令和元年司法試験商法答案

DC条項:本稿は正答を提示するものではありません。閲覧者が本稿を参照したことにより被った不利益については、いかなる責任も負いかねます。


第1 設問1
1(1) 乙社は、定款12条の臨時株主総会を自ら招集することが考えられる。まず、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き保有する株主は、取締役に対して株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して、株主総会の招集を請求することができる(会社法297条1項)。
 乙社は、平成29年5月時点で後者の総株主の議決権の4%を、平成30年1月の時点で同15%を保有していたのであるから、前半の要件をみたす。また、増配に係る議題は「株主が議決権を行使することができる事項」(同項カッコ書き)に当たるので、これを目的事項とできる。よって、招集の理由を示して招集の請求をすることができる。
(2) 請求の後遅滞なく招集の手続が行われない場合、また、請求があった日から8週間以内の日を株主総会の日とする株主総会の招集通知が発せられない場合は、乙社は裁判所の許可を得て株主総会を招集することができる(297条4項1号、2号)。形式的要件をみたしている限り、裁判所は許可をしなければならない。
 定款では基準日は毎年3月31日とされているが(124条1項乃至3項)、これは定時株主総会についてのものであるので、3項但書の適用はなく、本文より、基準日を別途定める場合は公告が必要となる。
 また、定款14条によると、議長(315条)は取締役社長とされている。しかし、これは平時の株主総会についての規定であるから、緊急時である株主が株主総会を招集する場合はこの定款の適用はないと解され、会議体の一般原則に従い、招集した株主が議長となる。
2(1) 定時株主総会で株主提案権を行使する場合は、甲社が取締役会設置会社(2条7号)であることから、総株主の議決権の100分の1以上の議決権又は300個以上の議決権を、6か月以上前から引き続き保有する株主は、取締役に対し、一定の事項を株主総会の目的とすることを請求できる。これは総会の前8週間前にしなければならない(以上303条2項)。
 乙社は、上記の事実からするとこの要件をみたすので、株主提案権を行使することができる。
(2) この場合、定款13条の基準日が適用される。そして議長は14条より取締役社長となる。
3 後者の場合、乙社が甲社の議事運営に異議があり自らが議長となりたい場合は、乙社(の代理人等)を議長として選出すべきとの議案を提出しなければならない。これが可決された場合は、定款14条1項2項の者全員につき不信任決議があり、「事故」があるといえるので、定款の規定にかかわらず議長を選出できるが、可決されるかは不確実である。
 前者の場合、株主は298条1項の事項を決定し、招集通知や、基準日の公告を行うこととなり、招集・開催の費用は株主の負担となる。ただし、民法702条により、会社にとり有益な費用は合理的な額を求償できるとの見解もある。
第2 設問2
1 乙社は、本件新株予約権無償割当(277条)の差止請求(247条)と仮処分の申立てを行うことが考えられる。
2 まず、新株予約権無償割当について会社法は差止の条文を置いていないところ、新株予約権の無償割当てが株主の地位に実質的変動を及ぼす場合には、同条が類推適用される。本件新株予約権は、乙社(非適格者)が行使することができないという差別的行使条件が付されており、特定の株主が持株比率の低下等の不利益を受けるおそれがある。とすると、その株主以外に新株予約権が発行された場合と変わらず、株主の地位に実質的変動を及ぼす場合といえる。よって、247条が類推適用される。
3 乙社は、本件の割当は、株主平等原則(109条1項)に違反する法令違反があると主張する(247条1号)。
本件の割当ては、たしかに株主平等原則に直接触れるものではない。しかし、株主は株主としての資格に基づいて無償割当てを受けるのであり、会社法はその場合の新株予約権の内容が同一のものであることを前提としているから、株主平等原則の趣旨が及ぶ。一方、109条1項が保護する個々の株主の利益は会社の存立・発展なしには考えられないから、会社の企業価値がき損され、株主の共同の利益が害される場合にまで厳格に株主平等原則を貫くのは妥当でない。
  よって、(1)特定の株主による経営権取得に伴い、会社の企業価値がき損され、会社の利益ひいては株主の共同の利益が害されることになるような場合には、(2)その防止のために当該株主を差別的に扱ったとしても、当該取扱いが衡平の理念に反し、相当性を欠くものでない限り、株主平等原則の趣旨に反するものではない。
 (1)についての判断は、最終的には、会社の利益の帰属主体である株主自身により判断されるべきであり、判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵が存在しない限り、当該判断が尊重される。本件株主総会では、甲社の総株主の議決権の90%を有する株主が出席し、本件議案は出席株主の67%の賛成により可決されている。これは、株主総会特別決議の要件(309条2項)をみたすものであるから、乙社以外の既存株主によって、株主の共同の利益を害するとの判断がなされたといえる。また、本件株主総会の招集の手続及び議事は適法であったといえ、乙社における短期的利益を追求する投資手法や甲社事業への無理解についての指摘があった等の事実からすると、判断の正当性を失わせるような重大な瑕疵は存在しない。よって、(1)が認められる。
 (2)について、(ア)乙社は非適格者であるから株式の交付を受けることはできず、一方他の株主には1株当たり2個の新株予約権を割り当てられるから、その行使によりその持株比率は大幅に低下することになる。さらに、(イ)乙社は新株予約権を行使できないとされ、甲社は取締役会が定める日にその決議により、新株予約権を取得できる(236条1項7号)とされている。そして取得の対価は、乙社以外は普通株式1株とされる一方、乙社については1円とされており、本件新株予約権の価値に見合うものではない。(ウ)甲社は、乙社が買い増しをしないと約束した場合は甲社の取締役会が解消できる仕組みになっていると反論することが考えられるが、このように、取締役が株主を選ぶような仕組みは会社法が予定しておらず妥当でない。また、(エ)本件で乙社は株式を買い増すとの明確な表示はなされておらず、買収防衛策発動の緊急性は一歩後退している。したがって、本件無償割当は、衡平の理念に反し、相当性を欠くものといえ、(2)が認められない。よって、株主平等原則の趣旨に反する。
 また、乙社は、持株比率の低下や持株価値の希釈化により「不利益を受けるおそれ」(247条柱書)があるといえる。よって、差止が認められる。また、乙社はこれをもって被保全権利の存在を疎明し、また、事後的に割当てを無効とすることはできない可能性が高く、保全の必要性の疎明もできる。よって、仮地位仮処分の申立て(民事保全法13条1項、2項、23条2項)をすることもできる。
4 また、乙社は、本件割当てが不公正発行(247条2号)に当たると主張することも考えられる。
 本件は防衛策の導入の是非を株主総会にゆだねるものあるため、主要目的ルールによって当然に結論が出るのではない。そこで、株主の共同利益が経営支配権の維持・確保目的に優越するか否かを検討しつつ、諸般の事情を考慮して不公正発行該当性を判断すべきである。
 甲社の取締役会では、乙社による支配権の取得を阻止すべきとの意見が大勢を占めてはいた一方、乙社が甲社の財産を切り売りするなどして短期的利益を追求するとの懸念も示されており、この点のみでは決着をつけがたい。としても、本件無償割当ては株主平等原則の趣旨に反するのは上のとおりであり、乙社は買付けの公告等を行っていないから、緊急の事態に対処するための措置ともいえない。乙社に対し、新株予約権の価値に見合った対価も支払われない。また、本件新株予約権には譲渡制限が付されており(236条1項6号)、株式の移転に随伴しないため既存株主に損害を与える場合といえる。
 よって、不公正な方法によるものといえる。その余の要件と仮処分については上記と同様である。
第3 設問3
1 まず、本件決議1は決議内容が違法であり無効(830条2項参照)ではないか。本件禾第1は、甲社の財産の処分は株主総会の決議によってもすることができるとするものであり、これが「定款で定めた事項」(295条2項)として有効かが問題となる。
 この点、取締役会設置会社の場合は、会社法が専ら専門的経営者である取締役にその判断をゆだねていると理解できるし、裁量事項を定款で制約すると定款遵守義務による最適な判断が妨げられ得るので、具体的な業務執行など、取締役の裁量的判断になじむ事項は定款による留保を認めるべきでない。
 本件議案1は、取締役会に加えて、並列的に株主総会にも財産の処分の権限を留保するものであるところ、会社の財産をいつ処分するのかについては、取締役の裁量的判断になじむ事項といえる。特に、甲社は上場会社であり、株主の分散と所有と経営の分離の程度が大きいと考えられるので、甲社の財産の処分全てについて留保を付すことは、取締役会の権限を形がい化させるおそれがある(362条2項1号、4項1号参照)。
 したがって、本件決議1は決議内容の法令違反があるので無効である。
2 とすると、本件決議1に従い、決議2に従う義務はAにはなかったことになる。そして、会社の財産をいつ処分するのか否かは、経営上の判断である。経営はリスクを伴い冒険は不可避であるのに、取締役の冒険心を委縮させる事後的評価をなすことは、かえって株主の利益にならない。よって、423条1項の任務懈怠としての善管注意義務違反(330条、民法644条)の有無については、経営判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったかどうか、その事実の基づく意思決定の過程及び内容において通常の企業経営者として著しく不合理な点がなかったかどうかを基準とすべきである。
 本件で、Aは、取締役の様々な意見を聴取しており、特に社外取締役(2条15号)の意見を聞くという上場会社において重要な手続を踏んでいる(327条の2参照)ので、事実の認識に不注意な誤りがなかったといえる。
 また、意見は賛否両論に分かれており、取締役会決議の結論は決議2に従う事であった。また、決議2は決議1による定款がなくても、勧告的決議としては有効であると考えられ、これに従うことは不当とまでは言えない。たしかに処分による多大な損害が見込まれるにしても、社外取締役の意見を尊重することは不当とまでは言えない。よって、意思決定の過程及び内容において通常の企業経営者として著しく不合理な点がなかったといえる。
 以上より、Aの善管注意義務違反は認められず、任務懈怠責任を負わない。

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