見出し画像

音大ジャズ科卒、今更BLUE GIANTを観る

今更ながら鑑賞させていただきました。
今まで意図的に避けてきたかもしれません。
と言うのも、音楽をやっていたものの視点が絶対に付きまとうので純粋な気持ちで観れないと思っていたからです。
以下感想。

⚠️ネタバレ注意。

結論から言うと、観て良かったです。
やっぱりジャズをやっていた身からしたらツッコミどころもあるし、飲み込みずらい所もあったのは事実ですが、トリオそれぞれの生き方の指標、立場が明確化していたので、見終わったあとは不思議な達成感と活力を頂けました。


それぞれの視点を個人的解釈でまとめていきます。

・宮本大の視点
大前提として、彼は才能があるという描かれ方をしています。
才能があるゆえの人間的な矛盾、そして才能がない者への鈍感な発言。そういう人の気持ちがあまり上手く汲み取れないという立ち位置です。

後述するピアニストの沢辺雪祈が演奏者としての壁にぶつかった時、
「これは雪祈の問題だから俺たちに出来ることは何もない。」と話し、ドラムの玉田俊二が
「それでも何かしてやるのが仲間なんだ。そもそも俺が一番下手だろ。じゃあなんで俺には何も言わないんだよ。舐めやがって」
と衝突。

これは雪祈への無神経な発言と言うよりは、この発言をした後の玉田の気持ちが分からない、というより眼中に無いという取られ方をしてもおかしくない事を発言していると自覚していないんですね。
しかし実際主人公、宮本大が言っていることは正論です。自分で壁を超える何かを見つけない限り意味は無いし、見つけられるのは自分しかいない。

大自身は自分の演奏にプライドと自信を持っていて、恐らく自分には才能があることも知っています。
それゆえ、才能がない人間、または地力で実力をつけてくしかなかった人間の気持ちが汲み取れないのです。

トリオのライブが終わったあと、玉田を残し2人で帰路につく時、

「あとはあいつ(玉田)が頑張ればいいだけだ」
という発言に雪祈が
「努力は人のためにするものじゃなくて自分のためにするものじゃないのか?」

という会話に彼の鈍感さや身勝手さが詰まっています。

才能があることは素晴らしいことですが、いい事ばかりではなく、才能ゆえの孤独というものと一生付き合う、または無自覚ではあるがそうなっていたり、徐々にそうなっていってしまう事があった人はこの大の気持ちがとても分かるのかもしれません。

・沢辺雪祈の視点
個人的にこの雪祈の視点が1番感情移入しました。

彼自身も恐らく才能がないわけではないと思いますが、演奏に関しては才能というより継続と自力で才能ある人間と渡り合うという感じでしょうか。
それに作曲の才能がありますしね。なんてったって中の人が上原ひろみですから。。

自身は14年もピアノを弾いていて、それまでの積み重ねた自信をたった3年ほどの大の演奏と才能に衝撃を受け、悔しさと惨めさに涙を流していたシーンはなんとも言えない気持ちになりました。

最初は日本のジャズを背負って立ち、東京のジャズシーンの最先端に自分がいたいと語っていましたが、彼には10代で表参道の名門ジャズクラブの
so blue (元ネタはもちろんブルーノート東京)で演奏するという目標があり、そのために今の現状の音楽シーンの演奏を知り、それに勝っていく演奏が必要だと言い、音楽の最先端を突きつめるという気持ちと、憧れの舞台に立つためにどうして行くかという、目的と手段がめちゃくちゃに混ざっていきます。

そうなってからは大とは演奏のことで度々衝突することがあり、
「お前、毎回同じような事弾いてるよな。もっと自由であるべきなんじゃないか?」
という大に対して
「今必要なのは勝つ演奏をすること。じゃないとお客さんは来ないし、活躍する場所すらもなくなる。」

と、言う具合に。

ただ彼は自分の信じたことに対しては実直で、そのためには色々な手段を講じるし、自分の自尊心がへし折られて落ち込んでいても、何とか自分で持ち直す強さがあります。
というよりリアリストでもあるしロマンチストでもあるし、ナルシストでもあるという感じ。

事故でピアノが弾けなくなり、自身のこの悔しさも自尊心も、音楽が好きという気持ちも大に託すという役回りになり、この部分が今の自分にとてもリンクしました。

・玉田俊二の視点
映画鑑賞した方の多くは、この玉田の成長に感動した方が多いと聞きます。

大学のサークルの人間と考え方が合わない時、大の練習にたまたまメトロノーム係として付き合ってからジャズの魅力に気づき、そのまま未経験のドラムを始めバンドメンバーに仮加入というとんでもない胆力の持ち主です。
当然ながら何も出来ない訳ですが、そこから一念発起してどんどんと成長していきます。
最初はエイトビートすら叩けなかったのにいきなりラテン叩いてたのはウケました。

才能以前に未経験なんですが、持ち前のガッツで超スピードで成長。
しかし彼は才能がある!という描かれ方はしていなくて、この3人で音楽がやりたい!そのためには今の自分じゃダメなんだ!という描かれ方をしています。

3人の初めてのライブで雪祈のオリジナルの曲をやるのですが、玉田だけボロボロでロスト(どこを演奏しているか分かんなくなること)した時の妙なリアルさは凄かったですね。

そこから3人で音楽をやるために、自分はもっと頑張らないと行けないんだ!という気持ちからとてつもない努力をし続け、その貪欲さから
演奏が終わる度にメンバーに
「俺今日何回ミスした?」と自分から聞くようになります。

ただ、玉田の場合、音楽やジャズの自由度に価値を感じるのではなく、あくまで3人でやる音楽のために頑張っているので、この2人とは違い仲間意識がとてつもなく強いのです。
実際ジャズの場合、固定のメンバーで何十年も演奏を続けるというケースは多くはなく、同じバンドの名前でもメンバーか変わることはよくありますし、なんなら普段は固定のメンバーじゃない演奏の方が多いです。
まあよくやる人は一定数いるんですが。

トリオでの最後の演奏の時を境にドラムを叩かなくなるのは、この3人での演奏に価値を、もっといえばこの3人と一緒にいれることに価値を感じているので、そのために実直に頑張る姿に感情移入するんだろうなと感じました。

実際原作ではこの後ドラムは辞めたそうです。

てか映画では才能ある!って描写されてないけどいちばん才能あると思います。
初めて1年で石若駿になるんだぞ?本人でも無理だろ。

と冗長に長々とまとめましたが、
このように3人の視点は見る人によってどこに感情がリンクするか別れるので、そこが凄いいい映画だなと。

おそらく年齢や立場が変わってもう一度見たら、最初は玉田視点だったけど雪祈視点になっていた!とかがありそうですね。
今更ながら鑑賞できて良かったなぁと思います。

駄文失礼いたしました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?