自死(2023年5月のメモ)

2月8日、若しくは9日だったか。忘れてしまった。僕は自殺を試みた。眠ることが出来ず遺書を書き5時頃に家をでた。どうせ死ねないだろうから着替えも持っていった。向かう先は樹海。今から死ぬのだと思うと何だか不思議な気持ちになった。何処か満たされた気持ちだったかもしれない。
電車を幾度か乗り換え、山梨へと向かった。富士山駅というところに着いた。そこから歩いて樹海へと向かった。道のりは遠く、疲れた。後からスマホで見たが20km以上も歩いていたようだ。音楽を聴いて疲れと向き合いながら歩いた。段々と死ねないような気がしてきた。嫌だなと思った。
富士山が見えなくなってきた。あと5kmで樹海に着く。もうかなり疲弊してしまった。もういいかと思った。もう死んでしまおうと思った。
このまま戻るのは億劫だ。終わりにしよう。
足が軽くなった。ようやく死ねると思った。
何で死のうか。マフラーで首を吊ろうか。持ってきた薬を全部飲むか。首をカミソリで切るか。首吊りが1番いいかもしれない。
少し急ぎ足で残りの道を歩いた。もう苦しまなくて済む、そう思うと辺りの景色が鮮明に見えた。
あと1キロと言った所、僕の少し後方で車が止まった。僕には関係ないと思いそのまま進む気だった。残念ながらその車に乗った人達は僕に声を掛けた。自殺しようとしてるのではないかと聞かれた。
内心の不安と興奮の入り交じった妙な感情を抑えながらそれを否定した。その後も色々と聞かれ僕は出来るだけ嘘のないように、しかし自殺念慮は隠して話した。その時の僕はかつてないほど雄弁だった。詭弁も虚しく、僕は可哀想な自殺志望者と見なされたらしい。親に連絡をすると言われた時に此処に来たことを後悔した。そのまま、警察に引き渡される事になった。引渡しの前、僕に声を掛けた市役所の人が僕に有難い説教をした。余り覚えていないけれどとても優しい声だった。コーヒーを奢ってもらい一気飲みした。喉がからからだった。警察がきた。質問攻めにあったがなるべく正直に答えた。
2人組の若い警察だった。そのまま生まれて初めてのパトカーに乗った。シートベルトをしようとしたがしなくてもいいよと警察官に言われて少々戸惑った。話をしながら警察署に向かった。これから僕は牢屋のような所で保護されるらしい。2人は話しやすかった。興奮していたのもあったかもしれない。
僕にしては沢山話した。少し楽しかった。
警察署に着いた。そのままスボンの紐やカミソリを取られ牢屋のような場所に入れられた。本当に牢屋のような所だった。あるのは簡素なトイレに少しくしゃっとした布団のみ。それでも何故だか居心地は悪くなかった。
そこに入り少し経ったとき、僕は泣いた。そこにいる間、殆どは泣いていたと思う。父が迎えに来た。心配そうに僕の顔を見た。僕は大丈夫だと言い父の車に乗った。母もアパート向かっているらしいと聞いた。電話で話した。母の声が震えていた。少し驚いて、此処に来たことを再びに後悔した。そうして暫く実家に戻り休んだ。その間、死ぬことを試みたりはしなかったけれど希死念慮は無くならずに残った。
僕はまたいつか死のうとするのだろうか。

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