琉球廻戦 3
【参】
島袋は小便を漏らしたまま暫く座り込んでいたが、漸く抜けた腰が治ると立ち上がり大城の様子を見に行った。
大城は完璧に死んでいた。
疑いようの無い完璧な死。外野から内野へ送球する時に発揮した剛腕も、盗塁する時に見せた瞬足も、投手の放る球を見分ける選球眼も、全てを失って転がっている。命を失うとはつまりこういう事なのだと、全身全霊で物語っていた。
島袋は大城の骸に向かって手を合わせて「すまん」と呟いた。
「お前の分まで、卒業した後も野球頑張るからな。」
すると、島袋の後方で金属音が鳴った。ギギギギギ、と聴いたことのない高音の湿った音だった。振り返って島袋は死を覚悟した。
彦が檻の鉄格子を腕力で捻じ曲げていたのだ。その腕力は万力の如しで、常識的な生き物が発揮できる運動エネルギーを遥かに凌駕していた。
格子と格子の間が充分に開かれるや否や、彦は悠然と島袋に向かって歩み始めた。島袋は再び恐怖で小便を漏らしそうになったが、最早出し尽くしたばかりで小便すら出ない。
彦はその毛むくじゃらの両椀を島袋に向かって伸ばした。島袋は逃げようと思っても全く反応しない下半身に憤りを憶えながらも、どこか冷静に自らの死を悟っていた。
「真面目に生きてれば良かった。」
次の瞬間、彦は両腕で島袋を抱えて猛スピードでひんやりとした地下から茹だる様な暑さの地上へと飛び出して行った。
※
嘉数高台公園の近隣にあるヤクザ事務所で、女の喘ぎ声と沖縄には似つかわしくない関西弁が響き渡っていた。
パンッ、パンッ!
「おぉ、おうぅ…おいお前!名前なんやったっけ…おうっ!」
パンッ、パンッ!
「…知念です。」
パンッ、パンッ!
「あー気持ちえぇっ!おい…!知念?変な名前やのお…お前、お前なぁ!」
パンッ!パンッ!
「はい、何でしょうか」
「お前、わしの可愛い彦の世話係やったやろがい!…なに彦逃しとんねん!…あぁ、気持ちえぇ…」
パンッ!パンッ!
「はい、実は代理で世話係を雇って面倒見させていたのですが、そいつがしくじったらしく…彦が逃げてしまいました。」
「あぁっ!イクぅっっっ!!!」
「やかましい!!!」
ズドン!!
関西弁の男はたった今まで犯していた女の脳天を拳銃で撃ち抜いて射殺した。
「あー気持ちよかった。」
この男は関西から沖縄に移ってきたヤクザで、知念の所属する組の組長を勤めている暑川塩麹という男である。
暑川は火照った顔に狂気を浮かべて言う。
「説明せんかい」
知念の頬に一筋の汗が流れた。
つづく
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