ある病棟看護師の手記。

 
このテキストは感想文です。
ならざきむつろさんの「あるnoterの生き様。」に対します、わたくし、松本いおりの、渾身の感想です。
わたしは、どうにも解き明かしたい物語に出会うと、潜ります。その物語に潜ります。触れ、嗅ぎ、くまなく見つめ埋もれます。
今回はその工程でわたしの目は、今までのような俯瞰視点でなく、主人公の彼を見守る一人の「仮の登場人物」の目になりました。
こういう入り込み方をしたのが初めてで、正直自分自身に戸惑っています。でも、キーボードの上の指は止まらなかった。さいごまで書ききってしまった。
なので、晒します。調べ物も甘ければ、文体もいびつです。でも、感想文としてはこれでいい。むしろ充分だ。
そう判断しての、公開です。
一番新しい、自分でもどうにも訳のわからない涙をこみ上げさせてくれる愛おしい物語に、敬礼!!







 患者さま、だいじな個人情報を、拝読いたしました。
 この思いの描き方が解かりません。
 なので、こういう形をとることを勝手を申しますが、お許しください。


「今度は何を売ろうかな?」
 彼のこの思考が分岐点だったのだと、私はいま目の前に横たわる彼ののこしたネット上の手記らしきものを見て、思った。

 彼がうちの病院に搬送されてきたのは12月1日。午後だった。
 その日準夜勤だった私がいつものようにナースステーションに入るとナースたちみんなして、ざわざわと落ち着かない様子。聞けば、奇妙な患者が搬送されてきたとのこと。患者のカルテを見て、私もこれが現実に存在する人間の容態なのかと、すぐには信じられなかった。

 神経を除く身体機能のすべてがストップ。人工装置で今、彼は命をつないでいる。現代の医療では回復は見込めない。何をどうしてこのような状態に彼が陥ったのか、それすらわからない。いつまで彼はこの状態で生きていられるのだろう。
 彼の意識は――彼は、今の自分をどう思っているのだろう。

 しあわせ、なのかな。うれしいのかな。
 どうしたって考えてしまう。だって――

 彼は、静かに眠っている。穏やかに安らかに。ふっと微笑む寸前のような唇の両端や頬のラインが、満ち足りたような幸せそうな表情を作っている。なにも出来ずただ横たわるだけの抜け殻みたいな体になってなお、彼はただ、安らかに眠る。

 安アパートに必要最小限の家財道具、古くて小さな冷蔵庫には半分以下に中身が減った水のペットボトルだけ。
 惨めな生活だったに違いない。警察の人が見つけた彼の通帳も不定期の少ない入金と少しずつの引き出しと知らせられた。本当に、爪に火をともすような生活をしていたんだろう。

 知りたい。
 彼に何があったのか。彼のさいごの日々に何が。貧しく孤独だった彼をさいごに支えていたものはなんだったのか。
 日勤終わりの制服のまま、私は彼の病室にそっと入り込み、彼の私物に指を伸ばす。彼の、スマートフォンに。ごめんなさい、職業倫理。私は好奇心に負けます!!

「なんでよ……」
 思わず。声に出た。自分でも驚くほどの涙声。
 望む相手がいれば、迷わずおのれの持っている物を差し出す。わけて与える精神。それは美徳なの?
 いや。違う。そもそもそれが美徳とか傲慢とか自己犠牲とか、そういう次元の問題ではない。
 彼は、欲したんだもの。
 差し出すことで、見も知らぬ誰かの役に立つことを。取るに足りない――と、彼が自分自身を思っている――自分を役立てる手段として、自分自身を切りうることを。

 彼のこの安らかな微笑みの予感がする頬は、何らの苦痛も後悔も噛みしめていない。
 ネットに彼が残した文章を信じるならば、彼は何らの悔いもなく、おのれの「元気」が役に立ったことを誇りにすら思って、その身に持てる「元気」を差し出し尽くしたのだ。すべて尽きるまで、差し出し続けたのだ。

「そう…」
 望みが叶ったんだね。よかったね。よかった。
 さいごの3テキストは自分では確かめられなかったみたいだけど、ちゃんと届いていたよ。望む人たちに、あなたが望んだとおり「元気」は届いていたよ。
 全身全霊であなたは、人の役に立ったんだよ。

 両方の頬を伝う涙をぐいっと拭って微笑みを返すと、私は電子音が規則正しく彼の元気の器だったものを生かしている部屋を、そっと後にした。






さいごに、作者さまへ。
自分自身の自己顕示や何らかの欲求のためではなく、誰かに喜んでもらいたい笑ってもらいたい感動してもらいたい。
そういう相手あっての動機で書かれる姿が、やはり、読む人の心にはきちんと届き、心に刺さる物語を形作るのだと思います。
頭が下がる。
小説を創作する同じ地平に立たせていただく者として、ひとりの人として。
今日はどこまで潜れるか、先行く肘をつかまえられるかと、やってみました。

尊い。あいも変わらず。やはり、尊い。