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韓国与党の党代表選挙の結果予測

(冒頭写真は22年3月大統領選挙時のもの。筆者撮影)

2023年3月8日、韓国の与党政党である「国民の力」は、全党大会を開き、党代表選挙を実施する。選挙の構図と予想、そしてその後の政治に与える影響とはー。

韓国でニュースを見ていて思うことは、よくもまぁこんなに国内政治のニュースを流すよなぁ、、ということである。
トップニュースに国内政治ニュースが置かれ、20分近くも関連のニュースが流れる。専門家の解説は勿論、与野党の政治家が出演し、自分たちの主張が如何に正しいか、他党が如何に間違っているのかを延々と述べる。主にラジオで多く見られるが、政治家同士の討論も多い。
政治家たちが自らの言葉で議論を行い、時に感情的になる姿は、最近の日本メディアではほとんど見られない演出であり、大変面白い(ただし最近はほとんどがスキャンダルや政争ネタばかりで、政策論争はほとんど見られない)。

こうした韓国の政治報道を見ていると、韓国メディアがどのように政治を報ずるべきと考えているのか、政治(権力)の監視をどう実現すべきと考えているのかが見えてくる。政治イシューを深く報じること、批判をすることがタブー視されない報道環境について、権力者からの圧力が常態化している日本の報道環境を思うに、時に羨ましく思うものである。

…というようなことを韓国人の知人に熱く語ったところ、「いや政治ニュースなんか誰も見なくない?つまんないし」という返答をもらい、まぁそうですよね、と切なくなったのでした。

さて、最近(23年2月)韓国の政治ニュースを見ていると、トピックは大きく分けて3つだ。

①尹錫悦(ユン・ソンニョル、윤석열)大統領関連ニュース
②最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン、이재명)代表の過去の疑惑及び逮捕の可能性について
③3月8日に行われる与党「国民の力」の党代表選挙の情勢

今回は、このうち③「国民の力」党代表選挙の情勢について、選挙概要、現状分析及び結果予想の観点からそれぞれまとめてみたい。
「国民の力」は韓国の2大政党のうちの1つで、韓国の保守政党の代表格である。尹錫悦政権を支える与党であることは勿論ながら、日本との関係改善の必要性を理解する国会議員が多く所属し、日本語を解する議員も複数名存在するため、日本側としては動向を無視し難い政党である。


代表選挙概要

前回の党代表選挙は21年6月11日に実施され、李俊錫(イ・ジュンソク、이준석)氏が韓国憲政史上最年少(当時36歳)で党代表に選出された。

李俊錫前代表(中央)。筆者撮影。

李俊錫氏の本来の任期は23年まで(2年間)であったが、過去の性接待疑惑及び同疑惑の証拠隠滅教唆疑惑が浮上。また、与党代表にもかかわらず尹政権への批判や不満を公然と述べる李俊錫氏の姿勢に対し、党内の重鎮議員や尹錫悦大統領支持派の議員たちからは批判が集中。李俊錫氏と彼らの激しい応酬が続いたが、紆余曲折の末、22年10月に懲戒処分となり、党代表職を喪失した。今回の選挙は現在空席の党代表の席を埋める選挙である。

歳も顔の造形も近い南北の若き指導者。
(出典:나무위키:이준석

なお、今回の党代表選挙は「国民の力」は勿論、野党「共に民主党」にとっても大きな意味を持つ。それは、今回選出される党代表が、2024年4月の国会議員総選挙の際の総指揮・及び公認権を有するためである。
(詳細は割愛、別記事にて解説予定)

現状分析及び結果予想

党内予備選挙を経て、最終的な党代表候補は
①金起炫(キム・ギヒョン、김기현)前「国民の力」院内代表*(64歳)
②安哲秀(アン・チョルス、안철수)議員(61歳)
③黄教安(ファン・ギョアン、황교안)元「未来統合党*」代表(65歳)
④千ハラム(チョン・ハラム、천하람)弁護士(36歳)

の4人に絞られている。

*院内代表:政党全体(国会議員、地方議員、党員全て)の代表である党代表に対し、「院内」の代表、すなわち国会の同党所属議員の代表。国会において他党の院内代表や国会議長と協議を行う。
*未来統合党:「国民の力」の前身。

さて、ズバっと言ってしまうが、筆者の予測は①金起炫前院内代表一択である。というか他の候補になる可能性があるなら教えてほしいほどである。
連日にわたって「果たして結果はどうなるのか?!」的な報道がされてはいるが、党内の人々や韓国政治ウォッチャーたちからすれば、金起炫氏が出馬宣言を行った時点で結果は決していたと言っても過言ではない。
その根拠は色々分析がなされているが、何よりも、金起炫氏以外の候補の可能性が希薄すぎる(弱すぎる)ことが最も大きいと見ている。

金起炫前院内代表。蔚山(ウルサン)市長も経験しており、安定感のある政治家である。
(写真出典:中央日報記事より

安哲秀候補は、IT企業を創業した実業者であり医師であり、また過去に3度も大統領選挙に出馬している大物政治家である…などの説明はこのnoteを読まれているような方には不要であろう。韓国政治を少しでも知っている人ならば必ずわかる人物である。

安哲秀氏のインスタキャプチャー。年を追うごとに仏陀に似てきていると噂される。

ビックネームの安哲秀議員であるが、党代表当選の可能性は限りなく低い。彼は元々保守政党の「国民の力」とは異なる中道保守政党「国民の党」出身であり(党名がややこしい)、「国民の力」党内に支持基盤が存在しない、いわば外様政治家である
彼が当選するには党外の中道右派の支持が必要となるが、それが叶わぬ今回の選挙*では、勝てる見込みは全くない
そんな状況でも彼が出馬するのは、次期大統領候補を狙う彼にとって、それ以外の選択肢がないからである(この件は別記事として後日改めて論じたい)。

*「国民の力」の党代表選挙は、本来、党員たちの投票にプラスして一般国民の世論調査結果が反映される仕組みとなっていた。これにより広く国民から意見を聞く開かれた政党であるとのイメージを設けようとしたものである。しかし、前回の代表選挙ではその制度が機能したことで、党内での人気は他候補に劣っていた李俊錫氏が逆転で党代表に選出されてしまったこともあり、今回の選挙を控えて党指導部らは党憲・党規を改正、100%党員投票となった。そんなことしなくても金起炫氏の当選は固いだろうに…

黄教安候補はかつて朴槿恵(パク・クネ、박근혜)政権時に国務総理を務めたほどの人物である。しかし、2020年の国会議員総選挙において党代表として「共に民主党」に大敗北を喫し、また自身も落選したことで、色々とおかしな方向に走るようになってしまい、今や不正選挙を訴える極右牧師おじさんbotと化している。無論、当選可能性はゼロである。
しかしそれでも根強い極右の支持者たちが一定数存在することは知っておいてよいだろう。米国のトランプ支持者に通じるところがあると言える。

千ハラム候補は、まだ30代という若さながら、さすがはエリート弁護士というべきか、非常に弁が立つ候補である。ただし、当選可能性はこれまたない。今回選出される党代表は、前述のとおり来年の国会議員総選挙を指揮する役割を果たさなければならない。党内の若手のみならず重鎮議員たちとも交渉できる安定した党運営能力とそれなりの権威が求められるのであり、若さと過激さが魅力な千ハラム候補とは真逆の候補が求められる
一方で、彼がどこまで支持を伸ばすかは注目すべきポイントである。それは、彼がかつての李俊錫氏同様若く、かつ、李俊錫氏と同じく公然と「国民の力」指導部、さらには大統領府を批判しているためである。それもそのはずで、そもそも千ハラム候補は李俊錫派閥に属する人物であり、李俊錫氏も公に支持を表明している。
そのため、彼の支持が伸びるということは、それだけ党内に尹大統領と現指導部に対する不満が溜まっていることを意味する。ゆえに指導部は千ハラム候補に対するネガティブキャンペーンに必死になっている。
ただ、結果についてはそれほど心配する必要はないだろう。李俊錫氏のイメージがついていることは、今回の選挙においてマイナスに働く。党員の多数派は李俊錫氏によって党が掻き回されたと考えており、同じような若くて過激な人物を党代表に選ぶことには極めてネガティブであるからだ。ゆえに、青年層を中心に一定の支持は得ることはできようが、伸び悩むことは確実である。
千ハラム弁護士も今回の選挙では勝てないことを自覚している節がある。おそらく、今回の選挙は少しでも党内で自身及び李俊錫派閥を拡大させること、来年の国会議員総選挙の際に自分たちに味方する勢力を党内で作ることが目的なのであろう。


以上の4人が争っている状況であるが、繰り返すが金起炫氏の当選は固い
投票権を持つ「国民の力」党員のうち、40%は「保守の地盤」と呼ばれる慶尚道(キョンサンド)地域の有権者であり、慶尚道に位置する蔚山市で市長を務めた金起炫氏は圧倒的に有利である。彼らの多くは保守本流であり、「中道」保守の安哲秀氏の支持に回る可能性は低い。

唯一挙げられる変数として、突如として湧いてきた金起炫氏の蔚山不動産投機疑惑の趨勢が挙げられるが、今のところ決定打となるような証拠は出てきていない。また、金起炫氏を党代表に据えたい大統領府と党指導部が全力で防衛に回ることも想像に易く、これで状況が覆る状況には陥らないだろう。

筆者としても、金起炫氏が当選し、安定的な党運営をしてくれることを望む。
現在の日韓関係における最大の懸念となっている旧朝鮮半島出身労働者問題(通称徴用工問題)に関し、尹錫悦政権が解決のため奔走しているが、そのためには国会の支援、政党の支援が必要不可欠である。
金起炫氏が党代表としてその役割を果たしてくれることを期待してやまない。


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