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「やればできる」なんてほとんど嘘

皆さんお久しぶりです。ネガティブです。

ブログの記事を月平均1つ書くとか目標立てときながらもう3分の1年が過ぎてしまいました。久しぶりすぎてnoteのサイト開くのも軽く一苦労しました。
ああどうしましょうもうダメです。
こういう時の励ましの言葉に「やればできる」なんてありますけど、私から言わせてみればあれってほどんど嘘ですよね。
そんなこと言われようものなら、私は心の中でこう言っちゃいます。

「やらせてくれるならね」


ところで、私は生まれた頃から家庭用ゲーム機のある世代なんですけど、
考えてみたら家庭用ゲーム機ってヤバくないですか?

それ以前のゲームといえば、ゲームセンターとかにおいてある筐体ゲーム機。
遊ぶのにお金が必要で、当時のプレーヤーはなけなしのお金を手に限られた挑戦回数でゲームをしていたわけです。
失敗したら課金を要求され、お金がなくなったらもうおしまい。どんなに惜しいところまで進んでても強制終了となってしまう。

ところが家庭用ゲーム機の登場により、プレーヤーは残金を気にすることなく何度でも挑戦できるようになったんです。
何度もできるってヤバくないですか?ゲームなんて結局のところパターンやロジックがあるわけで、数を行っていくうちにそれを分析・対策していくことによりどんどん次へと進むことができる。
何度でも挑戦できる、失敗しても次の対策が見えてくる。
ゲームの本質ってここにあるんじゃないかと思います。

ちなみに皆さん、なんでもいいからゲームやったことありますか?
やったことない人は……文章とか絵とか何か作業でもいいです。
そして完全ノーミスでクリアしたことありますか?
もちろん、攻略情報も練習もなしですよ?
無理ですよね。というかもしそれでクリアできるゲームがあったりしたらそれこそ退屈すぎるクソゲーですよね。
ノーリスクで何度も失敗して、その中で攻略方法を編み出して前に進める。試行錯誤を繰り返した上でクリアするから達成感がある。
ゲームって、いや何かをなし遂げる楽しさってそういうものだと思います。

もちろん、仕事やスポーツとか、ミスが許されない一発勝負ってのはあります。
でもそういう場合って本番にミスしないようにそれまで散々練習しますよね。
つまり、裏でたっくさん失敗してるわけです。
youtubeでゲームの一発クリア動画もあったりしますけど、それだって何度も練習してるでしょうし、動画に上げるまでも何度も撮り直しを重ねているはずです。

そもそもゲームが下手な人って結局は経験が少ない、慣れていないだけなんです。
考えてみてください。攻略情報があって、1000時間近くやりこんで、それでも通常のクリアができない人って見たことありますか?
真面目にゲームやっててクリアできないなんて、それこそ重大な設計ミスがあるクソゲーに違いありません。
いや、ゲームだけじゃない。十分な時間、きちんとした指導を受ければ学校の問題だって解けるようになる。
受験の過去問題なんていい例で、同じような問題を経験して攻略法を覚えることにより本番で解くことができる。

結局は「やらないとできない」ですし、やったらやった分成功しやすくなる。
そういう点では「やればできる」ってのも間違ってはいないと思います。


でも、できるようになるまでやれないからできないんです。
現実には十分にやれないんですもの。「やればできる」なんてほとんど嘘じゃないですか。

例えば、冒頭の筐体ゲームのように、ミス回数に制限があったらどうしますか?
ある程度進めたデータが何回かの失敗で完全リセットかかったとしたら。
寝る間も惜しんで作り上げた成果がちょっとしたミスできれいさっぱり消えてしまったとしたら。
その失敗制限の数も、100回、10回と来て、5回、3回、1回となったら。
発狂しません?キーボード破壊しません?ちなみに私もさっき書きかけたこの文章が消えてしまって盛大な溜息つきましたよコノヤロウ。

別にデータが消えるくらいならまだいいですよ。また1から作り直せばいいんですから。
でも失敗したらゲーム本体を没収なんていったら……。パソコンが動かなくなるとしたら。
もう詰みじゃん!やってらんねーよ、ってなりますよね。

でも、現実にもそんなのザラにあります。
受験には試験日というタイムリミットもあるし、模擬試験という試行回数だって限られている。
スポーツの大会だってそう。本番までにできることが限られている。
「やればできる」けど、できるまでやれないからできない。
そういう私だってブログを月に1回書くとか決めるから続かないんですよ。


やれるまでできないとわかってしまうからやる気を失ってしまうんです。もう手遅れだと諦めてしまうんです。

ではここで問いましょう。なぜ、その「限界」までにできるようになる必要があるのでしょう?

大人ってすぐに成果を求めるから「〇〇までにこの結果を!」なんてよく言うけれど、よくないと思うんです、あれ。

失敗してその期日までに結果が出ないと分かった瞬間、やるだけ無駄と感じてしまう。
失敗によりその短期的な期日までに結果は出せないかもしれないけれど、その失敗は長期的な「やればできる」のうちの一歩にはなっているというのに。

「私は失敗なんかしていない。上手くいかないたくさんの方法を発見したのだ」
なんていうエジソンの逸話が有名ですけど、あれなんかまさにそう。
もし期日が設定されていて、それまでに「うまくいかない方法をひたすら発見」していたならば、
周囲から「バカなことはやめろ、とっとと諦めろ」と全力で止められていたはずです。


「やればできる」の対義語、「諦める」って、そうやって発生するんじゃないでしょうか。
「(期限内にやるのが)無理だとわかったから諦める」と。
何しろ、「やればできる」というのは、期限をなくしてひたすら挑戦を続けていれば、やがてできるようになるという意味なのですから。

マリオとかのアクションゲームってそうですよね。
あれって、ステージのスタートからゴールまでほぼノーミスで進むというゲームじゃないですか。
ミスをしたら最初(またはコンテニューポイント)からやり直し。

じゃあ、ミスをした回は無駄になりますか?そうじゃないですよね。
それを繰り返して習熟していくからノーミスでクリアするという成功が手に入る。
ミスは成功を引き寄せるために不可欠なものなんです。

じゃあそのミスの回数を制限したらどうなるかといえば、
「その限られたミスでクリアできる人」しか成功できなくなる。
それ以外の人は諦めるしかなくなってしまうんです。
それで「やればできる」ですって?冗談もいい加減にしてください。

この「制限」というのは買い物の予算みたいなもので、
どんなにいいものが見つかっても予算を超えたら諦めなくてはいけない。
予算を低く設定している人は当然たくさんのものを諦めなくてはならなくなります。

そうやってたくさんのものを諦めている人に問いたいです。
なぜあなたはそんなに低い予算にしているのですか?と。

もちろん限界はありますよ?自分の収入を超える予算は立てられないし、
自分の人生以上の時間をかけることもできない。
私だって何十年かサッカーの練習をすればプロにもなれそうですけど、その時にはサッカーもできないくらい老けてますからね。到底現実的ではない。
諦めるしかありません。

でも、1か月の期限を2か月に伸ばすことはできるんじゃないですか?
半年やってできなかったこと、もう半年やればできるじゃないですか?
次の模擬試験までに勉強が間に合わないと嘆く学生さん、
本番は受験でしょう?受験までにやればできるんじゃないですか?

ちなみに、当ブログの看板娘であるユギテナナちゃんですが、看板娘としてやれるくらいになるまで1年以上かかってますからね。
仕事としてやっていたらとっくに時間切れです。
でも、3Dモデリング無経験からでも期限を取っ払って時間をかければとりあえずこれくらいはできるんです。

だからもう手遅れと諦めている皆さんにお伺いしたいです。
その期限は諦めるとして、もう少しやっても無理そうですか?
できるまで期限を延長することはできませんか?

「やればできる」というのはほどんど嘘ですが、
「できるまでやる」ならば確実にできるようになるんですから。


(余談1:ユギテナナちゃんのデータを見返してきたらこれまでの途中バージョンデータは30を超えてました)

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(余談2:あと、顔を作るだけでも17個の試作してました)

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