここで手を休めずに突くものになります。

(図20:9. efまで)

 図20までの手順:図19より8. ... f6 9. ef

 黒が白のポーン・チェーンを破壊しに出ました。9. efは自然ですよね。9. f4とか実践例はありますが、9. ... fe 10. fe Nxd4という手がありますからね。

(図21:10. ... Nxd4まで)

 図21までの手順:図19より8. ... f6 9. f4 fe 10. fe Nxd4

 11. Nxd4はAulinのアイデア・11. ... Qh4+が今度こそ入ります。これはチェックであり、かつNd4を狙っているダブルアタックなので、こうなるとちょっと白に勝ちの目はなさそうですね。替えて11. 0-0ですが、11. ... Qb6と出る手が気持ちいいですね。このQはKg1を狙っているので次にNd4が退くとディスカバード・アタックが決まってしまいます。

(図22:9. Nf4まで)

 図22までの手順:図19より8. ... f6 9. Nf4

 9. f4に替えて9. Nf4というのもありますが、これはe5を支えるのではなく、一気呵成に攻めて黒のRh8を落とそうという理念です。

 Ne2はd4を支えていた馬ですから、これが跳んだ瞬間に9. ... Nxd4とポーン・チェーンを下から抜くのは黒の自然な構想ですし、この手自体がe6を守る手になっています。しかしここから白の強襲が始まります。

(図23:10. ... Ke7まで)

 図23までの手順:図22より9. ... Nxd4 10. Qh5+ Ke7

 9. Nf4〜10. Qh5+と繰り出していきます。ここで黒10手目で替えて10. ... g6は11. Nxg6 hg 12. Bxg6+ Ke7 13. ef+ Kxf6 14. Qxh8+ Kxg6 15. Qxd4と進んで絶望するので、10. ... Ke7はキャスリングを捨てるようですが実質これ一手ですね。このQh5+と白からチェックでクイーンを出る手はこの形で良く見る手なので、覚えておきたいものです。

(図24:13. Qxh8まで)

 図24までの手順:図23より11. ef+ Nxf6 12. Ng6+ hg 13. Qxh8

 王手ラッシュからルークを抜いた現局面は、白がポーン+ナイト、黒がルークの痛み分けになっています。黒はキャスリングを放棄しましたが、白のQの働きが良くないのに加えて残っているセンターが強いんですよね。13. ... Kf7と締めてからe6-e5のような手があり、これはセンターにポーン・ファランクスを作りつつ白マスビショップをいいタイミングで動かせるように賦活する手なので、ルークが落ちた見た目以上に黒はやれる局面だと思います。

 ここから一例として13. ... Kf7 14. 0-0 e5に15. Nb3としてNxb3 abと白が手順にaファイルをセミ・オープンにすることでルークを使いやすくしようという構想がありますが、替えて15. Nf3の方が良かったりするんじゃないかと思う、というのはあまり深めていないので余談程度に置いておきます。

(図25:9. ... Qe7まで)

 図25までの手順:図22より9. ... Qe7

 戻って白が9. Nf4と跳ねた時に9. ... Qe7と自陣に手を入れることで10. Qh5+に備えるという方針も黒にはありますね。どういうことかというと、10. Qh5+ Qf7と受ける用意、ということです。以下11. Bg6 hg 12. Qxh8と白がルークを取ることに拘る順は、次に12. ... feとナイトに当てる手や、Nxd4と一方的にセンターを壊す手があって、これはビショップペアを組んだりする含みも持っている黒がはっきり良いでしょう。11. ef から11. ... Nxd4 12. Nb3 Nxb3 13. fg Bxg7 14. ab Qxh5 15. Nxh5 Bd4みたいな手順は、これも黒の方が感触いいと思います。11. ... Nxd4に替えていきなり11. ... Qxh5とクイーン・エクスチェンジもありそうですね。

 9. ... Qe7は同時にf6を支えている、というのも看過できません。なので10. efは10. ... Qxf6でいきなり白が損ねてしまいます。以下11. Nf3 Bb4+と会心打があり、これを12. Bd2と受けるのは12. ... Qxf4の味が頗る良くて白潰れの匂いがしますね。

(図26:10. Nf3まで)

 図26までの手順:図25より10. Nf3

 キングサイドから強襲することも出来ず、白から取り込むことはできないがf6がe5に当てられている、という局面なので、10. Nf3とe5をケアしにいきます。

(図27:13. ... Nf7まで)

 図27までの手順:図26より10. ... fe 11. de Ndxe5 12. Nxe5 Nxe5 13. Qh5+ Nf7

 しかしここで黒から10. ... feと動いて辿り着くこの局面では、先ほどのQh5+と比べてみても、13. ... Nf7がRh8に利いているので黒が更に良さそうです。

 依然として黒の駒組みが立ち遅れているのは事実なので、白はここから14. 0-0としてオープン・ファイルを活かして立ち回っていくのを狙うのでしょうか。

(図28:16. Bb5+まで)

 図28までの手順:図27より14. 0-0 g6 15. Qe2 Bg7 16. Bb5+

 14. ... g6とクイーンを弾き返しつつ、手順に15. ... Bg7とフィアンケットを組みながらキャスリングを可能にする黒のテンポも悪くないですね。ここで16. Bb5+が結構危険な罠で、16. ... Kf8と逃がした瞬間が、a3-f8ダイアゴナルに黒のQとKが同居する形になるので、次に17. Be3と出てBc5を狙う手の価値が相対的に高まります。かといってこれを嫌って16. ... Bd7は17. Nxe6と今しがたフィアンケットしたばかりのビショップを攻められて黒不満なので、16. ... Kf8 17. Be3を甘受し、17... d4/Be5と善後策にシフトしていきたいところですね。

(再掲図20:9. efまで)

 図20までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 Nf6 4. e5 Nfd7 5. Bd3 c5 6. c3 Nc6 7. Ne2 cd 8. cd f6 9. ef

 というわけで再掲したこの局面です。シンプルに取ってしまう手ですね。ここでの主張は白はeの、黒はfのファイルを開けたことになります。

(図29:11. ... 0-0まで)

 図29までの手順:図20より9. ... Nxf6 10. 0-0 Bd6 11. Nf3 0-0

 この辺りは結構トランスポーズで落ち着くことも多い手順がありますが、やりたいこととしては黒としてはまずf6をNxf6で払い、黒マスビショップをどかしてキャスリングをしたいですね。白もキャスリングをし、黒マスビショップを使っていきたいのでNf3とこの辺りで進路を開くのが考えられます。eとfが互いにセミオープンなので、ルークを引き出してくるキャスリングの価値がじわじわ高まってきている局面です。

(図30:12. Bg5まで)

 図30までの手順:図29より12. Bg5

 ここでは白としてはeファイルにルークを持ってくる12. Re1や、先にeファイルの障害物を退けておいて風通しよくルークを持ってくるための12. Nc3なども考えられるところですね。先ほど黒マスビショップを使いたいのでNf3とナイトを退かす、ということを少し言及したので、手の流れでBc1を使う手順をまず見てみます。行き場としてはBg5/Bf4があるかと思いますが、狙い筋が被るので12. Bg5ラインを先に見せましょう。

 12. ... Bd7は老獪な一手です。白はc1の地点が開いたことで、次にRc1のように、オープンファイルと化しているcファイルにルークを載せる手順が生まれていますね。なので、cファイルのナイトに紐をつけつつ、黒としてもクイーンサイドのルークを同様に使う準備をするというのが趣旨になります。

 他の黒12手目の検討として、Bg5という手が、Nf6をピンしてクイーンを睨んでいる、というところがあるので、このクイーンを逃しつつ好ポジションに張ることが出来ないか、と考えるのは棋理に沿った戦略だと思います。ここでは、12. ... Qb6として、今まで黒マスビショップに支えられていたb2のポーン、これが支えを失った瞬間に狙いをつける手がまず思い付きますね。

(図31:13. Nc3まで)

 図31までの手順:図30より12. ... Qb6 13. Nc3

 b2に紐をつけていないじゃん!と思うかもしれませんが、13. ... Qxb2と飛び込んでくる姫を鹵獲するための巧妙な罠、それが13. Nc3です。

(図32:14. Nb5まで)

 図32までの手順:図31より13. ... Qxb2 14. Nb5

 図32のように、Qxb2に対してNb5と出るのが白の用意したトラップで、これがクイーンの引き場所を潰しつつ、そしてa3/c3を支配しつつ、さらには孤立しているBd6を攻めた手になっています。Nc7を許すと立ち遅れているクイーンサイドのRa8が危険に晒されるので、ビショップを引くなら14. ... Bb8かなぁというところですが、これは以下15. Rb1 Qxa2 16. Ra1 Qb2 17. Ra4と出て、次にBc1などを見せることができる白は、全てのピースの連結が良く、左辺を食い破ったとはいえ黒がちょっとやれない状況になります。

 なので代わりにBd6を逃すのではなく、ここにピースの利きを足して受けることを考えて、14. ... Ne4という手の方がマシでしょう。15. a3と突く手に対して、黒からやれることとしては15. ... Rxf3というサクリファイスがあるのかなと思います。

(図33:15. ... Rxf3まで)

 図33までの手順:図32より14. ... Ne4 15. a3 Rxf3

 f6を突いてe5にぶつけ、キャスリングをして半開きとなったfファイルにルークを載せた時から、黒の胸中にはタイミングがあれば、といった感じで常にあったことでしょう。

 16. gfが一番だめな手で、これだと無理攻めを仕掛けてきた黒の術中に嵌ってしまいますね。16. ... Nxg5とビショップを取られ、17. Nxd6には17. ... Qxd4とdポーンを抜く手が良さそうです。ここからQf4〜Nxf3+を狙って行くのがわかりやすくて白はメイトまで見える敗勢に陥ってしまいます。Rf1が壁になっているので黒の無理攻めが決まってしまうのですが、これを解消しようとRe1のような手を入れると、ルーク・サクリファイスでfファイルにポーン・ペアを作らせた黒の戦略が利いてきてしまい、Nxf3+と取る手がダブル・アタックになるわけです。

 しかしこのサクリファイスを受けない16. Bxe4とか、受けても16. Qxf3とか、そういう手で応じれば差が縮まることはなく、黒の暴発を受け流して白の勝勢が揺るぎません。

 なので13. ... Qxb2は単純には入らない手、ということがわかりました。

(図34:13. ... h6まで)

 図34までの手順:図31より13. ... h6

 なのでここで黒は手を捻り出す必要があります。g5のビショップに当てつつキングサイドを広げ、将来的な白のBxh7のような当たりの強い手を緩和する13. ... h6なんかは実戦的かなと思います。この挑発で14. Bxf6とマイナーピース同士の交換に踏み込んでくれれば14. ... Rxf6と手順にルークを戦場に持ってくることができて黒としては万々歳なのですが、ここで白はおとなしく14. Bh4と、こっちに引く方が良さそうですね。

(図35:14. Bh4まで)

 図35までの手順:図34より14. Bh4

 これは当たりから躱しつつ、現状ではQxb2がいつでも飛び込んでくるスレットがあるので難しいですが、それをどうにかした暁にはBg3と引いてきて、キングサイドを狙うビショップ・ペアの一角を切り崩すような使途を一計とするムーブですね。

 ここで黒の手も難しくて、14. ... Qxb2と踏み込んで以下15. Nb5から先述の順を踏襲してクイーンサイドを蹂躙する、というのは一つです。ただここまで上手くやれれば形勢に差がないドローシーンなので、黒の当初の目的は完遂、でいいと思います。また、14. ... Bd7と働いていないピースに鞭をくれる手も候補として悪くないと思います。15. Na4 Qa5 15. Nc3 Qb6は千日手模様ですし、15. a3とQxb2 Rb1の時にポーンを落とされないように備えておく手には、15. ... Nh5と跳んで狙いのNg3を潰しておくようなムーブもあるかな、と思います。

(図36:15. ... Nh5まで)

 図36までの手順:図35より14. ... Bd7 15. a3 Nh5

 図36の局面はある意味でモダン・チェスの粋を集めて作られたような芸術品なのでは、と思います。ポジションの意識で先手後手が力を合わせて作った、極めて人工的な、それでいて棋理という自然の法則に従ったひとつの帰結ですからね。12. Bg5 Qb6のラインはこんな感じですね。

(図37:12. ... Qc7まで)

 図37までの手順:図30より12. ... Qc7

 戻って12. Bg5と出た瞬間にクイーンに手をかけた黒として、12. ... Qc7と、Bd6〜Qc7の強力なバッテリーを組んでキングサイドを睨む手も候補に上がってくるのではないでしょうか。ちなみにバッテリー、チェス用語でB+Qでダイアゴナルを重ねたり、R+Qで縦の利きを重ねたり、という好形に組むことを言います。斜めの利きに関しては、プロモーションがない限りは二つあるビショップは違う色のマスを互いに踏むことができないので重ねようがないのですが、縦の利きについてはその限りではなく、R+Rとルークだけで組むことができます。もっというと、ここにQまで重ねてR+R+Qという数の暴力を作ることも出来ますね。この形はアリョーヒンの名を冠してアリョーヒンズ・ガンなんて呼んだりしますが、余談です。同名のテレビゲームが最近人口に膾炙してきていますが、有名なのは1930年San Remoのアリョーヒン対ニムゾヴィッチの一戦でしょう。

(図38:16. Bg6まで)

 図38までの手順:図37より13. Bh4 Nh5 14. Qc2 h6 15. Bh7+ Kh8 16. Bg6

 13. Bh4は先ほど言及したようにBg5〜Bh4〜Bg3と使う手順の過程です。何より今回はさっきと異なってb8-h2ダイアゴナルに黒がバッテリーを組んでいるので、上手くBg3からビショップを消し合えれば当たりが弱まる、という意味合いも帯びてきてますか。13. ... Nh5はこのBg3と引く手を潰した狙いですが、ここで14. Qc2と負けじと白もバッテリーを組み、図38までの手順でこのNh5を攻めるという方針があります。15. Bh7+ Kh8の手の交換を入れるかどうかは好みですかね。

 これでNh5はどうやっても盤から降りねばならない宿命となったわけですが、ここで黒からアレがありそうですね。

(図39:18. ... Nf4+まで)

 図39までの手順:図38より16. ... Rxf3 17. gf Bxh2+ 18. Kg2 Nf4+

 アレ、というのはルーク・サクリファイスです。これをアクセプトする場合は白は今度はgfの一手ですね。図39以下は19. Nxf4 Qxf4 20. Bg3 Bxg3 21. fg Qf6と進んでやはり+/-という戦況でしょうか。

 アクセプトしない17. Bxh5というのも白の権利です。これで鞘に収める17. ... Rf8とか、何がなんでもという17. ... Bxh2+というのも一考、またBh5に当てつつクイーンの射線を断ち切る17. ... Rf5もちょっと面白そうで、以下18. Bg6 Rf8と結局引かされるわけですが、ここで白に手を渡してみようかな、というわけです。実際互いに有効打がないので、ふんわりと相手の出方を伺うのは一興か、という考えですね。

 白12手目Bg5に替えてBf4という手もあります。いきなりBxf4 Nxf4と取り合いが発生し得るのでもう少し考えやすくはなります。以下13. ... Ne4 14. Qc1/Ne2や13. ... Ng4 14. Qd2 Qd6など、互いに戦略の要となっていたマイナーピースを手放して仕切り直すため、手が広い局面ではありますね。

 8. ... f6に替えて8. ... Qb6と出て、先んじてb2のポーンを狙い、白のBc1の動きを悪くして(引いてはRa1の働きも悪くして)からf6のぶつけを行う、という考えもありそうですが、これはどうでしょう。

(図40:8. ... Qb6まで)

 図40までの手順:1. e4 e6 2. d4 d5 3. Nd2 Nf6 4. e5 Nfd7 5. Bd3 c5 6. c3 Nc6 7. Ne2 cd 8. cd Qb6

 以下見てきたような感じで9. Nf3 f6 10. ef Nxf6 11. 0-0 Bd6 12. Nc3 0-0に13. Be3が可能です。なぜなら13. ... Qxb2 14. Nb5 Bb8 15. Re1 Qxa2 16. Ra1 Qb2 17. Ra4がやはりピースの連結がいいので白がやりやすいんですね。

(図41:13. Be3まで)

 図41までの手順:図40より9. Nf3 f6 10. ef Nxf6 11. 0-0 Bd6 12. Nc3 0-0 13. Be3

 Qxb2が不発な以上は他の手を模索するしかありませんが、13. ... Bd7/Nb4あたりでしょうか。間違ってもh7に利いているNf6を動かさないようにしないと、Bxh7+〜Ng5(+)の筋で一気に敗勢に陥る可能性があることは念頭に置いておかねばなりませんね。

 今回はちょっと、結構、かなり長い記事となってしまいましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。序盤の構想がわからない、という声を初学者からはよく聞くように思うのですが、知らない局面でも考えて手を捻り出す力、そういったものを涵養できるような、そんな一助となればと思います。引き続き書いていくので、noteやtwitterのフォローとか、拡散とか、していただけたら嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?