やりたいことと求められることの狭間で~TikTokから有名になった秀才シンガーソングライター遠坂めぐの葛藤~
私が遠坂めぐを知ったのは、1年4か月ほど前。
YouTubeのおすすめ動画としてあいみょん「愛を知るまでは」のカバーが上がってきたからだ。
遠坂めぐは、ピアノの演奏に乗せて、伸びやかに歌い上げていた。
私は、特別その動画に魅かれたわけではなかったが、概要欄に「シンガーソングライター」と記載があったので、オリジナル曲の動画を観てみた。
私は、インディーズのシンガーソングライターを発見すると、必ずオリジナル曲を聴くようにしている。
歌や演奏が上手いシンガーソングライターは、ごまんといるが、作曲が上手いシンガーソングライターはなかなか見つけられないからだ。
これまで3000人以上聴いても、記憶に残るメロディーを作れるソングライターは数えるほどしかいなかった。
遠坂めぐのオリジナル曲の中から私が聴いたのは、「新曲」いうタイトルの曲だった。
記憶に残るメロディーではあったが、詞があまりにも自虐的なのが気にかかった。
スランプに陥った小説家が小説を書けないことをテーマに小説を書いたりすることがよくあるが、遠坂めぐは、新曲を書けないことをテーマに新曲を作っていた。
自らをあいみょんや米津玄師、ミスチルやサザン、スピッツといった有名ミュージシャンと比較して。
「言いたいことも特に思い浮かばない」
「新曲」の1番に入っているその詞は、遠坂めぐが現在の生活に満たされていることを暗示している。そう感じてしまった。クリエイター特有の悩みは理解できるものの、世間に発信したい強い衝動や渇望が感じられなかったのだ。
それが、私が遠坂めぐに持った最初の印象だった。
それから、私は、遠坂めぐのことをすっかり忘れてしまっていた。
ところが、2022年6月、YouTubeショートを流し観していたら、遠坂めぐの『「徒歩」って漢字にキレてます!』という動画が目に飛び込んできた。
彼女の作曲家としての才能が生かされたポップでキャッチ―なメロディーに乗せて、誰もが見逃しがちな矛盾にツッコミを入れる短い歌だった。
その切れ味と面白さは、YouTubeショートの様々な動画の中でも際立つ存在に見えた。
どうやら、遠坂めぐは、2022年からTikTokに力を入れ始めたらしい。
そして、『切れてるバターにキレてます!』という動画がバズり、その後「短いキャッチ―なメロディーに乗せて、矛盾や不条理にキレる歌」というフォーマットで次々と動画を発表し、バズり続けていたのだ。
芸能界では、リズムネタと呼ばれるタイプの作品。それが世に受け入れられたのだ。
2021年に3000人程度だったYouTubeチャンネル登録者は、10万人に達しようとしていた。
世間では「キレてます!の人」と多くの人々が認知するようになった。
正統派の音楽を作る努力がなかなか報われない中で、何とか売れたいという渇望が、世間の目を引く刺激の強い音楽を生み出し、自らを世に出したのだ。
かつて、名作家の井上靖は、自らの名を売るために、最初はあえて世間から求められる小説を書き続けて知名度を上げたという。
私がリスペクトするミュージシャンCHAGE and ASKAも、最初はヒット曲を出すために、あえて誰も踏み込んでいない演歌フォークという分野を作り出して世間の目を引き、知名度を上げた。その反動として、演歌フォークのイメージを覆してJ-POPの「SAY YES」を大ヒットさせるまで10年かかってしまったのだが……。
「キレてます!の人」として知名度を上げた遠坂めぐも、自らの作品が世間に認められて嬉しさを感じる反面、正統派のシンガーソングライターとして世に認められたいという願望も高まったようだ。
2022年7月には、その葛藤を描いた新曲「インスタントオリジナリティ」を発表している。
私は、この作品のメロディーと詞の完成度の高さに驚嘆した。
そして、やりたいことと求められることの狭間で悩まされる葛藤の表現に、深く共感させられた。社会のどんな仕事にも通じるものを感じたからだ。
私が思い出したのは、エイベックスの松浦勝人会長が浜崎あゆみとの対談で語った言葉だった。
きっとこれから遠坂めぐは、やりたいことと求められることを自らコントロールしながら、進化していくのだろう。
最近、登録者10万人突破記念で出した動画『キレてます!の人=遠坂めぐからご報告があります。』を観ると、彼女の今後を想像できる。
決断力、行動力、洞察力、継続力を兼ね備えた秀才。それが彼女のトークから受けた印象だ。
今後、遠坂めぐは、人生経験の中で多くの人々が共感できるテーマにたどり着いてヒット曲を出し、紅白歌合戦に出場できるようなシンガーソングライターとなっていくだろう。
そのとき、遠坂めぐがどんなオリジナル曲を発表しているのか。楽しみである。
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