僕が「パーカスとしてのビートボックスを非難している」という噂の弁解

0.はじめに

まず初めに結論から述べると、上記の噂は50%正しく、50%間違っているということ。(比率は適当)

アカペラのパーカスにビートボックスの技術を取り入れるという試みは面白いと思っているし、今後ともぜひ試行錯誤を繰り返してほしいと思っている。というより、僕はビートボックスの技術を取り入れているし、何ならビートボックスしかしていないといっても過言ではない。

この発言に、数多くの人が「?」となるだろうと思うので、気になった人は以下の文章を読んでください。

(注:この文章は、超超超個人的な意見なので、間違った考えや偏った考えが多く含まれます。納得できなくて当たり前なので、そんなことを考えていたんだな程度に受け取ってください。)

言葉の定義

いろいろ単語が出てきてややこしくなる(だろうと予想される)ので定義していきます。話の流れで定義とは若干解釈が変わることがあると思いますが、極力そこで解決するつもりです。

  • ボイパ:口でドラムの音を再現すること(基本的には有声のボイパ)

    • 有声ボイパ:おっくん系の、声を混ぜて打楽器の再現をすること

    • 無声ボイパ:一般的なアカペラで使われる、声よりも呼気メインで打楽器の再現をすること

  • パーカス:アカペラにおいて、声のハーモニー以外の音(リズムなど)を必要十分に表現すること

  • ビートボックス:息や声を使って、打楽器の音や機械的な音、おおよそ人から出るとは思えない特殊効果音を再現すること

いわゆるアカペラで使われる「バスドラム」「スネアドラム」「シンバル」「リムショット」等々はビートボックスに含まないものとする。ビートボックスに含まれる音は「リムロール」とか「ハンドクラップ」とかです。

2.僕が思う「アカペラ」とは

まず、アカペラとは

「アカペラは、楽器を使わず人の声だけでハーモニーを奏で、曲を演奏する演奏形態(引用:うたゆいのアカペラ紹介MC)」、と言われるだけあって「声」で演奏することが必要である。

楽器は基本的に同じ仕組み同じ構造同じ音質で、高さの違うものを組み合わせて作るため、例えばピアノでドミソのCメジャーコードを鳴らすときは、それぞれドとミとソがきっちりとした和音を奏でるようにチューニングして鳴らす。

それとは違って人の声は、同じ人間という動物の身体構造をしているものの、のどの太さや筋肉の付き方が違うので(多分)、人によってさまざまである。つまり人の声でハーモニーを奏でるためには、まず声質を合わせたうえで、その声質でハーモニーを奏でるために音の高さを調節する。発声やカデンツはつまり、人にとってのチューニングである。

アカペラにパーカスはいらない

僕はこれだけでも十分に難しいことをしているし、それだけで十二分に感動する音楽を作ることができると思っている。それは、実際にSmooth AceやTRY-TONE、The Idea of Northといったプロアカを聞いて感動できるからである。

あれだけ綺麗なハーモニーやグルーヴ感を、人の声のみで再現できている時点で、素晴らしい音楽、完成された音楽なのである。

そんな中、パーカスを入れることはそんな綺麗なハーモニーを邪魔しかねない行為だと考えることもできるわけです。

3.それでもなお「パーカス」が必要なワケ

そんな「アカペラにパーカスはいらない」系パーカスの僕が、なおもアカペラでパーカスをやり、サークルを続けている理由は、ずばり

幅が広がるから

声のみで奏でることができる曲にはどうしても限りができてしまう。上記のプロアカペラグループはバラードやジャズなどは演奏できても、ゴリゴリのロックは表現できないわけである。

それは、声だけでは人に細かいリズムを共有することが難しいからである。そこでできたのがボイパである。ボイパというバンドのドラムのような立ち位置につくことによって、ロックというジャンルが表現できるようになったり、ジャズのグルーヴ感を増幅させたり、バラードに抑揚をつけより感動的にすることができるのである。

最初は有声によるボイパを主に利用していたが、徐々に無声のボイパが導入されるようになった。おそらく理由は、原理が実際の打楽器に通ずるところがあり、音色が似ているなどがあげられる(多分)

無声ボイパについて

無声ボイパは、口内の形や唇の触れさせ方、息の量などでいろんな音を表現できる。しかも声によって左右されないというアカペラにおけるチューニングを必要としない!(まあとはいえ人によって口の形違うんで…(以下略))

もっとも恩恵がでかいのは、音量コントロールができることだと個人的には思う。有声は声を大きくしすぎると違和感があり、息を大きくしてもうまく音量を増大させにくい。しかし、無声は息を大きくすればするほど大きくなるのである。逆に小さくもしやすい。最強じゃん!

しかし…

しかし、この無声ボイパ、僕からしたら「ビートボックス」なのである。僕は高校の時にDaichiやHIKAKINのYouTubeを知り、ビートボックスを知り、時にはGBBのワイルドカードを漁る日々がありました。今の僕のパーカスはビートボックスをもとにして作られたものなのです(噂のうち50%の間違った部分)

ビートボックスである無声ボイパはアカペラの幅を広げるという風に言ったが、それはあくまで無声ボイパが合うアカペラをしているに過ぎない。つまり、原初のアカペラのアレンジに無声ボイパを合わせてもうまくいかないということ。今無声ボイパが何の違和感もなくアカペラに導入されているのは、「無声ボイパを生かせる、無声ボイパに調和したアレンジ」が施されているのである。

(何を言っているかわからない人は、上記のパーカスなしプロアカに自分でボイパを足してみよう。リズムという要素を加えているにも関わらず、おそらく原曲を超えることはないだろう(よっぽどの技量がなければ))

幅を広げるための「パーカス」とは

つまりパーカスは、アカペラという音楽形態で表現できる楽曲の幅を広げるために、あくまで「後付けされた」機能であるということ。

リズムを明確にするために有声ボイパが導入され、ロックなどよりドラム感のあるパーカスが欲しいと思い、無声ボイパが使われている。

無声ボイパはつまるところビートボックスの技術なので、今アカペラで使われるパーカスはビートボックスなのである。が、それはあくまでビートボックスの技術の中で、アカペラに使えると「思われている」一部の技術である。

では、いわゆる「ビートボックス」はどうなんだろうか?

「ビートボックス」をアカペラに使うと…

ということは、今あるアカペラのアレンジ楽曲の大半(先輩が作ったアレンジの曲など)を歌う際に、ビートボックスを用いるということは、
「やりすぎ」
になってしまうわけである。

このやりすぎ感は、結局違和感になってしまい、僕のように「それは違うな」という感想をもってしまう原因になるのである(噂のうちあっている50%の部分)

このやりすぎ感は、PentatonixやHome Freeなどのプロコピーをする際にはそこまで働かない。それは、彼らのアレンジが、パーカスはビートボックスであることを前提にアレンジされているからである。身近なところでいうと、OZworldのわかさぎの演奏も、ビートボックス感がもりもりだが違和感ではないのである。

では、どうすればいいのか。

答えは簡単

「ビートボックスが"映える"アレンジ」をすればいいのである。

僕の凝り固まった考えでは、ビートボックスはゴリゴリの洋楽やEDM系の音楽ぐらいにしか使えないんだろうなと思ってしまうが、おそらくそんなことはない。PentatonixはOfficial髭男dismのPretenderにうまく落とし込めているのだから。

(7.余談に続き的なこと書いてます。)

4.いったんまとめ

というわけで、とりあえず「アカペラとは」という大きな前置きから、僕がビートボックスに対してどう思っているのかを書いていきました。

  1. アカペラにパーカスはいらない

  2. でも、あったほうが表現の幅広がるよね

  3. 僕の知るアカペラのアレンジでは無声ボイパまでが許容範囲

  4. そもそも僕はビートボックス界隈から入ってきた

  5. それをアカペラの許容する枠内に収め、違和感を生まないように努力した

  6. 僕の知るアカペラにビートボックス導入するとやりすぎ感が出る

  7. だったらビートボックスを許容範囲に含むアレンジが必要なんじゃないか

っちゅうことです!

なので、自分たちでアレンジし、ビートボックスの音色を生かしたアカペラを生み出そうという試み自体にはすごく賛成的だし、新しいインスピらしさになりそうだなという気持ちでいっぱいです。ただ、先輩たちのアレンジは必ずしもそうではないので、全部ビートボックスにしてしまわず、許容範囲内で収まったパーカスをするほうがいいのではないかと、個人的に思うということでした。

ここまで読んでくれてありがとうございます。(約4000字も書いたらしい)つたない文章で申し訳ないです。「ここわかんねぇ」など質問あれば気軽に聞いてくれればと思います。ただし、

反論は受け付けねぇ、これは個人の感想だ

(おしまい)


こっから先はもの好きだけ読んでね

5.僕のやってきた「パーカス」

僕は先にも述べたように、「アカペラにパーカスはいらない」という信条の珍しいパーカスである。所以は同期のアカペラ好きにそういわれたこと。

もう一つは、そんな彼が「上手いパーカス」という若干矛盾した発言をしたこと。きっかけとなった「そりめ」というインスピ史に残る一人のパーカスの存在である。新歓ライブで初めて見て、「あそこまで違和感なく自然に気持ちのいいリズムが作れるのかと」感動し、あんなパーカスになりたいと思った。(自分ながらにきもいけど本書で嘘はつかない)

アカペラにパーカスはいらないというと荒々しいが、「まるでパーカスがいないみたいに溶け込んでいる」パーカスというのが結局僕の目指す理想像だった。そこから、いかにパーカスをアレンジに調和させるかを意識してきました。

頑張っていた各バンドで何を考えたか書いてみます。

@810でやったこと

「とがったことはしない。アレンジ、原曲に忠実に」
これはもうシンプルにアレンジがよかったから、僕がどうこうしなくても聞き手にリズムは伝わるし、むしろその道から外れると外れた分だけ違和感だった。いかに軽快に、いかにシンプルに、アレンジで目立つようになっている部分は目立つ。そんな忠実なパーカスをしていたと思います。(多分)

イヌノフグリでやったこと

「ファンク感、シャンシャンガシャガシャ、シンバル意識高め」
文字通り、息をつく暇もないシンバルで観客を引き込んで飽きさせないことを意識した。これもすごくいいアレンジだったので、そもそも観客は飽きないのだが、僕もこそこそ貢献していたということ。息していないので、死者が出てもおかしくないです。(ベースのばちょはアタックが秀逸なので、バスドラムは実はあんまり強く打たなくても、アタックに合わせていればばれないからそれに合わせて息を吸っていたことは内緒)

カミカゼでやったこと

「わかりやすく、かつ、盛り上がる」
自分でアレンジしたのでここでこうしたいをそのまま再現した感じですね。ただ、リズムを意識しすぎたアレンジによってコーラス陣は苦労したかもしれない。アレンジで意識したのは、いかに「わかりやすく盛り上がれるか」。アレンジも、サビには大きな工夫は凝らさず、みんなが覚えやすいフレーズとか、字ハモとか、そこを目立たせるアレンジにした。(多分)スネアとクラッシュは出せるだけ破壊力を増した。

BAN BA BANG!!!でやったこと

「もうこれで終わってもいい。だからありったけを…!」
EDM系、クラブ系の音楽をやっていたので、とにかく4つ打ち4つ打ち4つ打ち。バスだけでなくスネアも重くなれーって思いながら、重くならなかった。おしょーという化け物がいなければ完全に軽かった。軽いなりに毎回張り切っていたので、あばらに数個穴が開いていたかもしれない。最終的にはステージングで音が重たい雰囲気を出してた。

6.僕がパーカスに使った「ビートボックス」

無声ボイパに限らず、僕のパーカスにはビートボックスの応用的なものが含まれています。といっても、「悪目立ちする特殊音」を使っていたというよりも、パーカスとしての域は越えない程度に、表現の幅を最大化するためにビートボックスの技術を使ったという感じです。

ブレススクラッチ

ハイハット連打の代用品の一つとして利用した。t-k-tでやると音のとげがありすぎてくどいなーということで、sh(f?)-k-thにした。リズムを刻みたい場所で刻みすぎると、拍と拍の切れ目が目立って気になる。そんな問題をこれは難なく解決してくれ、リズムの刻みを感じつつもしっかりつながりのあるハイハット連打の音色を手にすることができた。ありがとうブレススクラッチ。

ちなみに、ホルモンさんという伝説のパーカスがいるんですが、その方はブレススクラッチをブレススクラッチとして演奏していました。CLの1曲目(2:02ぐらい)のソロでやってます。うめぇ。。

個人チャンネルで「ボイパ13年の備忘録」なるものも上げてたり、ボカロ曲をボイパで再現みたいなえげつない動画もあるんで知っておいて損はない存在かと思います。

インワード系

イヌノフグリでジャカジャカ感を出すために、ハイハット系列の音に魂を込めていると、やがて窒息死します。以前まではバスドラムを極限までタイトにしてブレスをねじ込んだり、小説の中で違和感のないタイミング(裏にベースがいるとか、コーラスに動きがあるとか)で音をなくしてブレスを入れていた。しかしこれではブレス中に音が出ない(当たり前)。

そんな中革命を起こしたのが、息を吸いながら音を出すインワードの技術。あらゆる音に適用でき、ハイハットやスネア、バスドラムで息を吸いながら音が出る。これを身に着けてからというもの、イヌノフグリにかかわらずあらゆるバンドで応用できるようになり、「ここでブレス入れなきゃ…!」みたいなことを考える必要がなくなって、演奏に余裕が出始めた。最強の技

後輩に「どこで息吸ってるんですか」といわれること、それすなわちインワードが普通の音色に溶け込んでいることを示しているので、ご満悦。

ちなみに、インワードでなおイヌノフグリは酸欠不可避。

7.余談

ビートボックスをアカペラに入れるためには、アレンジからそういう工夫をするほかないという話の続き。

今回のこの文章を受けて、「そうかー、だったらビートボックスやめるかー」というのは宝の持ち腐れなので、ぜひ上記のアレンジをできないか試行錯誤はしてほしい。

僕のお堅い考えのように「ビートボックスを使うならゴリゴリ音楽だな」とか「EDMでバチバチにいこう」だけにはしてほしくないのである。それは、他大が長い間やってきていることであって、インスピでやる必要がないこと。インスピには、「そんな曲をアカペラで!?」とか「その曲をそんなアレンジで!?」みたいなものを大切にしたアカペラをしていってほしい。B-RAP♂SHOW納言なんかがまさにそう。

特にビートボックスは、ビートボクサーにしか有効的な使い方がわからない可能性があるので、そうなれば君たちがアレンジをするのが最短経路なんだろうなと思います。僕もパーカスながらにアレンジしましたが、メリットが
いくつかあります。

  • 練習でボッチになりにくい

  • 音がわかるようになってくる(多分)

  • リズムが気持ちいスキャット考えるの楽しい

コーラスとベースが音合わせてるときとか、パーカス一人ぼっちで悲しいですよね。でも言ったところであんま音わからんしなーって。適当に3度とか入ったら親の敵のように睨まれたりね。

というわけで余談でした。
余談含め現在6500文字ですね。皆さんよく読んでくれました。
ささやかながらプレゼントです。

あと先代の伝説的なバンドを挙げてくれているアカウントあったのでそれも貼っときます。


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