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GLOBALRINGで待つ男

出番を待つその人を私はずっと見ていた。
円形の広場を囲む柱に恰好をつけて寄りかかり、ネクタイをチーフのように胸ポケットに挿して。手には大きな黒いこうもり傘をステッキのように持っている。グローバルリングは円形広場で中央部が少しくぼんでいるから、雨がふれば浅い池になるし、ストローラーのついたトランクを押して横切ろうとすると、円の中心にわずかに引き寄せられるようなわずかなスロープがあって、意識も目線も真ん中に集まるように引力が働く。

円を囲むように巡らされたベンチには、たくさんの人が座っているが、不思議とみんな円の中心を向いている。お金がなさそうな人、まあまあある感じの人、暇そうな人、忙しそうな人、老若男女、ざっと1歳から80歳まで、幅広いみなさん。劇場付きなので警備員が巡回もするのだろうか、もし怖い目にあったら助けてくれそうな気もするし、併設されたカフェの裏には、清潔なトイレまである。季節によっては24時間すごせそうな場所ではある。

そのグローバルリングの柱に寄りかかって、その人はそわそわしている。何かを待っている。何を待っているのか私は知っている。さっきからそれを待っている彼を待っているのだ。

一瞬水の気配がして、ヒュン!はじめの水柱が円形広場の中央から飛び上がる。たちまち円の中心に水柱が立ち、1メートルほどの高さに何本も水勢をそろえて吹き上がり、一連隊の兵隊のように整列した。
やにはに彼はもったいぶって、得意げな薄笑みをうかべ、水柱の前にさっそうと立ったと思うと、こうもり傘で水をフェンシングのひと突き、次に剣豪のように振り上げて切り倒す。何度も水に挑みかかると、不敵な笑みをうかべ「別に本気じゃないんだよ、おふざけなんだ」という顔をして、あらぬ方を向く。立ち去るかと思いきや、振り返ってまた闘いを挑み、水が吹き上げている間中、それが続く。
風車ではなく水柱に挑む騎士さながらに。

噴水が地面に吸い込まれ、消えてしまうと、彼は照れ笑いをうかべながら、元の柱に引き上げていく。そして次の出番を待つ。

その日、私は歯医者の帰りで、治療のために麻酔を打っていた。その手の薬に弱い体質なので、歯の治療程度の麻酔でも打つと一日意識がぼんやりして全く仕事にならない。ドーピングが利いた状態で座り込んでいたので、そんな男の人は幻だったかもしれない。小さいおじさんの幻覚ならぬ、傘で噴水と闘う男の幻覚だったんだろうか。

それとも、劇場付きの広場だから、彼は俳優でなにかフリーのパフォーマンスを披露していたのかもしれない。告知されない即興パフォーマンスは、ある人が本気で噴水と闘っている姿とどこが違うのだろうか。円形広場の周囲に座る観客は、彼の演技にほとんど気づいていない。もしこれが仕掛けられた劇なのだとしたら、観客たるには、麻酔薬でぼんやりするかなにか、そういう条件が必要になりそうだ。気が付いていましたよ、私は!