阿武隈川にカバ、バス停に女神
所用があり、阿武隈川流域に出かけた。東北本線、二本松に行く電車は平日の日中は1時間に1本。二本松駅を降りると、目的地に行くバスは駅前ではなく「駅入り口」というバス停からしか出ない、不安。それも1時間に1本しかないという。それとこれが一致するのはなかなかの難問だった。
二本松にはお城があって、城下町には大きな神社など、高村智恵子記念館とかさ、観光地がいろいろある、お祭りも数々、大手酒蔵もあったりして栄えている。駅で言われたバス停について見ると、行先がいくつもあって、どれが目的のバスなのか全く見当がつかない。
「どこへいくんですか?」バス停の先客だった高齢の女性が声をかけてくれた。目的地を言うと「東和小学校行」一択だという。駅では違うことを言われていた。その人が乗るバスと同じだという。「ここから出るバスがたくさんあって、違うのに乗ると、見当違いなところに行ってしまうんですよ。私は今日は病院の帰りでね、いつものバスより遅いんだけどね、薬でずいぶん待たされて、年を取るとねえ」穏やかな昼前の世間話、バスは30分来ない。私がどこから来たか…を話していると、いつの間にかその人が6人兄弟の下の方で、東京に出た兄弟たちはもうみんな鬼籍に入っていて、自分と妹しか残っていないということをつらつらと話す。初対面の人なのに、なんだか歴史を見てしまう。福島にずっと住んでいて、冠婚葬祭でもないと、よそにはいかないのだという。話は、名物のことになってくる、ここの名物は玉羊羹で、楊枝でぷつんと挿すとプルっと出てくるお菓子だとか、自家製のあんこがおいしいとか、最近メロン味が出たのは、流行っているみたいだけれど、自分はいただけないとか、薄皮饅頭も有名だとか、いう。「年を取るとあんまりね、甘いものはたくさん食べないようにしないとねえ、自分じゃ買わないのよ、玉羊羹なんてね」穏やかな丸顔の気さくなその人と、バスを待つ。まるで天のお引き合わせのように思えた。
用事をすませて、また来たバスの復路で駅に戻りたいのだが、時間の組み合わせができなくて、1時間、何もないバス停で待つことになった。20分の往路だったから、3キロか4キロというところだろうか。歩いてみよう、そう思って、阿武隈川を渡る。すると、広い川の中央にカバ?まさか?
カバがいる!思わず欄干から乗り出してみると、そんなわけはなかった。
二本松は縄文遺跡も数あるらしく、丘陵地帯のようだ。町も丘を下ったり登ったりするアップダウンのある感じ。グーグルマップで駅までの道をさぐり、指示通りに丘陵を横切ったり、迂回したりしていたら、何度も同じ場所に戻ってしまっている。尋常じゃない、人の家の私道みたいなところを歩いたり、墓場を通ったりして、また同じ場所にぐるっと回ってしまう。
私は初めての土地でも割合迷わないほうなんだけど…グーグルを信じるのはやめて、バスの往路で見かけた目印を追って歩いてみると、大七酒造という大手の酒蔵にたどり着く。酒屋のおばさんに駅への道筋を聞いたら「歩いていくなんてありえない」と笑われた。「それならね、そこの坂を上がって、下ったら、右に曲がってずっといけば駅に着きますよ」それはただの町にある坂というより、丘陵を上る斜度がある登りで、頂上に着くと下るというかなりのアップダウンだった。笑われちゃうよな、これ歩くって。
二本松で14時2分の下りに乗らないと間に合わない日程だった。駅の近くについたのは13時59分、猛烈に走って、階段を駆け上り、なんとか間に合った。まったく、スリリング。
昼に駅のバス停で親切にバスを教えてくれた高齢の女性は、私が下りるべきバス停で振り返って、目で「次ですよ」と念を押して間違えないように合図してくれた。降り際に「道中気を付けて」と優しい言葉をかけてくれた、ものすごく嬉しかった、女神か観音のような人だった。