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【社会起業家取材レポ #23】「懐かしくて新しい未来」を感じられるような地域共生社会の実現 ~インタビュー編~

SIACの学生が東北で活動する社会起業家の取り組みを視察・取材する「社会起業家取材レポ」。今回は、SIA2022卒業生の引地恵さんにお話を伺いました!

視察レポート編はこちら


引地恵さんについて

株式会社WATALIS代表取締役/一般社団法人WATALIS 代表理事
宮城県亘理町生まれ。宮城教育大学大学院卒業。大日本印刷株式会社勤務を経て亘理町職員となり、社会教育主事・学芸員として地域づくりや民俗調査に関わる。学芸員時代に民俗学に出会い、地域の文化やそこに住む人々に興味を抱く。亘理町の文化を探求する中で、亘理町に暮らす女性達は着物の残り布で仕立てておいた巾着袋に一升のお米を入れて、お祝いやお返し、手土産にしていたという返礼文化があることに出会う。 そして、亘理町での地域の方々とのやりとりや日々の暮らしを大切にする生き方を見て、「幸せ」とは簡単には手の届かない所にあるものではなく、自身「幸せ」は今ここ(=亘理町)にあると思うように。その後、東日本大震災をきっかけに、失敗を恐れるのではなく、今やりたいことをやる大切さに気がつき、着物のアップサイクルを行うWATALISを設立。活動を通して様々な社会課題に取り組む。

インタビュー

Q:どのような経緯でWATALISをはじめたのですか?
A:何の見通しもないままにスタートしました(笑)

学芸員時代に初めて触れた民俗学との出会いをきっかけに、「地域の文化っておもしろいかも」と思いはじめました。そんな中、父の死、東日本大震災が立て続けに起こり、「生きている自分が、何かやらなくては」という焦りにも近い気持ちが芽生えてきました。今までは世間体や親からの期待を気にしていたけれど、死を身近に感じて、やりたいことをやろう、自分のコントロールできることにはベストを尽くそうと決めました。

ある時、知人の農家の女性から亘理町に古くから伝わる巾着袋の話を聞きました。着物の残り布で仕立てられ、中にお米を入れてお祝いやお返しに渡されたという巾着袋。この巾着袋を紹介された時、明るく前向きなこの女性の人柄は、きっとこの感謝を伝え続ける生き方からきているのだと直感しました。

これまでの人生を振り返り、自分も地元に伝わる「感謝を形にして伝える生き方」を受け継ぎ伝えたいと思い、FUGUROの製作を決め、WATALISを立ち上げました。まったく裁縫の技術も販売や経営の経験もなかったので、何の見通しもなく行き当たりばったりの立ち上げでした(笑)。

Q:着物のアップサイクルにとどまらず、農業を始めたのはなぜですか?
A:遊休農地が増えつつあるという新たな地域課題に気づいたからです。

亘理町で活動を続けるうちに、担い手不足によって耕作が困難になった遊休農地がたくさんあることに気がつきました。いまは、遊休農地を持っている方のお手伝いをするという形で、20aくらいの畑で野菜の栽培やミツバチの飼育をしています。

農作業は、バックグラウンドや障がいの有無などに関係なく自然に交流でき、前向きでたのしい気持ちになれます。取り組みを通じて、新しいコミュニティができたり、採れた農作物を分け合ったりと、参加者同士の関係がより深くなったように感じています。

Q:農業を始めるにあたって、事前に知識や経験はありましたか?
A:まったくありませんでした(笑)

遊休農地の存在を知ってすぐにやると決めました。それから、地域の農家さんや宮城県亘理農業改良普及センターに相談し、知恵と力を貸してもらいながら進めていきました。現在は、保存や加工が簡単な大豆、さつまいもを栽培しています。採れた作物は参加者で分け合ったり、おすそわけしたり、障がい者就労施設の方と協働してクッキーなどの商品の開発・製造・販売を行ったりして産業の6次化にも取り組んでいます。

Q:元の製品より価値を下げて再利用するダウンサイクルについてどう考えますか?
A:アップサイクルと同様に、必要なものだと思います。

世界において、アップサイクルもダウンサイクルも両方必要だと思います。WATALISで行っているアップサイクルも、衣類としては価値がなくなった着物を使っているとはいえ、選別や水通しなどに人的コストはかかっているし、どちらに優劣があるとは思っていません。時と場合に応じて、適切なリサイクルをすることが良いと思います。

Q:「幸せ」とはどんな事だと思っていますか?
A:人とのつながりだと思います。

人より優れていないと幸せになれないんだと思っていたので、私にとって「幸せ」はとても手の届かないものでした。でも、WATALISを始めて、できないことがたくさんある私を馬鹿にせずに応援してくれる人に出会って、いつの間にかなんでも話せる友人になっていく中で、信頼し合える人とのつながりが最高の幸せだと感じるようになりました。起業時には、親しいと思っていた人からの「できるはずがない」という批判や反対の声もありましたが、逆に表面だけではない人間関係ができました。

Q:人生のゴールはなんですか?
A:ここまでできたら終わり、という感覚がないです。

地域にはいいところばかりではなくて、課題がたくさんありますからね。

手近な目標としては、新しい農業の拠点を作ること、農作業をする近くに宿泊施設かコミュニティスペースを作ること、資材置き場を作ることを考えています。

そして亘理町をはじめ多くの地方が抱える大きな課題として、後継者不足があります。昔は一家で代々継いでいくのが当たりまえだったのが、職業選択の自由化や意識の多様化によって、これまでの継承の形が成り立たなくなっています。地域おこし協力隊のように外から人を呼んできてもいいんだけど、地域の中で引き継げれば最強じゃないですか(笑)。ノウハウも地域の中に残りますし。

こうして考えると、この地域に暮らす人たちがやってきたことを繋いでいくことが自分の役割なのかなと思います。このWATALISも同じ志を持ったひとに引き継いでいきたいと考えています。やっていく内容は次の人に任せてハコを繋いでいくイメージです。何を始めるにも0からのスタートは労力がかかりますからね。

Q:亘理町をどうしていきたいですか?
A:私が町を変えられるわけないじゃないですか(笑)

自分の力では町を変えるなんて到底できないと思っています。でも、WATALISによって生まれたこの前向きでたのしいコミュニティがどんどん拡大していって、いつか町全体に広がればいいなと思います。

取材・執筆担当:真瀬水百合・阿部弥琴

編集後記

引地さんへの視察・取材を通じて、最も印象に残ったことは引地さんの「人間らしさ」です。

これまでの経験や起業のきっかけなどを伺うと、その回答の中で引地さんの当時の感情を聞くことが出来ました。喜怒哀楽、様々な感情を抱く中で「起業」という選択肢が生まれ、現在に至ったという話を伺い、引地さんからものすごく「人間らしさ」を感じました。

起業家という生き方はどこか人間離れしたイメージを持たれがちですが、引地さんから感じたものは「感情豊かな」全く別のものでした。

自分の感情を大事にする生き方を忘れないことが、社会起業に関わらず、どのような生き方でも大切なのではないかと考えさせられました。

(学生事務局 鈴木)

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